5歳の男児Aの事例です。
事例の内容は以下の通りです。
- Aの父母は性格の不一致から協議離婚をした。
- 協議の結果、親権者となる母親がAを養育することと、月1回のAと父親との面会交流とが取り決められた。
- ところが、2回目の面会交流以降、Aは父親との面会交流に消極的になってきた。
- 困った母親は市の相談室に来室し、公認心理師である相談員と面談した。
この事例を解く上で重要なのは「なぜAが面会交流に消極的になったのかは、現時点ではわからない」ということを前提としつつ対応を考えていくことです。
公認心理師2018-141にもあるように、特定の問題に「限定できない」という状況においてどのような助言が可能か考えていくことが大切です。
こうした状況で大切だと私が考える対応及びその実践の留意点は次の3点です。
- その問題の背景にどんな要因があるのかを特定するようなアプローチ。
- 何かしらの要因を想定し、それにアプローチしていく。
- どのようなアプローチであれ「現時点ではわかっていない」のだから、後々の修正が効かないようなアプローチは控える。すなわち、アプローチやその背景にある見立てが間違っていたとしても「大怪我」しないようにする。
こうした点に配慮しつつ、各選択肢を見ていきましょう。
ちなみに離婚の形態ですが、協議離婚、調停離婚、裁判離婚があります。
過去の記事でまとめているのでご参照ください。
協議離婚の特徴を抜き出すと以下の通りです。
- 夫婦で話し合いをしてお互い離婚に合意をしたら「離婚届」を市町村役場に提出する方法。
- 「離婚する際に必要な法的な理由」などは関係なく、夫婦が離婚について同意し、離婚届を出せばそれで離婚は成立する。
- 夫婦で離婚条件を決めることになるが、離婚条件とは主に、①財産分与、②親権、③養育費、④慰謝料、となることが多い。
- 必須ではないが、離婚協議の内容を公正証書にすることでより信憑性の高い証拠にすることができる。公正証書は公証役場に行き公証人に作成してもらう。費用と日数がかかるものの、公正証書を作成することで離婚条件が守られなかった際に裁判を起こさず、強制執行を申し立てることができる。
これらから事例では、狭義の結果の末の親権者の決定であること、面会交流の確定であることなどが読み取れます。
解答のポイント
「判断保留」ということを前提とした対応を考えることができる。
選択肢の解説
『①父親との面会交流の前に具体的に行き先をAに話しておく』
こちらはAが「見通しが立たないから不安を感じているのでは」という見立てのもとに行われる対応になります。
現時点ではAに何があって面会交流に消極的になってきたのかは不明です。
もちろん、離婚前の夫婦関係、親子関係がわからないので、見通しのなさを背景にしているということが推定できる情報もありません。
例えば、父親とはもともと一緒に出掛けなかったからどこに出かけるのかイメージできない、子ども自身に「見通しが立たないと不安になりやすい」という特徴があるなど考えられます。
ただ現時点では「確定できない」という状態です。
一方で、すでに述べたように「見立てがわからない」状況であっても、何かしらの対応を考えていくことも大切です。
本選択肢の場合、たとえ「見通しが立たないから不安を感じている」ということが間違っていたとしても、「面会交流の前に具体的に行き先をAに話しておく」という対応自体にAにとってのマイナスはありません。
Aが「今日はどこに行くのかな」とサプライズ感を楽しんでいるなら考えものですが、そういうことはなさそうですね。
こうした「間違っていたとしても大怪我しない」という対応は、派手さはないけど大切な方針選択だと思います。
以上より、選択肢①は適切と判断でき、除外することが求められます。
『②母親との分離不安の可能性も考え、当分は母親も面会交流に立ち会う』
こちらは既に「分離不安の可能性」という見立てを挙げていますね。
また、「分離不安」に対して「当分は母親も面会交流に立ち会う」という方針は適切なものと言えるでしょう。
分離不安は安心できる対象が「こころの中でしっかりと馴染んでいない」ために、現実の安心できる対象から離れるのを不安に感じるという現象です。
Aの場合、離婚によって状況が変わったということも「こころの中の馴染み」が揺れる要因になったと考えることもあり得るでしょう。
もしも分離不安の場合、面会交流に行く直前にぐずったりする様子や、母親から離れるのを嫌がる様子を細やかに聞いて同定していくことになります。
事例にはそういった描写はありませんが、不安がっているAの面会交流に母親が立ち会うことは、たとえ分離不安がなくても大きなマイナスになる対応ではないでしょう。
以上より、選択肢②は適切と判断でき、除外することが求められます。
『③Aが面会交流に消極的になる理由を父母で話し合い、Aの真意を探る』
こちらはある特定の要因を絞らず、いったん立ち止まって考えてみよう、という対応ですね。
あれこれ動き出すよりも、こちらの方がより適切な対応であると思われます。
協議離婚ですから、特に両親で話し合えないというわけでもありません(どちらかが嫌悪感を覚えるほど耐え難いなら別ですが)。
この状況からは、Aが面会交流を避ける要因としてさまざまなものが浮かびます。
- A自身、両親の離婚という事態が把握できておらず、外で限定的に父親に会うという状況に違和感を覚えている。
- そもそもA自身が離婚に納得しておらず、面会交流も両親が決めてしまって、A本人の意思が入っていなかった。
- 再び両親を結び付けたいというAの無自覚の欲求が、両親が話し合いの場を持たざるを得ないような状況を作り上げた(不仲の両親同士の手を繋がせようとする、あの心理と地続き)。
- 母親が面会交流に内的には反対であるが故に、面会交流に行かせまいとする力動が働き、Aがそれを「汲み取って」面会交流を渋るようになっている(話し合いの場をもっているわけだからその可能性は否定できる、とは言えないのです)。
- 父親が面会交流に積極的ではない可能性や、第1回目の面会交流時の関わりの要因。
他にもあるでしょうが、こうした様々な可能性が考えられるわけです。
よくある事態から、複雑な心理力動を有するものまで様々ですね。
現時点では、どういった要因があるのか特定できないわけですから一旦両親で話し合うという対応は考えられることでしょう。
以上より、選択肢③は適切と判断でき、除外することが求められます。
『④父親がプレゼントを用意することによってAの面会交流への意欲を高める』
こちらは「面会交流に消極的であるという状態の背景に何があるのか」を見極めようとしていない対応であると言えます。
それだけでなく、「父親と会う=プレゼントという賞を与えられる」という「強化」を施してしまうことによって、面会交流に消極的であったAの思いが見えにくくなってしまう恐れがあります。
Aが面会交流に消極的であるにも、何かしらの理由があるはずです。
たとえ、5歳のAにそれを細やかに説明する力がなかったとしても。
子どもに限らず、人は、意味のない行動を取りません。
Aの心理的安定のためにも、面会交流に消極的であるという背景にどういったAの思いがあるのかを探り、汲み取っていくことが対応として必要になります。
それを「プレゼント」という賞によって上塗りしていくことで、そのAの思いが見えにくくなるだけでなく、A自身の内面の深い部分に圧し込まれてしまう恐れがあります。
重要なのは、たとえ「プレゼント」という賞によってAの面会交流に消極的になる思いを圧し込んだとしても、それが無くなる訳ではないということです。
内面に深く圧し込まれた思いは、不適切な「問題行動」や「症状」によって表出されるという道を辿りやすくなります(例えば、面会交流前になるとなぜか腹痛が出てくるなど)。
圧し込まれずにそのまま出現していれば「両親がちょっと困るだけ」で済んだにも関わらず、です。
何となくの印象ですが、面会交流に実は消極的な母親、それを汲み取って父親に会いたがらない子ども、それに対抗するようにプレゼントで子どもを釣ろうとする父親、という構図が多いような気がしています。
子どもが面会に消極的なのは母親がそうさせているんだ、と思い込んでプレゼントで対抗するというパターンもあり得るでしょう。
本事例がそうとは言えませんが、いずれにせよプレゼントで釣ることの価値はないばかりか、子どもに心理的負担を与えることになりますね(「間に挟まれる人」は常に心理的不健康を示します)。
以上の通り、Aの面会交流に消極的になるという状態の背景を考えることなく、プレゼントで誤魔化す対応は誤りです。
よって、選択肢④が不適切と判断でき、こちらを選択することが求められます。
『⑤父親からのAに対する虐待がなければ面会交流を継続する方向で検討する』
こちらは「判断保留」にして、とりあえず現在の方針でやっていこうという対応ですね。
選択肢にあるように「父親からのAに対する虐待」があれば話は別ですが、協議離婚であること(少なくとも「協議」を行える人であること)、離婚事由が「性格の不一致」であることなど、元々虐待があったと推定できる情報も見当たりません。
選択肢③でも挙げたように、A自身がこの状況に戸惑っているということも考えられます。
「状況にこころが追い付いていない」という感じですね。
それはAに離婚やその経緯についてきちんと説明していたとしても起こり得ることです。
十分に、誠意をもって両親がAに説明をしていたならば、後はA自身がその状況に馴染んでいったり、逆にこの状況に対する不満を言いやすいように、両親はAが安心できる状況を保持しておくことが大切です。
きちんと説明しているし、父親からの関わりにも問題がないとするなら、現状維持で様子を見ていくということは十分にあり得ます。
5歳くらいの子どもは発達的に現在の不快感が永続すると考えがちですが、それをもとに永続的な対応(例えば、面会交流を止める等)を取るのは適切ではありません。
本事例はDVは関係ありませんが、DV防止法において子どもへの接近禁止は、子どもが15歳以上なら「その同意がある場合に限る」という条件が付されています。
15歳くらいになれば、子ども自身の判断を一個の人格の判断として見做すことができるのでしょう(別に事例の子どもが5歳だからといって、判断ができないと言っているわけではないですよ)。
一方で、事例Aは5歳という年齢であり、すでに述べたように「状況にこころが追い付いていない」という可能性も否定できません。
面会交流に消極的なのも、こうした心理状態によって生じているとするなら、「現在の不快感」が永続すると見なすのは不適切であり、しばらく様子を見ることが重要です。
両親が落ち着いた状況を設定しているならば、「それがAの日常」であるわけですから、その状況で保持し、A自身がその状況を「のみこむ」こと、いずれはそこに「理解」や「納得」が生じてくることを目指すのが重要ですね。
以上より、選択肢⑤は適切と判断でき、除外することが求められます。