公認心理師の責務と職業倫理とに基づく相談業務の対応として、不適切なものを1つ選ぶ問題です。
こちらは知識問題でもありますが、実践的内容も含まれていますね。
本問で挙げられた内容は、倫理上重要なことでもありますが、同時に心理支援において不可欠な事柄も含まれています。
その辺を意識しつつ解いていきましょう。
解答のポイント
支援において公認心理師という立場でできることの範囲を知っておくこと。
様々な支援機関の枠組みを理解し、そこで起こり得る状況への対応を想定しておくこと。
選択肢の解説
『①国内外の様々な指針や研究結果を実践的に取り入れる』
公認心理師法第43条の「資質向上の責務」には、以下のように規定があります。
「公認心理師は、国民の心の健康を取り巻く環境の変化による業務の内容の変化に適応するため、第二条各号に掲げる行為に関する知識及び技能の向上に努めなければならない」
本選択肢の内容は、上記の規定に沿った内容と言え、適切と言えますね。
ちなみに「第2条各号」は以下の通りです。
- 心理に関する支援を要する者の心理状態を観察し、その結果を分析すること。
- 心理に関する支援を要する者に対し、その心理に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと。
- 心理に関する支援を要する者の関係者に対し、その相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと。
- 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供を行うこと。
これらに関する知見を積極的に取り入れていくことは専門家として重要と言えますね。
一方で、ある種の批判的態度も重要です。
単に指針や研究結果を鵜呑みにして実践するのではなく、その他の知見や自身の臨床経験からくる反証にも敏感でなくてはいけません。
例えば、心理的デブリーフィングは現在では否定的知見が多く提出されていますが、かつては外傷体験への支援として推奨されていました。
それが推奨されていた時でも、日本でよく見られる「あえて触れない」という態度の重要性をこころに留めておくことはできたと思います。
田嶌誠一先生の壺イメージ療法や、増井武士先生の心の整理法などがその具体的知見ですし、それらの背景にあるフォーカシング指向心理療法の考え方も重要ですね。
以上より、選択肢①は適切と判断でき、除外することが求められます。
『②自分が兼務している別の機関にクライエントを紹介する』
こちらはいわゆる「利益相反」という倫理違反に該当します。
一般的には、ある行為が、一方の利益になると同時に、他方の不利益になるような行為を言います。
本選択肢の場合、今相談している機関にとっては不利益であり、兼務している機関にとっては利益になるわけですね。
公認心理師自身が関わりのない機関に紹介するのであれば問題ないのですが、「兼務している」となるとそこに公認心理師にとっての利益が発生する可能性が出てきてしまいます。
どっちで支援を受けようが「公認心理師に利益がないよ」という場合であっても、やはりダメです。
利益は直接的なものに限定せず、間接的なもの(その機関の利用者数の増減による助成、紹介することによる数字に見えない評価の向上)なども含まれます。
公認心理師自身が自覚していないようなレベルの利益もあるでしょう。
よって、他機関を紹介するのであれば「自分とは利益関係がないが、信頼のおける機関」を複数持っておくことが重要ですね。
複数持っておくことによって、クライエントが自分で自分の支援を受ける場を選ぶという選択の余地を残しておくこともできますから。
以上より、選択肢②が不適切と判断でき、こちらを選択することが求められます。
『③友人から心理的支援の依頼を受けた場合は、多重関係となるため断る』
こちらは私たちの普段の考え方とは逆のパターンですね。
心理師の教育では「クライエントと個人的関係を結ぶことは倫理違反である」とされています。
本選択肢はその逆で「もともと友人という個人的関係にあった人から、心理支援の要請を受けた」という状況です。
まずはこの違いをキャッチできることが解く上では大切です。
多くの場合、友人から心理支援の依頼を受けた場合は他機関を紹介するのがセオリーでしょう。
友人関係という、すでにある関係性が、支援関係を難しくする場合もあります。
ですが、どうしても依頼された自分が対応せねばならないという状況もあり得ると思います。
スクールカウンセラーをやっていると、教職員から子息に関する相談を受けること、教職員自身の悩みの相談を受けることも少なくありません。
そういった場合も、関係性が重なることになりますが、無碍に断ることもできません。
元々の関係に配慮しつつ、必要な支援は行うという形になるかと思います。
それが難しいと感じるときには、素直にそのことを伝え、他機関を紹介することも大切でしょう。
友人関係になれば、状況は更に複雑です。
仕事上のつながりならばパブリックな状況での関係ですが、友人関係は完全にプライベートなものです。
外科医も、自分の家族は切れないという話を聞いたことがあります(人によるんでしょうけど、できないのが自然な感情だとも思います)。
大切なのは、自分と相手との関係性を念頭に置きつつ、自分に行える支援の範囲を自覚しておくことです。
そして、相手の問題の大きさを勘案して、支援上自分にできることが少なければ、そのことを率直に伝えることです。
友人からの支援要請を受ける場合は、元々の友人関係に何らかの変化が生まれることを覚悟して臨む必要があります。
場合によっては、友人関係の終焉も。
私の場合は友人関係を大切にしたいので、友人への心理支援は行わないようにしています(簡単なアドバイスはあり得ますが)。
その場合、他機関を紹介するということになりますが、これはこれで「正当な心理支援」と言えるでしょう。
自分のプライベートを大切にしたい人は、普段から信頼できる仲間や機関をもっておくことが重要です。
そうすれば、そこを紹介することもできますからね。
以上より、選択肢③は適切と判断でき、除外することが求められます。
『④クライエントに自分自身でどの機関で援助を受けるか決めるよう助言する』
そもそもクライエントには自分で援助を受ける機関を選ぶ権利があります。
ですから、本選択肢の対応は援助の上では当たり前のことであり、そのクライエントの権利を奪うことは許されないことです。
もちろん、それを躊躇わせる様々な状況が予測されます。
ざっと列挙すると以下の通りです。
- クライエントが自らで決められない場合:幼く、連れてこられるしかない状況等
- 複数の専門家がその機関で関わっており、他の機関に行くことへのしがらみが大きい場合
- クライエントの心理的問題から、支援の途中で他機関に行くことを希望する場合
上記の状況は、素直に「どの機関で援助を受けるかあなた自身が決めましょう」とは言いづらいように思います。
まず第1項ですが、クライエントが決められない場合でも、クライエントはその権利を有しており、カウンセラーが決める立場ではないことを自覚しておくことが大切です。
その上で、クライエントのまだ自覚できていない動機づけを引き出していく努力を重ねていくことが求められます(場合によっては、支援を受けたくないということもあるでしょうね)。
第2項では、医師などの他職種が関わっている場合、カウンセラーは板挟みになることもあるでしょう。
その場合は、カウンセラーの立場として、現在の治療に抱いている不満や葛藤など(何かしらの不満等がないと他機関へ移るとは思わない)を汲み取り、それをどのように消化していくかを考えていくことが心理支援と言えます。
第3項では、例えば、ある種の心理的課題(見捨てられ不安など)によって、必要な心理支援の途中であっても面接を中断して別の機関へ行くという希望を出す場合があるでしょう。
その行為には、いわゆる「試し行動」という意味合いも含まれているかもしれません。
その際は、他機関に移りたいと思った理由等をしっかりと話し合うことが、現実的対応としても心理支援としても重要だと思います。
カウンセラーとして現在の心理支援の継続が重要であると感じているなら、そのことをしっかりと伝え、その上で話し合うことです。
他機関を希望するときに、カウンセラー自身の「見捨てられ不安」も賦活されます。
その痛みから目を逸らすように「じゃ、紹介状つくりましょうね」とアッサリと対応してしまう場合も散見されますが、これは心理支援として不適切です。
「クライエントには自分で援助を受ける機関を選ぶ権利がある」ということを、カウンセラー自身の傷を覆い隠す手札とするのは心理支援上勧められません。
こうした場合は「クライエントには自分で援助を受ける機関を選ぶ権利がある」を前提としつつも、他機関に行くことに懸念を示すという対応もあり得ます。
「どの機関で治療を受けるか」ということを「現に公認心理師が関わっている援助機関で話し合う」ということは、それ自体に複雑な心情が含まれているはずです。
しかし、その状況に含まれる心理的要因をきちんと把握し、それに沿った対応を採ることがカウンセリングとも言えるでしょう。
以上より、選択肢④は適切と判断でき、除外することが求められます。
『⑤初回の面接で自らが不在の際の対応について、クライエントに希望を聞く』
こちらは心理支援の枠組みとしても、そして支援の一環としても行われる対応です。
公認心理師が勤めている機関の枠組みによっては、急な来談でも受け付けていることがあり得ますし、予約制であっても(本当は無い方がよいのですが)前後の面接によって時間がずれ込むこともあります。
そんな時に、どのように対応すればよいのかをきちんと話し合っておくことは大切なことです。
「私の仕事はこういう形態だから、来られても会えない時もあるかもしれない。そういう時にあなたがどう手続きすればよいか考えておきたいし、意見をお聞きしたいです。それによって私の同僚に伝えなければならないことも出てくるでしょうから」などという感じかもしれませんね。
もしもカウンセラーから提案するなら「その場にいる人に、次に来る日時を伝えておいてください。もしもその日がダメそうだったら、またこちらから改めてご連絡します。その日時で大丈夫なら連絡はしませんから、その日にお越しください」という感じでしょうか。
こういう対応を採ることによって、クライエントに、自分とカウンセラーの枠組みが確かなものであるという実感を与えられる可能性が高まります。
そして「カウンセラーが不在のときの対応に関する希望を聞く」ということは、対象恒常性(その人に対する「なんとなくのイメージ」が「いつも同じ」であるかどうか)が十分だったり、見捨てられ不安を有しているクライエントにとって意義深い対応と言えます。
こうした課題があるクライエントにとって、信頼するカウンセラーから離れるという体験は過去の傷つきを賦活化させ、状態の変動を生みやすいです。
このときに「不在時のことを話し合う」ということをしておくと、「居ないけど存在する」ということを暗に示すことができます。
「居ないけど存在する」ということは頭では理解していても、内的に刻み込まれた不穏感情の表出はそう簡単にはコントロールできません。
枠組みをきちんとしておくこと、不在時の対応を話し合うことには、こうした心理状態への支援を含めて行われるのです。
もちろんどうしても不在の場面やその際の連絡がうまくいかないこともあるでしょう。
ですが、そのある種のマイナス体験をカウンセリングで扱っていき、その人の内的理解を深めていくことが「カウンセリング」です。