高齢期の主要な理論に関する問題です。
ほぼすべての選択肢が過去問で示されているので、比較的解きやすかったかもしれません。
問15 高齢期に人生の残り時間が少なくなると、自分の持つ資源を、より心理的に満足できる目標や活動に注ぎ込もうとする傾向を説明する心理学理論として、最も適切なものを1つ選べ。
① 持続理論
② 離脱理論
③ 社会的コンボイ理論
④ 社会情動的選択性理論
⑤ 補償を伴う選択的最適化理論
解答のポイント
高齢期に関する主要な理論を把握している。
選択肢の解説
① 持続理論
② 離脱理論
この2つはまとめて解説していきましょう。
離脱理論はCumming&Henryが示した理論であり、「高齢者は自ら社会からの離脱を望み、社会は離脱しやすいようなシステムを用意して高齢者を解放するべき。高齢者が社会から離れていくのは自然なことと捉えている」という考え方です。
これに対して、Havighurstは活動理論を示しており、これは「望ましい老化とは、可能な限り中年期のときの活動を保持することであり、退職などで活動を放棄せざるを得ない場合は、代わりの活動を見つけ出すことによって活動性を維持すること」という考え方です。
晩年は田舎で暮らすような生き方が望ましいと考えるのが離脱理論ということになり、中年のころの活動性を維持していくべきだと考えるのが活動理論になるので、これらはまったく逆のことを言っているわけです。
こうした理論が最初に示されましたが、Atchleyらが1987年に提唱したのが持続理論(継続性理論)になります。
持続理論では、「高齢者が自身の過去の経験やこれまでに果たしてきた社会的な役割を活かすような選択を行い、社会もそれによって安定する」ということ考え方を前提とした理論になります。
高齢者は以前から備わっている自己概念や信念等の内的構造と、役割や社会等の外的構造を維持すべきだという理論であり、離脱理論×活動理論の対立の一つの解とされているものになります。
上記のいずれの説明も、本問の「高齢期に人生の残り時間が少なくなると、自分の持つ資源を、より心理的に満足できる目標や活動に注ぎ込もうとする傾向」とは合致しないことがわかります。
以上より、選択肢①および選択肢②は不適切と判断できます。
③ 社会的コンボイ理論
こちらはいわゆる「コンボイモデル」を示していると考えて解説していきます。
Antonucci&Akiyama(1987)によると、コンボイモデルとは個人のネットワーク構造を表す用語とされています。
コンボイモデルでは、個人は一生を通じて、一群の人々と社会的支援を交換しながら人生航路を進んでいくと考えており、このようなライフコースを通じた動的な支援ネットワークをコンボイと名づけています。
以下の図がよく示されています。
P(個人)にとってソーシャル・サポートの点から重要な人々が、親密さの程度で異なる人々(コンボイの成員) が三層をなして取り囲むと考えます。
- 日常生活で中心の本人を取り巻く配偶者や親しい親族や親友など、その人の社会的役割に関係なく長期にわたる安定した人間関係を築き上げてきた極めて親しい人たち。
この人たちが人間関係形成の重要な提供者であり、本人を取り巻くもっとも内側の層を成している。 - ある程度の社会的な役割関係に基づいた、時とともに変化しうる人間関係が位置している。
この層には、友人、親戚、親しく付き合っている近所の人々などがあり、ここでもまた、社会生活における新たな人間関係が形成されている。 - 人間関係が完全に社会生活における役割にもとづいた関係からなる層があり、その人間関係は、あまり長続きするものではなく、社会的な役割が変化することによって、変化する人間関係。
この層には、遠く離れた親族や職場の同僚、近所づきあい程度の隣人、会計士や弁護士、医師や介護士などの専門的職業者が挙げられる。
このように多層的な人間関係を構成する人々の種類や数は、年齢の経過や社会環境の変遷と共に変化します。
外側の層にある人間関係ほど変化しやすく、内側にある安定した人間関係ほど年齢の経過や社会的環境の変遷の影響を受けにくいとされています。
特に高齢期になると、人間関係の喪失の増加によってその種類や量は減ってきます。
加齢とともに経験する「喪失」を多層的な人間関係の他の層の人々が埋め合わせるようになります。
すなわち、最も内側の層にあった人間関係が喪失した場合、減少した人間関係の種類や数の穴を埋め合わせるように、より外側の層や他の層にあった人間関係がより親密な形となって構築されます。
このコンボイモデルと次選択肢の社会情動的選択性理論は、加齢と社会関係の変化に関する加齢と社会関係の変化に関する理論であり、いずれも「加齢に伴って変化しやすい関係と、変化しにくい関係がある」という考え方を備えています。
コンボイモデルは、人が自らを取り巻く様々な関係の人に守られながら、人生の局面を乗り切っていく様子を護送船団(convoy)になぞらえたものです。
こうした考え方は、本問の「高齢期に人生の残り時間が少なくなると、自分の持つ資源を、より心理的に満足できる目標や活動に注ぎ込もうとする傾向」とは合致しないことがわかります。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④ 社会情動的選択性理論
社会情緒的選択理論はCarstensenが提唱した理論で、時間的見通しによる動機づけの変化によってエイジングパラドックスを説明しようとしています。
残り時間が限定的だと感じると、感情的に価値ある行動(嫌な人とは付き合わない、やりたいことだけをやる等)のような、情動的に満足できる目標や活動に傾倒するとされています。
社会情緒的選択理論では、人生の残り時間が少なくなると、強い選択を行うようになり、自分の持つ資源を情動的に満足できるような目標や活動に注ぎ込むようになるという考え方なので、交際の範囲を狭めていくことになるとされています。
この理論に基づくと、高齢者は非情動的な情報よりも情動的な情報をよく好むと予測されます。
こうしたモチベーションの変化は、認知の過程にも影響を及ぼ巣とされており、加齢により、注意や記憶の過程で、ネガティブな情報よりもポジティブな情報を好んで取り入れるようになります(これはポジティブ効果と呼ばれている)。
この理論は目標の持ち方にも変化をもたらすことを示唆しており、ある人が自分の将来の時間が充分にあると認識するのなら、その人は、未来志向の、発展的な、知識を集めるゴールを目指すでしょうし、もしある人が自分の将来の時間があまり残っていないと認識するのなら、その人は、現在指向の、情動的な、楽しさを志向するゴールを目指すことになります。
この理論が強く主張するのは、このゴールのシフトが、年齢そのものによって引き起こされるのではなく、また時間の経過によって引き起こされるのではなく、残された時間の認識の仕方によって引き起こされるという点にあります。
以上より、社会情動的選択性理論とは「人生の残り時間が少なくなると、人々は通常、強い選択を行うようになり、自分の持つ資源を、情動的に満足できるような目標や活動に注ぎ込むようになる」というものであり、本問の説明文と合致することがわかります。
よって、選択肢④が適切と判断できます。
⑤ 補償を伴う選択的最適化理論
選択最適化補償理論(補償を伴う選択的最適化理論)はSOC理論と呼ばれ、Baltesが提唱した高齢期の自己制御方略に関する理論です。
この理論では、加齢に伴う喪失に対する適応的発達のあり方として、獲得を最大化し、喪失を最小化するために自己の資源を最適化すると主張されています。
すなわち、若い頃よりも狭い領域を探索し、特定の目標に絞る(選択)、機能低下を補う手段や方法を獲得して喪失を補う(補償)、そして、その狭い領域や特定の目標に最適な方略を取り、適応の機会を増やす(最適化)とされています。
具体的には以下の通りです。
- 喪失に基づく目標の選択(Loss-based Selection):若い頃には可能であったことが上手くできなくなったときに、若い頃よりも目標を下げる行為を指す。
例:ボーリングで120取れていたけど、80を目標にしよう! - 資源の最適化(Optimization):選んだ目標に対して、自分の持っている時間や身体的能力といった資源を効率よく割り振ることを指します。
例:週に3回はボーリングに行っていたけど、週に1回に減らそう。 - 補償(Compensation):他者からの助けを利用したり、これまで使っていなかった補助的な機器や技術を利用したりすることを指します。
例:自分でボーリングに行っていたけど、息子に送ってもらおう。
上記の頭文字を取って「SOC理論」とされています。
この理論は心理学的なサクセスフル・エイジングを説明する理論であり、目標を最適化した上で、喪失した能力などを見極め、それを補う方策を講じながら生きることで、幸福な高齢期が実現するという考え方ですね。
以上のように、補償を伴う選択的最適化理論とは「高齢者が目標調整、変更しながら、今ある身体的・認知的資源を使い、少しでも喪失以前の状態に近づこうとする方略」を指し、本問の「高齢期に人生の残り時間が少なくなると、自分の持つ資源を、より心理的に満足できる目標や活動に注ぎ込もうとする傾向」とは合致しないことがわかります。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。