自殺のリスクアセスメントに関する問題です。
具体的にどのような点について尋ねると、自殺リスクの高低を判断することができるかを知っておくことが大切です。
事例の内容を読まなくても正答を選ぶことはできそうな問題でしたね。
問71 22歳の男性A、大学4年生。Aは12月頃、就職活動も卒業研究もうまくいっていないという主訴で学生相談室に来室した。面接では、気分が沈んでいる様子で、ポツリポツリと言葉を絞り出すような話し方であった。「就職活動がうまくいかず、この時期になっても1つも内定が取れていない。卒業研究も手につかず、もうどうしようもない」と思い詰めた表情で語っていた。指導教員からも、日々の様子からとても心配しているという連絡があった。
Aの自殺のリスクを評価する際に優先的に行うこととして、不適切なものを1つ選べ。
① 絶望感や喪失感などがあるかどうかを確認する。
② 就職活動の方向性が適切であったかどうかを確認する。
③ 現在と過去の自殺の念慮や企図があるかどうかを確認する。
④ 抑うつ状態や睡眠の様子など、精神的・身体的な状況を確認する。
⑤ 就職活動や卒業研究の現状を、家族や友人、指導教員に相談できているかどうかを確認する。
解答のポイント
自殺のリスクアセスメントとして押さえるポイントを理解していること。
選択肢の解説
① 絶望感や喪失感などがあるかどうかを確認する。
絶望感や喪失感の存在は自殺のリスクを高める感情状態と言えます。
就職活動がうまくいっていない、卒業研究も手につかないという状態から、「どれだけ頑張ってもうまくいかない」という無力感を高まっている可能性があります。
このような状態は視野狭窄を招き、否定的な思考がぐるぐると巡る形になりやすくなります(いわゆる否定的自動思考とか呼ばれるものですね)。
そうなると絶望感というその名の通り「あらゆる希望が絶たれた感じ」が強くなってくることや、喪失感という自分の能力や社会的な立場、大きく言えば自分の人生が失われてしまったような感覚が強くなることも想定され、それは自殺のリスクを高めます。
ですから、「絶望感や喪失感などがあるかどうかを確認する」というのは、リスクを評価する上では重要なアプローチと言ってよいでしょう。
ただし、実践上重要なのは「どうやって絶望感や喪失感の有無を確認するのか?」ということです。
まっすぐ「絶望感や喪失感はあるかね?」と問うのも悪いとは言わないのですが、そういう「漢字だけで構成されている言葉」というのは人によって受け取るニュアンスがずいぶん異なる恐れがあります。
ここで重要なのは、カウンセラーが絶望感や喪失感をどのように認識しているか、ということです。
上記で絶望感を「あらゆる希望が絶たれた感じ」と、喪失感を「自分の能力や社会的な立場、大きく言えば自分の人生が失われてしまったような感覚」と表現したのは、私なりにこれらの感情状態を細やかに述べたわけですね。
そして、こうした認識を持っておけば、クライエントへの言葉かけもずいぶん変わってくると思います。
例えば、「どれだけ頑張ってもうまくいかなくて、自分には希望がないって感じてしまう?」「これまで築いてきた自分の人生の流れが、急に狂っちゃった感じがする?」「今まで自分が積み上げてきたものが、全部なくなっちゃったような気持ちになる?」などのような問いかけによって、絶望感や喪失感の確認を行うことができるわけです。
先に「漢字だけで構成されている言葉」というのは人によって受け取るニュアンスがずいぶん異なる、と述べました(四文字熟語とかその代表みたいなものです)。
これは、「絶望感」という言葉を伝えたとしても、カウンセラーの思うような深刻さとしてクライエントが認識しているとは限らず、「お互い同じ言葉を使っているけど、意味が通じていない」という現象が起こっている可能性もあるということです。
そして、特に生死に関わるような状況では、こうした小さなズレが大きな問題になることも考えねばなりません。
上記のような絶望感や喪失感の確認の仕方は、自然とこうしたズレを防ぐ上でも効果的です。
この実践のためには、カウンセラーが普段から自分の内にある「絶望感」なり「喪失感」なりについてコンタクトし、それらの言葉に体験を踏まえた意味を付与していることが大切であり、そういう日常的な努力によってクライエントとのズレの無いコミュニケーションを可能になるということです。
以上より、選択肢①は適切と判断でき、除外することになります。
② 就職活動の方向性が適切であったかどうかを確認する。
本選択肢の対応は、ある程度危機的な状況が過ぎ、クライエントが就職活動や卒業研究について現実的に見直していきたいという欲求が出てきたときに行うものになります。
つまり、クライエントが「思い通りにならない現実」に向き合い、自分の力を以って変えていこうとする意欲が生じたときに、クライエントの意欲に追従する形で行われるアプローチとなります。
この際、クライエントの意欲よりも強い意欲をカウンセラーは出してはいけません。
文化財の布を修復する時、繋ぎ合わせる布は元の布よりも弱い生地を使わないと、元の布を傷めるという話があります。
意欲もこれと同様で、クライエントが出している意欲よりも強い意欲で接すると、クライエントの自然な経過を歪めてしまう恐れがあります。
さて、上記を見てもらえばわかるとおり、本選択肢のような対応は自殺リスクが十分に下がり、クライエントの意欲の発現と共に検討することになるものです。
本事例で示されているような、自殺のリスクアセスメントを行うことを考えるような状況で行うべきものではないことがわかると思います。
本問で問われているのは「Aの自殺のリスクを評価する際に優先的に行うこと」ですから、本選択肢の内容は不適切であることがわかりますね。
以上より、選択肢②が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。
③ 現在と過去の自殺の念慮や企図があるかどうかを確認する。
言うまでもなく自殺念慮や自殺企図の存在は、自殺の実行可能性を高める要因です。
更に言えば、「死にたいと思う(念慮)」だけでなく「実際に実行してみた(企図)」になってくるとリスクは相当高いと言えます。
多くの人が経験しているように、思うことと行うことの間には崖のような大きな隔たりがあります(殺したいと思うことは多くても、実際に殺す人はごく僅か)が、状態の悪化に伴って隔たりが小さくなります(要は死にたいと思ったら実行する可能性が高くなる)。
念慮と企図の間にある隔たりが小さくなっているか否かを確認する、それが念慮と企図を併せて問うことの価値と私は考えています。
時折、自殺企図の方法としてリストカットなどのような既遂しにくい方法を選択している場合もありますが、これを過小評価してはいけません。
重要なのは、クライエントが「その方法で死ねると思っていたかどうか」になります。
既遂しにくいリストカットであっても、クライエントが「死ねる」と強く思っていたならば、失敗したとしても「次はより確実な方法を選ぶ」だけです。
自殺企図を尋ねるのであれば、併せて「この方法なら死ねるって思っていたか否か」に関する情報も得るよう努めたいところです。
当然、「現在の自殺念慮、自殺企図」については喫緊の問題ですから、その存在を確かめることは必須ですね。
また、「過去の自殺念慮、自殺企図」について問うことも重要になります。
過去に自殺念慮や自殺企図があった場合、今回は「それらの経験を踏まえて実行する」という可能性があるので、過去の体験を尋ねることで現在のリスクを見積もることがしやすくなります。
過去に経験があるなら「以前と比べて今回の気持ちはどうか」というリスク評価と併せて、「前回、あなたを思い留まらせたものは何か」と問うことでサポート資源やその人を現世に引き留める要因を探ることもできます。
リスクアセスメントは重要ですが、リスクアセスメントの作業がそのまま支援につながるような聞き方を心がけた方が望ましいと言えますね。
以上より、選択肢③は適切と判断でき、除外することになります。
④ 抑うつ状態や睡眠の様子など、精神的・身体的な状況を確認する。
精神的・身体的な状況が悪いということは、自殺のリスクを高める要因になります。
抑うつは脳が疲弊している状態ですから、幅広く考えることが難しくなります。
特定の考えに終始してしまい、ネガティブな思考が巡ることにもなりやすいです(否定的自動思考と言えます)。
「目の前の苦しみから離れる手段」として手近(に見える)で、極端な方法(つまり自殺など)が浮かびやすくもなります。
なお、抑うつがイコール精神医学的な問題と考えるのは誤りです。
抑うつはさまざまな問題に付随して起こる「非特異的症状」の一つです。
また、睡眠の問題も「非特異的症状」と言えます。
実は、その人の健康状態を把握するためには、ある疾患にしか生じない特別な症状(特異的症状)よりも非特異的症状(程度の差はあってもあらゆる病気に生じうる、特定の病気と結びついていない症状)の推移を見る方が間違いは少なくなります。
特異的症状はあるとき突然に生じることも多いですが、非特異的症状は少しずつ変化しており流れを掴むことがしやすいです(非特異的症状の悪化の先に特異的症状の発現があることも多い)。
抑うつや睡眠などがどのように推移しているか、その推移に特定の出来事が関係しているかなどを把握することで、状態の悪化を細やかに理解できるだけでなく、クライエントが苦手としている状況も特定し予防や予測に役立てることができます。
このように、抑うつ状態や睡眠について問うことで、現在のクライエントの状態を把握するだけでなく、クライエントの状態が悪化する要因や状況を探り支援につなげることもできます。
以上より、選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。
⑤ 就職活動や卒業研究の現状を、家族や友人、指導教員に相談できているかどうかを確認する。
本選択肢は「クライエントのサポート資源の有無」について問うています。
当然ながら、サポート資源が多く、それにアクセスできているほど自殺リスクは低くなります。
本事例では「指導教員からも、日々の様子からとても心配しているという連絡があった」とありますから、少なくとも指導教員からの支援は受けられそうな状況ですね。
また、本事例では「家族や友人、指導教員」のような身近な援助資源が重要になります。
なぜなら、本事例の問題には現実的な状況に起因している面(就職活動や卒業研究がうまくいっていない)が少なからず見られるので、そのようなときに「家族や友人、指導教員」のようなクライエントの現実世界で関わることが多い人たちに助けてもらうことができるか否かは大切なポイントです。
もちろん「もっとこうした方が良い」みたいな形の助言になってしまうとクライエントの負担になることも考えられるので、クライエントが関わりやすく支援を受け入れやすい対象との関わりを勧めてみる方が無難です。
学生相談室の事例ですから、指導教員に対してコンサルテーションを行って、支援の一端を担ってもらうのも方法の一つですね(友人と違ってカウンセラーがマネジメントしやすいという利点もあります)。
本事例のクライエントの場合、既に学生相談室に来室しているなど、援助希求行動を取ることができています。
よって、カウンセラー以外の援助資源に対しても援助希求行動を取ることがしやすいことも期待できるので、本選択肢のような確認は重要になってきますね。
以上より、選択肢⑤は適切と判断でき、除外することになります。