公認心理師 2018-141

学生相談室に来室した21歳男性大学生の事例です。
「学生相談室の公認心理師が最初に行う助言」として、最も適切なものを選ぶ問題ですね。

事例の情報は以下のとおりです。

  • 以前から緊張すると下痢をすることがあった。
  • 就職活動の時期になり、大学で面接の練習をしたときに強い腹痛と下痢を生じた。
  • その後、同じ症状が起こるのではないかと心配になり、電車やバスに乗ることも避けるようになった。
  • 消化器内科を受診したが、器質的な異常は認められなかった。

これらを踏まえ、選択肢の検証を行っていきます。

解答のポイント

事例の内容から、ある特定の疾病等に「限定できない」ことがわかること。

選択肢の解説

『①腹痛が気になる状況や、その際の心身の変化などを記録する』

事例の記述より、いくつかの診断がつく可能性が考えられます。
予期不安らしきものの存在から「全般性不安障害」や「パニック障害」、面接練習という場面から起こっているので「社交不安障害」、身体の症状が出ているので「身体化障害」などです。

しかしながら、上記のいずれにも確定させるには情報が不足しています(各診断基準をご参照ください)
選択肢にあるように、症状の詳細を把握することによって、事例に対してどのようなアプローチが望ましいかがはじめて明確になっていきます
(診断名を付けるためではなく、支援法を模索するため、ということですね。あくまでも)

以上より、選択肢①が適切と判断できます。

『②心身の安定を実現するために、筋弛緩法を毎日実施するようにする』

まず筋弛緩法による支援で思い浮かべるのは、ひとつはリラクセーション、もうひとつは基本的には逆制止の考えを取り入れた支援法です。
事例の内容を踏まえると、おそらくは前者のリラクセーション法による支援を念頭においているものと思われます。
ジェイコブソンが開発した漸進的弛緩法が有名なところでしょうか。

こうした方法は確かに「心身の安定」という大きな捉え方をすることも可能だと思われます。
しかし、重要なのは本事例において筋弛緩を中心とした方法による支援が適切と判断できる箇所が存在するか否かです。

選択肢①でも示したように、本事例に何が起こっているのかを現状で確定することはできません
やみくもに筋弛緩法というリラクセーション法を行うことが良い場合もあるでしょうが、特に限定した状況によって事例の問題が起こっていることが明らかになったならば、曝露法を含んだ方法を選択することもあり得ます

これらの点を踏まえると、選択肢②の判断は性急な印象を受けます。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

『③苦手な状況を避けているとますます苦手になるため、積極的に行動するようにする』

まずは選択肢前半の「苦手な状況を避けているとますます苦手になる」の整合性が必要です。
認知行動療法などで、何かを実施する前の予測と、やってみての実際とをすり合わせるということはやることが多いように思います。
否定的な思考が多い状態で、苦手な状況を避け続けることで、さらに否定的な認知が強くなるという悪循環になりやすいという考え方は無くはないですね。

選択肢後半の「積極的に行動する」というアプローチは、一種の曝露法に近いものがあるようにも感じられます。
選択肢①及び②にも述べたように、問題文の事例の内容では苦手な場面が広がっているような印象を受け、こうした状況において「あらゆる場面において積極的に行動する」という教示はうまくいきにくいと思います。

ある程度限定した状況や問題に対して曝露を行うのであれば理解できますが、事例の状況では社会生活全体への曝露という形にもなりかねず、成功する可能性は低いと思われます。

よって、選択肢③は不適切と判断できます。

『④腹痛を気にすればするほど緊張が高まってしまうため、なるべく気にしないようにする』

選択肢にある「気にすればするほど」というのは、森田療法における精神交互作用を日常的に言い換えたものです。
「精神交互作用」とは、ある感覚に対して、過度に注意が集中すると、その感覚はより一層鋭敏になり、その感覚が固着されます。
つまり、その感覚と注意が相互に影響しあってますますその感覚が拡大される精神過程を示したものです。

ある事柄が気になりだすと、自立神経がさらに緊張し、心臓もよけいにドキドキしてきます。
するとさらに心臓に注意が集中して、ますます、心悸亢進が激しくなる悪循環が生まれる事になります。

このように選択肢前半の「腹痛を気にすればするほど緊張が高まってしまう」という点については、あり得ると見ても問題はないと思われます。
しかし、後半部分の「なるべく気にしないようにする」という対処法はいただけません

そもそも「気にしないようにしても気になってしまう」からこそ、社会生活に困難さが生まれ、いわゆる障害や疾病という枠組みで捉えていくことになるのです。
余談ですが、強迫性障害者に手洗い等を「気が済むまでやるように」という教示を与える人がいるとのことですが、そもそも「気が済まない」からこそ強迫性障害なわけです。

「気にしないようにする」「気を逸らす」などのアプローチが無いわけではありませんが、社会生活の多くの場面で生じつつある本事例の腹痛に対して「気にしないように」ということは不可能に近いのではないでしょうか。
マインドフルネスでも痛みに対してのアプローチはありますが、さすがに「気にしない」という助言は雑に過ぎるかなという印象です。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

『⑤下痢をしやすい間は安静にしたほうがよいため、しばらくは外出を控えるなど無理をしないようにする』

この対応は、下痢という症状が身体的なものであるという見立ての場合に採られます。
「以前から緊張すると下痢をすることがあった」という程度であれば、軽い身体化として選択肢にあるような対応で付き合っていくこともあると思われます。

しかし、本事例においては「同じ症状が起こるのではないかと心配になり、電車やバスに乗ることも避けるようになった」と予期不安等の不安障害と思しき記述が見受けられます
この状況において、選択肢の対応は症状を軽く捉えがちといえます。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です