公認心理師 2021-92

サクセスフルエイジングの促進要因に関する問題です。

本問ではサクセスフルエイジング自体の知識よりも、各選択肢の概念の理解が求められていますね。

問92 サクセスフルエイジングの促進要因として、最も適切なものを1つ選べ。
① 防衛機制の使用
② ライフイベントの多さ
③ ソーシャル・コンボイの維持
④ タイプA行動パターンの獲得
⑤ ワーク・エンゲイジメントの増加

解答のポイント

老年期と関連する各理論について把握している。

必要な知識・選択肢の解説

サクセスフルエイジングの達成は、人生における究極の目標であり、その概念の共有化は老年学研究における長年の課題でもあります。

サクセスフルエイジングという用語は、老年学の領域で比較的早く取り上げられていましたが、ハヴィガーストの1961年の論文で取り上げられて以来、老年学研究者の関心を呼ぶようになりました。

その後、近年のサクセスフルエイジング論に拍車をかけることになったのは、Rowe&Kahnによる1987年の論文であり、その中で「サクセスフルな老化」を「通常の老化」と区別して論じています。

また、彼らによると、サクセスフルな老化とは、病気や障害などの異常がなく、それらのリスクも低く、心身機能が高い状態であり、通常の老化とは、病気や障害などの異常はないが、それらのリスクが高い状態である、と述べています。

そして、サクセスフルエイジングは以下の3つの要素から構成されるとする操作的定義を発表しています。

  • 疾病や疾病に関連した障害の発生率が低い状態
  • 認知面と身体面の機能が良好に保たれている状態
  • 生活に対する積極的な関与や姿勢

これらが組み合わさったときに、サクセスフルエイジングが達成されるとしています。

ただ、上記のサクセスフルエイジングの考え方は、まだ統一的なものとはいえず、どの見地から捉えるかによって「サクセスフル」の意味が変わってきます。

具体的には、社会学の見地(活動理論や離脱理論)、医学の見地(疾患に罹患していない、または疾患のリスク要因を有しておらず、機能に障害がなく、社会参加をしている。上記の内容に近い)、心理学の見地(補償を伴う選択的最適化理論など)などがあり、それぞれに「一理ある」のですが「他にも理はある」とも言えます。

こうしたいくつかの見地を踏まえつつ、各選択肢について解いていきましょう。

① 防衛機制の使用

防衛機制とは精神分析学の用語で、受け入れがたい状況、または潜在的な危険な状況に晒された時に、それによる不安を軽減しようとする無意識的な心理的メカニズムです。

自我の負担が大きくなったときの再適応のメカニズムと言えます。

上記は固い表現ですので、もう少しわかりやすく述べていきましょう。

人は幼いころから、その状況において試行錯誤と工夫を繰り返しながら対処してきていますが、その中には「心にダイレクトに届くとダメージが大きいので、それを迂回するような工夫」がなされるようになっています。

有名な防衛機制の一つである「合理化」では、高い木に生っているブドウを「取りたいけど取れない」という無力感を軽減するために、「あれは酸っぱいブドウさ」と取らない理由を付けることで無力感をダイレクトに感じないような工夫をするわけです。

防衛機制はその時々の外界において、生体が身につけた対処パターンであると思っておくと良いでしょう。

防衛機制は上記の通り「その状況で生体が身につけた対処パターン」であるのですが、いくつか不都合な点があります。

まず一つは「迂回のパターンである」ということであり、真っすぐに問題を感じないように迂回して「間接的に問題に向き合う」やり方なので、どうしても「現実的な問題に対処したり受けとめたりするのが遅くなる」という問題があります。

ですから、精神分析学においては、クライエントが用いている防衛を理解し、その上で「防衛を使わなくて済むような環境」を構築したり、確かな見立ての上で「防衛を解釈する」ということを行っていきます。

防衛機制という迂回パターンがあると、どうしてもクライエントが問題に向き合うのが難しくなるという点は確かにあり得るだろうと思います。

もう一つの不都合な点は「時代遅れになりやすい」ということであり、その防衛を身につけた当時は「その状況にマッチした方法」であったものが、成長や状況の変化とともに時代遅れとなり、昔ほどの効果が得られない方法になってしまうのです。

特に「特定の防衛機制」だけを心に負担がかかるあらゆる状況で使ってしまうと、現実場面にそぐわない反応を連発してしまうことになってしまうわけです。

上記のような不都合さから、かねてから防衛機制は精神分析学において治療の対象だったり、それを阻害するものとして捉えられてきました。

ですが、やはりその人を「救ってきたパターン」でもありますから、邪魔者として見なすよりは「温故知新」の精神で、その人のより良いパターンの創出のヒントとする方が望ましい姿勢であると思います。

さて、上記のような不都合さがあるので、本選択肢の「防衛機制の使用」がサクセスフルな加齢に良いとは言えないでしょう。

理想を言えば、防衛機制のような「迂回路」を経ることなく、その状況での負担をあるがままに受けとめられるというのが大切だろうと思います。

ですが、私はこれは理想論に過ぎないと思います。

「防衛機制の使用」が不適応と捉えるのはやや古い考え方であり、むしろ「様々な状況で無数の防衛機制を駆使することが適応的な姿である」と思っておくくらいの方が良いように思っています。

とは言え、そうした「融通無碍な防衛機制の使用」がサクセスフルエイジングと絡めて論じられた研究があるわけでもありませんから、やはりここでは「防衛機制の使用をサクセスフルと見なすには無理がある」という見解に留めておくことにしましょう。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② ライフイベントの多さ

ライフイベントの多さと高齢期の理論で関連しそうなのが「活動理論」になります。

活動理論とは「望ましい老化とは、可能な限り中年期のときの活動を保持することであり、退職などで活動を放棄せざるを得ない場合は、代わりの活動を見つけ出すことによって活動性を維持すること」という捉え方です。

いつまでも元気でいる、ということの重要性を根幹に置いた理論と言えますが、これに対して「離脱理論」というのも提唱されています。

離脱理論はCumming&Henryが示した理論であり、「高齢者は自ら社会からの離脱を望み、社会は離脱しやすいようなシステムを用意して高齢者を解放するべき。高齢者が社会から離れていくのは自然なことと捉えている」という考え方です。

ただし、本選択肢の「ライフイベントの多さ」が活動理論に基づいた選択肢であるかは、実際のところ怪しいです。

なぜなら、活動理論は「可能な限り中年期のときの活動を保持すること」という点が重要であり、特にライフイベントの量について言及しているわけではないからです(老年期よりはライフイベントは多いかもしれませんが、それでもやはり中年期でもライフイベントが少ない人もいます)。

それに、活動理論での生き方が「サクセスフルエイジング」につながる人もいるのは事実ですから、活動理論に反する離脱理論があるからという理由で本選択肢と結びつけるのは間違いだと思います。

そこで別方向からの理論をもってくると、「ライフイベント」で思いつくのはHolmes&Raheの社会的再適応評価尺度ですね。

1960年代後半に、生活環境の変化や生活上の出来事と心身の疾患との関連性について検討した生活ストレス研究を契機として、ストレスに関わる心理社会的要因を明らかにしようとする研究が盛んに行われました。

ホームズ&レイは、生活上の重大な出来事によって引き起こされた生活様式の変化に再適応するまでの労力が心身の健康に影響を及ぼすという考え方に基づいて、社会的再適応評価尺度を作成、個人のストレスレベルを測定しようとしました。

この尺度は、生活上の何らかの変化をもたらす出来事が記述された43の項目からなり、各項目には出来事の重大さに応じて重みづけ得点が与えられています。

過去一年間の得点の合計が一定の基準を超えると心身疾患に罹患する可能性が高まることが報告されていますが、可能性の重大さの評価の個人差が反映されていないこと等が本研究の問題点と言えます。

この社会的再適応評価尺度において、結婚はストレス度が50で、学校が変わることはストレス度が20となっています(最高が配偶者の死でストレス度が100)。

1年間の合計点数が300点を突破した人のうち、79%は翌年に何らかの身体疾患を訴えており、200~299点の層では51%に、150~199点では39%までに減少していることから、ストレスの蓄積と身体疾患を訴える頻度は比例することが明確になりました。

このように、ライフイベントと身体疾患との関連は深いと言えます。

こうした知見からも明らかなように、ライフイベントはその内容に関わらず心身に負担を与えるものであり、単純に「ライフイベントが多い」ということが健康と結びつくものではないことがわかるはずです。

中年期くらいならまだしも、体力の衰えのある老年期において「ライフイベントが多い」というのは、内容に関わらず負担の方が大きいと見るのが妥当でしょう。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ ソーシャル・コンボイの維持

Antonucci&Akiyama(1987)によると、コンボイモデルとは個人のネットワーク構造を表す用語とされています。

コンボイモデルでは、個人は一生を通じて、一群の人々と社会的支援を交換しながら人生航路を進んでいくと考えており、このようなライフコースを通じた動的な支援ネットワークをコンボイと名づけています。

以下の図がよく示されています。

P(個人)にとってソーシャル・サポートの点から重要な人々が、親密さの程度で異なる人々(コンボイの成員) が三層をなして取り囲むと考えます。

  1. 日常生活で中心の本人を取り巻く配偶者や親しい親族や親友など、その人の社会的役割に関係なく長期にわたる安定した人間関係を築き上げてきた極めて親しい人たち。
    この人たちが人間関係形成の重要な提供者であり、本人を取り巻くもっとも内側の層を成している。
  2. ある程度の社会的な役割関係に基づいた、時とともに変化しうる人間関係が位置している。
    この層には、友人、親戚、親しく付き合っている近所の人々などがあり、ここでもまた、社会生活における新たな人間関係が形成されている。
  3. 人間関係が完全に社会生活における役割にもとづいた関係からなる層があり、その人間関係は、あまり長続きするものではなく、社会的な役割が変化することによって、変化する人間関係。
    この層には、遠く離れた親族や職場の同僚、近所づきあい程度の隣人、会計士や弁護士、医師や介護士などの専門的職業者が挙げられる。

このように多層的な人間関係を構成する人々の種類や数は、年齢の経過や社会環境の変遷と共に変化します。

外側の層にある人間関係ほど変化しやすく、内側にある安定した人間関係ほど年齢の経過や社会的環境の変遷の影響を受けにくいとされています。

特に高齢期になると、人間関係の喪失の増加によってその種類や量は減ってきます。

加齢とともに経験する「喪失」を多層的な人間関係の他の層の人々が埋め合わせるようになります。

すなわち、最も内側の層にあった人間関係が喪失した場合、減少した人間関係の種類や数の穴を埋め合わせるように、より外側の層や他の層にあった人間関係がより親密な形となって構築されます。

以上のように、コンボイモデルとはソーシャルサポートのネットワークのことを指し、当人を取り巻く様々な関係者に守られながら人生の局面を乗り切っていくことになります。

多層的な社会ネットワークの中で、特に外側の層に変化が大きいので、減少した人間関係の種類や数の穴を埋め合わせるように、より外側の層や他の層にあった人間関係がより親密な形となって構築されることが重要になります。

このようにソーシャルコンボイの維持は老年期において重要であることがわかりますし、個人は一生を通じて一群の人々と社会的支援を交換しながら人生航路を進んでいくものと見なしています。

サクセスフルエイジングにおいても、このようなライフコースを通じた動的な支援ネットワークが重要であると言えますから、ソーシャルコンボイの維持はサクセスフルエイジングの促進要因と見なして問題ないでしょう。

よって、選択肢③が適切と判断できます。

④ タイプA行動パターンの獲得

riedman&Rosenmanは、その臨床的経験から冠動脈心疾患に特有と思われる行動パターンを「タイプA」と名付け、これと対照的となるおとなしいパターンを「タイプB」としました。

タイプAの特徴として、競争心がきわめて強く、多くのいろいろなことに関係し、常に時間に追い立てられている、漠然とした敵意などが挙げられます。

タイプAの行動傾向のうち、基本的で重要なものは以下の通りです。

  1. 時間的切迫感:時間に追われながらの多方面にわたる活動。
  2. 性急さ:身体的精神的活動速度を常に速めようとする習癖。
  3. 達成努力:自分が定めた目標を達成しようとする持続的な強い欲求。
  4. 野心:永続的な功名心。
  5. 競争:競争を好み、追求する傾向。
  6. 敵意性:身体的精神的な著しい過敏性を伴う。

ただし、タイプAと冠疾患リスクについて否定的な報告が相次ぐ中で、タイプAの構成成分としての性格傾向、とりわけ「敵意」と「怒り」に関心が向けられるようになり、現在ではそれらの性格因子と冠疾患リスクの関連が支持されています。

なお、Themoshokが提唱したがんになりやすいパーソナリティ、いわゆる「タイプC」は、感情を抑圧しやすく自己犠牲的に過剰適応的に振る舞うというのが特徴です。

このように「タイプA行動パターン」は冠疾患リスクのあるので、一般に好ましいものと見なされません。

ですから「サクセスフルエイジング」のためにタイプA行動パターンの獲得するというのは合理的な考え方ではないと言えるでしょう。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ ワーク・エンゲイジメントの増加

ワーク・エンゲイジメントは、オランダのSchaufeli教授らが提唱した概念であり、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として「仕事から活力を得ていきいきとしている(活力)」「仕事に誇りとやりがいを感じている(熱意)」「仕事に熱心に取り組んでいる(没頭)」の3つが揃った状態として定義されています。

つまり、ワーク・エンゲイジメントが高い人は、仕事に誇りとやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得て、いきいきとしている状態にあると言えます。

さらにワーク・エンゲイジメントは、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた「一時的な状態」ではなく、仕事に向けられた「持続的かつ全般的な感情と認知」によって特徴づけられ、「個人」と「仕事全般」との関係性を示す概念であることに加えて、個人の中で日々の時間の経過とともに一時的な経験として変動していく面もあるものの、基本的には、持続的かつ安定的な状態を捉える概念とされています。

上記の通り、ワーク・エンゲイジメントは仕事に関連するポジティブで充実した心理状態を指し、そういう観点で言えば「活動理論(望ましい老化とは、可能な限り中年期のときの活動を保持することであり、退職などで活動を放棄せざるを得ない場合は、代わりの活動を見つけ出すことによって活動性を維持すること)」と若干の関連を感じますね。

ですが、多くの老年期に該当する人が働いているとは言い難く、その社会状況の中で「ワーク・エンゲイジメントの増加」をサクセスフルエイジングの促進要素と見なすのは困難であると考えられます。

もちろん、仕事を続けている人がいて「ワーク・エンゲイジメントの増加」が重要な人もいるのでしょうが、一方で「離脱理論」のような考え方がサクセスフルエイジングの在り様として重要な人も存在します。

ですから、一概に「ワーク・エンゲイジメントの増加」をサクセスフルエイジングにおいて重要と見なすのは不適切でしょう。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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