公認心理師 2019-129

問129はペクスに関する問題です。
絵カードによる支援は一般的になされているものですが、PECSでは支援目標とそれを達成するための具体的なアプローチが体系的に設定されています。

問129 PECSの説明として、正しいものを2つ選べ。
①質問への応答から指導を始める。
②応用行動分析の理論に基づいている。
③身振りを意思伝達の手段として用いる。
④補助代替コミュニケーションの一種である。
⑤自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害〈ASD〉ではない子どもに、より効果的である。

PECSは1985年に、A.BondyとL.Frostによって開発された代替・拡大コミュニケーションシステム(=ACC、詳しくは後述)のことを指します。
PECSは、最初にデラウェア自閉症プログラムの自閉症の未就学の児童に実践されたことから始まりました。
それ以来PECSは、様々な認知的、身体的、コミュニケーションの困難を持つあらゆる年齢層の対象者に対して世界中で実践されてきました。

こちらの書籍を参考にしつつ、解説を作成しました。

解答のポイント

PECSの概要と実際の支援方法について把握していること。

選択肢の解説

④補助代替コミュニケーションの一種である。
⑤自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害〈ASD〉ではない子どもに、より効果的である。

PECSの開発のきっかけは、音声模倣も絵の指さしも困難なASD(当時は自閉症と呼ばれていた)児とのコミュニケーションの取り組みからです
はじめは、本人の好きなものに対応させた絵を並べ、指さしすることを教えようとしましたが、確実に指一本で1枚の絵に触れることが困難である、外で起きていることに目が奪われながら絵に触れてしまう、ということがありました。
これでは、ASD児が指さしているものを本当に欲しいのか、窓の外のものが欲しいのか、単に指が絵カードを叩く音が好きなだけなのかわかりません。
こういう状況で指さしをすることができたとしても、それは彼らが「絵カードを指差すことを覚えただけ」であって、「人とコミュニケーションを取ることを覚えた」わけではないということです

まずPECSの開発者たちは、伝統的なやり方として、具体物と絵のマッチングを子どもに教えようとしました。
こうした種類のマッチングでは、やり取りを始めるのは子どもではなく指導者の方になります。
指導者が具体物の提示や言語指示でマッチングの手続きを始めたとき、何人かの子どもはただ絵を指差すだけだけでした。
従って、そういう子どもたちはコミュニケーションをするのに大人からの様々なプロンプト(刺激・促進)に依存しており、自分からやり取りを始めることはできなかったのです

PECSの開発者たちが治療に取り組んでいた子どもは動作模倣が確実にできなかったので、模倣なしで機能的コミュニケーションを教える方法を考案しなければいけませんでした。
そこで、子どもがそのとき欲しい物の絵カードを1枚相手に手渡すことを教えることにしたところ(こうすればコミュニケーションのために子どもの方から近づく必要がある)、徐々に絵カードを手渡して欲しい物と交換するようになってきました
更に、指導の経過のなかで徐々に身体プロンプト(手を取ってガイドしてあげるなどの支援)を減らし、子どもが欲しがる他の物の絵と活動を「語彙」として加えていきました。
最終的には、何枚かの絵カードを並べて文を作ることを教えることに成功しました。

これと同じ方法を使って、ASDの他の子どもたちにもコミュニケーションの仕方を教え、この方法を「絵カード交換式コミュニケーションシステム(the Picture Exchange  Communication System:PECS)」と名付けました。
この方法によって成し遂げようとしていることは以下の通りです。

  1. 子どもが自分からコミュニケーションを始めること:大人の手がかりに依存しない
  2. 子どもがコミュニケーションの相手を見つけて、その人に近づくこと。
  3. 子どもが1枚の絵カードを使い、メッセージの趣旨を取り違えないこと。
この方法では、子どもは大人からのプロンプトに頼る必要がなく、動作模倣や言語模倣の練習も必要がなく、指示に応じてアイコンタクトすることを学ぶ必要もなく、静かに着席することを学ぶ必要もなく、はじめることができます。
即ち、トレーニングにすぐに取り掛かることが可能となるわけです。
もちろん、こうしたことは最終的には子どもが覚えねばならない大切なことですが、子どもが自分の要求や希望を機能的な形で伝える学習に不可欠ではないのです。
機能的コミュニケーションに必要なのは、子どもが誰かに近づいて、メッセージを伝えることであり、PECSは多くのASDの子どもに対して、これを可能にするツールと言えます

上記のように、年少のASDの子どもたちの多くは教育プログラムや治療プログラムの開始時に、話し言葉やその他の公式コミュニケーションシステムを使うことができません。
また、年少のASDの子どもたちの場合、動作や音声の模倣が難しい場合も多いことが指摘されています。
つまり、PECSは話し言葉や模倣を必要とせずに、子どもにもコミュニケーションを迅速に伝える方法の一つとしてPECSがあると言えます

こうした代替的な方法のことをAAC(Augmentative and Alternative Communication:拡大・代替コミュニケーション)と呼び、PECSはその1つの手段です。
AACとは言語性コミュニケーションの障害を補うための介入のことです。
拡大とは現在あるコミュニケーション手段を使用し、より効果的なコミュニケーションが可能になることで、代替とは音声言語の代わりとなるようなコミュニケーション手段を、一時的もしくは永久的に使用することを指しています。

またこうした特性からわかるとおり、PECSの適用はASDに限りません。
様々な認知的、身体的、コミュニケーションの困難を持つあらゆる年齢層の対象者に対して有効と言えます

以上より、選択肢④は正しいと判断でき、選択肢⑤は誤りと判断できます。

②応用行動分析の理論に基づいている。

ASD児に対する代表的な療育指導方法の1つに応用行動分析があります。
応用行動分析は行動分析学に基づいており、行動分析学とは人間を含むすべての動物の行動には法則があるという前提のもと行動の原因を解明し、その法則を見つけようとする学問体系です。
応用行動分析では、その行動分析学で得られた法則を用い、障害者の支援などといった社会的な問題に対する介入の開発や分析などを行います。
ABAデザインなどが有名ですね。

PECSの手続きはスキナーの言語行動と応用行動分析の概念がベースになっています(子どもの方からコミュニケーションを取るという狙いは、そのまま「反応」が先にくるスキナーのオペラント学習の理論とも合致しますね)。
PECSでは指導の際に、言語指示を出さないことで、速やかに自発的コミュニケーション(この辺もオペラントですね)を確立して指示待ちにならないよう配慮されています。
また、独自のコミュニケーションを教えるために、特定のプロンプトや強化方法がPECSの手続きの中で使われています。

また、スキナーの言語行動に関しては以下の通りです。
スキナーは、言語行動を「他者によってもたらされた結果によってコントロールされる行動」と定義し機能分析を行いました。
言語行動はオートクリックと6種類の基本言語オペラントに分類されます。
6種類の基礎言語オペラントとは、マンド(要求言語行動)、タクト(報告言語行動)、ディクテーション(書き取り行動)、コピーイング(書き写し行動)、エコーイック(音声模倣行動;反響反応)、テクスチュアル(読字行動;読字反応)、イントラバーバル(言語間制御;内言語)です。
PECSでは、マンド/タクト、マンド、イントラバーバル/マンド、イントラバーバル/タクト、タクトの順に指導していきます(以下の解説での、各フェイズでの指導を参照)。

以上より、選択肢②は正しいと判断できます。

①質問への応答から指導を始める。
③身振りを意思伝達の手段として用いる。

PECSは6つのフェイズに分けています。
以下で各フェイズを大まかに説明していきましょう。

フェイズⅠ:コミュニケーションの自発
対象者は本当に欲しいものや活動を獲得するために一枚の絵カードを交換するように学びます。
トレーニングは2人の支援者をつけて行うことが多く、一人は子どもの正面で、もう一人は子どもの背後くらいで子どもの動機づけを高めるアプローチを行います。
この際、言語プロンプトを使わないようにします(行動を起こす前に質問されるのを待つことを学習することを防ぐため)。

子どもが好きな物品に手を伸ばすとき、もう一人は子どもの後ろで座るか立つかして、以下の動作をプロンプトします。

  1. 絵カードを取る。必要なら身体プロンプトする。
  2. 正面の人に手を伸ばす。
  3. その人の手のひらに絵カードを置く。絵カードをもらった人は、速やかに子どもに物品を渡しながら、その物品の名前を言う。
身体プロンプトをする人の役割は、できるだけ早く身体プロンプトを減らすことにあります。
プロンプトを減らすためには、行動連鎖の逆の順でプロンプトをなくしていく方法が効果的です。
即ち、絵カードを取ることや絵カードに手を伸ばすことについての身体プロンプトを行い、絵カードを放すことはプロンプトしないようにするわけです。
その次には、絵カードを取ることはプロンプトし、手のひらに手を差し出すことはプロンプトしないようにします。
また、こうした身体プロンプトは、子どもの手から、手首、ひじなどというように、触る部位を変えていくことでも減らせます。
最後には絵カードを取ることについてもプロンプトしないようにします

【フェイズⅡ:絵カード使用の拡大】
一枚の絵カードを引き続き使いながら、対象者はフェイズⅠで学んだスキルを違った場所、様々な人と、いろんな所へ移動しながら使うことで般化させることを学びます。
さらに対象者には、持続的にコミュニケーションするように指導していきます。

即ち、フェイズⅡの目標は、次の物を増やすことと言えます。

  1. 子どもとコミュニケーションパートナーの距離。
  2. 子どもと絵カードの距離。
  3. 子どもが要求する物品や活動の数。
この時点では、絵カードの選択肢の提示は行いません。
なぜならPECSでは、たとえその子どもがメッセージを選択することをまだ学習していなくても、同じように、自分から相手に近づいていけるようになることを重視しており、コミュニケーションのために誰かに近づいていくことを学習した後で、メッセージを明確にしていく学習をしていくという流れだからです。

【フェイズⅢ:メッセージの選択】
絵カードはPECSのコミュニケーションブックに並べられており、コミュニケーションブックとはリングのついているバインダーで取り外しが簡単なテープが付いていて、そこにコミュニケーションのための絵カードを並べたり取り外しが簡単にできます。

対象者は、自分の欲しいものを要求するために2枚以上の絵カードの中から正しい絵カードを選ぶことを学習します。
弁別トレーニングは、好みのものと好みでないものの絵カードのシンボルの弁別から始め、弁別の指導は、好みのアイテムの複数の絵カードのシンボルへと段階的に進めていきます。

【フェイズⅣ:文構成の導入】
対象者は、着脱可能な文カード上に要求のアイテムの絵カードと「ください」カードをつなげて貼り付け、簡単な文を構成することを学びます(以下のような感じ)。

2枚の絵カードの構成と交換は、最初、文カード上に「ください」カードを貼り付けておき、対象者に要求のアイテムの絵カードを文カード上に置くことから指導を始めます。
次に要求の絵カードと「ください」カードの両方を貼ること、文カードを指さすことへと段階的に指導していきます。
コミュニケーターは文カードを読み返して、ある程度発語を促すようにするが強制してはいけません。
もし発語が出たら、分化強化するようにします。

また、このフェイズでは「属性を使った要求の拡大」の学習も行っていきます。
対象者は、形容詞、動詞、助詞や接続詞などを加えて文の拡張を学びます。
「大きいビーズください」のような文の拡張を指導していきますが、修飾語の理解は予め必要ではありません。
対象者にとって重要な属性語であるという観点に基づいて概念を指導するようにしていきます。

【フェイズⅤ:簡単な質問への応答】
対象者は「何が欲しいですか?」という質問に答えて PECS で要求することを学びます。
PECSの指導手順では、コミュニケーターは対象者が欲しがっているものについて質問を尋ねるようにします。

「何が欲しいですか?」と聞くときに、文カードを指す身振りプロンプトを使います。
それを繰り返していく中で、プロンプトは段階的に外していき、様々な質問に答えられる
ようにしていきます。
フェイズIからIVで指導した自発的コミュニケーションを維持することを忘れないようにするのが重要ということです。

【フェイズⅥ:コメント】
「何が見えますか?」「それは何ですか?」というような質問に応答することでコメントを指導していきます。
対象者は「見えます」「聞こえます」「です」などの述語カードを使って文構成することを学びます。

最終目標は、対象者の周囲で起こった出来事についてコメントすることです。
対象者によっては、単純に人のリアクションが強化的ではないかもしれないので、このフェイズは、対象にとって楽しくて面白い教材やレッスンを使ってコメントの質問に応答することで始めることが望ましいとされています。

上記の通り、PECSの指導は「本当に欲しいものや活動を獲得するために一枚の絵カードを交換すること、すなわちコミュニケーションの自発」を学ぶことから始めていきます(フェイズⅠの内容ですね)。
選択肢①の質問への応答に関しては、フェイズⅤで行っていますから、ずいぶん後半になることがわかります。
また、身体的プロンプトをできる限り減らすようにしていくことからもわかるとおり、選択肢③にあるような身振りは、意思伝達の手段として用いないようい工夫していくことが求められます。

以上より、選択肢①および選択肢③は誤りと判断できます。

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