ひきこもり状態になっている大学生の両親への支援に関する問題です。
本問では「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」を引用しつつ、私なりの見解を交えて解説していきましょう。
問150 20歳の男性A、大学1年生。Aは、大学入学時に大学の雰囲気になじめずひきこもりとなった。大学の学生相談室への来室を拒否したため、Aの両親が地域の精神保健福祉センターにAのひきこもりについて相談し、両親が公認心理師Bと定期的な面接を行うことになった。面接開始後、1年が経過したが、Aはひきこもりのままであった。Aは、暴力や自傷行為はないが、不安や抑うつ、退行現象がみられている。留年や学業継続の問題については、両親が大学の事務窓口などに相談している。最近になり、両親が精神的な辛さを訴える場面が多くなってきている。
BのAやAの両親への支援として、不適切なものを1つ選べ。
① 自宅訪問を行う場合、緊急時以外は、家族を介して本人の了解を得る。
② ひきこもりの原因である子育ての問題を指摘し、親子関係の改善を図る。
③ 家族自身による解決力を引き出せるよう、家族のエンパワメントを目指す。
④ 家族の話から、精神障害が背景にないかを評価する視点を忘れないようにする。
⑤ 精神保健福祉センターや大学等、多機関間でのケース・マネジメント会議を行う。
解答のポイント
「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」を踏まえた支援を把握している。
選択肢の解説
① 自宅訪問を行う場合、緊急時以外は、家族を介して本人の了解を得る。
ガイドラインでは、「訪問実施前の準備段階で検討すべきこと」として「訪問することを事前に家族や当事者に伝えること」の重要性が以下の通り挙げられています。
- 一般に家族や当事者の了解を得たうえで訪問することが推奨されています。
- 多くの支援者が配慮しているのは、家族の伝言や手紙などを介した間接的な接触の試みを通じて、支援者や訪問そのものに対する当事者の反応を確認するということです。
- 当事者が訪問を拒否している場合は、訪問以外の支援法や家族に対象を限定した訪問を検討します。無理やり面談を強いるのではなく、当事者の部屋の外からドア越しに声かけをすることを繰り返し、家族と雑談して帰る、というタイプの訪問活動も有効です。
- ただし、生命に関わるような深刻な自傷・他害の危険があると判断される場合には、精神保健福祉法に基づく精神保健指定医による措置入院のための診察などの制度を利用することも検討しなければなりません。
- 当事者に訪問の了解を得る手続きは原則的には必須であり、了解なしの訪問はあくまで緊急の必要性が存在する場合の例外的なものにとどめるべきです。当事者への予告なしの訪問が契機となって、ひきこもりがひどくなったり、家庭内暴力が悪化したりといった結果も起こりうることを、支援者は重々承知していなければなりません。
上記の通り、訪問支援にあたっては当事者の了承も重要であることが示されています。
この内容に関しては「公認心理師 2018追加-93」でも示されていますので、本問の解説ではもう少し経験的なところから述べていきましょう。
ひきこもりに限らずですが「物言わぬクライエント」というのは、その人格が軽視されがちです。
例えば、緘黙児の周囲の人は、本人がいるのにその子の問題を遠慮なく話すということが多く見受けられます。
ロールシャッハテストで「ピエロ」がH反応:人間全体反応ではなく、(H)反応:非現実的人間全体反応とコードされるのも(ちなみにエクスナー法の話です)、話さない存在(ピエロは話しません)は現実的な人間と見なされ難いという事情があるのでしょう。
いずれにせよ、クライエントがどのような状態であれ、その人格に配慮した対応が常に求められるのは言うまでもありませんね。
上記で「クライエント」と述べましたが、本問においてクライエントはAの両親であるという捉え方が正しいです。
ですが、将来A自身が直接的なクライエントになりうる可能性を潰さないためにも、Aとの関係を不必要に悪くするリスクを犯すことはしない方がよいでしょう(必要な時にはせざるを得ない。本選択肢の「緊急時」とはそういうこと)。
Aがどの支援者ともつながっていない本問の状況では、「家族を介して本人の了承を得る」というのが妥当な手続きと言えます。
こういう手続きを経ずに、いきなりAのもとに行くというのは、ヤクザまがいの人がやっているような押しかけて引っ張り出すという手法と重なる面があり、クライエントが内的に抱いている社会に対する恐怖に証拠を与えることになってしまいます。
なお、「家族を介して了承を得る」という手続きは妥当なものですが、家族にその打診をして「本人がどのような反応をするかイメージできますか?」と問うことは大切です。
「イメージできない」のであればそれ自体が親子の関係性を反映していますし、親が「イメージできる。応じないと思う」という反応であれば、上記の手続き自体を実行するか否かも含めて検討することになるでしょう。
また、親からAにどのような言葉をかけて自宅訪問について打診するかも、カウンセラーから具体的に提案し、親のパーソナリティやこれまでのAとの関わりも考慮して決めていくと良いでしょう。
以上より、自宅訪問を行う場合、緊急時以外は、家族を介して本人の了解を得るというのは大切な手続きであると言えますね。
よって、選択肢①は適切と判断でき、除外することになります。
② ひきこもりの原因である子育ての問題を指摘し、親子関係の改善を図る。
ガイドラインの中で、親の心理状態について「我が子が不登校・ひきこもりになったとき、親は自分の養育法を後悔し、自責的あるいは他罰的になるなど、情緒的には混乱しがち」とされ、対応については「家族に対する個別面談で重要なことは、養育をめぐる親の失敗や責任を探索し暴くことではなく、何が起きているのか、そして今どうすべきかを中立的に考えることのできる落着きと心の余裕を得ることができるよう支援することです」とあります。
これにある通り「ひきこもりの原因である子育ての問題を指摘」というのは、適切な対応とは言えないです。
そして、本選択肢の「ひきこもりの原因である子育ての問題」ということについて、実践的な見地から考えていきましょう。
ひきこもりの原因が子育て「だけ」にあるとは思いませんが、当人の人格を育んだ環境としての「家庭の子育て」を「無関係」と度外視するのは、とても建設的であるとは言えません。
ただし、「ひきこもりという状態像に、子育てが影響している」ということが例えば事実だったとしても、それを「指摘する」という方針が適切とは言えないのです。
その理由を述べていきましょう。
私の専門は「ゆりかごから25歳まで」くらいです(こども園~大学院修了くらいまで)。
主な勤務先はSCになるわけですが、この仕事を長くしていて感じる「子どもやその保護者と係るという立場で得られる体験」として、「子どもたちの問題がどのような環境下で生じるのか把握しやすいこと」「子どもたちに生じる問題が、成長の中でどのように変遷するのか見ることができること」などが挙げられます。
これは成人のクライエントを見ている人にはできにくい体験で、彼らは「子どものころから色んな変遷の中で、ある程度経過のある問題」に出合うことが多いのに対し、私たちは「その問題の発生当初」から観察することができるのです(どちらが良いというわけではない。互いの価値を謙虚に認め合っていることが重要)。
このように私は「その問題の発生当初から観察することができる」立場の人間ですから、その中で子育ての影響がどの程度あるかについても多少正確に掴みやすいので、その問題が発生した当初のクライエントの保護者に関わる時には、問題を生じさせやすい関わりについて指摘し、改善のための関わりを助言することがあります。
こういう風に書くと、本選択肢の「ひきこもりの原因である子育ての問題を指摘し、親子関係の改善を図る」ということがあり得ると読めるかもしれませんが、それは違います。
本事例は20歳という年齢になっており、たとえ子育てがひきこもりという状態に影響を与えていたとしても、それ以外の因子もAに影響を与えつつ現状が出来上がっているとみるのが妥当なわけです(この辺が「子どものころから色んな変遷の中で、ある程度経過のある問題」に出合っているカウンセラーの得意な分野かもしれないですね)。
この時点において、ひきこもりという状態の原因を「子育て」に集約するのはおよそ論理的思考とは言えません。
子どもが幼いほど、子どもの環境は狭いので「家庭の影響」は大きいものになりがちで、家庭での関わり方を変えることが好転につながる可能性が高いのは間違いないと思います。
対してクライエントの年齢が高いほど、相対的に「子育て以外の要因」がクライエントに影響を与えることになりますから、そちらも同じくらいの価値があると見なして関わっていくことが大切ですから、20歳になっている本事例において「ひきこもりの原因である子育ての問題を指摘し、親子関係の改善を図る」というのは現実的ではありません。
上記をまとめれば「ひきこもりという状態に子育てが影響することはある」「しかし、クライエントの年齢が上がるほど、すなわち、社会とクライエント個人が関わる機会が多いほど、子育て以外の要因が現状に影響を与えることになる」「20歳という年齢の段階で「子育て」という要因を大きいと見なして関わっていくのは合理的な対応ではない」ということです。
もちろん、親の関わりに注目することはどのような事例においてもあり得ることですが、そういうときの心構えとして大切なのは「過去は参考文献である」という考え方です。
過去を参考にすることで「今、何をするべきか」ということにつながるようなやり取りをすることが重要で、決して過去の関わりの是非を問うことをするものではありません(特に本事例では、両親が精神的な辛さを訴えていますしね)。
以上のように、「ひきこもりの原因である子育ての問題を指摘し、親子関係の改善を図る」という対応は、精神的辛さを訴え始めている両親にすべきではありませんし、ひきこもり支援の基本としても避ける必要があります。
よって、選択肢②が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。
③ 家族自身による解決力を引き出せるよう、家族のエンパワメントを目指す。
権威や法的な権限の付与が原義であり、差別や抑圧を受けた人々が本来持つ力を取り戻し、環境に働きかけ、生活をコントロールできるようになる過程を「エンパワメント」といいます。
障害者、女性、高齢者、先住民などは、差別される集団に属することで受けた否定的評価を自ら内面化し、パワーレスな(無力化された)状態になりやすいが、当事者自らが主体として問題解決に参加することによって力をつける(セルフ・エンパワメント)という当事者の視点から捉えることもできます。
20世紀を代表するブラジルの教育思想家であるパウロ・フレイレの提唱により社会学的な意味で用いられるようになり、ラテンアメリカを始めとした世界の先住民運動や女性運動、あるいは広義の市民運動などの場面で用いられ、実践されるようになった概念です。
「エンパワメント」という概念の特徴は、自己効力感や自尊感情を高める心理的側面に加え、社会的・経済的側面も含んでいるということにあります。
個人、集団、コミュニティなど多様なレベルで用いられている、健康教育やコミュニティ心理学においても重要概念の1つと言えます。
単なる個人や集団の自立を意味する概念ではなく、人間の潜在能力の発揮を可能にするよう平等で公平な社会を実現しようとするところに価値を見出す点にこの概念の特徴があります。
概念の基礎を築いたジョン・フリードマンはエンパワメントを育む資源として、生活空間、余暇時間、知識と技能、適正な情報、社会組織、社会ネットワーク、労働と生計を立てるための手段、資金を挙げ、それぞれの要素は独立しながらも相互依存関係にあるとしています。
本事例では「留年や学業継続の問題については、両親が大学の事務窓口などに相談している。最近になり、両親が精神的な辛さを訴える場面が多くなってきている」という状態にありますから、両親に対して何らかのサポートが必要であると言えます。
こうした「両親に対するサポート」として「エンパワメント」が有効であるか否かが問われている選択肢であると言えますね。
エンパワメントは「本来持つ力を取り戻し、環境に働きかけ、生活をコントロールできるようになる過程」であるわけですから、エンパワメントをつけるという方針は適切なものであると言ってよいでしょう。
ひきこもり支援において、周囲の人々(本事例で言えば、学生相談室や精神保健福祉センター)ができることは、特に周囲との関わりを拒否しているように見受けられるAのような事例では、それほど多くありません。
本人と関わることができるのが家族だけという状況になりやすく、その家族に支援に伴う負担、家族としての心労などが重なりやすいと言えます。
と言っても、それ以外のアプローチがないのも事実なので、家族がダウンしないようにサポートしつつ、改善のための働きかけをできる力を養っていくことが、周囲の支援者の方針となるでしょう。
ガイドラインの中でも「家族に対する個別面談で重要なことは、養育をめぐる親の失敗や責任を探索し暴くことではなく、何が起きているのか、そして今どうすべきかを中立的に考えることのできる落着きと心の余裕を得ることができるよう支援することです。こうした親のエンパワーメントがある程度進んでこそ、親は当事者の養育過程での苦い体験や、それに関わる自らの特性について率直に話題にできるのです。支援者が忘れてならないことは、親は罪悪感によって子どもを支えることはできないということです。めざすべきは、親が支援スタッフとしての誇りと自信を持って当事者のひきこもりに伴走でき、支援できる心境になることではないでしょうか」とあります。
これを踏まえても、やはり「エンパワメント」は保護者面接の中で大切な方針になると言えるでしょう。
よって、選択肢③は適切と判断でき、除外することになります。
④ 家族の話から、精神障害が背景にないかを評価する視点を忘れないようにする。
前提として、ひきこもりとは状態像をさす用語であって、その背景がどのようなものかということまでは特定していません。
言い換えれば「ひきこもりだから病理はない」と見なすのではなく、精神医学的な問題が絡んでいる可能性も含めて見立てていくことが重要になります。
精神障害が絡んでいる場合、対応もより専門性が必要になってくる可能性も考えていくことが求められます。
ここではまず、ひきこもりと併存しやすい精神障害について理解しておきましょう。
ガイドラインにおいて「ひきこもりと関係の深い精神障害とその特徴」が以下の通り示されています(長いので省略しつつ)。
ひきこもりの背景に存在する主な精神障害には以下のようなものがあります。
- 適応障害:いじめなどの出来事を契機に不安や抑うつ気分が出現し、不登校・ひきこもりに至ることがあります。
- 不安障害:社交不安障害は、人前で行動するなどの社会的活動に対する回避傾向が主症状の不安障害で、同年代やなじみの少ない対象を回避し、ひきこもりへと向かう可能性が少なくありません。
- 気分障害:その大半はうつ病性障害で、大うつ病エピソード、あるいはそれに準ずるうつ状態の際にひきこもりを生じることがありますが、多くの場合に一旦ひきこもった当事者はうつ状態が改善したからといって、ただちにひきこもりから抜け出すことができるわけではないことを心得ておきましょう。
- 強迫性障害:強迫症状が増悪してきた場合に、強迫症状に縛られて日常生活の習慣的行動をスムーズにこなせなくなったり、家族を巻き込んだ強迫症状に伴って退行が生じることで母親との共生的な結びつきから離れられなくなったりする結果、ひきこもり状態となることがあります。
- パーソナリティ障害:不登校やひきこもりに表現されるような回避性、依存性、自己愛性、境界性(空虚感、孤立感、対象へのしがみつきと操作などが特徴)などの心性が年余にわたって持続する間に、そうした心性がパーソナリティに構造化されてパーソナリティ障害への展開が生じることがあります。
- 統合失調症:統合失調症の陽性症状そのものである幻覚、妄想、自我障害などに基づく強い不安・恐怖から外出を控えたり、妄想に根ざした警戒心から家庭に閉じこもったりすることがあります。また陰性症状と呼ばれる意欲の低下に基づいて外出頻度が低下したり、人との交流を求めなくなったりするため、結果としてひきこもり状況に至る場合もあります。また統合失調症に基づく言動の影響で、周囲との人間関係が悪化し、周囲から距離を置かれるようになることに伴って外出困難になるという経過もあるでしょう。
- 対人恐怖的な妄想性障害(醜形恐怖、自己臭恐怖、自己視線恐怖)や選択性緘黙など児童思春期に特有な精神障害:自らの容貌が醜いため、体臭が不快なため、あるいは視線がきついため他者を不快にさせているという思春期特有な確信を持つ妄想性障害の若者は、他者との接触を極端に避けるようになることがあります。
- 広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorders;以下PDD)
- 注意欠如・多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder;以下ADHD):ADHD の主症状である不注意、多動性、衝動性のため、思春期年代に入る頃には仲間集団から孤立したり、学校生活で疎外されたりという状況に陥りやすくなります。こうした状況が長期化すると二次的に気分障害を併存したり、極端に反抗的になったりし、最終的には不登校・ひきこもりに至る可能性が高まります。
- 知的障害・学習障害など:知的障害者(IQ70 未満)が保護的で支持な環境や適切な能力応じた活動の機会を提供されなかった場合、社会的活動の場を回避して家庭へのひきこもりを生じる可能性があります。
※上記に「広汎性発達障害」やそれとは別枠で「ADHD」が設定されていますが、古い資料なので現在のDSM-5の基準とは異なっていますね。
また、これらに加えて「とくに留意すべき精神障害」というのも以下の通り示されています。
- その第一に挙げるべきは、気分障害の大うつ病性障害と双極性障害における大うつ病エピソードです。その第二に挙げるべきは統合失調症とその類縁疾患でしょう。そして第三の障害群は、ADHD やPDD を含む「発達障害」です。
- ぼんやりしたり、ふさぎこんで考え込んでいたり、好きなこともしなくなり生活全般に意欲が感じられず、生きている価値がないと感じたり、死にたいと訴えたりする場合は、気分障害のうつ状態かもしれません。…突発的な自殺に至る可能性があり、早期に休息や薬物療法などの介入が必要です。
- 幻覚や妄想がある場合、特に特徴的な内容の幻聴や妄想がある場合は統合失調症の可能性を吟味すべきです。例えば「悪口をいわれている」「うわさされている」「自分の行動についていわれる」という訴えや、また独り言をぶつぶつといって誰かと話している様子などから幻聴があると思われるとき、また被害妄想を中心とした様々なタイプの妄想があるときです。他にも「自分の考えが読まれている/伝わってしまう」「あやつられている」などの訴え、脈絡なくとまらない言動があるときも注意が必要です。こうした体験はそのまま統合失調症を意味するわけではありません。他者の批判的な目や近所の人の噂話への過敏な被害妄想的解釈などは、統合失調症ではないひきこもり者の発言としてしばしば出会うものです。しかし、統合失調症であることが診断できたら、速やかに適切な薬物療法を開始すべきです。
- 対人関係のもちにくさが著しく他者の意図や状況の理解が難しい場合、衝動性の高さや独特の風変わりな思考やこだわりなどのために周囲から孤立している場合、からかいの対象になっている場合、あるいは学習に集中できないなどの困難が多く自信をなくしている場合は、知的障害も含めた何らかの発達障害の可能性を考慮する必要があります。診断が確定すれば各発達障害の特性に応じた環境の構造化や学習指導法、薬物療法、親に発達障害の特性を知ってもらい我が子の行動管理に役立つスキルを獲得しもらうためのペアレント・トレーニングなどを提供することができます。
やや長かったですが、これらを踏まえて本選択肢の内容を見ていきましょう。
冒頭でも述べた通り、ひきこもり自体は精神医学的な問題を前提とするものではありませんが、精神医学的な問題を有しているとひきこもりという状態になりやすいこと、ひきこもりという心的負担が大きい状況によって精神医学的問題を生じさせやすいことは周知のとおりです。
そして、そうした精神医学的問題を有していると見立てられた場合、その状態像によっては早急に医療につなぐことが求められる事態もあり得ます。
ですから、「家族の話から、精神障害が背景にないかを評価する視点を忘れないようにする」という本選択肢の対応は、ひきこもり支援において欠かせないものであると言えるでしょう。
そのためにも心理支援に携わる者には「間接的な情報からも、精神医学的問題およびそれにつながる可能性のある不調を想定することができる力」が求められることになります。
本事例において「暴力や自傷行為はない」というのはポジティブな情報(ニュートラルな情報)と言ってよいと思いますが、「不安や抑うつ、退行現象がみられている」というのは心配です。
不安や抑うつに関しては、本事例の状況では「この状況で感じても仕方のないもの」であると言えるので、その程度によってはポジティブにもネガティブにもなり得る情報です。
ただ退行現象に関しては、どういったニュアンスのものなのか、例えば「親を自分の一部のように扱う」というものであれば、その先に暴力が出る可能性も想定せねばなりません。
赤ちゃんのような退行であっても、やはり年齢から考えると極端であると言えますから、背景に精神医学的問題を想定しなくてはいけません。
こういう見立てもしつつ、家族に「こういう反応が出たらすぐに連絡してください」という反応を伝えておくことも方法の一つとして持っておくことが大切です。
以上のように、ひきこもり支援において「家族の話から、精神障害が背景にないかを評価する視点を忘れないようにする」というのは、本事例のような間接的支援にならざるを得ない場合には特に大切な視点であると言えます。
よって、選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。
⑤ 精神保健福祉センターや大学等、多機関間でのケース・マネジメント会議を行う。
ガイドラインでは、ひきこもり支援における多機関連携について以下のように述べられています(「多機関」が「他機関」となっているなどの違いはありますが、基本的に同じことを指していると考えて読んでいきましょう)。
- ひきこもりの背景に潜む精神障害の評価のみならず、ひきこもりの評価は家族の機能や家族内葛藤、家族の経済状況、学校の支持機能の質と量など多岐にわたる評価が必要になります。また、ひきこもりに対する支援に関しても医療機関による精神障害の治療だけでなく、様々な社会資源を利用しつつ当事者の社会復帰と家族の立ち直りを目指した支援を行っていかなくてはなりません。社会復帰に向けて、子どもなら地域の教育センターなどの相談機関で学校復帰プログラムに取り組む必要があるかもしれませんし、青年なら職業訓練などの就労支援および、地域のデイ・ケアや作業所などの利用を考慮する必要もあります。
- このような機能をすべて提供できる専門機関はありませんし、現実的ではありません。地域の多岐にわたる専門機関が連携し、機能の分担を積極的に進めるべきでしょう。このような理由からも、地域における複数の専門機関の連携はひきこもり支援において必須のものといえるでしょう。
このように、幅広い領域の支援が求められるひきこもり対応において、多機関連携は重要なものであると言えますね。
また、ガイドラインでは「各機関の実務者が集まって実際に現在対応が難しくなっている事例を検討し、支援の方針を出し、その支援に現在関与している機関と連携する機関を明らかにすることを目指すケース・マネージメント会議が必ず存在しなければなりません」とされています。
そして「連携ネットワークの設置・運用に際して注意すべき点」として以下が述べられています。
- 連携ネットワークに参加する各分野の機関のひきこもりに対する理解や対応方法には違いがあることを心得て、機関間の理解のすりあわせを辛抱強く続ける必要があります。
- 連携ネットワークの機能を維持するために定期的なケース・マネージメント会議を開催していくとともに、緊急の課題に対応するための臨時会議開催を可能にしておく必要があります。
- 連携ネットワークの機能を維持するためには、検討事例受付のための窓口機能をはじめとしたネットワーク運営にあたる活動的な事務局機能が必須です。
- 連携ネットワークは、検討事例の情報を複数の機関で共有することになるため、特に当事者および家族の個人情報をはじめとするプライバシーの保護には厳密な配慮が必要です。
- 連携ネットワークの質を決定するという意味で事務局機能と同じようネットワークの要(かなめ)となるのはケース・マネージメント会議です。毎回、必ず支援法をめぐる新たな見通しや協力機関が得られるよう工夫しましょう。
- 連携ネットワークは新たに設置する場合と、すでに運営されている類似の機能を持つネットワークに新たな機能を付加して活用する場合があります。地域の特性や状況に応じて選択しましょう。
上記からもわかる通り、多機関間でのケース・マネジメント会議が重要なものであるとされていますね。
さて、本事例に即して考えてみましょう。
本事例では、現時点では精神保健福祉センターが親と関わり、Aの所属先の支援機関として学生相談室が関係することになります。
現時点では明確な精神医学的問題は示唆されていませんが、今後の展開によっては学生相談室付きの精神科医に助言を求めるなどの対応も考えられますね。
近年、オープンダイアローグでは、こういう会議に当事者も参加してもらい(正式には、当事者のもとに関係者が出向き)、そのやり取りも含めて見てもらうことをしますが、そこまでの対応をするのは現時点ではごく一部でしょうね。
ですが、こうした「どういうやり取りを経て、現在の対応があるのか」をきちんとクライエントに説明するという姿勢は支援者として持っておく必要があり、それがあることでクライエントは自身の問題について統制感を失わずに関わることがしやすくなります。
いずれにせよ、本事例において「精神保健福祉センターや大学等、多機関間でのケース・マネジメント会議を行う」のは、あり得る対応の一つと言えるでしょう。
よって、選択肢⑤は適切と判断でき、除外することになります。