公認心理師 2019-15

問15はASDの行動特性を説明する心理学的仮説に関する問題です。
ASDの特性はあくまでも「スペクトラム」で、定型と非定型の境目は明瞭ではありません。
そのことを踏まえ、ASDの特徴を理解しておくことが大切です。

問15 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害〈ASD〉の特性のうち「中枢性統合の弱さ」として説明できるのは次のうちどれか、正しいものを1つ選べ。
①特定の物音に過敏に反応する。
②他者の考えを読み取ることが難しい。
③目標に向けて計画的に行動することが難しい。
④細部にとらわれ大局的に判断することが難しい。
⑤状況の変化に応じて行動を切り替えることが難しい。

いずれの選択肢も実践場面でよく見聞きするものですね。
だからこそ、こういった事態を心理学ではどのように理解しているのかを明確に把握しておきたいところです。

解答のポイント

ASDの行動特性を説明する「心の理論障害仮説」「実行機能障害仮説」「中枢性統合の弱さ」の各仮説に関して把握していること。

選択肢の解説

①特定の物音に過敏に反応する。

こちらはDSM-5の診断基準にも以下の記述で述べられています。
「感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、または環境の感覚的側面に対する並外れた興味(例:痛みや体温に無関心のように見える、特定の音または触感に逆の反応をする、対象を過度に嗅いだり触れたりする、光または動きを見ることに熱中する)」

ASDは、コミュニケーションの困難さやこだわりの強さなどを特徴としていますが、これらの中核症状に加えて近年は、ほぼ必ず認められる症状として感覚(過敏や鈍麻)症状も注目されています(この現象が広く認められるようになったのには、上記のDSM-5の改定が大きかったとされています)。
感覚に関する問題は、当事者からの記述からも多く示されていますね。

いわゆる中核症状はより複雑で高次の神経情報処理能力と関連が強いはずの認知機能症状ですが、感覚の問題に関しては、比較的シンプルな情報処理を担う神経ネットワークと関係が深いとされています
すなわち感覚過敏に関しては、中核的な症状を説明する「中枢性統合の弱さ」で説明できるものではありません

以上より、選択肢①は誤りと判断できます。

②他者の考えを読み取ることが難しい。

ASDの多様な行動特性を説明するためにいくつもの心理学的仮説が提唱されており、そのうちの主だったものは以下の3つです。

  1. 実行機能不全仮説
  2. 中枢性統合の弱さ
  3. 心の理論障害仮説

本選択肢の内容は、上記のうち「心の理論障害仮説」で主に説明がなされます

心の理論障害仮説とは、ASDの特性は「心を読むという人間の基礎的な能力の障害によるものである」とする説です
心の理論とは、他者や自分の心の状態(信念、願望、意図など)を理解する能力であり、メンタライジングやマインドリーディングと呼ばれることもあります。
この能力によって人は他者や自分の行動の意味を説明したり行動を予測したりすることができ、コミュニケーションを円滑に行う上での助けになっています。

ASDでは、通常、幼児期以降に獲得されるはずのこの能力の発達が遅れているため、対人行動の異常が生じると説明されています(Baron-Cohen,1985)
バロン-コーエンはASDが心の理論の発達に障害を有する背景に、注意共有メカニズムを想定しました。
これは単に他者と同じ方向を見るということではなく、その場の状況や文脈を共有し、自己、他者、対象の関係を成立させることが含まれています。
ASDではこのメカニズムを欠くために、心の理論の発達に障害を抱えるという議論がなされています。

心の理論に関しては、実際のところ欠損ではなく遅れであるということが明確になったため、Baron-Cohen(1995/2002)はこの仮説を「マインドブラインドネス仮説」という理論に修正しました
これは注意の共有に障害があることに注目し、このために心の理論の獲得を遅らせ、結果として社会性の発達の困難を招くという捉え方に立ったものです。

以上より、選択肢②は誤りと判断できます。

③目標に向けて計画的に行動することが難しい。
⑤状況の変化に応じて行動を切り替えることが難しい。

先述した3つの心理学的仮説のうち、これらは「実行機能障害仮説」によって説明がなされています。
ASDの70%以上で様々な情報を統合し、計画を立て、効率よく遂行する能力(実行機能)に障害があるとされています。

実行機能とは「活動をコントロールする能力」のことであり、この仮説ではASDの特徴を活動を計画すること(実行の調整)と注意の切り替えの能力の障害によって説明しようとしています
「望ましい目標を設定する」「目的を達成する合理的な手順を考える」「他のものに気を取られず、物事に専心する」「その結果が最初の目標とどこまで一致しているのかを検討する」などを司る実行機能に障害があるために、それに由来する種々の問題行動が出現するということです
本選択肢で挙げられた事態も、この仮説によって説明が可能であると判断できます。

Baron-Cohen (2008/2011)はこうした特性について「定型的な脳は、心の中で同時に複数の課題を遂行し、二重焦点を維持できる。自閉症やアスペルガー症候群の人たちは、シング、ノレフォーカス(単焦点)なので、同時遂行能力が低いのであろう」と述べています。

以上より、選択肢③および選択肢⑤は誤りと判断できます。

④細部にとらわれ大局的に判断することが難しい。

先述した3つの心理学的仮説のうち、こちらは「中枢性統合の弱さ」によって説明がなされています。
中枢性統合とは、さまざまな情報を統合して全体としての意味を見出す能力のことです(ゲシュタルトをとらえる能力、ですね)
部分の集まりから全体を捉えたり、社会的状況の背後にある文脈を捉えたりする能力と言ってよいです
例えば、パズルを完成させると、定型発達の人はひとつのまとまりのある絵として捉えます。
こうした全体像をとらえる能力が中枢性統合であり、前頭葉機能の一つだとされています。

この仮説はFrithとHappeによって提案されたものであり、ASD者は知覚情報を処理する際に、部分の処理や細部に集中するやり方をとるため、処理の全体優位性が二次的に低下すると考えられています。

中枢性統合の弱さとは、場に依存しない認知スタイルであり、全体像や文脈を無視して、部分に注目するというASDに特徴的な情報処理スタイルです
先のパズルの例では、パズルを部分として認識し、全体像として捉えることが困難である状態を指して「中枢性統合の弱さ」と説明します。

この説では、部分の処理が優先されるというASDの認知特徴の多くを説明できます。
例えば、エビングハウスの錯視を用いたHappeの研究では、ASD者は対照群よりも錯視を起こしにくいという結果を得ています。

エビングハウス錯視では、一般に、周囲の円の大きさの影響を受けて、右側の真ん中の円の方が左側のそれよりも大きく見えます。
この仮説に基づいて説明すれば、ASD者は全体にとらわれずに部分の情報を処理するために、錯視が生じにくいと考えられています。

中枢性統合の弱さは、こうした「部分を見ることに優れる」という強みを持っているとも言えます。
ASD傾向のある人は、積木模様などが高い得点になることが多いとされていますが、これは全体に注目しないことによって生じるものとされています。
また、意味を伴わない機械的記憶に優れるが、その背景には、全体像としての文脈から得られる手がかりを利用できず、断片化した情報として捉えるという説明が可能です。

中枢性統合によるマイナスは、社会的コミュニケーションと対人的相互作用の障害に現われます。
ASDのある人は、さまざまなレベルの情報を統合して全体の大きなまとまりとして捉えることが困難で、断片化した情報として理解するために、文脈や社会的状況の理解が困難になります。

以上より、選択肢④が正しいと判断できます。

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