うつ病を疑わせる発言を選択する問題です。
ちょっと変わった形式ですが、各疾患の特徴を掴んでおけば解きやすい問題と言えるでしょう。
問92 うつ病を疑わせる発言として、最も適切なものを1つ選べ。
① 眠る必要はないと思います。
② いつも誰かに見られている気がします。
③ 何をするのもおっくうで面倒くさいです。
④ 人前で何かするときにとても不安になります。
⑤ 鍵がかかっているかを何度も確認したくなります。
解答のポイント
各疾患の特徴を掴んでおくこと。
選択肢の解説
① 眠る必要はないと思います。
本選択肢の発言で思い浮かぶのは2つの疾病です。
まずは躁病エピソードですね。
躁病エピソードの診断基準(抜粋)は以下の通りです。
A.気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的となる。加えて、異常にかつ持続的に亢進した目標指向性の活動または活力がある。このような普段とは異なる期間が、少なくとも1週間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する(入院治療が必要な場合はいかなる期間でもよい)。
B.気分が障害され、活動または活力が亢進した期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)(気分が易怒性のみの場合は4つ)が有意の差をもつほどに示され、普段の行動とは明らかに異なった変化を象徴している。
- 自尊心の肥大、または誇大
- 睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけで十分な休息がとれたと感じる)
- 普段より多弁であるか、しゃべり続けようとする切迫感
- 観念奔逸、またはいくつもの考えがせめぎ合っているといった主観的な体験
- 注意散漫(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないまたは関係のない外的刺激によって他に転じる)が報告される。または観察される。
- 目標指向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加。または精神運動焦燥(すなわち、無意味な非目標指向性の活動)
- 困った結果になる可能性が高い活動に熱中すること(例:制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかげた事業への投資などに専念すること)
C.この気分の障害は、社会的または職業的機能に著しい障害を引き起こしている、あるいは自分自身または他人に害を及ぼすことを防ぐため入院が必要であるほど重篤である、または精神病性の特徴を伴う。
これらのうち、A基準の「異常にかつ持続的に亢進した目標指向性の活動または活力がある」という箇所と、B-2基準の「睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけで十分な休息がとれたと感じる)」という箇所が本選択肢の表現に該当すると考えられます。
さて、本選択肢の発言で思い浮かぶもう一つの疾患は、統合失調症です。
中井久夫先生は、統合失調症圏の病気の起こり方を示しています。
それによると、発病直前は「頭が忙しい」状態であり、その直前にあった身体の警告は止み、身体のリズムががたがたに乱れているのに、本人はすごく快調と感じるようになります。
また、その前まであった悪夢が全不眠となり、奇妙に頭が冴え、ついに「自己実現」が成ったという感じと「とんでもないところへ迷い込んで戻れない」という感じとが共存することになります。
この時期には眠れなくても全然平気、むしろ頭が冴えていい感じ、と本人には自覚されることが多いようです(本選択肢の発言も、こういう状態であり得るかもしれませんね)。
全不眠が2~3日続くと、この状態は雪崩のように崩れて発病します。
この急性精神病状態は、苦痛がわからないのではなく、苦痛そのものになっているから、苦しいか苦しくないかわからない状態です。
身体症状が消え失せ、その後に発病になっていくことを踏まえると、心身症(これは古い言い方ですね。要はストレスによる身体反応)とは、自律神経の乱れ、免疫系の乱れ、その他のいわゆる抵抗力や自己治癒力の低下によって起こりますが、それ自体には警告の意味を汲み取ることが大切です。
精神(つまり脳)は、人間にとって一番大事なものなので、身体の他の部分が障害を先に起こしてストレスを吸収するとともに、警告を発してくれているのです。
以上より、本選択肢の発言は、まずは躁病エピソードを思い浮かべるのが一般的であり、その前後状況から統合失調症も検討していくことが大切です。
よって、選択肢①はうつ病を疑わせる発言としては不適切と判断できます。
② いつも誰かに見られている気がします。
こちらの発言から思い浮かぶ疾患は統合失調症(もしくはそれと関連する疾患)になります。
まずは、統合失調症の診断基準(抜粋)を以下に示します。
A.以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのが1カ月間(または治療が成功した際はより短い期間)ほとんどいつも存在する。これらのうち少なくともひとつは(1)か(2)か(3)である。
- 妄想
- 幻覚
- まとまりのない発語(例:頻繁な脱線または滅裂)
- ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
- 陰性症状(すなわち感情の平板化、意欲欠如)
B.障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能のレベルが病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準にまで達しない)。
C.障害の持続的な徴候が少なくとも6カ月間存在する。この6カ月の期間には、基準Aを満たす各症状(すなわち、活動期の症状)は少なくとも1カ月(または、治療が成功した場合はより短い期間)存在しなければならないが、前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい。これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状のみか、もしくは基準Aにあげられた症状の2つまたはそれ以上が弱められた形(例:奇妙な信念、異常な知覚体験)で表されることがある。
これらのうち、本選択肢の発言は基準A-1の妄想であると見なすことができます。
本選択肢の発言は、妄想の中でも「注察妄想」と表現されます。
「注察」の名の通り、見られたり監視されたりしているように感じる妄想です。
統合失調症では昔から、陽性症状(ないはずのものがある)と陰性症状(あるはずのものがない)と症状を大きく分けますが、妄想は陽性症状の代表として挙げられます。
妄想は、その文化における一般的な常識と照らし合わせて非現実的・非合理的だと考えられる内容であり、かつ周囲の説得や説明によっても訂正不可能な確信であることが条件になります。
注意が必要なのが、妄想の定義として「その文化における一般的な常識と照らし合わせて非現実的・非合理的だと考えられる内容」という前提があることです。
宗教色が強ければ「私は神だ」と言ったとしても、必ずしも妄想と見なされないかもしれませんし、事実として「私はアラブの王族だ」と外国で言って入院することになったアラブの王族がいます。
妄想は一次妄想(その確信に至った流れがわからない)と二次妄想(その確信に至った流れが理解できる)とがあり、「自分は悪の組織に狙われている」「自分は神の生まれ変わりなのだ」「誰かから監視されている」といった妄想は一次妄想であり、本選択肢の発言もこちらに該当すると思われます。
いずれにせよ、本選択肢の発言は統合失調症を疑うのが一般的であると言えます。
よって、選択肢②はうつ病を疑わせる発言としては不適切と判断できます。
③ 何をするのもおっくうで面倒くさいです。
こちらがうつ病者の発言であると考えられます。
診断基準(抜粋)は以下の通りです。
A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは(1)抑うつ気分、または(2)興味または喜びの喪失である。
注:明らかに他の医学的疾患に起因する症状は含まない 。
- その人自身の言葉(例:悲しみ、空虚感、または絶望を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。 注:子どもや青年では易怒的な気分もありうる。
- ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明、または他者の観察によって示される)。
- 食事療法をしていないのに、有意の体重減少、または体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)。またはほとんど毎日の食欲の減退または増加。 注:子どもの場合、期待される体重増加が見られないことも考慮せよ。
- ほとんど毎日の不眠または過眠。
- ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではないもの)。
- ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退。
- ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分をとがめること、または病気になったことに対する罪悪感ではない)。)
- 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による、または他者によって観察される)。
- 死についての反復思考(死の恐怖だけではない)。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりした計画。
上記の基準A-2にある「ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明、または他者の観察によって示される)」が、本選択肢の発言に該当すると思われます。
これらの基準に見られる「その人自身の言葉…によって示される」「その人の説明…によって示される」という、クライエントの言葉によって語られることを前提とした基準というのは他の疾患ではあまり見られるものではありませんね。
こうしたクライエントの陳述を診断において重視する面を持つうつ病だからこそ、「うつ病を疑わせる発言」という、ちょっと変わった設問形式になったのかもしれませんね。
以上より、選択肢③がうつ病者の発言であると判断できます。
④ 人前で何かするときにとても不安になります。
こちらは社交不安障害でよく見られる発言であると考えられます。
診断基準(抜粋)は以下の通りです。
A.他者の注目を浴びる可能性のある1つ以上の社交場面に対する、著しい恐怖または不安。例として、社交的なやりとり(例:雑談すること、よく知らない人と会うこと)、見られること(例:食べたり、飲んだりすること)、他者の前でなんらかの動作をすること(例:談話をすること)が含まれる。
注:子どもの場合、その不安は成人との交流だけでなく、仲間達との状況でも起きるものでなければならない。
B.その人は、ある振る舞いをするか、または不安症状を見せることが、否定的な評価を受けることになると恐れている(すなわち、恥をかいたり恥ずかしい思いをするだろう、拒絶されたり、他者の迷惑になるだろう)。
C.その社交的状況はほとんど常に恐怖または不安を誘発する。 注:子どもの場合、泣く、かんしゃく、凍りつく、まといつく、縮みあがる、または、社交的状況で話せないという形で、その恐怖または不安が表現されることがある。
D.その社交的状況は回避され、または、強い恐怖または不安を感じながら堪え忍ばれている。
E.その恐怖または不安は、その社交的状況がもたらす現実の危険や、その社会文化的背景に釣り合わない。
F.その恐怖、不安、または回避は持続的であり、典型的には6ヵ月以上続く。
本選択肢の発言は、基準Aに該当すると思われます。
基準Aの例の一つとして挙げられている「他者の前でなんらかの動作をすること(例:談話をすること)」ですね。
以上より、選択肢④はうつ病を疑わせる発言としては不適切と判断できます。
⑤ 鍵がかかっているかを何度も確認したくなります。
こちらは強迫性障害で見られやすい発言と考えられます。
診断基準(抜粋)は以下の通りです。
A.強迫観念、強迫行為、またはその両方の存在
強迫観念は以下の1と2によって定義される:
- 繰り返される特徴的な思考、衝動、またはイメージで、それは障害中の一時期には侵入的で不適切なものとして体験されており、たいていの人においてそれは強い不安や苦痛の原因となる。
- その人はその思考、衝動、またはイメージを無視したり抑え込もうとしたり、または何か他の思考や行動(例:強迫行為を行うなど)によって中和しようと試みる。
強迫行為は以下の1と2によって定義される:
- 繰り返しの行動(例:手を洗う、順番に並べる、確認する)または心の中の行為(例:祈る、数える、声に出さずに言葉を繰り返す)であり、その人は強迫観念に対して、または厳密に適用しなくてはいけないある決まりに従ってそれらの行為を行うよう駆り立てられているように感じている。
- その行動または心の中の行為は、不安または苦痛を避けるかまたは緩和すること、または何か恐ろしい出来事や状況を避けることを目的としている。しかしその行動または心の中の行為は、それによって中和したり予防したりしようとしていることとは現実的な意味ではつながりをもたず、または明らかに過剰である。
注:幼い子どもはこれらの行動や心の中の行為の目的をはっきり述べることができないかもしれない。
本選択肢の発言は、こうした強迫的な傾向によって生じるものと考えられます。
なお、強迫の心理機制としてよく言われているのが「置き換え」の存在です。
すなわち、何か直面しがたい、対処しがたい不安があるときに、それを別の対処しやすい不安に「置き換える」ことで、その不安に間接的に対処しようとするものですが、実感している不安自体が本質的なものではないために、その不安を解消しようとする行為(強迫的な行動)自体が「症状」と見なされることになります。
話をきいていての印象として、クライエントが語る不安は「置き換えられたもの」なので、その不安に「共感的に接する」ことが困難になりますし、この共感の困難さという現象自体が「クライエントの語る内容が(無自覚ではあるが)本質的なものに触れていない」という事態へのセンサーの役割を果たします。
このように、強迫性障害は不安を前提とした疾患なので、もともとは不安障害群に含まれていましたが、DSM-5からは強迫性障害自体が一つの疾患群として分離・独立しました。
以上より、本選択肢の発言は強迫性障害のクライエントのものであると考えられます。
よって、選択肢⑤はうつ病を疑わせる発言としては不適切と判断できます。