公認心理師 2023-90

影響源の強度、影響源との近接性及び影響源の数という3要素が、個人の遂行行動に与える影響を説明する理論を選択する問題です。

「理論名‐その理論の概要」という基本的な知識が問われている内容になっていますね。

問90 影響源の強度、影響源との近接性及び影響源の数という3要素が、個人の遂行行動に与える影響を説明する理論として、最も適切なものを1つ選べ。
① アージ理論
② 制御焦点理論
③ 社会的浸透理論
④ 社会的インパクト理論
⑤ 心理的リアクタンス理論

解答のポイント

各社会心理学理論の概要を把握している。

選択肢の解説

① アージ理論

戸田正直は「アージ理論」を提唱しました。

一般に感情は非合理的、反知的なものとして認識されることが多いが、戸田は自然環境における適応に関しては本来合理的な機能をもつという前提にたって感情を理解しようと試みました。

人間の意思決定において、非合理な意思決定をさせるように見える感情・情動についての理論であり、進化論的な立場から、感情を認知システム全体との関連で捉えようとしています。

このような自然環境に適応するために進化してきた心的ソフトウェアは、アージ・システム(urge≒人間や動物を有無を言わせず駆り立てることや、その強い力・system)と呼称され、怒りアージや恐れアージ等の感情的なアージを中心に生理的アージや認知アージなどに分類されています。

現代人の祖先がまだ狩猟採集によって暮らしていた時代、平原を恐れ森の中で過ごした時代は、まだ他の動物による襲撃・捕食される危険も多く、非常に驚異的な緊急事態が常に周囲で多発していたはずであり、感情はこのような野生環境において生き延びるために非常に適応的だったと考えます。

人間は、野生環境で生き延びるために、4種類のアージを発展させてきました。

  • 維持アージ:食や性など基本的な欲求に対応
  • 緊急事態アージ:恐怖や不安など外界の脅威に対応
  • 認知アージ:認知的情報を司る
  • 社会関係アージ:協力や援助といった他人との係わりに関する

各々のアージは、それを発動させる「認知システム」「内的活動(行動の準備活動としての身体活性化・事態に対処する最適行動を選択するための集中的な情報処理)」「行動リスト」をもちます。

野生環境では合理的・適応的だったこのシステムも、文明が発達した現代社会においてはむしろ不都合なものになってきます。

強度のアージは「今ここ」に強く注意を集中させますが、それは現代では近視眼的な対応になってしまい、長い目で見たときに不利益をもたらすようになってしまいます。

例えば、禁煙時にさまざまな身体反応(禁断症状)が生じます。

この際、「今ここ」の身体反応でタバコを吸うことはマイナスで、長期的に見れば吸わない方が適切なわけです。

しかし、遠い昔の人間からすれば禁煙時に生じるような禁断症状が生じたときに、それを治めるような方法があるならばそれを実践することが自然な行動になります。

つまり、現代の考え方からすれば吸ってしまうのは不合理な行動ですが、遠い昔の人間が置かれていた自然環境下ではむしろ吸うのが合理的な行動であったといえます。

アージ理論では、人間が感情的で非合理的な判断を行ってしまうのは、人間の心の進化よりも文明の進歩の方が早く、未だヒトの心の進化がそれに追いついていないためであると考えます。

このような観点から、急激に変化する現在とこれからの未来社会を個人としてのヒト、そして種としてのヒトが生き延びるには、人間が自らの心の働きを知り、人間社会の相互作用を解明する必要があると考え、その成果を活かして新たな社会システムを考察し、採用していかなければならないとしています。

すなわち戸田は、感情が自然環境に適応するよう非常に合理的に発達していったものと捉えており、それが現代において不合理に見えるのは、文明発達がこころの発達の先を行き過ぎていると考えています。

以上のように、アージ理論は戸田正直によって提唱された、 人間の意思決定において非合理な意思決定をさせるように見える感情・情動についての理論であり、本問の「影響源の強度、影響源との近接性及び影響源の数という3要素が、個人の遂行行動に与える影響を説明する理論」には合致しない内容であることがわかります。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② 制御焦点理論

制御焦点理論は、目標に対して個々人が持つ焦点状態が当の個人の行動制御に影響を与えるという、Higgins(1997)によって提唱された理論です。

焦点状態は、「促進焦点(promotion focus)」と「予防焦点(prevention focus)」に大別でき、促進焦点の人々は希望や夢といったポジティブな結果の獲得を目指し、予防焦点の人々は損失や失敗といったネガティブな結果の回避を目指すとされています(画像はこちらのサイトより引用。こちらのサイトでは予防焦点を防止焦点と訳していますね)。

「促進焦点」タイプの人たちは、ポジティブな結果の有無に着目するため、目標達成や進歩への欲求が強く、全体的に「0 →+1」を促す傾向があります。

例えば、周りから好かれたり、良い成績をとったりすることを求める傾向にあり、理想や希望を追い求めがちで、クリエイティブな課題に取り組むのが得意です。

対して「予防焦点」タイプの人たちは、ネガティブな結果の有無に着目するため、安心や安全への欲求が強く、全体的に「0 →‐1」を防ぐ傾向があります。

例えば、周りから嫌われたり、悪い成績をとったりすることを避けようとする傾向にあり、義務や責任を重視し、緻密な作業に粘り強く取り組むのが得意です。

このように、制御焦点理論とは、目標追求の観点から、個人を「促進焦点」と「予防焦点」の2タイプに分ける理論になります。

さらにHiggins(2000)は、「制御焦点理論」を発展させて、制御適合(regulatory fit)という概念を組み込んで、「制御適合理論(Regulatory fit theory)」を提唱しています。

同理論によると、目標追求行動は「熱望方略(eager strategy)」と「警戒方略(vigilant strategy)」に大別でき、促進焦点の人々は良い結果を得られるのであれば、その過程においての失敗やミスを厭わず、熱心に取り組む熱望方略を採用しようとする一方、予防焦点の人々は目標追求の過程における失敗やミスのことを最終的目標達成を妨げる前兆と見なして、用心深く取り組む警戒方略を採用しようします。

そして、各々がそれぞれの方略を採用することができた場合、それは、制御適合を経験したと表現され、制御適合を経験すると、人々はその行動のことを「正しい」と感じ、行動そのものや決定への価値を高く評価するため、行動への積極的な従事と、高いパフォーマンスに帰着するとされています。

上記を踏まえれば、制御焦点理論は本問の「影響源の強度、影響源との近接性及び影響源の数という3要素が、個人の遂行行動に与える影響を説明する理論」には合致しないことがわかります。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 社会的浸透理論

社会的浸透理論は、Altman&Taylorが提唱した対人関係の発展と衰退の過程に関する理論です。

彼らによると、個人のパーソナリティは、欲求や感情などの中心の層から、言語的行動などの周辺の層にわたり同心円的に構成されているとしています。

二者が関係を進展させることを、両者の相互作用がパーソナリティの周辺の層から中心の層へと浸み込んでいくこと、つまり相互に相手の中心に向かって浸透していく過程として捉えています(画像はこちらのサイトから引用)。

二者の関係の進展は、相互作用過程で生じた報酬とコストによって影響されます。

コストに対する報酬の比率が大きいときに関係は満足するものとなり、この比率が高いと予測されるときには関係が発展します。

逆にこの比率が小さかったり、小さくなると予測されるときには関係が衰退していきます。

関係の進展は自己開示を通してなされていくことになります。

互いに知らない2人が、表面的レベル→親密レベル→秘密レベルと自己開示するレベルを深く(話題の深刻度の程度)すること、また、自己開示する幅(話題の範囲)を広くすることで、2人の関係性は親密になっていくとしています(なお、自己開示とセットで互いのプライバシーを重視することが、長期的に親密な関係を維持するためには重要であると強調している)。

最初は表面的な浅い自己開示から始まり、親密度が増すにつれてより深い自己開示へと変化していくのは、親密度が増すと互いに相手を信頼し、見栄を張ったりする必要がなくなるためであると考えられています。

この理論は理論的な厳密さは必ずしも十分とは言えませんが、実証研究からの知見とはよく整合していると評価されています。

以上のように、社会的浸透理論は対人関係の発展と衰退の過程に関する理論であり、その進展は「コストと報酬」という枠組みにされるという捉え方をしており、本問の「影響源の強度、影響源との近接性及び影響源の数という3要素が、個人の遂行行動に与える影響を説明する理論」には合致しないことがわかりますね。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④ 社会的インパクト理論

他者の存在が、個人の遂行行動(認知・感情・生理的変化を伴う)に与える影響を定式化しようとする考え方です。

要するに、人が人に影響を与える力を定式化した理論ということですね。

Latanéは、援助行動の抑制や社会的手抜きを含む広範な現象を、この理論で説明しようとしました。

個人が受ける社会的インパクトは、影響源である他者の強度(地位や社会的勢力)、他者との直接性(時間的、空間的な接近)、他者の人数の相乗関数として定義されます(定式は以下の通り)。

Imp=f(S×I×N)
Imp:社会的影響力(Impact)
S:影響源の強度(Strength) 
I:直接性(Immediacy)  
N:影響源の数(Number)
f:関数(function)

また、影響源となる他者の人数だけが増加した場合、個人が受ける社会的インパクトは、複合されて大きくなります。

大勢の人の前であがってしまい、スピーチや演技ができなくなる場合がこれに該当します。

一方、影響源である他者は一人で、これを受ける個人の人数が増加すれば、社会的インパクトは分散し、小さくなります。

緊急の援助が必要な他者に対して、責任の分散が起き、援助が抑制されるのはこのためとされています(Latané&Darleyの緊急事態での介入に関するモデルと関連する。公認心理師2018追加-85で出題されている)。

上記の通り、社会的インパクト理論では、個人が受ける社会的インパクトは、影響源である他者の強度(地位や社会的勢力)、他者との直接性(時間的、空間的な接近)、他者の人数の相乗関数として定義されます。

本問の「影響源の強度、影響源との近接性及び影響源の数という3要素が、個人の遂行行動に与える影響を説明する理論」の記述と社会的インパクト理論は合致していることがわかります。

以上より、選択肢④が適切と判断できます。

⑤ 心理的リアクタンス理論

1966年にアメリカの心理学者であるジャック・ブレームが提唱した心理学理論で、人は自分が自由に選択できると思っていることに対して制限や強制をされてしまうと、抵抗や反発感情が生じる現象のことを指します。

ある行動に対して「自分は自由にその行動を取ることができる」という信念を持っており、その自由が重要であるほど、また自由への脅威が大きいほど、喚起されるリアクタンスは大きくなります。

特に説得的コミュニケーションでは相手の態度や行動に影響を与えようとしますが、このことで却って説得される個人は、制限される行動の魅力をより感じ、説得に抵抗することもあります。

難しく書いていますが、要は「やれ」と言われれば「やりたくない」となる、あの心理状態のことを指しているわけで、多くの児童・生徒は経験しているやつですね(宿題しなさい→今やろうと思ってたのに、やる気なくなった!みたいな)。

こうした心理的リアクタンスに関する説明は、本問の「影響源の強度、影響源との近接性及び影響源の数という3要素が、個人の遂行行動に与える影響を説明する理論」とは合致しないことがわかります。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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