公認心理師 2022-79

高齢者福祉領域で働く公認心理師の業務に関する問題です。

本問は「高齢者福祉施設で働く公認心理師の業務」という前提はありますが、公認心理師の基本姿勢を問うている問題と捉えておいた方が良いでしょう。

問79 高齢者福祉領域で働く公認心理師の業務について、最も適切なものを1つ選べ。
① 利用者と家族が安全に面会できるように、感染症予防対策マニュアルを単独で作成した。
② 経済的虐待が疑われたが、当事者である利用者から強く口止めされたため、意向を尊重して誰にも報告しなかった。
③ カンファレンスで心理的アセスメントの結果を報告する際、分かりやすさを優先して専門用語の使用を控えて説明した。
④ 訪問介護員から介護負担が大きい家族の情報を入手し、その家族宅を訪問して、要介護者に対してMMPIを実施した。
⑤ 面接中に利用者の片側の口角が急に下がり、言語不明瞭になったが、話す内容がおおむね分かるため予定時間まで面接を継続した。

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公認心理師 2021-139

解答のポイント

心理支援における基本的作法について理解している。

選択肢の解説

① 利用者と家族が安全に面会できるように、感染症予防対策マニュアルを単独で作成した。

本選択肢の瑕疵は「単独で作成した」という部分になりますね。

少し昔話を。

私が大学院生のとき、大雪が降ったことがありました。

私は朝早くに大学に行っていたので「今日の授業どうなんのかなー」と思っていたのですが、助手の先生が院生室に入ってきて、来ていない学生を確認し、その学生に連絡する旨を話されていました。

来ていない学生の連絡先を知っていたので「連絡しておきましょうか?」と伝えると、「それはあなたの仕事じゃありません!」と強く言われたことがあります(じゃあ、何で自分はここにいるんだ。そっちが早く連絡しないから来ちゃったじゃないか。帰り道、事故に遭ったら責任取ってくれるんかい。と思いましたけど、言いませんでした。思いましたけど)。

色々思うところはありますが、この助手の先生は「学生という身分の領域を明確に示した」という点で非常に正しいと思います。

学生である私が連絡をして、その連絡が上手くいかず、来てしまった学生が帰り道に事故に遭うということがあれば、それは連絡を適切にしていなかった(学生に任せた)大学の責任になるわけで、私は責任を負う力がないのです。

責任を負う力がないのですから、その場で「連絡しておきましょうか?」と提案すること自体、自分の責任の範囲を超えたことを言っているわけです。

私は成熟した大人とは、①自分の責任の範囲を自覚し、②その範囲内で活動し、③その中で生じた責任を引き受ける、ということだと思ってます。

本選択肢の「感染症予防対策マニュアル」は、個人にせよ集団にせよ「単独」で作るようなものではありません(単独=個人と捉えられなくもないですが、ここでは組織の了承を得ていないというニュアンスで捉えています)。

なぜなら、もしもそのマニュアルに穴があり、それによって「利用者と家族」に何かしらの被害が生じたとき、その責任を負うのは当該個人ではなく、組織であるからです。

ですから、例えば、組織が「感染症予防対策マニュアル」を作ろうとして、組織内の誰かに依頼したという形で作成するのであれば問題ないのですが、単独で作成するというのはそうした責任の所在に関する理解が足らないと言わざるを得ません。

本選択肢に関しては、公認心理師云々ではなく、社会人としての一般常識の話と言えますね。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② 経済的虐待が疑われたが、当事者である利用者から強く口止めされたため、意向を尊重して誰にも報告しなかった。

こちらは高齢者虐待防止法の第2条第4項を確認していきましょう。


4 この法律において「養護者による高齢者虐待」とは、次のいずれかに該当する行為をいう。
一 養護者がその養護する高齢者について行う次に掲げる行為
イ 高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
ロ 高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、養護者以外の同居人によるイ、ハ又はニに掲げる行為と同様の行為の放置等養護を著しく怠ること。
ハ 高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
ニ 高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること。
二 養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること。


このように、第4項第2号に経済的虐待に関する記述がありますね。

そして、この虐待行為に対する支援者の対応は同法第7条に以下の通り記載があります。


第七条 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
2 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
3 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前二項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。


上記でポイントになるのが「当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合」の読み解き方ですが、重大な危険が生じている時には義務が生じ、そうでない時であっても努力義務が生じると解釈するのが正しい理解です。

経済的虐待=生命や身体には重大な危険が生じていない、という捉え方ができるため混乱を誘おうとしている選択肢であると考えられますが、守秘義務の例外状況であることは間違いないので「当事者である利用者から強く口止めされたため、意向を尊重して誰にも報告しなかった」というのはあり得ない対応と言えますね。

必ず、施設の上役に相談し(組織人として、個人として通告するのではなく、組織として通告の判断をしてもらう。それが個人(自分)を守ることにもなる)、通告も含めた今後の対応について考えていくことが肝要です。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ カンファレンスで心理的アセスメントの結果を報告する際、分かりやすさを優先して専門用語の使用を控えて説明した。

こちらは過去(公認心理師 2021-139)にほぼこの選択肢の解説に相当する内容を書いているので、そちらを転記することにしましょう。

カンファレンスのような他職種が大勢を占める状況において、最も優先すべきは「適切なアセスメントを参加者に正しく理解してもらい、クライエントへの適切な支援につなげられるようにしておくこと」だと考えられます。

ですから、「分かりやすさを優先して専門用語の使用を控えて説明した」というのは、非常に専門性の高いやり方であると考えておきましょう(専門用語を使わないのが高い専門性というパラドックスを愛せることが大切だと思います)。

土居先生は「専門語と日常語との間の風通しをよくしておくことが絶対に必要」(臨床精神医学の方法 p32)としていますが、他職種と関わる場面において専門語を日常語に変換して説明する能力は不可欠なものといえます。

複雑な心理現象を説明する場合、多くの人に馴染みがある例を示しつつクライエントの心理構造の理解につながるような伝え方をする必要があります。

そして、こうした専門語を日常語に変換するという行為は、専門語に対する深い理解があって初めて可能になります。

言い換えれば、専門用語に関する深い理解がある人ほど、専門用語を使う必要がないということですね。

時々、専門用語を振りかざす人がおりますが、これは自他へのこけおどしと思っておきましょう。

あるフランス語専門の先生の話ですが「頭のいいフランス人の話なら聞くことができる。頭がいいから、こちらがどの程度の理解度か考えながら言葉を選んで伝えてくれるから聞き取りやすい。頭が悪いと、それができないから何言ってるかわからない」ということでした。

これは心理職が他職種に専門用語を使う場面でも言えることかもしれないですね。

相手の理解度や領域に合わせて、きちんと伝わるような表現を用いるのは、専門職というよりも人としてのマナーであり、それ自体がクライエントの支援につながるわけですから、きちんとやりたいところですね。

なお、こうした「専門用語」を伝えることの治療的利用も理解しておくことが重要です。

クライエントによっては、自身がある状態にあり「自分に何が起こっているのか」「どうして自分だけが人と違うのか」「どうして自分はこんなに苦しいのか」などといった疑問を長く抱えている場合があります。

こうした事例に対して「〇〇という概念があってね」という風に説明をすると、それまでクライエントが抱えていたモヤモヤした体験を「収納する箱」として概念が機能するようになり、ある種の爽快感、収まり感を体験し、それが一時の安定につながることがあります。

こうした現象は自己規定する概念があることで、それまでモヤモヤ・フワフワしていた自己がしゃっきりするという効果があるのでしょう。

発達障害やLGBTQ、HSP・HSCなどの概念には、こうした治療的活用法があることを知っておくことが大切ですね。

ただし、概念の治療的活用は、かなり慎重に行う必要があります。

なぜなら、その概念がクライエントを表現する「概念ではない場合」にも、一時の安定をもたらすことがあり、そしてそれは後になっての書き換えが困難なものだからです。

つまり、未熟な支援者が、未熟な見立てのもとで概念を提示し、クライエントがその概念を受け取ることで一時の安定を得てしまうと、「その概念では説明できない問題」が起こって見立ての修正が迫られたときに、その修正が入りにくくなるという問題があるのです。

こうした現象は、発達障害、PTSD、HSP、アダルトチルドレンなどの概念で非常に生じやすいように感じます。

結局は見立てを洗練させていく努力以外にこうした現象を防ぐ道は無いわけですが、見立ての力を向上させるために必要なこととして、各疾患や問題の「ストーリー」を構築しておくということになると個人的には考えています。

神田橋先生は「臨床家が見通しと計画とをもって治療を進めていくためには、一つの物語を必要とする。生物学的研究でいろいろな知見が現れてきたために、従来、われわれが持っていたうつ病についての物語が壊れてしまった。新しい物語ができなければだめだ。さらに、生物学的精神医学の研究の目標や仮説づくりにも、推測にもとづく物語が必要なはずなのに、その気運が見られない」と述べています。

こうした物語の要点として…

  1. 病の本質や発症や経過や治癒について一貫して説明している物語であること。
  2. 正しいか誤りかで判定される研究の成果としての因果図式をも取り込んで活用していること。これを無視すれば、根拠に基づいた支援でなくなる。
  3. 実際の運用場面での臨機応変の工夫を許容するシンプルさとルーズさを備えていること。物語は行動の方向を示唆するものであり、規制し不自由にするものではない。
  4. 運用場面で臨機応変の工夫を導くには、フラクタルの構成を備えていることが望ましい。
  5. 医学モデルは動物モデルなので、動物モデルの物語であることも必須になる。そうでないと、薬を使うことや、それにまつわる研究成果を包含できない。
  6. 人についての物語は、新鮮・奇抜・専門的な雰囲気がなくて、あるいはあっても古来の世俗知を再発見し拾い上げた味のある方が、豊かで有用で永続性がある。

…ということが挙げられています。

ちなみに先日から公開されている「万能感型不登校」に関する動画は、私なりに現在の不登校の物語を描いたものということになります。

こうしたストーリーを持っておくことで、クライエントの問題の過去・現在・未来に連なる流れを認識し、多少の未来の予測を可能にするだけでなく、実際のやり取りでも適切な質問を行うことが可能になります。

「適切な質問を行うことが可能になる」ということは、クライエントからすれば「当を得た」「適切に理解してくれている」という実感に繋がりやすいと言えます。

そして、こうしたストーリーが「古来の世俗知を再発見し拾い上げた」ものであるほど、専門用語からは離れ、日常語での説明に終始することになるでしょう。

いずれにせよ、「専門用語を用いずに専門的なことを伝えられるというのは、非常に高度な専門性を要する」と理解しておけば大丈夫です。

以上より、選択肢③が適切と判断できます。

④ 訪問介護員から介護負担が大きい家族の情報を入手し、その家族宅を訪問して、要介護者に対してMMPIを実施した。

本選択肢に関してはいくつかの点で問題があります。

まずは「自分で確認することなく、伝聞情報だけで検査を実施している」という点です。

何かしらの検査を実施するとしても、本人と会っていないのに特定の検査を実施することを決めるというのは性急・粗雑な対応と言えるでしょう。

なお、電話相談では「具体的な助言をしない」というのが基本となっており、その理由としては、電話だけの情報では判断できないことが多かったり、そもそも語られている内容と実際に乖離がないかを確認する手段がない等が挙げられます。

それほどに直接的なやり取りがない中での具体的なアプローチというのは、実際の対象の状態に合わない可能性があるということであり、控えるのが臨床の作法です。

それよりももっと良くないのが「要介護者に対してMMPIを実施した」という点でしょう。

MMPIについての特徴をまとめると以下の通りです。

  • ミネソタ大学のハザウェイとマッキンレイが作成(1943年)。
  • 投影法(ナラティブ)から、客観性(エビデンス)へ。MMPIが出る前までは投影法が盛んで、それ故にもっと客観性のある検査はないのか、という意見が出されていた。
  • 特定のパーソナリティ理論に基づいてはいない(人格特性論的でない)。
  • 症状名を調べるのではなく、人格特徴を把握する検査。
  • 550問の項目を備えている。そのため1時間以上は時間を見込む必要があり、ロールシャッハ、MMPI、WAISなどのテストバッテリーを組む場合には、疲労要因も勘案する必要がある。
  • 新しい尺度が作られ活用されている(不安尺度、自我強度尺度などが有名)。
  • 「現状」を見るもので、「性格特性」という普遍性を持っていない(例えば、うつ病は判断しづらくても、うつ状態の判断はできる)。パーソナリティ全体を見るとか、そういう力を持つ検査ではない。
  • MMPIの項目を利用してMASなどが作られている。1953年にテイラーが、キャメロンの慢性不安反応に関する理論を基にMMPIから選出された不安尺度50項目に、妥当性尺度15項目を加えた65項目で構成・作成した。
  • 「T得点」で示されるが、これは素点を置き換えた後の得点を指し、平均は50前後に設定されている。高得点とはT得点で70以上を、低得点とはT得点で45以下を指すのが一般的。

このように見れば、MMPIを実施することの問題がよくわかると思います。

まずMMPIは介護度を測るなどの検査ではなく、人格特徴だったりその時の状態像を査定するものになります。

また、550問という非常に負担の大きい検査であるという側面もあり、「要介護者」に対して行われるような検査ではないと見るのが普通ですね。

本問の状況では、要介護者の状態を測る検査を行うという可能性自体も薄く(例えば、介護認定には医師の意見書や認定調査票などが中心になりますしね。わざわざ別の検査を行うという可能性自体が低い)、少なくともMMPIはその検査の特性上選択されるということはあり得ないですね。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ 面接中に利用者の片側の口角が急に下がり、言語不明瞭になったが、話す内容がおおむね分かるため予定時間まで面接を継続した。

重要なのは「片側の口角が急に下がり、言語不明瞭になった」から何を連想するかです。

こちらは脳卒中(脳の血管が詰まったり破れたりすることによって、脳が障害を受ける病気)を連想することが重要であり、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、破れる「脳出血」や「くも膜下出血」があります。

症状は多岐にわたりますが、脳卒中の主な症状を知ることができるFAST(顔:Face・腕:Arm・言葉:Speech)という方法があります。

Faceについては、顔の片側、特に口角が下がったり、左右対称ではなくゆがみがあるような症状になります(「イー」としてもらったら左右の動きの違いがわかりやすい。左右対称に口を開くことができれば正常)。

片側から食べ物が落ちたりこぼれたりすることもあります。

Armでは、腕に片側の麻痺があるかどうかを見ます。

両手を胸の高さまでまっすぐ挙げてもらってそこで保持するようにしていただくと、麻痺をしている手は下に落ちてきます。

両腕ではなく片側だけに麻痺が起こってくるようであれば、脳卒中の麻痺の可能性があります。

Speechでは、言葉に障害があるかどうかを見ていきます。

ろれつが回らないという障害と、「言葉の名前などが出てこない」「思ったことと違った返答をしたりする」といった障害が見られることがあります。

これらのうち1つでも症状が出ていれば脳卒中の可能性が高いとされており、症状が1つだと72%、3つすべてだと85%以上が脳卒中であると言われています。

ちなみに最後のTはTimeを指しており、早く診察を受けることの重要性が示されております(脳梗塞であれば、発症から4.5時間以内で条件を満たせば使用できる薬もある)。

本選択肢では、FaceとSpeechの項目に当てはまることがわかりますね。

Faceは簡易的なチェックではありますが、こうした内容の症状は他の疾患では生じにくいことを踏まえれば、本選択肢のような状況だと脳卒中の可能性を疑って、すぐさま面接を終え、主治医に連絡するなどの対応が急務です。

心理職はこうした「心理的反応以外の疾患や問題の症状も把握しておかねばならない」ということだと思う人も多いでしょう。

私の実感としては「心理的問題の特徴や経過を正しく把握しておくこと、その問題の物語をきちんと作り上げておくことによって、目の前の状態が「心理的な問題によって生じ得るものであるか否か」が判定できる」というものになります。

ですから、①心理的問題に対する理解・物語の創案がある、②目の前の状態が、そうした理解や物語に明らかに沿わないものであると見なす、③身体疾患の可能性を疑う、という流れもあり得るでしょう。

もちろん、③の内容を直接勉強するという意味で「心理的反応以外の疾患や問題の症状も把握しておく」ということもあって良いだろうと思います。

ただ、私の場合は、①~②を瞬間的に行い、身体的疾患である可能性を伝えて、すぐに医療機関受診を勧める(その際、可能性のある身体疾患についても伝えることもある)というのが、実際に行っている脳内の流れです。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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