幻肢に関する説明として不適切なものを選択する問題です。
幻肢痛に関わる人はそう多くはないと思いますが、それでも「関わる可能性がある」のであれば概要を理解しておくことが大切ですね。
問48 幻肢の説明として、不適切なものを1つ選べ。
① 鏡を用いた治療法がある。
② 痛みやかゆみを伴うことがある。
③ 上下肢を失った直後に発症する。
④ 切断端より遊離したり縮小したりすることがある。
関連する過去問
なし
解答のポイント
幻肢痛の特徴、発生機序、治療法について把握している。
選択肢の解説
② 痛みやかゆみを伴うことがある。
③ 上下肢を失った直後に発症する。
④ 切断端より遊離したり縮小したりすることがある。
四肢切断後に現われる神経学的後遺症は、幻肢痛、残肢痛、幻肢感覚の3つに分類されます。
これらの症状は重複することも多く、少なくとも1つ以上の症状が出現する頻度は95%以上と報告されており、その中でも幻肢痛の出現頻度は四肢切断患者の40~80%であり、「ナイフで裂かれるような」「電気ショックのような」「焼けつくような」といった皮膚表在感覚に関連した疼痛と、「ねじれるような」「痙攣するような」「こむら返りするような」といった運動感覚に関連した疼痛に分けられます。
また、選択肢②に含まれる「かゆみ」も25%~30%程度の割合で見られるようです(こちらの論文に記載があります。疼痛としてまとめられていますね)。
このように幻肢痛患者の半数近くの者が幻肢の不快な不随意運動を知覚しています。
手指や足趾といった切断肢の遠位部に痛みが出現しやすいとされており、切断後14日以内に発症することが多く、約半数は切断後24時間以内に症状を自覚します(1日以内の人が約半数、8割以上の人は切断から4日以内に発症します)。
切断後1年以上が経過してから幻肢痛が出現する患者も認められます。
長期経過については報告によって異なりますが、数年経過しても幻肢痛が残存している患者が多いです。
なお、残肢痛は主に断端部の痛みであり、幻肢痛と合併する頻度が高いです(ですから、選択肢④の通り、切断部から遊離するのは幻肢痛であり、切断部の痛みは残肢痛と表現されるわけですね)。
幻肢感覚とは、痛みはないが運動感覚や外受容感覚を伴って切断肢が存在しているように感じることであり、常に一定に知覚されるわけではなく、幻肢を正常な長さに感じたり、非常に短く感じたりと大きさや知覚は変化します(この辺も選択肢④の内容の正しさを示唆していますね)。
幻肢痛は男性よりも女性に多く認め、下肢切断よりも上肢切断症例で発生頻度が高いです。
四肢切断時の年齢が低い(幼児)と幻肢痛は起こりにくく、年齢の増加とともにその発症頻度が増加します。
また、先天性の四肢欠損患者に幻肢痛が発症することも非常に少ないことから、若年者の脳可塑性が高いことに起因するものと考えられています。
一般に、四肢切断前に疼痛を知覚している患者の切断後に現れる幻肢痛の性質は四肢切断前から知覚している疼痛の性質に類似しており幻肢痛の発症には疼痛の「記憶」が関与していると考えられ、四肢切断時に意識が無い(つまり疼痛を自覚していない)患者では幻肢痛の発症頻度が低いことも報告されていますが、四肢切断時に局所麻酔によって十分な鎮痛(つまり疼痛を自覚していない)が得られていても幻肢痛の発症頻度は減少しないという報告もあり、疼痛の記憶の関与には未だ議論があります。
ですが、少なくとも残肢痛の重症度と幻肢痛は有意な相関があり、また、切断前の患部の痛みや切断術後疼痛の重症度が危険因子として指摘されています。
ストレス、不安、うつ状態などの精神的要因が、幻肢痛の持続や悪化に関与している可能性も報告されています。
発症機序については、様々な要因が関与しており、多因子性です。
病態生理学的には末梢神経、脊髄レベル、席部位よりも上位中枢神経系レベルに分類されます。
末梢神経レベルでは、末梢神経の損傷により形成された神経腫にナトリウムチャンネルの発現が増加し、興奮性の増大や異所性興奮が喚起されます。
脊髄レベルでは、後根神経節においてもナトリウムチャネルの発現増加、異所性興奮が生じ、後根神経節ならびに脊髄後角における易興奮性が誘発され、脳幹網様体から下行性疼痛抑制系の機能低下も生じ、中枢性感作が誘起されます。
脊髄よりも上位中枢神経系レベルでは、体性感覚皮質の機能再構築が幻肢痛の発症に大きく関与しています。
一次体性感覚野には身体部位に対応した受容野が存在していますが、四肢切断術後の患者では、切断肢に相当する脳領域が縮小し、体部位際限の不適切な再配置が起きることが一因と考えられています。
以上より、選択肢②および選択肢④の内容は適切であることがわかりますが、選択肢③に関しては「上下肢を失った直後に発症する」のではないことがわかるはずです。
「切断後14日以内に発症することが多く、約半数は切断後24時間以内に症状を自覚」とされていますから、選択肢③の「上下肢を失った直後に発症する」とは言えないですね。
よって、選択肢②および選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。
また、選択肢③が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。
① 鏡を用いた治療法がある。
有効性の有無については相反する報告もありますが、代表的な治療法を紹介していきます。
実践では複数の薬物や治療法が併用されることが多いです。
まずは「周術期における疼痛管理」です。
切断術前後の疼痛障害が幻肢痛発生の危険因子と考えられているため、術前後の疼痛管理が重要になります。
幻肢痛予防のため、周術期に積極的な薬物療法を行い、持続神経ブロックや持続硬膜外麻酔を併用することが推奨されます。
続いて「薬物療法」になります。
オピオイド鎮痛薬は非ステロイド性抗炎症薬などでコントロールできない疼痛に対して適応があり、弱オピオイドのトラマドールとSNRIの併用投与や強オピオイド投与の有効性が報告されています。
また、三環系抗うつ薬は幻肢痛を含む神経障害性疼痛に対する第一選択薬の一つとされています。
その他、プレガバリン(リリカ)などの抗てんかん薬の有効性が報告されています。
コデインやモルヒネなどのオピオイド系の薬を使用することもありますが、医師の指示のもと、適切な量の調節が必要です。
非薬物療法でなされるのが「ミラーボックス療法:ミラーセラピー」になります。
こちらはミラーボックスを用いて健肢を鏡に映し、鏡の中に患肢が存在しているような視覚像を見せます。
体の正中線上に鏡を置き、切断されていない方向から鏡をのぞき、切断部位は鏡の後ろに隠れるようにします。
自分の健康な手足とともに、鏡の中にもう一つ別の健康な手足を見ることができます。
健肢の手指(足趾)を運動させて、あたかも患肢が動いているような鏡像を観察させることで、一次運動野および一次体性感覚野が賦活化され、幻肢痛が緩和されると考えられています。
要するに、鏡を使って存在しているほうの四肢を見せることで、脳に「幻肢は無傷である」という情報を受け取らせる治療です。
毎日20~25分、鏡を見ながら穏やかな動きを行っていくことになります。
その他、電気刺激療法(神経組織の一部を電気刺激することで除痛を図る方法)など様々な方法がケースの特徴を踏まえて行われることになります。
いずれにせよ、幻肢痛がコントロール困難な場合や、慢性化が危惧される場合には早めに専門医に紹介することが望ましいとされています。
四肢切断患者は身体の一部を失うことで精神的負担も大きく、日常生活も障害されるため、不安、うつ状態を合併しやすいです。
幻肢痛が慢性化すると治療に難渋し、麻酔科、精神科、整形外科、リハビリテーション科などがチームを組んだ集学的治療が必要となります。
以上より、幻肢痛に対しては「鏡を用いた治療法がある」ということになります。
よって、選択肢①は適切と判断でき、除外することになります。