45歳の女性の事例です。
内容は以下の通りです。
- もともと緊張しやすい性格である。
- 5年前、現在の会社に転職した頃に頭痛が続いたことがあったが、鎮痛薬を飲んでいるうちに消失した。
- 3か月前に他部署から異動してきた部下の女性の仕事ぶりに対して不満を感じるが我慢をしていた。
- 頭を絞めつける頭痛が毎日のように3~4時間続くようになった。
- 鎮痛薬を頓用していたが軽減しなかった。
- 心療内科を受診後、公認心理師を紹介された。
かなりわかりやすく環境と症状との関連が示されています。
症状形成に関する基本的な見解を基にして、必要な対応を考えていく力が求められています。
解答のポイント
クライエントの頭痛に対する力動的な理解ができること。
その上で、必要な対応を考えられること。
選択肢の解説
『①部下の女性と接する機会を減らす』
まず本事例は、不満・緊張場面において、おそらくはそれらの感情を我慢することによって頭痛という身体症状を呈していると推察できます。
心理的課題として、不満・緊張を抱える自我強度の程度、自覚している不満・緊張を我慢以外の方法で対処できないこと、などが挙げられます。
続いて本事例が不満・緊張を感じた場面を見てみると、「現在の会社に転職した」という新奇場面、「他部署から異動してきた部下の女性の仕事ぶり」という職務上当たり前に生じ得る事態によって生じていることがわかります。
もちろん、部下の女性の仕事ぶり等について細やかに聞き取りし、現状とクライエントの不満感の整合性を客観的に査定することも重要です。
ですが、一般的に見れば「部下の仕事ぶりに不満を覚える」というのは立場上生じ得ることであり、またクライエント本人に操作できない要因でもあります。
組織の人間である以上は部下を自由に選ぶということはできませんし、仕事をしている以上は部下との接触を制限することも困難です。
クライエントが上司の立場でしたら、部下の仕事に対してチェックを入れることもその業務の範疇になるからです。
こうした状況を踏まえると、選択肢にあるような「部下の女性と接する機会を減らす」という提案は非現実的なものと言わざるを得ません。
それよりも、緊張しやすい自身を理解し、その不満・緊張をどのように自分の中で消化していくかをテーマにしていく方が、より主体的に治療に取り組めると思います。
不穏な対象から離れるというアプローチは、それが可能であれば状態の改善は可能でしょう。
しかし、クライエントに操作できない要因を操作しようとするアプローチは、それがどんなに正しい提案であろうとクライエントの主体感覚を弱めてしまうので注意が必要です。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
『②鎮痛薬の定期的な服薬によって痛みを減らす』
この提案は「鎮痛薬を頓用しているから改善しないのだ」という論理の基づいてなされていると推察できます。
明記はされておりませんが、3年前の症状消失が頭痛薬を定期的に服薬していたというのであれば、多少はあり得る提案になるかもしれません。
しかし、本事例は明らかに不安・緊張場面と頭痛との関連を感じさせる内容であり、3年前の改善も「職場に慣れてきたことと連動して頭痛症状が改善してきた」と捉えることも可能です。
選択肢の内容は、単に鎮痛薬の服用方法に問題があると限定している点に無理がありますし、そもそもクライエントが不安・緊張場面で頭痛症状を呈することへの支援が勘案されていません。
本選択肢で示されている対応の背景にあるのは「症状を取り除く」という思想ですが、心理的な症状というのは単に消し去れば良いというものではありません。
その背後にどのような意味があるのか、きちんと見通しを立てて、それに基づいた支援を行っていくことが重要です。
症状に「敬意」をもって接するという姿勢(=その人が、その症状をもって人生の苦難を何とか凌いで生きてきたということへの敬意をもつこと)が大切です。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
『③漸進的弛緩法によって心身の緊張を和らげる』
こちらはクライエントの頭痛が、緊張・不満によって生じているという見立てに基づいた対応と言えます。
前後関係から、こうした不穏感情と頭痛との関連を前提としつつ支援方針を考えていくのが妥当です。
また頭痛という身体症状を有するクライエントに対して、漸進的弛緩法という身体からのアプローチはクライエントとしても受け入れやすいと思われます。
不満感に伴う緊張をほぐすことが頭痛の解消につながるかどうかの検証も必要になりますが、こうした自身の問題に前向きに取り組むこと自体が心理的問題の改善につながるとも言えます。
時系列で言えば、選択肢④を先に行い、その後に選択肢③を提案するということになるかと思います。
同時に提案することもあり得ますが、細やかに見ていくと症状理解→対応のほうがしっくりきやすいのが一般的です。
ちなみに漸進的弛緩法はジェイコブソンが開発した方法です。
公認心理師2018-141にも、その内容が若干載っていますのでご参照ください。
以上より、選択肢③は適切と判断できます。
『④頭痛日誌によって状況と頭痛の強さの関連を理解する』
事例内ではどの程度クライエントが不満感と頭痛との関連を感じているかは不明です。
すでに「満を感じるが我慢をしていた」ということと「頭を絞めつける頭痛が毎日のように3~4時間続くようになった」ことが時系列として語られているので、この理解はそれほど難しくないと予測できます。
それでもやはり、きちんとその関連を自覚することで、具体的・現実的な対処もし易くなると思われます。
例えば、不満を感じたときに深呼吸する、トイレに行く、誰かに愚痴を言う、部下への適切な指示の仕方などを考える、などです。
そのためにも本選択肢にあるような方法を用いて、クライエントの症状理解を促すのは適切な提案と言えます。
何かしらの要因との関連で症状が呈されている場合、その要因を適切に把握すること自体が大きな心理支援になりますし、逆に適切に把握できないと慢性化しやすいという特徴があります。
見当違いのところに要因を見出していると、いつまで経っても良くならないということもザラです。
心理支援者の能力の多寡を測る良い指標は、この「見立て」の力ですね。
フロイトは「乱暴の分析」について述べていますが、クライエントの準備ができていない状態での直面化や見当違いの解釈などがこれに該当します。
こういう対応は、クライエントの問題をより複雑にし、クライエントの人生の貴重な時間を浪費させることにつながりかねません。
公認心理師法第43条で規定されている「資質向上の責務」が重要ですね。
以上より、選択肢④は適切と判断できます。
『⑤不満を言わないで済むように部下の女性の気持ちを理解する』
この事例がどういう心理力動をもって頭痛という症状を呈しているかを理解しておくことが重要です。
精神分析的に言えば、不満を無意識領域に圧し込めて(すなわち抑圧して)おり、それが症状形成につながっていると捉えることができます。
それを踏まえると本選択肢の「不満を言わないで済むように」という提案は、症状形成につながった「不満を圧し込める」という対処法と類似しており、結局はクライエントの問題を維持させる可能性が高いと言えます。
単純に言えば、これまで「我慢」してきたために症状になってしまったのに、選択肢の提案はクライエントが「我慢」する方向になりかねないということです。
幸いクライエントは不満を「我慢している」という実感があり、この点で病理の問題は大きくないと言えるでしょう(他にも、社会的立場などを勘案しても健康度は高いと言えます)。
選択肢後半の「部下の女性の気持ちを理解する」というのは、暗に「不満を感じるクライエントに問題がある」という視点に基づいています。
上述したように、クライエントの健康度の高さは十分読み取れるので、そういった対応を採ることでしなくてよい心理的作業をクライエントに強いることになりかねません。
この事例の問題は「不満を感じること」ではなく、「感じた不満を我慢という一方法でのみ対処していること」と捉えるのが適切です。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。