中年期危機という視点から事例の状態を理解する概念を選択する問題です。
「中年期危機という視点から」と言われると混乱しますが、あまり中年期危機にこだわらなくても解ける問題ではないだろうかと思います。
問138 47歳の女性A、病院看護師。半年ほど前からめまいや強い疲労感を覚えるようになり、出勤できない日が増えてきている。Aは、就職して以来、看護師として高い誇りと生きがいを持ち、真摯に仕事に取り組んできた。患者や同僚からの評判もよく、 5年前からは看護師長として責任ある立場を任せられてきた。最近、新興感染症の拡大により極めて多忙な日々が長く続く中、このまま仕事を続けていくことに不安を覚え、生活全般に張り合いが感じられなくなってきている。
中年期危機という視点から、Aの状態を理解する上で、最も適切なものを1つ選べ。
① 離脱理論
② エイジズム
③ 空の巣症候群
④ バーンアウト
⑤ 職業的早期完了
解答のポイント
事例の状況に合致する概念を選択できる。
選択肢の解説
① 離脱理論
離脱理論は、高齢者に関する理論になります(この時点で47歳の本事例に適用するのはいかがなものかと思いますね)。
離脱理論はCumming&Henryが示した理論であり、「高齢者は自ら社会からの離脱を望み、社会は離脱しやすいようなシステムを用意して高齢者を解放するべき。高齢者が社会から離れていくのは自然なことと捉えている」という考え方です。
これに対して、Havighurstは活動理論を示しており、これは「望ましい老化とは、可能な限り中年期のときの活動を保持することであり、退職などで活動を放棄せざるを得ない場合は、代わりの活動を見つけ出すことによって活動性を維持すること」という考え方です。
晩年は田舎で暮らすような生き方が望ましいと考えるのが離脱理論ということになり、中年のころの活動性を維持していくべきだと考えるのが活動理論になるので、これらはまったく逆のことを言っているわけです。
このどちらが正しいというのではなく(他にも持続性理論というのもありますし)、高齢者の生き方にはそれぞれの形があるということだと思います。
さて、これを踏まえて本事例を見てみると、前述のようにそもそも本事例が高齢者という枠組みで捉えるのは不自然です(本問はそもそも「中年期危機という視点から」とありますから、高齢者の視点ではダメ)。
また、「最近、新興感染症の拡大により極めて多忙な日々が長く続く中、このまま仕事を続けていくことに不安を覚え、生活全般に張り合いが感じられなくなってきている」そして「半年ほど前からめまいや強い疲労感を覚えるようになり、出勤できない日が増えてきている」ということが、離脱理論で説明できるかと言えば難しいでしょう。
こうした症状等は、単に生き方として「離脱」という方向を選択しているのではなく、状況因とも絡み合って生じていると考えるのが自然ですからね。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
② エイジズム
エイジズムとは年齢に対する偏見や固定観念(ステレオタイプ)と、それに基づく年齢差別を指し、Butlerにより1969年に提唱された言葉です(人種差別主義(レイシズム)やセクシズムに倣って名付けた)。
人口構成における高齢者の割合が低かったエイジズムという概念提唱当時には「年をとっているという理由で高齢者たちを組織的に一つの型にはめ差別すること」と定義されました。
アメリカでは高齢者に対する差別、老人蔑視・偏見を指す場合が多いとされていますが、エイジズムには若者や中年など他の年齢層、世代に対する偏見も含まれます。
日本では高齢者のみではなく、若者、女性に対する扱いも年齢、年次により軽視される傾向がありますが、それもエイジズムに該当します。
例えば、病院などにおいて、看護師が高齢の患者に対し「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼びかけたり、子どもを相手しているかのように話しかけたりする場面が多く見られますが、老人相手だからと看護師がタメ口や赤子言葉を使ってよいと決めつけることは典型的なエイジズムと言えます。
厚生労働省は「障害者差別解消法に基づく対応要領・対応指針について」の中で医療関係事業者向けガイドラインを公開していますが、その中で、看護師などの医療関係者が(病気やケガをしている=障害をもつ)患者に対して以下のようなことを行うことを「差別」と認め、法律違反としました。
- 本人を無視して、支援者・介助者や付添者のみに話しかけること
- 大人の患者に対して、幼児の言葉で接すること
- わずらわしそうな態度や、患者を傷つけるような言葉をかけること
- 診療等に当たって患者の身体への丁寧な扱いを怠ること
これらはカウンセリング場面でもやってはいけないことだなと感じますね(特に親子での来談で起こりやすい)。
エイジズムはその提唱経緯等もあり高齢者に対するという内容が多いですが、前述の通り、日本においては若者に対するエイジズムがかなり多いと感じますね。
さて、これらを踏まえて本事例を見てみると、事例に起こっている事態がエイジズムによるものと見なせるポイントはありません。
「患者や同僚からの評判もよく」とありますし、仮に「新興感染症の拡大により」というところからの差別意識が状態の不穏につながっていたとしても(それを支持する情報もないけど)、それはエイジズムと定義することはできないはずです。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 空の巣症候群
空の巣症候群は、子どもが自立して親の手を離れる時期に、親が経験する心身の不適応状態を指します。
特に子育てに専念してきた母親に生じやすく、生きがい感の喪失や人生に対する後悔、孤独感、抑うつ感、無力感、頭痛、めまいなど、心身に不安定な状態が起こります。
しかしながら、夫婦関係が良好な場合や、仕事や趣味などが充実している場合には不適応は生じにくく、多くの母親は子育ての責任から解放されたことを肯定的に受けとめているとされています。
逆に、夫婦関係にすれ違いが多い(例えば、夫の仕事が多忙で関わりが少ない)などの状況にあると、夫の退職を機に離婚といった方に展開していくこともあるとされています(よくドラマや小説などで、夫は退職後に妻に感謝していろいろしてあげたいと思っているのに、いきなり離婚話になる、などがありますね)。
年齢的に更年期障害と重なることが多く、そうなると深刻な状態になる可能性もあります。
この時期はあらかじめ予測できるうえ、本来は病気ではない状態ですから、そうした事態に備えて、趣味を開拓したり、サポートを期待できる友人関係を築いたり、配偶者との新たな関係を構築したりすることが大切になります。
本事例はそもそも子どもがいるかどうかも明示されていませんから、空の巣症候群になる要件がそもそも怪しいです。
その名称から、やはり「子どもが成長し巣立って、巣(家)が空っぽになってしまったことが、一種の喪失体験となり、寂しさなどを感じること」によって生じると考えるのが妥当ですからね。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
⑤ 職業的早期完了
こちらはエリクソンやマーシャの概念を応用した考え方になります。
青年期のアイデンティティの発達に関するエリクソンの理論は、ジェームズ・マーシア(Marcia, J. E.:1980,1966)によって検証され、展開されました。
Marciaは、半構造化面接法と文章完成法テストを用いてアイデンティティの測定を行い、この判定においては、アイデンティティの危機または探求の経験と、現在の傾倒(積極的関与:commitment)の二つの側面が重視されました。
ここでの「危機」とは、児童期までの過去の同一視を否定したり再吟味する経験を指しています。
また、「傾倒」とは、危機後の意味ある選択肢の探求の末に自己決定したことに対してどれだけ強く関与し、自分の資源を投入しているか、そのあり方を示しています。
Marciaは、この「アイデンティティ・クライシスの有無」と「ある生き方への傾倒(=具体的には自分の考えや信念を明確にもち、それらに基づいた行動を一貫して示すことを指す)の有無」によって、アイデンティティ確立の程度を、「達成型」「早期完了型」「同一性拡散型」「モラトリアム型」の4つに分けました。
- 達成型
この状態にある若者は、すでにアイデンティティの危機を脱しており、その間、積極的な問いかけを行い自己を明確にする時期を通過しています。彼らはイデオロギー的立場に関わり、独力で具体的行動をとり、一つの職業に就くことを決定しているとされています。彼らは、家族の宗教ならびに政治的信念を再検討しており、結果的に自分自身のアイデンティティに適合しないと思われる場合は、それらを棄却することができます。 - 早期完了型
この段階の若者もまた職業やイデオロギー的立場にかかわっているが、これまでにアイデンティティの危機を脱したような兆候は何ら見られません。彼らは自分たちの家族の宗教に疑いを抱くことなく受け入れています。政治的な立場について尋ねると、彼らは今までそれについて十分考えたことがないと答えることが多いとされています。彼らの中にはそれにかかわっていてまた協調的であるように見えるものもいるが、柔軟性のない、教条主義的で重農的に見える者も存在します。また自分たちのもつ吟味したことのないルールや価値を脅かすほどの、何らかの大きな出来事が生じた場合、彼らは自分を失い、どうしていいかわからなくなるような印象を受けるとされています。 - モラトリアム型
この段階は、現在アイデンティティの危機にいる若者です。彼らは積極的に答えを探してはいるが、親たちが自分たちへ抱く願望と自分自身のもつ興味・関心との間の葛藤を解決していません。彼らは一時期、一連の政治的あるいは宗教的信念を強く表明することがあるかもしれないが、それは再考した後にそれらを棄却しようとする場合に限られます。良く見れば、彼らは繊細かつ論理的で、柔軟的に心を開いているようにみえるが、悪く言えば、心配性であり、自己正当的で、優柔不断のように見えるとのことです。 - 同一性拡散型
これはエリクソンのアイデンティティ混乱に替わって、マーシアが命名した用語です。この範疇に入る若者には、過去にアイデンティティの危機を経験した者もいるが、未だ経験していない者もいます。しかし、いずれの場合においても、彼らはまだ自分自身についての統合的な感覚をもっていません。彼らは「興味」を表明することはあるかもしれないが、実際にいずれかの方向へ足を踏み出すような、行動を開始しようとはしません。彼らは宗教あるいは政治にはまったく興味はないと答えます。中には冷ややかな態度を示すものもいれば、あるいはただ浅薄で混乱しているように見える者もいます。もちろん、何人かはいまだに若すぎて、青年期のアイデンティティの発達段階にまで達していない者もいるということです。
これらをアイデンティティ・ステータスと呼びますが、これをキャリアに置き換えたものが「職業的アイデンティティ」であり、上記のアイデンティティステータスを職業という視点で捉え直したものが「キャリア・アイデンティティ・ステータス」になります。
職業的アイデンティティとは、個人が「自分自身を職業人として自覚している意識」であり、本選択肢の「職業的早期完了」とは、職業に関する意志決定の期間を経験していないにもかかわらず、特定の職業にすでにコミットメントしている状態とされています。
ちなみに職業的アイデンティティにおいて、「達成型」はある一定の職業の目標と価値を自分の意志で選択・決定し、問題について真剣に取り組む時期を経験し、解決に達している状態であり、「モラトリアム型」は意思決定と問題解決をしようとしている状態であるが、コミットメントの度合いが曖昧になっている状態、「拡散型」は意思決定や試行錯誤の期間を経験しているかどうかとは無関係に、コミットメントしようとしないことを意味しています。
このように見てみると、本事例が「職業的早期完了」に該当するとは言えないことがわかりますね。
特に「職業に関する意志決定の期間を経験していないにもかかわらず」という部分が、きちんと役割をこなして信頼を得てきた事例の歴史にはそぐわないものと言えます。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。
④ バーンアウト
バーンアウトはFreudenbergerによって提唱された心身の症候群ですが、これを「極度の身体疲労と感情の枯渇を示す症候群」と定義したのがMaslachです。
フロイデンバーガーは「持続的な職業性ストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さ減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群」としています。
マスラックはMBI(Maslach Burnout Inventory)を開発し、これは以下を測定します。
- 心身ともに疲れ果てたという感覚(情緒的消耗感)
- 人を人と思わなくなる気持ち(非人格化)
- 仕事へのやりがいの低下(個人的達成感の減退)
これらがバーンアウトの中核的な特徴と捉えてよいでしょう。
MBIマニュアルによれば情緒的消耗感とは「仕事を通じて、情緒的に力を出し尽くし、消耗してしまった状態」と定義されています。
MBIの3つの下位尺度のうち、この情緒的消耗感をバーンアウトの主症状であると考えるのが、バーンアウトにかかわる研究者の一致した見方です。
つまり、バーンアウトとは、仕事の上で日々過大な情緒的資源を要求された結果生じる情緒的消耗感であり、他の2つの下位尺度はこの「枯渇状態」 の副次的な結果であるとされています。
ちなみに、バーンアウトはもともと、医師や看護師・教師などのヒューマン・サービス従事者にあらわれる「極度の疲労と感情枯渇の状態」が注目されて生まれた概念です。
ヒューマン・サービスの需要が急増した70年代中期以降から注目され出した概念であり、急速な需要の拡大により、職場の対応がしきれなくなったころとされています。
ヒューマン・サービスは心的エネルギーが過度に要求されるにもかかわらず、人間がという生の対象を相手にするため「目に見える成果」が得にくいものです。
そのストレスから生じる状態を、フロイデンバーガーが「バーンアウト=燃え尽き」と名づけたわけですね。
さて、こうしたバーンアウト概念は、「就職して以来、看護師として高い誇りと生きがいを持ち、真摯に仕事に取り組んできた。患者や同僚からの評判もよく、 5年前からは看護師長として責任ある立場を任せられてきた」というAの「最近、新興感染症の拡大により極めて多忙な日々が長く続く中、このまま仕事を続けていくことに不安を覚え、生活全般に張り合いが感じられなくなってきている」という事態を説明するのに適していると考えられます。
単純な言い方をすれば、意欲的で責任感のある人が「新興感染症」という状況で頑張りすぎてしまい、バーンアウトを起こしてしまったということでしょうか。
難しいのが、本問の「中年期危機という視点から」というところですが、一般にバーンアウトは職業生活が長いほど、その中でのストレス対処法などを身につけているためバーンアウトになりにくい傾向があるとされています。
ですが、本問の「中年期危機という視点から」という表現の意図としては、「中年期危機と関連して生じ得る問題」という程度に捉えておけば良いだろうと思います。
ですから、選択肢③の空の巣症候群と本選択肢のバーンアウトが「中年期危機という視点」で言えば候補に挙がるわけです(そういう意味では、出題者としては「中年期危機という視点から」と入れたのはサービスのつもりかもしれません。「中年期危機だから、その時点で選択肢を絞れるでしょ」という感じです)。
空の巣症候群はその概念と本事例の状況とで齟齬があるので除外しましたから、本事例の状況と合致するバーンアウトが正答となるわけですね。
以上より、選択肢④が適切と判断できます。