セクシュアル・ハラスメントに関する法的な理解を問うている問題です。
半分はパワーハラスメントの内容になっていましたね。
いずれも、具体的な内容に関しては各法律で定められた「指針」に示されています。
問57 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律〈男女雇用機会均等法〉に規定されているセクシュアル・ハラスメントについて、正しいものを2つ選べ。
① 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制すること
② 異性に対して行われるものであって、同性に対するものは含まないこと
③ 職場において行われる性的な言動により、労働者の就業環境が害されること
④ 業務上の合理性がなく、能力と経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
⑤ 職場での性的な言動に対して、労働者が拒否的な態度をとったことにより、当該労働者がその労働条件につき不利益を受けること
解答のポイント
男女雇用機会均等法および労働施策総合推進法と、それぞれの指針で示されている内容について把握していること。
選択肢の解説
① 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制すること
④ 業務上の合理性がなく、能力と経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業⽣活の充実等に関する法律)第30条の2には以下のように規定されています。
第1項「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」
第2項「事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」
第3項「厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとする」
これらがいわゆる「パワーハラスメント」を禁止する規定となっています。
そしてこの規定を背景とし、厚生労働省は、パワーハラスメント防止指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号))を公表しました。
上記の第3項にある「事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」のことですね。
この指針には、禁止されているパワーハラスメントの具体的な内容が示されております。
そもそもパワーハラスメントとは、職場において行われる…
- 優越的な関係を背景とした言動であって
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
- 労働者の就業環境が害されるものであり
- 1から3までの要素を全て満たすものをいう
…とされています。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません(このことは指針でも明示されています)。
近年、「業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導」についても、パワーハラスメントであると主張する人が増えてきました。
この一因として何があるのか、少し考えを述べてみましょう。
人が社会の中で受ける痛みを、大きく2つに分けて考えてみるとわかりやすいだろうと思います。
1つは「成長のために必要な痛み」であり、いわば「こころの成長痛」のようなものです。
もう1つはパワハラに代表されるような、「受けなくてよい痛み」「即刻その場から離れた方がよい痛み」です(実際にはパワハラだけに留まらず、「なんか自分の心身に不健康をもたらしそうな感じ」と言ってよいかもしれません)。
この2つを見極められない人がずいぶん増えてきたことが、本段落の冒頭で述べた事態を招いていると思います。
「成長のために必要な痛み」を「受けなくてよい痛み」と認識し、その場から離れれば、当然その人の成長は促されなくなります。
これを事後的に見極めるのは非常に簡単で、その人は何度も社会的な場面から離れることになりますが(それ自体は問題ではない)、その度に、その人の社会的な評価は下がっていき、その人が入ることができる社会的場面が狭まっていきます。
成長の場面から離れるということは、未熟な自分のままであるということですから、それに見合った場所に流れていくことになるのです。
どうして「成長のために必要な痛み」と「受けなくてよい痛み」を見極める力が弱まっているかについての私見は持っていますが、それを述べると本解説からどんどん離れていくのでここでは控えておきましょう。
ちなみに、私は、目の前の人が「それまでその人が過ごしてきたあらゆる社会的場面に対して「パワハラを受けた」と被害的に語っている」という状況に出会ったとき、その人を社会的に成熟した人物と見なすことを保留にしていますね(プライベートであれば関わりませんし、そういう対応を取ることが私にとって「受けなくてよい痛み」から迅速に離れるということを意味しています)。
さて、問題に戻って、禁止されているパワーハラスメントの具体的な内容について示していきましょう。
- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
該当すると考えられる例:
①殴打、足蹴りを行うこと。
②相手に物を投げつけること。
該当しないと考えられる例
①誤ってぶつかること。 - 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
該当すると考えられる例:
①人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
②業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
③他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
④相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。
該当しないと考えられる例:
①遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
②その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。 - 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
該当すると考えられる例:
①自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
②一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
該当しないと考えられる例:
①新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。
②懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。 - 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
該当すると考えられる例:
①長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
②新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
該当しないと考えられる例
①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
②業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。 - 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
該当すると考えられる例:
①管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
②気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
該当しないと考えられる例:
①労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。 - 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
該当すると考えられる例:
①労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
②労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
該当しないと考えられる例:
①労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
②労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。
選択肢①の「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制すること」は、上記の「過大な要求」に該当するパワーハラスメント行為であることがわかります。
また、選択肢④の「業務上の合理性がなく、能力と経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと」は、上記の「過小な要求」に該当するパワーハラスメント行為であることがわかります。
なお、労働施策総合推進法第36条には「厚生労働大臣は、事業主から第三⼗条の二第⼀項及び第二項の規定の施⾏に関し必要な事項について報告を求めることができる」とあり、この規定に対して「報告をせず、⼜は虚偽の報告をした者は、二⼗万円以下の過料に処する」(第41条)となっております。
このように、選択肢①および選択肢④の内容はセクシュアル・ハラスメントではなく、パワーハラスメントに該当する行為と言えます。
よって、選択肢①および選択肢④は誤りと判断できます。
② 異性に対して行われるものであって、同性に対するものは含まないこと
男女雇用機会均等法の第11条には以下のような規定があります。
第1項「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」
第2項「事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」
第3項「事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる第一項の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない。」
第4項「厚生労働大臣は、前三項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとする」
そして、本選択肢の内容に関しては第4項に定められた「必要な指針」の中に記載があります。
「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」には、「職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれるものである。また、被害を受けた者の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となるものである」という規定がなされています。
このことから、同性間であってもセクシュアルハラスメントの対象になることがわかりますね。
以上より、選択肢②は誤りと判断できます。
③ 職場において行われる性的な言動により、労働者の就業環境が害されること
「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」では、セクシュアル・ハラスメントを対価型と環境型に分けて論じています。
本選択肢の内容は「環境型セクシュアル・ハラスメント」に該当するものとなります。
環境型セクシュアル・ハラスメントとは、「職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」とされています。
具体的には以下のような状況が該当します。
- 事務所内において上司が労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること。
- 同僚が取引先において労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、当該労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと。
- 労働者が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示しているため、当該労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと。
このように、選択肢にある「性的な言動により、労働者の就業環境が害されること」は、環境型セクシュアル・ハラスメントであることがわかりますね。
ただし、セクシュアルハラスメントの状況は多様であり、判断に当たり個別の状況を斟酌する必要があります。
一般的には意に反する身体的接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、一回でも就業環境を害することとなり得ます。
継続性または繰り返しが要件となるものであっても、「明確に抗議しているにもかかわらず放置された状態」または「心身に重大な影響を受けていることが明らかな場合」には、就業環境が害されていると判断し得るものです。
また、男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮すると、被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適当とされています。
以上より、選択肢③は正しいと判断できます。
⑤ 職場での性的な言動に対して、労働者が拒否的な態度をとったことにより、当該労働者がその労働条件につき不利益を受けること
本選択肢の内容は、指針における「対価型セクシュアル・ハラスメント」に該当すると考えられます。
これは「職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、当該労働者が解雇、降格、減給等の不利益を受けること」とされ、具体的には以下のような状況となります。
- 事務所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、当該労働者を解雇すること。
- 出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、当該労働者について不利益な配置転換をすること。
- 営業所内において事業主が日頃から労働者に係る性的な事柄について公然と発言していたが、抗議されたため、当該労働者を降格すること。
このように、本選択肢の内容は「対価型セクシュアル・ハラスメント」であることがわかりますね。
また、事業主が雇用管理上講ずべき措置についても指針では触れられています。
以下の10項目となります。
- 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
(1)職場におけるセクシュアルハラスメントの内容・セクシュアルハラスメントがあってはならない旨の方針を明確化し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
(2)セクシュアルハラスメントの行為者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること。 - 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
(3)相談窓口をあらかじめ定めること。
(4)相談窓口担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。また、広く相談に対応すること。 - 職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
(5)事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
(6)事実確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮の措置を適正に行うこと。
(7)事実確認ができた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと。
(8)再発防止に向けた措置を講ずること。(事実が確認できなかった場合も同様) - 1から3までの措置と併せて講ずべき措置
(9)相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知すること。
(10)相談したこと、事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。
なお、男女雇用機会均等法の第29条には「厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる」とあり、これに違反したときには「規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、20万円以下の過料に処する」(第33条)とされています。
以上より、選択肢⑤は正しいと判断できます。