公認心理師 2024-34

ボールダー会議において示された心理職のモデルを選択する問題です。

意外と今まで出題されたことがない問題でしたね。

問34 最新の研究知見を臨床実践に適用できる専門家を育成すべく、1949年のボールダー会議において示された心理職のモデルとして、正しいものを1つ選べ。
① 臨床科学者モデル
② 生物心理社会モデル
③ 反省的実践家モデル
④ 科学者-実践家モデル
⑤ 実践家-研究者モデル

選択肢の解説

④ 科学者-実践家モデル
⑤ 実践家-研究者モデル

第2次世界大戦後アメリカにおいて、多数の帰還兵に対する心理療法やカウンセリング、再雇用のための職業教育の必要性の高まりを受け、専門的な心理士を育成する社会的要請が急激に強まりました。

そうした中、NIMH(米国国立精神保健研究所)とアメリカ心理学会の援助を受けた臨床心理学訓練プログラムの標準化のための会議が、1949年夏コロラドのボールダーで2週間にわたって開催され、73名の関連分野の代表者たちが集まりました(これがボールダー会議)。

その成果として「科学者-実践家モデル(Scientist-Practitioner Model)」として後に広く知られる臨床心理学専門家の訓練モデルが提唱されました。

科学者-実践家モデルは、研究者と臨床家を融合した訓練を行うという発想に立ち、本モデルに則って育成された臨床心理学専門家は、科学界に自ら産出した臨床データを提出する能力がある研究者であると同時に、アセスメントと治療の最新の研究知見を臨床実践に適用し臨床介入の適正な評価ができる実践家となることが期待されました。

また、パーソナリティ理論、発達心理学、社会心理学、精神病理学、生理学、臨床技法といった学習科目をカリキュラムの主要な構成要素とした教育プログラムがアメリカにおける心理士養成の標準的モデルとなりました。

その後、時代の変遷に従って科学者実践家モデルの修正モデルが提唱されるようになりました。

イギリスでは、心理士の主要な臨床業務をアセスメント、変容援助、研究であると考え、基礎心理学研究と臨床研究、および心理学以外の一般科学的方法からも有効な診断情報を導き出し活用することのできる臨床心理学専門家養成のモデルとして応用科学者モデル(Applied scientist model)が提唱されました。

またアメリカでは、臨床において科学的理論を応用する実践家として機能するための実践志向の訓練を設定したモデルとして「実践家研究者モデル(practitioner-scholar model)」が提唱されました。

さらに最近では、ポジティブ・サイコロジーの発想、認知神経科学や脳科学、予防医学、薬理学、遺伝学、経済や法律の知識などを基盤的知識とし、組織・制度・社会・地域における介入を視野に入れたFour level matrix modelが提唱されています。

上記を踏まえれば、本問の「最新の研究知見を臨床実践に適用できる専門家を育成すべく、1949年のボールダー会議において示された心理職のモデル」は科学者-実践家モデルであることがわかりますね。

よって、選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢④が適切と判断できます。

① 臨床科学者モデル

心理学を学ぶ上で大切なことは、各領域の知識もさることながら、心理学の科学的方法論やものの見方になります。

心理学の科学的な考え方の特徴について、Davison&Nealeは以下のように述べています。


科学的記述は、次の条件を満たしていなければならない:

公共の場で検証可能であること。反証に耐えられること。信頼性のある観察に基づいていること。観察不可能な過程に言及する場合には、そこで推論される概念は必ず観察および測定可能な事実や結果と結びついたものとなっていること。データを収集し、結論を導き出すために科学者が採用しているさまざまな方法を知ることがまず大切である。


こうした考え方は、たくさん本を読んでも身につくことはなく、自分で実験や調査を行い、その成果を発表して専門家の批判を受けたりしながら考えることによって身につくものとされています。

大学の心理学関係の学科において、実験や実習や卒業論文が重視されるのはこうした理由によります。

欧米の心理士(師)は、大学において科学的心理学の考え方を徹底的に訓練されたうえで、大学院や臨床現場で実践のスキルを徹底的に学びます。

心理支援者は、こうした科学的は方法論を身につけた「臨床科学者」であると言えます。

こちらの書籍の中で「臨床科学者」という用語が上記の通り示されており、本選択肢の「臨床科学者モデル」はこちらのことではないかということで解説をしていきました。

ただ、これらを踏まえれば、本問の「最新の研究知見を臨床実践に適用できる専門家を育成すべく、1949年のボールダー会議において示された心理職のモデル」というような経緯がある概念ではないことがわかります。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② 生物心理社会モデル

生物心理社会モデルは、生物的・心理的・社会的アプローチを体系的に統合したEngel(エンゲル,1977)による造語であり、論文タイトルは「新しい医学モデルの必要性-生物医学への異議申し立て」になります。

それまでの「生物医学モデル」が病気の原因を臓器や細胞に求めるのに対し、生物心理社会モデルでは人間の疾患(disease)あるいは病い(illness)を、病因→疾患という直線的な因果関係 ではなく、生物・心理・社会的な要因のシステムとして捉えようという提言です。

生物医学モデルのパラダイムに基づく医学研究は、疾患の病態生理の解明、画期的な治療法の開発など極めて重要かつ有用な成果を挙げてきました。

しかし、このモデルにおいては、個々の患者は一般科学法則の適応例の一つとなり、他の症例と互換可能なものと認識されます。

従って、個々の患者のユニークな人生、こころの問題、社会文化政治的問題、対人関係、家族や友人、医療者自身、患者自身の病いへの理解、患者自身にとっての病いの意味、治療に対する患者の希望・価値観・選択といったことは全て捨象せざるを得ないということになります。

こうした「生物医学モデル」への批判を背景に、人の健康状態や疾患を「生物」「心理」「社会」という3つの側面から包括的に理解する「生物心理社会モデル」は提唱され、この考え方は、国際生活分類ICFや精神障害の診断と統計マニュアルDSM-5にも共通しており、精神疾患を、個人を取り巻く多面的要因の相互作用によるものであると捉えます。

なお、Ghaemi(ガミー)はBPSモデル批判として、このモデルではある事態における優先すべき要因がわからない、事態によって優先すべき要因があるので「他の専門性を尊重・顧慮し、自らの専門性に還元しないこと」が重要とされています。

約10年後の1989年、医療費削減と高品質医療提供を目的に「医療政策研究機構」が設立され、アメリカ精神医学会は1993年にうつ病の治療ガイドラインを出版されます。

これが「実証的支持のある療法(empirically supported treatment;EST)」(心理療法一般の効果が確認されたなら、進んで特定の障害や問題に対して優れた療法の特定は必然)の始まりとされており、後のエビデンスベイストに続いていきます。

上記の通り、生物心理社会モデルは、本問の「最新の研究知見を臨床実践に適用できる専門家を育成すべく、1949年のボールダー会議において示された心理職のモデル」というような経緯がある概念ではないことがわかります。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 反省的実践家モデル

こちらはおそらくドナルド・A・ショーンが提唱した「省察的実践者」(Reflective Practitioner)の考え方のことであると思われます。

同じ疾患のクライエントでも、その人の背景や個別性をとらえたケアが求められますし、カウンセラー自身とクライエントの関係性にも大きく左右されるでしょう。

つまり、教科書的な正解を目の前のクライエントにそのまま当てはめればよいわけではありません。

これらの実践では、「暗黙知」や「技術」と表現される言語化されていない専門性が駆使されているはずですが、この専門性は科学的でないという理由から歴史的にも低く評価され、対人関係専門職は「専門家」としての扱いを十分には受けてきませんでした。

そこでショーンが新しい専門家像として提唱したのが「省察的実践者」になります。

ここで言う「省察的実践(反省的実践?)」とは、学びに焦点を当てると、全ての学びを「自分事」として受け止め、日々の自らの実践を振り返り、そこから学びを得る(リフレクション/省察)ことを指します。

リフレクションの1つの方法は「物語る」ことであり、自分自身の実践・経験を誰かに向けて語り、コメントや語り合いを通して、暗黙知や技術、また自身の信念や価値観に気づいていく必要があります。

上記からもわかる通り「反省的実践家」は、患者・学生・カウンセラーに相談する人など包括的な意味でのクライエントが抱える複雑で複合的な問題に「状況との対話」にもとづいて「行為の中の省察」を行うことを中心に据えたことが大きな特徴です。

行為の中で省察する時、その人は実践の文脈における研究者となり、すでに確定した理論や技術のカテゴリーに頼るのではなく、独自の事例についての新たな理論を構成していることになります。

これらは「反省的実践家モデル」の中身を示した例ですが、理論・研究と実践を分離するもととなった「技術的合理性モデル」に対する批判とも受け取れます。

このように反省的実践とは、行為がおこなわれている最中にも「意識」はそれらの出来事をモニターするという反省的洞察をおこなっており、そのことが行為そのものの効果を支えているとするのが「反省的実践モデル」であり、アメリカの教員養成や教師教育に大きく影響を与えたものです。

また、Rodolfaらの提唱する心理職の基盤コンピテンシーにも「反省的実践:自己の言動を振り返り、他者に対する自己の影響の認識や、自らを評価する」が含まれていますね。

これらを踏まえると、本問の「最新の研究知見を臨床実践に適用できる専門家を育成すべく、1949年のボールダー会議において示された心理職のモデル」は反省的実践モデルではないことがわかります。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

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