事例の病態評価に適切な心理検査を選択する問題です。
各検査の評価対象を把握していれば簡単に解けますね。
問141 50歳の男性A、会社員。産業医の紹介で精神科クリニックを受診した。Aは、 1年前に会社の組織変更に伴い、入社以来従事してきた開発職から営業職に異動となった。当初、新たな職場で戸惑いもあったが、意欲的に業務に取り組んでいた。しかし、営業成績が上がらず、しばしば夜遅くまで残業するようになった。半年前頃から不眠や食思不振を認めるようになり、次第に仕事の遅れが目立ってきた。気力低下が続き、 1か月前から欠勤も増えている。問診票には、「こんな私のために皆さまのお時間をとってしまい、申し訳ない」と記載されていた。
Aの病態評価のために行う心理検査として、最も適切なものを1つ選べ。
① CAPS
② HAM-D
③ PDSS
④ YMRS
⑤ Y-BOCS
解答のポイント
各検査の評価対象を把握している。
選択肢の解説
② HAM-D
まずはこの事例の問題歴を踏まえ、何を測定できる心理検査を採用するべきか考えていきましょう。
- Aは、 1年前に会社の組織変更に伴い、入社以来従事してきた開発職から営業職に異動となった。当初、新たな職場で戸惑いもあったが、意欲的に業務に取り組んでいた。
- しかし、営業成績が上がらず、しばしば夜遅くまで残業するようになった。
- 半年前頃から不眠や食思不振を認めるようになり、次第に仕事の遅れが目立ってきた。
- 気力低下が続き、 1か月前から欠勤も増えている。
- 問診票には、「こんな私のために皆さまのお時間をとってしまい、申し訳ない」と記載されていた
上記のような状態像からは抑うつエピソードの存在が窺えます。
ここではDSM-5の抑うつエピソードを見ていきましょう。
A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分、または(2)興味または喜びの喪失である。
注:明らかに他の医学的疾患に起因する症状は含まない。
- その人自身の言葉(例:悲しみ、空虚感、または絶望感を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているようにみる)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。 (注:子どもや青年では易怒的な気分もありうる)
- ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明、または他者の観察によって示される)
- 食事療法をしていないのに、有意の体重減少、または体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)、またはほとんど毎日の食欲の減退または増加(注:子どもの場合、期待される体重増加がみられないことも考慮せよ)
- ほとんど毎日の不眠または過眠
- ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的でないもの)
- ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退
- ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある、単に自分をとがめること、または病気になったことに対する罪悪感ではない)
- 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言葉による、または他者によって観察される)
- 死についての反復思考(死の恐怖だけではない)。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画
これらを踏まえて、本事例を見ていくと「こんな私のために皆さまのお時間をとってしまい、申し訳ない」という発言から無価値観・罪責感などが窺えますね(基準7)。
また、不眠(基準4)や食欲不振(基準3)、気力の低下(基準6)、仕事の遅れ(基準5)なども認められ、抑うつエピソードが該当すると考えられます。
こうした状態像に至る前には、「意欲的に取り組んでいたけど、報われず、結果が出ていない」という体験があり、こうした「頑張ってもうまくいかない:徒労感」の存在は抑うつを引き起こすものと一般的に捉えることが可能です(だから昔の拷問で、穴を掘って埋めるのを繰り返すというものがありました。そんな意味のない作業を繰り返させられると、人の精神はかなりやられる)。
ですから、本事例を査定する上では、こうした抑うつ状態の存在や重症度を測れる検査を採用することが重要になってきます。
そこで求められるのが本選択肢のHAM-Dになります。
HAM-Dとは、ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale:HDRS)が正式名称となります。
検査項目の特徴として、睡眠の評価に重点が置かれており、睡眠状態が改善すれば高評価になりやすいという特徴があります(ちなみにHAM-Dには17項目版と21項目版があります)。
HAM-Dは自己評価式の心理検査ではなく、うつ病の症状に特徴的な項目について専門家が項目ごとに評価をしていく心理検査です。
それぞれの項目で最もクライエントに近いと思われる点数をチェックし、合計点からうつ症状の程度を割り出します。
HAM-Dは単に重症度を評価するだけでなく、うつ病からの回復の度合いを知るためにも広く用いられる検査になります。
HAM-Dの総得点から重症度を評価するとき、いくつかの提案があり17項目版においては、「23点以上」は最重症、「19~22点」は重症、「14~18点」は中等症、「8~13点」は軽症うつ病とされ、「7点以下」を正常範囲とします。
また、21項目版では「20点以上」を重度、「11~19点」を中等度、「5~10点」を軽度とする報告もあります。
この総合的な重症度評価における境界点は、必ずしも未だ確立されておらず、同じ21項目版で「25点以上」「17~24点」「16点以下」に分ける考え方もあります。
このように、HAM-Dは抑うつ状態やその重症度を査定したり、回復具合を知るために有用な検査ですから、本事例に対してはHAM-Dの採用を検討することになるでしょう。
以上より、選択肢②が適切と判断できます。
① CAPS
CAPS (Clinician-Administered PTSD Scale) は、優れた精度のPTSD構造化診断面接尺度として各国の臨床研究や治験で広く使用されています。
DSM-5の診断基準に基づいて、トラウマ体験に関する質問1個、PTSD症状(再体験、回避、否定的認知、覚醒亢進)に関する質問20個、持続期間に関する質問2個、機能障害に関する質問3個、全般状態に関する質問3個、その他の質問2個の合計30個の質問からなり、それぞれの質問項目について最近1か月の症状の重症度を元に面接者が評定を行います。
PTSDの構造化診断面接尺度として医療保険適用もされています。
所要時間は、面接で90分前後、分析で30分ほどとされています。
本事例は抑うつ状態の査定を行える検査を選択すべきですから、CAPSは該当しませんね。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
③ PDSS
PDSS(Panic Disorder Severity Scale:パニック障害重症度評価尺度)は、パニック障害の中核的特徴を評価する、7項目からなる臨床面接評価尺度です。
7 項目には、パニック発作と症状限定エピソード(Limited symptom episode:LSE)の頻度、パニック発作とLSEによる苦痛、予期不安、広場恐怖と回避、パニックに関連した感覚への恐怖と回避、職業上の機能障害、および社会機能障害が含まれます。
この検査ではパニック発作を「動悸、息ぎれ、窒息感、ふらつき、発汗、振戦といった不快な身体感覚を伴っている。しばしば、コントロールを失うのではないかとか、心臓発作が起こるのではないかとか、死んでしまうのではないかといった破局的な考えも生じる」と説明されます。
そして、上記の「症状限定エピソード」とは、完全なパニック発作に似ているが上記の症状の内3つ以下の随伴症状しかないものを指しており、これに対して完全なパニック発作は少なくとも4つの症状を伴うとされています。
尺度の施行には 10~15分を要します。
詳しくはこちらのサイトを見てみるとわかりやすいでしょう。
本事例は抑うつ状態の査定を行える検査を選択すべきですから、PDSSは該当しませんね。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④ YMRS
YMRS (Young Mania Rating Scale:ヤング躁病評価尺度)とは、評価対象は気分障害の躁病エピソードの検査であり、気分高揚、活動の量的‐質的増加、性的関心、睡眠、易怒性、会話(速度と量)、言語‐思考障害、思考内容、破壊的-攻撃的行為、身なり、病識の11項目で構成されている臨床面接に基づく評価尺度です。
双極性気分障害の患者は「躁病エピソード」の時期には病気の症状という認識がないため医療機関を受診せず、「うつ病エピソード」の時期になって初めて受診することになるため診断が難しく、適切な診断を下すには患者が語らない病気の症状を的確に聞き取ることが求められます。
そうした状況を踏まえ、躁病エピソードの重症度を評価するための尺度として、世界中で広く利用されているのがYMRS(Young Mania Rating Scale)になります。
本事例は抑うつ状態の査定を行える検査を選択すべきですから、YMRSは該当しませんね(躁うつという枠組みで言えば、こちらとHAM-Dで迷えると良いでしょうね)。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ Y-BOCS
Yale-Brown Obsessive Compulsive Scale(Y-BOCS)=エール・ブラウン強迫尺度は、強迫性障害の強迫観念や強迫行為の臨床的重症度の評価において最も一般的に用いられる方法であり、10の項目から成り、費やす時間、関連する苦痛、機能障害、抵抗性、強迫観念と強迫行為の制御を評価します。
Y-BOCSは症状評価リストで特定した主要な強迫観念及び行為について、症状に占められる時間や社会的障害度など10項目を0-4点の5段階で評価・合計し総得点(40点満点)を決定します。
重症度については、10~18点は軽度、18~29点は中度、30点以上は重度と判断されます(研究レベルではY-BOCS総得点が治療前より25-35%減、総得点16以下と言われています)。
寛解レベルは12点以下に下がることであり、治療者と患者の事情が許すならば改善するところまで治療続ける方が望ましいとされています。
厚生労働省が出している「強迫性障害(強迫症)の認知行動療法マニュアル (治療者用)」にも本検査の記載があります。
年齢ですが、さまざまな適用例を見る限り18歳以上の成人に適用していることが多く、成人向けの検査と言ってよいでしょう(ちなみに子ども用として、CY-BOCSというのがある)。
本事例は抑うつ状態の査定を行える検査を選択すべきですから、Y-BOCSは該当しませんね。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。