見立てに基づいた対応を選択する問題です。
状況から見てある疾患を想定することは比較的しやすいと思いますし、出題側もそれがわかることを前提に問題を作っていますね。
問153 40歳の男性A、会社員。Aは、まじめで責任感が強く、人望も厚い。最近、大きなプロジェクトを任された。それにより、Aは仕事を持ち帰ることが増え、仕事が気になり眠れない日もあった。納期直前のある日、他部署から大幅な作業の遅れが報告された。その翌日、Aは連絡なく出勤せず、行方不明になったため、捜索願が出された。3日後、職場から数十km 離れたA の実家近くの駅から身分照会があり発見された。Aはこの数日の記憶がなく、「気がついたら駅にいた。会社に迷惑をかけたので死にたい」と言っているという。
会社の健康管理部門のAへの対応として、誤っているものを1つ選べ。
① 安全の確保を優先する。
② できるだけ早期に健忘の解消を図る。
③ 専門医に器質的疾患の鑑別を依頼する。
④ 内的な葛藤を伴っていることに留意する。
解答のポイント
事例の見立てと、それに基づく対応について理解している。
選択肢の解説
① 安全の確保を優先する。
② できるだけ早期に健忘の解消を図る。
④ 内的な葛藤を伴っていることに留意する。
まず事例に起こっていることが何か見立てられることが大切になります。
「Aは、まじめで責任感が強く、人望も厚い。最近、大きなプロジェクトを任された。それにより、Aは仕事を持ち帰ることが増え、仕事が気になり眠れない日もあった。納期直前のある日、他部署から大幅な作業の遅れが報告された。その翌日、Aは連絡なく出勤せず、行方不明になったため、捜索願が出された」という状況から考えて、もともとまじめなAに責任の大きい仕事が任され、行方不明になる直前に大幅な作業の遅れが報告されたということになります。
心的に大きな負担がかかる状況と言えますね。
こうした状況因が絡んでくると、多くの人が見立てるであろう「解離性障害」の可能性を見ていく必要があります。
なお、解離とは無自覚のうちに「心理的負担になる事柄から外的・内的に遠ざかることで対処しようとする防衛パターン」「心理的負担になる事柄を他人事として扱うことで対処している」と思っておくとよいでしょう。
それが離人的に出る場合は「現実感から遠ざかっている」という印象でしょうし、健忘であれば「覚えておくと心的負担が高まることから遠ざかる=記憶を失う」でしょうし、遁走であれば「心的負担をもたらす場所から遠ざかる」ということになるでしょう。
小さな解離を頻繁に使う人はそれなりにいて、そういう人は「話し方」に特徴があります。
具体的には、自分のことなのに他人事のように話したり、苦しいことなのに笑顔で話したり、苦しさを感知しないようにしていたり(「それは大変じゃないの?」と問うと「客観的にはそうですね」などと答える)、過度に「楽しい」を連発したり、といった感じですね。
いずれにせよ、その時々で感じている苦慮感を「実感」してしまうと、自我が揺らぐのでその「実感」から遠ざかるのがパターンになっているわけです。
厄介なのが、多くの人が日常的に苦慮感を「実感」しているので多少の突発的な苦慮感にも自我が踏ん張ることができるのですが、日常的に苦慮感から遠ざかっている場合は、突発的な苦慮感(小中学校で言えば、友だちとのいさかいが生じる等。突発的だが小中学校では避けられないような出来事)で大きく揺らぎ、予測がつかない行動をする場合があります。
急にいなくなる、トイレの個室に閉じこもる、縄跳びの縄を使って自身の首を絞める、ガラスを割る、などなど他にもたくさん起こり得る「予測がつかない行動」はあります(こういう内容は、どちらかというと小中学校で多いですね。社会人くらいの年齢になると「もっとわからないようにやる」ことが多いです)。
臨床家として求められるのは普段のその人の話し方から、解離とそれに伴う自我の踏ん張りの利かなさを予測し、「たいていの人にとっては大したことない心的負担場面での、予測がつかない行動の出現の可能性」を考え、必要であれば周囲と話し合っておくことですね。
話を解離性障害に戻しましょう。
解離性障害は、DSM-Ⅳ-TRまでは、解離性同一性障害・離人症・解離性遁走・解離性健忘という下位分類でしたが、DSM-5からは変更されています。
解離性遁走は、解離性健忘の特定する項目に含まれるようになっていますね。
とりあえず、解離性健忘の診断基準について示しておきましょう。
A.重要な自伝的情報で、通常、心的外傷的またはストレスの強い性質をもつものの想起が不可能であり、通常の物忘れでは説明ができない。
注:解離性健忘のほとんどが、特定の1つまたは複数の出来事についての限局的または選択的健忘、または同一性および生活史についての全般性健忘である。
B.その症状は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
C.その障害は、物質(例:アルコールまたは他の乱用薬物、医薬品)または神経疾患または他の医学的疾患(例:複雑部分発作、一過性全健忘、閉鎖性頭部外傷・外傷性脳損傷の後遺症、他の神経疾患)の生理学的作用によるものではない。
D.その障害は、解離性同一症、心的外傷後ストレス障害、急性ストレス障害、身体症状症、または認知症または軽度認知障害によってうまく説明できない。
該当すれば特定せよ
300.13(F44.1)解離性とん走を伴う:目的をもった旅行や道に迷った放浪のように見え、同一性または他の重要な自伝的情報の健忘を伴うもの
Aのストレス状況や「この数日の記憶がなく」という陳述から、Aが解離性健忘(解離性とん走を伴う)である可能性が高いと考えられますね。
さて、こうした解離性健忘である可能性があるときの方針として、選択肢②の「できるだけ早期に健忘の解消を図る」は誤った対応であると確信しておくことが大切です。
そもそも「ストレス状況」があって、それがその個人のある臨界点を超えたからこそ「解離」という防衛パターンが働いたわけです。
そして解離という防衛パターンでは、その「ストレス状況」自体の健忘が生じることで対処していることを踏まえれば、クライエントの健忘は「自我を守るための防壁」と見なしておくことが求められます。
ですから「できるだけ早期に健忘の解消を図る」ことを目指せば、クライエントの「自我を守るための障壁」を準備なく壊そうとするようなアプローチとなります。
こうした解離性健忘に対する一般的な方針としては、安心感のある環境および関係の中で、すなわち、自我が支えられるような環境や関係を通して、クライエントがその「ストレス状況」を思い出しても大丈夫なくらいの状態にしていくことが挙げられるでしょう。
この基本的な方針を、会社の健康管理部門も理解しておけば、健忘がある時期の出来事を中心にやり取りすることを避けたほうが良いとわかったうえで対応できますね。
こうした方針のもとでやり取りするわけですから、カウンセリングでは「ストレス状況について話題にしない」ということになり、大切なのはやり取りの雰囲気やクライエントに伝わる安心感ということ(やり取りは雑談的になりやすい)になります。
そうしたやり取りによる関係性の構築によって、クライエントの内的安定やカウンセラーとの関係による安心感が生まれてくれば、おのずから「ストレス状況」について振り返るという出来事が生じやすくなります。
こうした方針が、選択肢④の「内的な葛藤を伴っていることに留意する」ということであろうと思います。
そうした「思い出すと苦しい」「思い出したくない」という無自覚の雰囲気がAの内にはあり、それに留意しながらカウンセリングを実施していくことが重要で、それを無視した形で「症状の改善を目指す」のはクライエントに大きな負担をかけることになるでしょう。
実践では、こうしたクライエントの内情を理解した上で、もしかしたら客観的には「問題についてやり取りをしないカウンセリング」を行っていくことが大切になるかもしれません(非専門家から見れば意味のないカウンセリングに見えるけど、その重要性や狙いや仕組みを説明できるからこその専門家なわけですね)。
なお、前述には「おのずから「ストレス状況」について振り返る」としましたが、これはあくまでも理想的な流れになり、実際はそうならないことも多いです。
多いのが「面接の場では、ついぞ「ストレス状況」について語らないが、日常生活では安定し、以前と同じようなストレス状況でも混乱することなく対処できる」という形での変化です。
初心者のカウンセラーは「クライエントはカウンセリングの場で悩みを語ってくれる」と思いがちですが、このように「語らないけど良くなる」ということがかなり多いことも知っておくと良いでしょうね。
さて、残りの選択肢①「安全の確保を優先する」ですが、実はこれは解離性健忘の文脈ではない対応になります。
かねてより解離性健忘が生じている間は「命の危険が生じるような行動をしない」と言われており、すなわち、一定の現実検討が保たれているということは指摘されています(もちろん、あくまでも解離性健忘の間はということですから、絶対ではないですが)。
ですから、「安全の確保を優先する」のは解離性健忘が生じているからではなく、責任感のあるAが3日も仕事に穴をあけ「気がついたら駅にいた。会社に迷惑をかけたので死にたい」と述べていることに起因します。
Aの病前性格はうつ病のそれと通ずるものがありますし、こういう人が「死にたい」と思っているということをそれなりに重く受け止めて対応していった方がよいと言えます。
ただ、この際のAの「死にたい」という気持ちは、現実的な状況を「正しく認識している」からこそ生じるものであり、そういう意味では「現実検討力が保たれている」からこそ生じているという捉え方も出来るでしょう(現実検討力があるから死にたくなる、というのは変な話ですが理解できる心理だと思います)。
よって、こうした「仕事に穴をあけ、会社に迷惑をかけて死にたくなっている」というAの気持ちを理解し、その中で解離性健忘の特徴や心理教育等を用いながら対応していくことが重要になるでしょう。
以上より、選択肢①および選択肢④は正しいと判断でき、除外することになります。
また、選択肢②が誤りと判断でき、こちらを選択することになります。
③ 専門医に器質的疾患の鑑別を依頼する。
本事例において、第一選択になるのが解離性健忘であるのは間違いないと思います。
ですが、見立ての順番の定石は「外因→内因(統合失調症やうつ病。むかしは原因不明、今は資質と環境の組み合わせなどとみられる要因)→心因」です。
解離性健忘は上記の「心因」に該当するものですから、見立ての順序で言うと最後に分類されるもので、解離性健忘の可能性よりも先に「外因」の可能性がないか考えておくことが重要になります。
さて、外因を考えていくにあたって大切なのは、本事例のような「記憶がなくなる」疾患について把握しておくことになります。
代表的なのが「(側頭葉)てんかん」や「認知症」になりますが、Aの年齢まで特に問題がなかったことを考えると脳梗塞等の器質的疾患を考えておくことが重要になります。
記憶がなくなったり、死にたくなるという陰性の気分の変化が、器質的疾患によって生じるという可能性はあり得るわけです。
本事例では、ほぼ解離性健忘であろうと思えますが、昔からの格言で「心因を疑わないような事例ほど外因であり、外因と思えるような事例ほど心因であることが多い」というのがあります。
ですから、解離性健忘とある程度確証をもって安定した見立ての上で対応をしていくためにも、本選択肢の「専門医に器質的疾患の鑑別を依頼する」ことは重要になります。
「器質的疾患が強く疑われるから」というよりも、心因によるものであるという確証をもって対応していくために「鑑別を依頼する」ことになるというイメージかもしれません(もちろん、器質的疾患の可能性も捨てられないが)。
こうしてみると、本選択肢は「見立ての基本(外因→内因→心因)」についての理解が問われていると言えますね。
以上より、本事例の見立てや生じている症候から専門医に器質的疾患の鑑別を依頼するのは適切な対応であると言えます。
よって、選択肢③は正しいと判断でき、除外することになります。