事例の状態を踏まえて、最も適応がよさそうな支援法を選択する問題です。
多くの人が正解を選ぶことができた問題ではないかなと思います(名前の通りですからね)。
問66 47歳の男性A、会社員。Aは不眠を主訴に妻Bに伴われて総合病院の精神科を受診した。2年前にAは昇進し、大きな責任を担うことになった。しかし、この頃から寝付きが悪くなり、飲酒量が増加した。最近は、Bの再三の注意を無視して深夜まで飲酒することが多い。遅刻が増え、仕事にも支障が生じている。担当医は、アルコール依存症の治療が必要であることを説明した。しかし、Aは、「その必要はありません。眠れなくて薬が欲しいだけです」と述べ、不機嫌な表情を見せた。一方、Bは入院治療を強く希望したAとBの話を聞いた担当医は、公認心理師CにAの支援を依頼した。
現時点におけるCのAへの対応として、最も適切なものを 1 つ選べ。
① 入院治療の勧奨
② 自助グループの紹介
③ 動機づけ面接の実施
④ リラクセーション法の導入
⑤ 認知リハビリテーションの導入
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解答のポイント
事例の状態を踏まえ、適切な支援法を選択する。
選択肢の解説
① 入院治療の勧奨
② 自助グループの紹介
③ 動機づけ面接の実施
④ リラクセーション法の導入
⑤ 認知リハビリテーションの導入
さて、本問に関しては一括で解説が可能(というか、そちらの方がわかりやすい)だと思いますので、その方向でやっていきますね。
本事例では、昇進に伴う責任の大きな仕事から飲酒量の増加、家族の注意も空しく深夜まで飲酒するようになり、社会生活に支障が出ているにも関わらず止められず、担当医からはアルコール依存症の治療が必要と明示されています。
ポイントなのが「その必要はありません。眠れなくて薬が欲しいだけです」と不機嫌に述べている点にあり、Aは自身の問題への否認や治療への動機づけの低さが見受けられると言えますね。
こういった状態のときに、本問で示されているいくつかの方針は空振りに終わることが予見されます。
選択肢②の「自助グループの紹介」ですが、自助グループ自体はアルコール依存症治療で実績のあるアプローチではあるものの、Aが紹介されて自助グループに参加するようには思えませんね。
アルコール依存症の自助グループ(AAと呼ばれることが多いですね)では、酒を飲まない日々を送っている苦しさを、同じく治療を受けつつそうした苦しみを抱えている人たちと互いに支え合い、その困難さを乗り越えることを目的としているわけですが、Aはまず治療への動機づけが低く「酒を飲まない」という前提が成立していません。
また、選択肢④の「リラクセーション法の導入」についても、そのアプローチ自体は、例えば、アルコール依存症者がアルコールを摂取するきっかけになっている緊張を伴う対人関係の存在に気が付いた際にリラックスすることを目指して導入する等であれば理解できるものですが、本事例のようにクライエントが自身の問題を否認している可能性が高い状況だと、リラクセーション法を導入しても効果的に活用できるとは思えません。
それは選択肢①の「入院治療の勧奨」でも同様で、まずは現時点でAが入院を了承する可能性が低いこと、仮に入院したとしても治療への動機づけが低いため、できる治療が非常に少ないことが予測できます。
e-ヘルスネットの「アルコール依存症への対応」には「アルコール依存症から回復するために最もよい方法は、断酒=一滴も飲まないことです。飲酒問題を認めない「否認」を克服することが回復への第一歩です」とありますので、本事例において最も目標とすべきは、この「否認」という状態へのアプローチであると言え、その意味で上記のアプローチについては否定されることになるわけです。
なお、選択肢⑤の「認知リハビリテーションの導入」に関しては、Aの状態が認知リハビリテーションが必要な状態であるような描写が無いので除外されます。
若いアルコール依存症の人でも飲酒のために前頭葉機能が障害されていることは珍しくありませんし、やや高齢の依存症者には物忘れや認知症が高い割合でみられますが(詳しくはこちら)、Aは飲酒行動への統制の取れなさがあり、社会生活に影響を及ぼしているという問題は見られるものの、少なくとも現時点では認知機能の障害は見受けられません。
アルコール依存症者に対する認知リハビリテーションについては、こちらの資料に「海外では報告あるが本邦では未検討」とされていますね。
ちなみに、アルコール依存症において「リハビリテーション」というと、精神療法と医学的監督を組み合わせたものであることが多いのですが、こうした広く行われるリハビリテーションと、選択肢⑤の「認知リハビリテーション」とは弁別して良いのかなと考えています(認知リハビリテーションはあくまでも認知機能に対するリハビリテーションと認識して本問を解いているということですね)。
さて、こうした状況で最も効果的であると考えられるのが、選択肢③の「動機づけ面接の実施」であると言えます。
動機づけ面接は、アメリカのMillerとイギリスのRollnickによって開発された対人援助理論で、変化に対するその人自身への動機づけとコミットメント(約束)を強めるための協働的な会話スタイルです。
クライエントの中にある準備性(レディネス)、両価性、抵抗の感情を探り、それらを解決できるように援助することでクライエントの行動変容を促すことを目的とした指示的かつクライエント中心的なカウンセリングスタイルを有しています。
アルコールに関する問題を抱えるクライエントへの面接技法を研究する中で、良い結果が得られたカウンセラーの面談スタイルを実証的に解析することで、アルコール依存症の治療法として開発され、体系化されたという経緯があります。
クライエントが語ってくれる会話を通して、カウンセラーの「正したい反射」を抑え、行動変容に伴う両価性である「変わりたい、一方で、変わりたくない」というクライエントの気持ちや状況を丁寧に引き出し、禁煙や飲酒など、標的とする行動や変化に関する発言を強化することで、クライエント自らが気づき行動に繋がる、というプロセスを支えます。
欧米では、これまでアルコール依存症をはじめとする多くのランダム化比較試験によって動機づけ面接の効果が検証されており、結果には多少のばらつきはありものの、アルコールや薬物乱用をはじめ、健康増進行動、治療アドヒアランスなどの領域での有効性が示されています。
動機づけ面接法は、そもそもアルコール依存症者への支援法として発展してきた歴史があり、特に本事例のAのように、治療に対して「抵抗」があるクライエントに有効とされています(この抵抗は精神分析学的な意味のものです)。
クライエントは変わりたい気持ちと現状維持したい気持ちの両方があり、その両価性の中で葛藤していると考えることが重要で、そして、変わりたくない気持ちに揺れ動いた時に示されていた「抵抗」に対して、それはカウンセラーがまずい対応をしたというサインであると捉えなおし、カウンセラーの対応をまずは検討しなければならない、と動機づけ面接では理解されます。
ですから、動機づけ面接においては、本事例のAを「治療への抵抗がある」と見なすのではなく、関わり方によってAの態度は修正可能なものとして見なすわけです。
こうしたクライエントの変化を促す手法として「チェインジ・トーク」というクライエントが変化をしていくことに重きを置く発言を積極的にしてもらうように援助することが大事であるとされています。
このように動機づけ面接では、クライエントとカウンセラーの協働性、クライエントのリソースを引き出す喚起性、クライエントが自主的に決断する自律性の3つを重んじ、様々な技法(ここの解説では、技法の細かい紹介は省きます)を組み合わせることでクライエントの標的とする行動や変化に関する発言を強化し、クライエント自らが気づき行動に繋がる、というプロセスを支えていくのです。
以上のように、事例のAの状態に対してアプローチをする上で、動機づけ面接の導入は矛盾がなく、適切なものであると考えられますし、動機づけ面接によって生じた変化を通して他選択肢で示されているような支援法が導入されていくことが望ましいですね。
なお、動機づけ面接に限らず、心理療法全般において「葛藤」との関わりが大切だと個人的には考えています。
神田橋先生の「「葛藤」についてのエッセイ:精神療法のために」が上記の書籍に所収されているのですが、こちらが葛藤との関わりのもっとも優れたものであると考えています。
具体的な関わり方の工夫は別としても、葛藤の考え方、その重要性の認識、どういった前提で葛藤に関わるのかという基本的・根本的な考え方についてはこちらの論文を超えるものは無いと考えています。
興味のある方はぜひ。
このように、事例のAに対しては動機づけ面接の導入・実施が最も有効であると考えられますね。
以上より、選択肢①、選択肢②、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢③が適切と判断できます。