心理検査や事例の状況から、クライエントのアセスメントとして最も適切なものを選択する問題です。
オーソドックスなタイプの問題ですし、検査も出題されたことがあるものばかりですが、MASの詳しい理解が問われているという点が新しいですね。
問138 28歳の男性A、会社員。Aは、最近、会社に出勤できなくなり、産業医から紹介されて公認心理師Bのもとを訪れた。Aは、人前に出ることはもともと苦手であったが、1年前に営業部署に異動してからは特に苦手意識が強くなり、部署内の会議への参加や、上司から評価されるような場面を避けがちになった。Bが実施した心理検査の結果、BDI-Ⅱの得点は32点、MASの A得点は32点、L得点は5点、LSAS-Jの総得点は97点であった。
Aのアセスメントとして、最も適切なものを1つ選べ。
① 顕在性不安が強い。
② 抑うつ状態は軽度である。
③ 軽度の社交不安が疑われる。
④ 重度の強迫症状がみられる。
⑤ 好ましく見せようとする傾向が強い。
解答のポイント
各検査の解釈やcut offポイントを把握している。
選択肢の解説
① 顕在性不安が強い。
⑤ 好ましく見せようとする傾向が強い。
こちらの選択肢に関しては「MASのA得点は32点、L得点は5点」を見ていきましょう。
MAS:Manifest Anxiety Scale(顕在性不安尺度)は1953年にテイラーが、キャメロンの慢性不安反応に関する理論を基にMMPIから選出された不安尺度50項目に、妥当性尺度15項目を加えた65項目で構成・作成しました(妥当性尺度15項目を加えたのは日本語版。ちなみに、この妥当性尺度はMMPIのL尺度を使っている。ここ重要)。
それまで面接や行動観察から主観的印象的に捉えられることが多かった不安を客観的に測定することを可能にしました。
顕在性不安とは、自分自身で、精神的身体的な不安の徴候が意識化できたものであり、MASはある期間かなりの頻度で現れる不安の全体的水準を測定します。
すなわち、MASで測定されるのは1種類のものではなく様々な不安を含んだ多次元的なものと言えます。
各種の不安の高さを測定することで、問題を抱えている人を発見するというスクリーニングに適しており、一般の健康診断、学生相談や職場のメンタルヘルス領域、内科、心療内科、精神科等のあらゆる科の病院臨床の場面など適用範囲は広い検査です。
主に、神経症(ちょっと古い言い方ですが)や心身症に伴う不安の検出に役立ちますが、うつ病や統合失調症、人格障害などの疾患や不適応から生じる不安の場合もあり得るので、鑑別診断のためには他の検査などと併用し総合的に判断する必要があります。
また、薬物治療や精神療法によって不安の程度がどのくらい変化したか、治療効果を継時的に測定する場合にも有効とされています。
質問項目を理解できる成人であればだれでも比較的簡単に理解でき、負担も少ないですが、測定されるのは意識に上る顕在性不安に限られるため、不安を客観的に認知しにくい人や不安を意識化するのに抵抗のある人についてはその不安を測定できない場合もあり得ます。
なお、MASには児童用(CMAS:Children Manifest Anxiety Scale)があり、小学校4年生から中学校3年生まで適用できます。
実施では、各項目に対して「そう」「ちがう」の当てはまる方に〇を、「どちらでもない」ときは両方に×を記入します(「どちらでもない」や無応答が10以上ある場合は、応答の信頼性に問題があると解釈される)。
実施に要する時間は5分程度です。
上記で「妥当性尺度15項目」の存在を示しましたが、これが「虚構点L:Lie score」のことであり、11点以上の場合には妥当性に問題があると見なされます。
ここの解釈のポイントなのが、上記の妥当性尺度15項目というのは、MMPIの妥当性尺度の一つである「L尺度」をそのまま引用しているという点です。
ですから、MMPIでL尺度をどのように解釈するか振り返ってみましょう(こちらについては「公認心理師 2020-90」を参照してください)。
- Lはうそ(Lie)を表し、被験者が自分を好ましく見せようとすることによっておこる反応の歪みの程度を調べるもの。
- 社会的には望ましいが実際には困難を意味し、高得点は、自分を好ましく見せようとする傾向を示唆する。
- わりあい素朴な受検態度の歪みを検出する。
L尺度はこうした特徴があり、この内容を使って選択肢⑤の「好ましく見せようとする傾向が強い」を判断していくことになります。
MASには上記の妥当性尺度(L得点)とA得点が設けられており、このA得点が不安得点になります。
大学生と成人について男女別に不安得点の平均点と標準偏差が示されており、不安の程度は便宜上Ⅰ~Ⅴの5段階に分けられています。
段階 | 一般男子 (20~60歳) | 男子大学生 | 一般女子 (20~60歳) | 女子大学生 |
Ⅰ | 23以上 | 27以上 | 26以上 | 27以上 |
Ⅱ | 19~22 | 23~26 | 22~25 | 23~26 |
Ⅲ | 10~18 | 14~22 | 13~21 | 14~22 |
Ⅳ | 6~9 | 10~13 | 9~12 | 10~13 |
Ⅴ | 5以下 | 9以下 | 8以下 | 9以下 |
MASにおいて、Ⅲが標準段階でありⅣおよびⅤを含めこの程度までは正常域、Ⅱはかなり不安が高く、Ⅰは高度の不安を示すとされています。
段階ⅠやⅡのような得点の高い人は、身体的訴えが多く落ち着きに欠け、集中力に障害があり自信が持てず、他人に過敏で不幸感や無能力感を抱きやすいといった特徴をもつと考えられています。
これは神経症的傾向や社会不適応、精神病的徴候などを反映している可能性があるとされます。
得点の低い人は、ストレス状況で情緒的に混乱しにくく、自信をもっていて身体症状を訴えることも少ないと考えられています。
各項目から捉えられる不安の徴候として、四肢の冷え、便秘、下痢、吐き気、頭痛、発汗、動悸、息切れ、手指振戦、空腹感、身体の緊張、集中困難、自信欠如、取り越し苦労、赤面恐怖、焦燥感、疲労感、対人関係や仕事での緊張や回避、睡眠障害などが含まれます。
上記を踏まえて、本問の「MASのA得点は32点、L得点は5点」を見ていきましょう。
本事例のA得点は32ですから、一般男子のⅠ段階に該当しますから、顕在性不安が高度であることが示されていますね。
ですから「人前に出ることはもともと苦手であったが、1年前に営業部署に異動してからは特に苦手意識が強くなり、部署内の会議への参加や、上司から評価されるような場面を避けがちになった」と事例にありますが、こうした不安をA自身が自覚している可能性が高いと言えますし、そうした不安を抱えていることを共有しつつ支援を進めていくことになりますね。
また、L得点は5点であり、この尺度では「社会的には望ましいが実際には困難を意味し、高得点は、自分を好ましく見せようとする傾向を示唆する」わけですが、本事例では高得点には該当しませんね。
ですから「好ましく見せようとする傾向が強い」とは言えないわけです。
以上より、選択肢①が適切と判断でき、選択肢⑤は不適切と判断できます。
② 抑うつ状態は軽度である。
こちらの選択肢については「BDI-Ⅱの得点は32点」の解釈が問われていますね。
BDI-Ⅱはベック抑うつ質問票のことで、認知療法の始祖であるベックのグループが作成した自己記入式質問紙です。
DSM-Ⅳに準拠したうつ病の症状を網羅しており、全21項目から構成されており、それぞれに4つの反応形式が設定されています。
BDIでは総得点によって重症度分類がされており、0~13を極軽症、14~19を軽症、20~28を中等症、29~63を重症とされています。
本事例の得点は32点ですから、重症に分類されることがわかりますね。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 軽度の社交不安が疑われる。
こちらの選択肢に関しては「LSAS-Jの総得点は97点」を見ていきましょう。
Llebowitz Social Anxiety Scale(LSAS-J)=リーボヴィッツ社交不安尺度は、社交不安障害を測定する目的で開発された尺度であり、国際的にも広く用いられている社交不安障害の標準的な尺度とされています。
LSAS-Jは社交不安障害の臨床症状や薬物療法、精神療法の治療反応性を評価することを目的に欧米ではもちろんのこと、日本でも用いられています。
質問は24項目で、対人場面や人前で何かをするときの恐怖感、あるいはそういった場面の回避の程度など、両方を分けて測ることができます。
24の状況は行為状況と社交状況の2種類に分かれており、ランダムに混ざっています。
24項目の質問について、0~3の4段階評価した後、合算した得点によって、以下の4段階で重症度の評価を行います(総得点0~144点)。
- 約30点:境界域
- 50~70点:中等度
- 80~90点:さらに症状が顕著;苦痛を感じるだけでなく、実際に社交面や仕事などの日常生活に障害が認められる
- 95~100点以上:重度;働くことができない、会社に行けないなど社会的機能を果たすことができなくなり、活動能力がきわめて低下した状態に陥っている
こうした重症度の評価を行うことができるという点から、臨床効果の尺度としても用いられています。
事例の得点は97であることから、重度の社交不安の存在が示唆されています。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④ 重度の強迫症状がみられる。
さて、この選択肢だけ心理検査が示されておらず、事例状況から判断することになります。
他の問題でも引用していますが、強迫症状についてDSM-5の基準を見ておきましょう。
A.強迫観念、強迫行為、またはその両方の存在
強迫観念は以下の1. と2. によって定義される:
- 繰り返される特徴的な思考、衝動、またはイメージで、それは障害中の一時期には侵入的で不適切なものとして体験されており、たいていの人においてそれは強い不安や苦痛の原因となる。
- その人はその思考、衝動、またはイメージを無視したり抑え込もうとしたり、または何か他の思考や行動(例:強迫行為を行うなど)によって中和しようと試みる。
強迫行為は以下の1. と2. によって定義される:
- 繰り返しの行動(例:手を洗う、順番に並べる、確認する)または心の中の行為(例:祈る、数える、声に出さずに言葉を繰り返す)であり、その人は強迫観念に対して、または厳密に適用しなくてはいけないある決まりに従ってそれらの行為を行うよう駆り立てられているように感じている。
- その行動または心の中の行為は、不安または苦痛を避けるかまたは緩和すること、または何か恐ろしい出来事や状況を避けることを目的としている。しかしその行動または心の中の行為は、それによって中和したり予防したりしようとしていることとは現実的な意味ではつながりをもたず、または明らかに過剰である。
注:幼い子どもはこれらの行動や心の中の行為の目的をはっきり述べることができないかもしれない。
これらを踏まえて、本事例の状況を見ていきましょう。
事例では「最近、会社に出勤できなくなり」「Aは、人前に出ることはもともと苦手であったが、1年前に営業部署に異動してからは特に苦手意識が強くなり、部署内の会議への参加や、上司から評価されるような場面を避けがちになった」とあります。
これらの内容から、上記の強迫症状を示しているような徴候は見当たりません。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。