本問はナラティブ・アプローチに基づく質問を選択する問題です。
ただし、学ぶ上ではそれ以外の選択肢がどういったアプローチに基づいているか知っている方が大切です。
問44 ナラティブ・アプローチに基づく質問として、最も適切なものを1つ選べ。
① その出来事が起こったとき、どのような考えが頭をよぎりましたか。
② 今話されていたことですが、それを今ここで感じることはできますか。
③ その罪悪感は、どのようにお母さんとの関係を邪魔しているのですか。
④ 寝ている間に問題が全て解決したとしたら、どのように目覚めると思いますか。
解答のポイント
ナラティブ・アプローチの代表的な質問について理解していること。
他の心理療法で用いられることが多い質問法についても把握していること。
選択肢の解説
① その出来事が起こったとき、どのような考えが頭をよぎりましたか。
こちらは「認知行動療法」のアプローチであると考えられます。
特に自動思考に気づくために採られる声掛けの一つですね。
ここでは、こうしたアプローチが採られやすい社交不安障害を例に説明していきましょう。
まず社交不安障害を認知行動療法では、
- 自分自身(いわゆる内的情報)に対して注意が偏ること(注意のバイアス)「自己注目」「自意識」:身体反応、不安感情、自己イメージ、自動思考、安全行動など、自分の内側のモニタリングに注意のほとんどが使われているために、外部に注意を向けることができず、他者の現実の反応に気づくことができない。
- 観察することなく、自分が他者にどう見えているかを判断してしまうこと:自分の身体反応と不安感情(いわゆる内的情報)をもとにして、自己イメージを構築するため、「こんなに自分が不安を感じ、震えを感じているのだから、きっと他人から見た目も、さぞや不安そうに震えて見えるだろう」と、否定的な自己イメージを形成する。
- 安全行動(本人は安全と思っているが、悪循環になってしまっている行動)を続けること:恐れている結果を過剰に防ごうとして、安全行動を続けるため、不安が持続し、自動思考が強化され、また安全行動を他者に奇妙な行動と捉えられてしまう場合もある。
という3つの要因と各構成要素の関連が、社交不安が維持される要因と考えます。
そこで支援の手順では、まず典型的な不安が生じる社交場面(対人場面)を同定した上で、自動思考を同定する(可能ならば、信念についても、同定する)作業に入ります。
この自動思考を同定するための質問として「あなたは何を考えましたか」「何か頭の中によぎりましたか」「あなたが考える最悪の事態は、どんなことでしょうか」などを投げかけます。
ただし、自動思考の奥にある「信念・スキーマ」に関しては、初期から明らかにならないことも多いので、括弧に括っておいて大丈夫です。
自動思考に連なる不安感情と身体反応および安全行動を同定し、自己イメージ(注意の集中する対象として)を同定する作業に入り、これらの要素の関連性から、悪循環について話し合っていきます。
認知行動療法では、上記の手順の中で採られやすい典型的な質問があり、本選択肢の内容も自動思考を同定するためのアプローチの一つとして知られています。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
② 今話されていたことですが、それを今ここで感じることはできますか。
本選択肢の質問でまず思い浮かぶのが、Perls(東洋思想に興味あり。大徳寺で座禅した。東洋の真珠パールズで覚えましょう)によって創始された「ゲシュタルト療法」になります。
ゲシュタルトとは形、全体、統合を意味する言葉であり、ゲシュタルト療法も統合を指向する人格への変容を目的としています。
人間を統合された一元論的(ホメオスタティック)な自己調節機能を持つ全体的存在として捉え、具体的技法が開発されています。
ゲシュタルト療法の基本概念のひとつとして「ホメオスタシス」があります。
もともとホメオスタシスは、生命維持のために有機体が外界の変化に対応して、内界のバランスを保持しようとする生理的機能を指しますが、これが精神的現象の中にも存在すると考えたのがパールズでした。
不快な経験による怒りや悲しみは、精神的バランスを保つためのサインであるので、無視するのではなく、むしろ取り上げたり、関わることの方が良いとゲシュタルト療法では考えます。
そして、この取り上げることを「コンタクト」と呼んでいます。
もう一つのゲシュタルト療法の基本概念が「図と地」です。
意識に出ているのが「図」であり、その背景になって見えていないのが「地」であり、パールズは精神的に健康であれば知覚されるのは一つで、二つは同時に知覚されないと考えます。
二つが知覚されていたとしても、より高次な欲求を「図」と認知し、それを選ぶことが要請されます。
この「図」にある欲求が解消されると、今度は次善の欲求である「地」が前面に出てくるという「図地反転」が起こります。
目の前にある様々な感情等が、自分にとってどのような意味があるかに関する「気づき」を得ることができれば、すなわち経験のもう一つの面を見ることができれば(要は図地反転が起これば)、人間はしたたかに生きることができるとパールズは考え、これをゲシュタルト療法では「視野」が広がると表現されます。
「図と地」という概念は、よく精神分析の「意識と無意識」に該当すると説明されます。
なぜパールズがこの概念を取り入れたのかというと、もともと彼はフロイトに憧れていましたが、やり取りの中で幻滅したという出来事があったということでした。
この「似ているけど違う概念」を提唱するというところに、パールズのフロイトに対する複雑な感情が現れているように感じます。
上記では「気づき」が出てきましたが、これもゲシュタルト療法の基本概念の一つです。
「気づき」とは、意識性とも言われ、「今ここ」で「地」から「図」にのぼってくる意識の過程のことを指します。
つまり、身体の内外で起こっていることを感じたり、意識することを指します。
ゲシュタルト療法では、先述の「ホメオスタシス」「図と地」の観点から、ゲシュタルト療法では無意識に封じ込めた自分のありのままの感情への「気づき」を重要視します。
自分でも気づいていない自分の感情に気づくことで、無意識に沈んでいた心からのサインに応え、固まっていた「図と地」の反転をスムーズに行えるようにしていくのです。
しかし、この気づきというのは、過去に遡ったり、未来に飛んでいったりして得ることはできず、過去も未来も「今ここ」で起こっているものとして体験することが重要であるとゲシュタルト療法では考えます。
そのため、ゲシュタルト療法では「今ここ」で関わる技法が創案されており、それは電話相談や危機介入に取り入れられています。
具体的な「今ここ」に関わる技法ですが、例えば、臨床心理士資格試験 平成14年問題67~問題69では以下のような事例が出題されています。
- サイレンの音に恐怖を抱く男性。あるセラピーセッションの中で偶然にサイレンの音が聞こえてきた。クライエントは表情をこわばらせる。
- セラピストは「サイレンの音ってどんな感じがしますか?」と、そのことを取り上げる。
- クライエントが「怖いです」というと、セラピストは「怖ければ、怖い!とそのまま言ってみませんか」と勧めると、ついに力を振り絞って「怖い!」とクライエントは連発した。
- サイレンの音が遠ざかり、静寂の中で「今は何を思い巡らしていますか」とセラピストが尋ねると、クライエントは父親から再三殴られ愚弄された経験に思い至るとともに、しかし、その父親にも良い面はあり、そのことを伝えられずに死去した話を語った。
これは、解釈としては父親に対する恐怖心を持っていたクライエントが、それを無意識に追いやっていたことで(つまり「地」にしてきたことで)、その恐怖がサイレンに置き換わっていたと考えられます。
そこで、偶然のサイレンの音を取り上げ、それに対する恐怖心を「今ここ」という現在性をもって取り上げることで、クライエントに「図地反転」が起こり、父親への怒りと、それだけではない複雑な感情を自覚できたと言えます。
他にもStevensが「気づき ゲシュタルト・セラピーの実習指導書(社会産業教育研究所)」という書籍の中で多くの技法を示していますから、参考したい方はそちらも見てください(自費出版ぽい上にすでに絶版ですから手に入らないとは思いますが…。日本の古本屋というサイトで8000円という高値で売っていました)。
本選択肢のアプローチは、こうしたゲシュタルト療法の「今ここ」に基づくものであると考えるのが妥当です。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③ その罪悪感は、どのようにお母さんとの関係を邪魔しているのですか。
本選択肢の内容はナラティブ・セラピーにおける「影響相対化質問法」であると考えられます。
ここではナラティブ・セラピーの主要な技法を取り上げつつ、説明していくことにします。
まずナラティブ・セラピーを特徴づける技法のひとつとして「問題の外在化」「外在化する会話法」があります。
ある問題が生じ、それを理解していくときに、その人個人の問題として、多くの人は自分自身の中に問題を位置づけていきます。
虐待やDVのような一見不条理な問題であっても、自分の内に原因を探ろうとするのです。
これを「問題の内在化」といい、「内在化する会話の習性」を身に付けたために、身動きが取れなくなると考えます。
問題には複数の物語があるにも関わらず、社会の中では「支配的な物語(ドミナント・ストーリー)」があり、それに基づいた言い回しに溢れています。
この言い回しは、その人の人格を要約してしまう傾向にあり、その「ひとくくりにする描写」が蔓延することで、クライエントはそれを人から言われるだけに留まらず、自分自身に対する描写として用いるようになってしまいます。
このような流れから、クライエントは問題を「内在化」するとナラティブ・セラピーでは捉えます。
そこでナラティブ・セラピーでは、自分の一部となってしまっている問題をその人から切り離し、その問題自体をしっかり見つめていくことができるようにしていきます。
すなわち、問題の外在化とは「人々にとって耐えがたい問題を、客観化または人格化するように人々を励ます、治療における一つのアプローチ。この過程において、問題は分離した単位となり、問題と見なされていた人や人間関係の外側に位置することになる。問題は、人々や人間関係の比較的固定された特徴と同様に生来のものと考えられているが、その固有性から解き放たれ、限定された意味を失っていく」という技法であると要約できます。
具体的な声掛けとしては、「「何が」あなたをカウンセリングの場に連れてきたのですか?」「あなたに「苦難を与えているもの」はどのようなものですか」などがあり、こうした声掛けによって外在化された会話のモードでカウンセリングが開始されることになります。
問題を外在化することによって、問題に苦しんでいる人との関係が明らかになります。
ナラティブ・セラピーでは、外在化された対象に対して、影響相対化質問法を行っていきます。
影響相対化質問法では、まず外在化された対象である問題が、どの程度、どの範囲で、どのくらいの期間、その人の人生や生活に影響を与えているのかを見ていきます。
この実行のための質問は「この問題は、あなたの人生にどのような影響を与えているのでしょうか」といった形式の質問になります。
本選択肢の内容も、これに類するものであることがわかりますね。
この質問では、さまざまな角度から問題の影響を見ていき、その実像をしっかりとさせるという意図があり、その人の人生における「問題」の歴史を見ていくわけです。
多くの人は問題の大きさが、自分の人生のすべてを飲み込んでしまっていると考えがちですが、どんなに大変な問題でもその影響の範囲は有限です。
つまり、上記の質問でクライエントの問題を十分に描写してもらうことで、問題の影響の大きさも描写はしますが、同時にその限界も提示することができるということです。
影響相対化質問法では、続いて「今までどのようにしてこの困難を乗り越えてきたのでしょう」「今までこの問題にうまく対処できたときはありましたか」「この問題を小さくしてしまうようなことを思いつきますか」といった質問をしていきます。
すなわち、クライエントが、その問題にどう対応してきたのかという挿話を引き出すことが重要なのです。
「問題」は、問題にとって不都合なことを隠すので、問題のためにクライエントの力や資質を見失いがちです。
ですから、こういう質問をすることで、その人の将来の可能性を示唆するような形を採ることができます。
このようなやり取りによって、問題に準じた価値観を付していたクライエント(逃げている、現実逃避している等)に対して、別の価値観や意味づけを付することが可能になります(努力している等)。
これまでとは異なる物語をクライエントに差し挟むことができるということですね。
つまり、この質問の背景には、私たちの理解様式は、他者との関係、または社会との関係によってもたらされたものであるという、社会構成主義の理論的な視点があるわけです。
続いて、ナラティブ・セラピーでは、「脱構築」をしていきます。
これは、人が話す物語がどのように成立しているか、どうしてそのような意味を持つに至ったかを確認していくこと、特定の物語がどのような力を持っているかを明らかにすることを指します。
その実行のためには「隠された意味、隙間や割れ目、矛盾する物語の存在などに耳を澄ませる」ことをしていきます。
つまり、クライエントの「当然」「当たり前」とする考え方に疑問を呈していくわけです(こうした考えには例外がないと捉える雰囲気があるから)。
こうした考え方は、「真実」ではなく、社会的に構築されたものであるとナラティブ・セラピーでは捉え、だからこそ「解体」することもできると見なすのです。
脱構築の代表的な質問は「あなたにとって、この当然とする考え方は、どの程度、影響力をもつものなのですか」といった形になります。
他にもいろいろとあるのですが、キリがないのでこの辺で終わっておきましょう。
上記の通り、本選択肢の質問は、ナラティブ・セラピーにおける影響相対化質問法に基づくものであることがわかりますね。
以上より、選択肢③が適切と判断できます。
④ 寝ている間に問題が全て解決したとしたら、どのように目覚めると思いますか。
こちらは家族療法から派生したブリーフセラピーでよく用いられる「ミラクル・クエスチョン」になります。
家族療法のMRI(Mental Research Institute:いわゆるコミュニケーション学派)に強く影響を受けたShazerやBerg(バーグさんは太陽のように明るい人だったらしいですね)が、BFTC(Brief Family Therapy Center)で開発したブリーフセラピーの手法が、ソリューション・フォーカスト・アプローチです。
解決志向アプローチなどと訳される学派ですね(ミルウォーキー派などと称されることも多い)。
このアプローチでは、「問題に対する例外」という考え方が重要になります。
この「例外」という概念を探索するための技術として、①スケーリング・クエスチョン、②ミラクル・クエスチョン、③コーピング・クエスチョン、④サバイバル・クエスチョン、が示されています。
スケーリング・クエスチョンは、「最も最悪の時を0として、なんとかやっていけるという状態を10とすると、ここ最近は何点ですか」といった質問を指します。
クライエントの感情や意欲をよりよく特定して理解、または進展度合いを知るために用いられる質問です。
解決像が構築できた段階で使われることが多い質問技法であり、小さな差位に目を向けやすくし、小さな変化が生じることを促すために使われます。
また、変化を曖昧に捉えがちなときに、それを具体的にするという使い方もあります。
他にも、クライエントが「3」と答えた場合でも、10や8との違いを尋ねるように、理想に近い状態から聞くことで、スモールステップやソリューションが明確になりやすいという使い方もありますね。
ミラクル・クエスチョンは、「今夜、寝ている間に奇跡が起こって、すべて問題が解決したら、朝起きてどんなことからそれに気づきますか」という感じの質問です。
本選択肢の内容はまさにこちらになりますね。
問題を抱えた状態の時は、問題があることが当たり前になってしまっていて、解決することすら想像できない状態に陥りがちです。
そこで、問題解決後の状況を具体的にイメージさせるために、一見すると非現実的な質問をクライエントに投げかけるわけです。
この質問にどう答えるかで、クライエントが何に一番困っているかが明確になります(子どもが学校に行くこと、と答えたら、その人は子どもの不登校に一番困っている)し、そこからクライエントがどのような変化が出るのかを質問することもできますね(「そうなったら、お母さん自身は何が変わりますか?」と続けるわけです)。
また、大きな変化を呈示することで、クライエント側から小さな変化のイメージが語られやすくなるといった効果もあります。
コーピング・クエスチョンは、「どんなふうにして、今のこの大変な状況をなんとか乗り切っているんですか」といった質問を指します。
例外が見つけられない場合やスケーリングクエスチョンで0点だった場合に「0点という最悪の状況でも、どんなふうにして自分を支えているんですか」などと問います。
最悪の状況であってもクライエント自身にはリソースがあるということに気づき、そこに目を向けてもらうための質問ということですね。
他にも、この質問によってクライエントが行ってきたコーピングを集め、その共通性を検討すると偽解決努力であることがわかる場合もあり、それによって悪循環を招いていることを明確にし、それを遮断するための介入も行うことができます。
サバイバル・クエスチョンは、「そんなつらい状況の中で、どうしてあなたははがんばってこれたんだろうか」「あなたの中にどんな能力があったからそのつらい状況を耐えることができたのか」といった質問を指します。
うまく行っていない状況でも、頑張っている原動力を問う質問ということです。
クライエントの内に、そういう力があるのだと暗に伝えるという効果がありますね。
以上より、本選択肢の質問は、ソリューション・フォーカスト・アプローチのミラクル・クエスチョンであることがわかります。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。