実験手続きにおける研究倫理上の行為に関する問題です。
「研究の目的を偽って実験を行い、実験の終了時に本来の目的を説明することによって、実験の参加者に生じた疑念やストレスを取り除く」ことを何と呼ぶかを問う設問でした。
こちらはまさに「知っているかどうか」を問うものですね。
解答のポイント
研究倫理の手続きについて把握していること。
選択肢の解説
『①個人情報保護』
「個人情報」については個人情報保護法で以下のような定義がなされています。
- 当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画若しくは電磁的記録に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項(個人識別符号を除く)をいう)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む)
- 個人識別符号が含まれるもの
そしてこの法律において、その理念が以下のように示されています。
- 高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ、個人情報の適正な取扱いに関し、基本理念及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。
以上のように「個人情報保護」は、社会における個人情報の適正な取り扱いに関する用語であり、問題文にある内容とは合致しません。
また、研究における個人情報の取り扱いについては、各学会等でガイドラインが示されています。
その中心になるのが、厚生労働省が出している「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」です。
上記では以下の事項が定められています。
- 個人情報等に係る基本的責務
- 安全管理
- 保有する個人情報の開示等
- 匿名加工情報の取扱い
研究に携わる場合は、一読しておくことが大切です。
以上のように、選択肢①は問題文の内容と合致しないと言えます。
『②ディセプション』
ディセプションとは、他者に対して意図的に偽であることを真であるように信じ込ませることを指します。
大別すると以下のパターンに分かれます。
- ウソをついてだますこと。
- 不正確・不完全な情報の伝達。
- 必要な情報や事実の隠ぺい。
社会心理学では、有力な研究法の一つとして用いられてきました。
ディセプションの目的と機能としては、「複雑で流動的な現実の社会的状況を実験室に再現し、実験参加者のさまざまな不安や期待が実験室での反応や行動に影響されるのを防ぐこと」とされています。
社会心理学では、人が置かれる状況を操作する(変化させる)ことによって生じる態度や行動の変化を知ることが重要です。
しかし参加者が、状況が「操作されている」と認知することで態度や行動を変化させることがあり得ます(例えば、要求特性:要求に応えようとする、など)。
デセプションは、真の目的を伝えることによって参加者に実験参加に対する「構え」が生じることで、結果に影響がでることを避けるための手続きとなります。
ディセプションは研究倫理の側面から批判を受け、その代替研究法が模索されてきました。
APAでは、ディセプションを使用する研究に対して、インフォームドコンセントに基づく倫理基準を設定しています。
ここで改めて問題文を見てみましょう。
「研究の目的を偽って実験を行い、実験の終了時に本来の目的を説明することによって、実験の参加者に生じた疑念やストレスを取り除く」
この問題文の前半部分である「研究の目的を偽って実験を行い、実験の終了時に本来の目的を説明すること」は、ディセプションの内容と合致します。
しかし、この問題文の肝は前半部分ではなく、後半の「実験の参加者に生じた疑念やストレスを取り除く」という手続きについて問うている点にあります。
ディセプションの内容は、問題文後半の内容を含んでおらず、不適切と言えます。
重要なのはAPAなどが示している「ディセプション使用に対して、どのような倫理的手続きを行うことが求められるか」という点です。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
『③フィードバック』
フィードバック自体は、元々工学における制御理論の基本的概念です。
ここでは、研究におけるフィードバックに限定して記載します。
例えば、論文が採択され成果の公表を行った際には、研究協力者に対して成果報告(フィードバック)を行うことが望ましいとされています。
研究協力者が一般住民や患者など非専門家の場合には、一般向けに分かりやすく知見を解説した報告を作成し、ホームページや大学の広報等の手段を利用して成果報告を行うことが考えられます。
研究協力者に対して調査の参加同意を求める際に、どのような形で成果の公表や、研究協力者に対する成果の報告を行う予定であるか明示しておくことが望ましいですね。
論文掲載の場合だけでなく、研究終了後にはどのような成果が得られたのかを伝えることが重要です。
こうした手続きをフィードバックと称するのが一般的です。
研究終了直後に行うのではなく、研究の結果や成果が出たときに、その内容を研究協力者に伝達するという意味合いが強いですね。
以上より、選択肢③の内容は問題文に合致しないので誤りと判断できます。
『④デブリーフィング』
研究内容によっては、実験参加者に本当の目的ではなく、別の目的を説明することがあり、これをカバーストーリーなどと呼びます(ディセプションと同じような気もしますが…)。
このように最初に実験の真の目的を説明しない場合は、実験が終了した時点で真の目的を参加者にきちんと説明する必要があります。
この手続きを「デブリーフィング」と呼びます。
先のディセプションが行われた場合には、なぜそれが行われる必要があったのか、も含めて説明することが求められますね。
その上で、データ使用の許可を得ることが重要です。
上記の内容は、問題文の「実験の参加者に生じた疑念やストレスを取り除く」という内容に合致しますので、選択肢④が正しいと判断できます。
『⑤インフォームド・コンセント』
インフォームド・コンセントとは、「十分な情報を得た上での合意」を意味する概念です。
主に医療行為に対する倫理的行為として広まり、患者の自己決定権を保障するシステムあるいは一連のプロセスであると説明されています。
1997年に医療法が改正され「説明と同意」を行う義務が、初めて法律として明文化されたという経緯があります。
「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」にも研究上のインフォームドコンセントの重要性は指摘されています。
そこには「研究者等が研究を実施しようとするとき、又は既存試料・情報の提供を行う者が既存試料・情報を提供しようとするときは、研究機関の長の許可を受けた研究計画書に定めるところにより、それぞれ次の1から4までの手続に従って、原則としてあらかじめインフォームド・コンセントを受けなければならない」とされています。
- 新たに試料・情報を取得して研究を実施しようとする場合のインフォームド・コンセント
- 自らの研究機関において保有している既存試料・情報を用いて研究を実施しようとする場合のインフォームド・コンセント
- 他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合のインフォームド・コンセント
- 3の手続に基づく既存試料・情報の提供を受けて研究を実施しようとする場合のインフォームド・コンセント
すなわち、研究を「実施しようとするとき」に「原則としてあらかじめ」十分な説明と同意を得ること、当然説明を受けた上で断る権利等も含めた行為をインフォームドコンセントと呼びます。
研究を行う前に実施することと捉えることができ、選択肢⑤は問題文の内容とは合致しないと判断できます。