苦痛を和らげること

心理的にせよ身体的にせよ、その人の苦痛を和らげるというアプローチは普遍的に見られるものです。
それに特化した技法も開発されているくらいですね。

ですが、苦痛を和らげることが本当に良いことであるのか、ということは考えておくべき問いだと思います。
精神的な症状には「問題解決の企図」という意味合いが含まれているとKannerが述べたように、苦痛だから単純にその人に不要なものと捉えるのは誤りです。
では、なぜ苦痛を和らげるのか、どういった苦痛なら和らげることが大切なのか。
支援者は、その問いに答えられるようにしておくことが大切だろうと思います。

まず、苦痛を感じている人は「今」に縫い止められます。
強い苦痛は、郷愁や後悔といった過去、目標や祈りといった未来を行き来するゆとりを奪い、「今」の苦しみやそれを軽減することに終始する状態を作り上げてしまいます。

こうした時間軸の崩壊は「苦痛」の見分けを不可能にします。
精神的な「苦痛」を大別するなら、実は成長に必要なものと、単に邪悪なものがあります。
単に邪悪なものからはいそいそと遠ざかることが肝要ですが、成長に必要であるという認識には長期展望が必要です。
時間軸の崩壊はこうした長期展望を困難にし、目の前の苦痛から遠ざかるというパターンを固定化しやすくしてしまいます。

つまり、強い苦痛は、その人が成長するために必要な状況からその人を遠ざけることになりかねないということです。
よって、支援者は「時間軸を奪うほどの苦痛を和らげる」という作業と、「その人の成長に必要な苦痛を「共苦」という営みをもって支える」という作業の両方を実践することが求められると言えるでしょう(共感=sympathyですが、古代ギリシャ語が語源で「共に苦しむ」という意味です)。

不登校になったばかりの子どもは「未来」のことを語りません。
他罰的に「過去」のことを語ることはあっても、思い出や郷愁、後悔として「過去」を語ることもありません。
ですが、家庭の中で安心感を持つことができるようになってくると、自然と「過去」や「未来」の話をするようになります。

例えば、なかなか「現在」の思いを表現できない子どもの場合、「過去」の体験を語るという形式をもって自分の思いを表現しようとすることがあります。
そこで語られる「過去」の体験は、どこかで「現在」の思いとつながっているので、そういう認識で話をきくことが求められます(本人は「別にどうでもいいことだけど…」と言いながら語りだすことが多いですけど、「どうでもいいこと」を人は言いません)。

他にも、小学生の不登校児がいきなり「高校生になったら~」と語りだすことがあります。
どうやら不登校児が「未来」を語るときには、「現在」よりもずっと先のことから話し出して、それを丁寧に聴いていると、徐々に「現在」に近づいてくる印象があります。
ついつい、保護者は「高校生になりたいんだったら、いま学校に行かないと…」と思ったり言いたくなるようです。
ですが、①未来を語れるようになったことは、確実に元気になってきた証拠であること(元気がない時には「今」しかない世界を生きていること)、②丁寧に「遠い未来」の話をきいておけば、徐々に「現在」の自分に近づいてくることが多いこと、を支援者として伝えることも大切でしょう。

さて、苦しみがもたらすゆとりのなさは他者との関わりでも大きな影響を及ぼします。
他者の痛みに思いを馳せたり、人の時を思う(JTのCMでありますね)ような、そんな他者を前提とした世界に住むことを「苦痛」は難しくしてしまいます。
要は、強い苦痛は対人関係を奪うということです。

ですから支援者は、その人が苦痛の中でも関係が切れない人間として存在することが求められますし、同時にその人が誰かと対人関係が持てるような媒介者となる役割を取ることも必要でしょう。
そして、これらの実践には「対人関係を奪うほどの苦痛を和らげる」という支援が前提になるのでしょうね。

苦しみが時間や対人関係を奪う、だからそれを和らげる。
そういう風に考えながら、私は目の前の人と関わっています。
そう考えながら関わっていると、逆説的ですが、安易に苦しみを軽減しないようにもなっているような気がします。

「その人の人生において、避けることができないような苦しみの中でもがいている」
「その人が壁にぶつかって、苦しみながらも何とかしようとしている姿」
「ひどい目にあっても「負けたくない」と踏ん張っている」

彼らは時間も対人関係も奪われていません。
そういう時に安易に苦しみを軽減せず、その場に「共苦」をもって留まるように、共に過ごすようになっています。
もしかしたら「その人の成長の苦しみ」に聡くなるためにも、「なぜ苦しみを和らげるのか」という問いにそれぞれの臨床家が自分なりの答えを持っておくことが必要なのではないか、などと思うのです。

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