問5はとある認知現象に関する問題になっています。
認知心理学よりも心理学史の中で何度も出題されている内容ですね。
問5 異なる位置にある2つの刺激を、適切な短い時間間隔で交互に点滅させると、刺激が2つの位置を移動するように見えることを表す用語として、最も適切なものを1つ選べ。
① 運動視差
② 仮現運動
③ 自動運動
④ 誘導運動
⑤ 両眼視差
選択肢の解説
① 運動視差
運動視差とは、移動する観察者が静止した対象を見ると、注視点よりも遠いものは移動方向と同じ方向に、近いものは進行方向と逆に動いて網膜に投影され、その動きの違いをもとに奥行きを推定することを指します。
例えば、動いている車窓から、ある対象を注視しているときに、その注視対象よりも近くにある対象は電車の進行方向とは逆方向に、遠くにある対象は進行方向に動いて見えますね。
観察者や対象の移動に伴う速度差である「運動視差」は、奥行き知覚の重要な手がかりの一つとされています。
こちらのサイトに図がありました(わかりやすいですね)。
これらを踏まえると、本問の「異なる位置にある2つの刺激を、適切な短い時間間隔で交互に点滅させると、刺激が2つの位置を移動するように見えることを表す用語」に運動視差は該当しないことがわかります。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
② 仮現運動
まずは歴史的な流れから把握していきましょう。
ゲシュタルト心理学はウェルトハイマー(Wertheimer)を創始者として1910年代にドイツで生まれました。
ゲシュタルトとは「形態」「姿」を意味するドイツ語ですが、ゲシュタルト心理学では要素に還元できない、まとまりのある一つの「全体」がもつ構造特性を意味しています。
ゲシュタルト心理学は、それまでの心理学で主流だったヴントに代表される要素主義(要素の集合が全体であるという考え方)を否定し、人間は単なる要素のまとまりではない「全体性」をもつとしました。
この根拠となったのが「仮現運動」という現象で、これは例えばある2つの点が一定間隔で点滅することで、一つの点が移動しているように見える現象を指します。
もしも人間が「要素の集合体」に過ぎないのであれば、上記の現象は単なる2つの点の点滅と認識されるはずであり、現実にはない「移動」が知覚されるのは、人間が「要素に還元できない全体性を持つ」存在であるためと説明しました。
こうした知見を背景として、ウェルトハイマー、ケーラー、コフカなどのゲシュタルト心理学の代表的な人物たちは、心理現象全体が特性をそれを構成する要素に還元することができないので、1つのまとまりとしての「全体」をそのまま研究するべきだと主張したわけです。
上記の通り、広義には静止した対象が動いているように知覚される現象の全てを「仮現運動」と呼びますが、多くの場合、狭義として、継時的に提示された静止対象の間に運動の印象が知覚される現象を「仮現運動」とされます。
特に、空間的に異なる位置に配置した2つの光点が交互に点滅した際に、両者の間に運動印象が知覚される現象は、古典的仮現運動と呼ばれています。
ヴェルトハイマーの初期の研究では、光点の提示時間の効果を検討し、①同時時相(速すぎて動きが知覚されない)、②最適時相(1光点の往復運動として知覚される)、③継起時相(遅すぎて動きが知覚されない)の運動に分類されます。
最適時相の運動の知覚はベータ運動と呼ばれ、①と②の間には純粋ファイ(ファイ現象)、②と③の間には部分運動という中間的な見え方も存在します。
これらを踏まえると、本問の「異なる位置にある2つの刺激を、適切な短い時間間隔で交互に点滅させると、刺激が2つの位置を移動するように見えることを表す用語」として、仮現運動が該当することがわかりますね。
以上より、選択肢②が適切と判断できます。
③ 自動運動
完全暗室のなかで静止した光点を観察している時の、光点が動いているように感じられる現象のことを「自動運動」と呼びます。
知覚される運動の軌跡は不規則であり、潜時や速度などの諸様相にも個人差が大きいとされています。
光点を観察している時の眼球運動から自動運動の生起やその方向を予測できることなどから、ある種の眼球運動を生じる過程の関与を主張する研究もあるが、決定的とは言えません。
暗順応によって周囲の環境が見えてきたり、複数の光点を広範囲に配置したりすると、自動運動が抑制されるとの報告もありますが、一貫した結果は得られていません。
これらを踏まえると、本問の「異なる位置にある2つの刺激を、適切な短い時間間隔で交互に点滅させると、刺激が2つの位置を移動するように見えることを表す用語」に自動運動は該当しないことがわかります。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④ 誘導運動
物理的には静止した対象が、周囲の運動情報の影響を受け、動いているように見える現象を「誘導運動」と呼びます。
例えば、静止した光点を長方形の中に配置し、長方形のみを動かすと、光点が長方形と反対の方向に動いているように見えます。
日常的にも、流れる雲の間に見える月が、雲と反対の方向に動くように見えることがありますね。
この現象に対しては、以下のようなヒューリスティックな知覚傾向による説明がされています。
ある対象(上記の光点や月)を取り囲むもの、あるいは隣接するもの(長方形や雲)は、その対象に対する参照枠、つまり対象の属性(傾きや動きなど)を知覚する際の基準となります。
そして、対象の運動は、参照枠に対する相対的な運動と知覚されやすいのです。
また、参照枠となるものは静止していると知覚される傾向があります。
誘導運動の状況では、実際に参照枠が動いているわけですが、その運動情報の一部あるいは全部が参照枠に対する相対的な運動として対象の運動情報に誤って帰属された結果、対象が動いて見えると説明されます。
これらを踏まえると、本問の「異なる位置にある2つの刺激を、適切な短い時間間隔で交互に点滅させると、刺激が2つの位置を移動するように見えることを表す用語」に誘導運動は該当しないことがわかります。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ 両眼視差
私たちの両眼は左右に離れてついていますね。
それ故に、一つの対象を両眼で見ると、左右の眼の網膜に投影された像は少しずれることになります。
このずれを「両眼網膜視差」とか単に「両眼視差」と呼び、この両眼網膜視差を脳内で融合することによって奥行きのある立体像として知覚することができるのです。
両眼の中心に結んだ線に対して平行な向きの両眼視差は、水平視差または水平網膜像差と呼ばれ、更に、交差視差と非交差視差に分類できます。
両眼の中心に結んだ線に対して直交する方向の両眼視差は、垂直視差または垂直網膜像差と呼ばれ、水平視差とは異なり、垂直視差を任意の対象に一定量設けた場合、明快な奥行き知覚は生じないとされています。
この仕組みを利用し、左右の網膜上に少しずれのある像を投影すると、あたかも奥行きがあるように知覚させることができます。
いわゆる立体写真や立体映画(いわゆる3D映画ですね)は、この両眼立体視の原理に基づいています。
これらを踏まえると、本問の「異なる位置にある2つの刺激を、適切な短い時間間隔で交互に点滅させると、刺激が2つの位置を移動するように見えることを表す用語」に両眼視差は該当しないことがわかります。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。