検査結果および事例の状態より、心理検査報告書に記載する内容として妥当なものを選択する問題です。
実践では、検査結果×事例情報という組み合わせで、事例の全体像を掴めるような所見を書けることが重要になりますね。
問76 20歳の女性A、大学3年生。Aは、母親Bと精神科を受診した。Bによると、Aは、1か月前に親友が交通事故に遭うのを目撃してから、物事に敏感になり不眠がちで、ささいなことでいらいらしやすく、集中力がなくなったという。一方、初診時にAは、「事故のダメージはない。母が心配し過ぎだと思う」と声を荒げ、強い調子でBや医師の話をさえぎった。医師の依頼で、公認心理師CがAの状態把握の目的で心理検査を施行した。検査用紙を渡すと、Aはその場で即座に記入した。結果は、BDI-Ⅱは10点、IES-Rは9点であった。
CがAの心理検査報告書に記載する内容として、最も適切なものを1つ選べ。
① 心理検査の得点やBの観察、Aの様子からは、PTSDが推測される。
② 心理検査の得点からはAのPTSDの可能性は低いため、支援や治療が必要なのは過度に心配するBである。
③ 心理検査の得点からはPTSDの可能性が高いが、Aが否定しているため、結果の信ぴょう性に問題がある。
④ 心理検査の得点からはPTSDの可能性は低いが、その他の情報と齟齬があるため、再アセスメントが必要である。
(注:「PTSD」とは、「心的外傷後ストレス障害」である。)
解答のポイント
心理検査の結果を読み取ることができる。
検査結果とクライエント情報との整合性を判断できる。
選択肢の解説
① 心理検査の得点やBの観察、Aの様子からは、PTSDが推測される。
本問のどの選択肢を解くにあたっても、必要なのは「BDI-Ⅱは10点、IES-Rは9点」という検査結果への評価になります。
まずはこちらについて述べていきましょう。
IES-R (Impact of Event Scale-Revised)とは、 改訂出来事インパクト尺度日本語版です。
IES-Rは、PTSDの症状評価尺度として国際的に評価が高く、国内の数多くの研究で使用されています。
信頼性と妥当性を検証し、心理検査法として保険診療報酬対象の認可を得ているものです。
自由にダウンロードしてよいので、興味のある方は検索されて実際の検査項目をご覧になると良いでしょう(例えば、文部科学省のこちらのページにもあります)
IES-Rは、PTSDの診断基準に則しており、ほとんどの外傷的出来事について、使用可能な心的外傷ストレス症状尺度です。
旧IESは侵入症状7項目、回避症状8項目の計15項目より構成されているが、IES-Rは過覚醒症状6項目を追加し、さらに旧版の睡眠障害を入眠困難と中途覚醒の2項目に分け、計22項目より構成されています。
IES-Rは災害から個別被害まで、幅広い種類の心的外傷体験者のPTSD関連症状の測定が簡便にでき、横断調査、症状経過観察、スクリーニング目的など、すでに我が国でも広く活用されています。
また心理検査法として医療保険適用を認可されています(80点)。
PTSDの高危険者をスクリーニング目的では、24/25のカットオフポイントが推奨されていますね。
本事例の得点は9点ですから、かなり低い数値であり、検査結果上はPTSDの問題が大きいとは判断されませんね。
この辺の評価に関しては、また後々述べていくことにしましょう。
続いて、BDI-Ⅱについて見ていきましょう。
BDI-Ⅱはベック抑うつ質問票のことで、認知療法の始祖であるベックのグループが作成した自己記入式質問紙です。
DSM-Ⅳに準拠したうつ病の症状を網羅しており、全21項目から構成されており、それぞれに4つの反応形式が設定されています。
BDIでは総得点によって重症度分類がされており、0~13を極軽症、14~19を軽症、20~28を中等症、29~63を重症とされています。
本事例の得点は10点ですから、極軽症に分類されることがわかりますね。
このように見てみると、本選択肢の「心理検査の得点やBの観察、Aの様子からは、PTSDが推測される」の前半部分、「心理検査の得点や…からは、PTSDが推測される」という箇所に関しては検査結果と齟齬があることがわかりますね。
Bの「Aは、1か月前に親友が交通事故に遭うのを目撃してから、物事に敏感になり不眠がちで、ささいなことでいらいらしやすく、集中力がなくなったという」という記述は、確かにPTSDの可能性を疑わせるものですが、Aの様子に関してはどうでしょうか。
「初診時にAは、「事故のダメージはない。母が心配し過ぎだと思う」と声を荒げ、強い調子でBや医師の話をさえぎった」「検査用紙を渡すと、Aはその場で即座に記入した」というAの言動は、典型的なPTSD患者のものとは言えず、即座に「PTSDが推測される」とは言えません。
このように、Bの話はともかく、検査結果及びAの言動はPTSDを推測できるものとは言えませんから、選択肢①は心理検査報告書に記載する内容として不適切と判断できます。
② 心理検査の得点からはAのPTSDの可能性は低いため、支援や治療が必要なのは過度に心配するBである。
選択肢①で述べた通り、「BDI-Ⅱは10点、IES-Rは9点」という結果からは、AがPTSDである可能性は低いと言えます。
ですから、選択肢前半部分の「心理検査の得点からはAのPTSDの可能性は低いため」に関しては適切な内容と言えますね。
ですが、後半部分の「支援や治療が必要なのは過度に心配するBである」に関しては不適切ですね。
Bは「Aは、1か月前に親友が交通事故に遭うのを目撃してから、物事に敏感になり不眠がちで、ささいなことでいらいらしやすく、集中力がなくなったという」と訴えており、これが自身の娘に起こったことであれば、Bの心配は「その状況下で妥当なもの」と見なすのが普通であり、これを問題ありと見なすのは間違いです。
それに「初診時にAは、「事故のダメージはない。母が心配し過ぎだと思う」と声を荒げ、強い調子でBや医師の話をさえぎった」「検査用紙を渡すと、Aはその場で即座に記入した」というAの言動は、PTSDではなかったとしても、何らかの精神的不調を想起させるものです。
ですから、PTSDの可能性だけを考えて、それが棄却されたときにAではなくBに視点が移ってしまっているのはあまりに見立てが狭い(=PTSD以外の可能性を考えていない)と言わざるを得ません。
よって、選択肢②は心理検査報告書に記載する内容として不適切と判断できます。
③ 心理検査の得点からはPTSDの可能性が高いが、Aが否定しているため、結果の信ぴょう性に問題がある。
まず前半部分の「心理検査の得点からはPTSDの可能性が高い」に関しては明確に否定できますね。
本選択肢はこの時点で不適切と断ずることができますが、それ以外の箇所も見ていきましょう。
後半部分の「Aが否定しているため、結果の信ぴょう性に問題がある」という記述を見ていきます。
「クライエントが否定したから検査結果が間違いだ」という論は、心理検査というものが作成される経緯から考えても不適切です。
心理検査は、信頼性・妥当性のチェックはもちろん、その他諸々の統計的な処理に基づいて作成されているので、それを「一人のクライエントが否定した」という事実をもって「検査結果は間違いだった」と論ずるのは間違いと言えます。
クライエントの主張と、検査結果に齟齬があるのであれば(本選択肢は検査結果の解釈が間違っているので当てはまりませんが)、カウンセラーとしては「この齟齬は何によって生じているのか」を考えるのが大切です。
矛盾と出会ったときに「どっちが正しいか」と考えるのは心理支援の場においては間違いであることが多く、どちらかといえば「矛盾を説明する見立てを見逃している」という可能性が高いように思います(つまり、どっちにも「一理ある」ということ)。
本問でも「初診時にAは、「事故のダメージはない。母が心配し過ぎだと思う」と声を荒げ、強い調子でBや医師の話をさえぎった」「検査用紙を渡すと、Aはその場で即座に記入した」というAの言動は、何らかの精神的不調を感じさせるものですから、PTSD以外の可能性も考えていく必要がありますね。
ここで「クライエントの主張」をどの程度、受け容れながら支援をやっていくかについて考えていきましょう。
ここではKannerの症状の意義を振り返っておきましょう。
症状には以下のような意味があるとKannerは述べました。
- 入場券としての症状:映画の入場券を見ても映画の内容がわからないように、クライエントの症状だけを見てもその奥にある問題の本質はわからない。
- 危険信号としての症状:症状を呈することによって「ここに問題がありますよ」という緊急アラームのような役割がある。
- 迷惑事としての症状:症状が周囲に対して迷惑でなければ、そこに注目されて支援される可能性も低くなってしまう。よって、症状は迷惑なものになる。
- 問題解決の企図としての症状:症状は、クライエントが問題を解決しようと「もがいている」姿やその結果であることが多い。クライエントは自分の問題を何とか解決しようと努力している。
このうち、第1項の「入場券としての症状」とは、その症状だけではクライエントの本質的な問題はわからないということを示しています。
クライエントも症状に困ってはいるけど、その中身までは自覚しているわけではないというのが心理的な問題では一般的なことと言えますね。
また、精神分析学では、無意識領域に沈み込んだものが症状として現れるので、大切なのは無意識の意識化であるとされています。
この背景にも、クライエントは自身の症状の背景を正確に理解しているわけではない、という捉え方があると言えますね(無意識にあるから自覚できていない)。
カウンセリングの目的を何と定めるかは学派やクライエントによって様々ですが、私は「クライエントが自身の悩みを、自身の悩みと認識し、悩めるようになること」だと考えています。
言い換えれば、クライエントは「自身の悩みを、自らのものと認識できていない」ということがあるわけです。
さて、こうした考え方を背景にすると、どの程度クライエントが述べていることを「正しい」と認識してやっていくかは、クライエントを見立てた上で慎重にしていくことが大切だとわかるはずです。
もちろん、その時点でのクライエントがもっているストーリーを聞くことは実践上欠かせないことではありますが、それを鵜吞みにしてしまうというのは専門家の行いではありません。
すなわち、クライエントが述べることは重要であるけれども、一方で、心理的問題の構造上、クライエントが自身の問題の背景に何があるかを正確に認識するのは困難であり、専門家はその点に見立てという「アタリ」を付けながら、「仮説」を立てながら、クライエントの改善を目指すということになるわけです。
ですから、本選択肢の背景にある「クライエントが否定しているから、その可能性は薄い」という考え方は、そうした心理的問題の基本的な理解が欠けているということになるわけですね。
以上より、選択肢③は心理検査報告書に記載する内容として不適切と判断できます。
④ 心理検査の得点からはPTSDの可能性は低いが、その他の情報と齟齬があるため、再アセスメントが必要である。
まず選択肢前半部分の「心理検査の得点からはPTSDの可能性は低い」ですが、検査結果からは妥当な解釈であると言えますね。
本選択肢の解説で重要なのは「その他の情報と齟齬があるため、再アセスメントが必要である」という内容の妥当性を示すことになりますね。
こちらについては以下に述べていきましょう。
まず、Bからの「Aは、1か月前に親友が交通事故に遭うのを目撃してから、物事に敏感になり不眠がちで、ささいなことでいらいらしやすく、集中力がなくなったという」という情報は、PTSDを筆頭に精神医学的問題の可能性が示唆されています。
これだけだと、Bの陳述が交通事故と結び付けられていることもあり、PTSDしか浮かびませんが、「物事に敏感になり不眠がちで、ささいなことでいらいらしやすく、集中力がなくなった」という状態は多くの精神医学的問題で生じうるものです。
また、Aの「初診時にAは、「事故のダメージはない。母が心配し過ぎだと思う」と声を荒げ、強い調子でBや医師の話をさえぎった」という易怒性も気になる傾向です。
そして「検査用紙を渡すと、Aはその場で即座に記入した」という反応の仕方も、問題がないと思っているのに積極的に記入したと読めばいいのか、さっさと書いて終わらせようという気持ちで「即座に記入」なのか測りかねますが、それ故に気になります。
勘繰って読めば、Aが「自分の問題に気付いてほしい」という気持ちがあって積極的に書こうとしていると見なすことも可能といえば可能です。
どういう風に受け取るかは難しいところですが、「検査用紙の字を読み、理解し、即座に記入する」ということを可能にするための脳機能は保たれていると見ることは可能ですね。
上記のような、過敏さ、不眠、易怒性、集中力の低下などは、例えば、全般性不安障害の診断基準に近いものがあります。
A.(仕事や学業などの)多数の出来事または活動についての過剰な不安と心配(予期憂慮)が、起こる日のほうが起こらない日より多い状態が、少なくとも6ヵ月間にわたる。
B.その人は、その不安を抑制することが難しいと感じている。
C.その不安および心配は、以下の6つの症状のうち3つ(またはそれ以上)を伴っている(過去6ヵ月間、少なくとも数個の症状が、起こる日のほうが起こらない日より多い)。
注:子どもの場合は1項目だけが必要
- 落ち着きのなさ、緊張感、または神経の高ぶり
- 疲労しやすいこと
- 集中困難、または心が空白となること
- 易怒性
- 筋肉の緊張
- 睡眠障害(入眠または睡眠維持の困難、または、落ち着かず熟眠感のない睡眠)
D.その不安、心配、または身体症状が、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
E.その障害は、物質(例:乱用薬物、医薬品)または他の医学的疾患(例:甲状腺機能亢進症)の生理学的作用によるものではない。
F.その障害は他の精神疾患ではうまく説明されない[例:パニック症におけるパニック発作が起こることの不安または心配、社交不安症(社交恐怖)における否定的評価、強迫症における汚染または、他の強迫観念、分離不安症における愛着の対象からの分離、心的外傷後ストレス障害における外傷的出来事を思い出させるもの、神経性やせ症における体重が増加すること、身体症状における身体的訴え、醜形恐怖症における想像上の外見上の欠点や知覚、病気不安症における深刻な病気をもつこと、または、統合失調症または妄想性障害における妄想的信念の内容、に関する不安または心配]
これ以外にも、一部であれば該当する診断名は複数あり(易怒性であれば躁病エピソードなど)、現時点の情報ではいずれかに特定することは困難と言えるでしょう。
こうした状況(その他の情報と齟齬がある)においては、クライエントの問題を正しく認識するために「再アセスメントが必要である」という判断になるでしょう。
実際のクライエントの様子から何かしらの見立てができているのであれば、それを同定しやすい検査を実施しますし、あまり限定できていないのであれば人格を広く査定できるような心理検査を実施することもあり得ます。
上記以外にもちょっと穿った見方もしておきましょう。
本事例で実施したIES-R=改訂出来事インパクト尺度の内容を見る限り、被検査者が「ショックな出来事があって、その影響で心身に反応が出ている」ということを測っていると読み取ることは容易いですね(いわゆる表面的妥当性ですね)。
Aが「初診時にAは、「事故のダメージはない。母が心配し過ぎだと思う」と声を荒げ、強い調子でBや医師の話をさえぎった」という反応も、自身に起こっている問題を認めようとしない状態と見なすこともできます。
親友が事故に遭って死ぬなどの深刻な事態なのかは不明ですが、仮にそうだとすれば、Aの内にある「親友に起こった深刻な事態を認めたくない」という否認の機制が、自らに生じた心身の不調も認めようとしない状態へと般化していると見ることもできなくはありません。
こうした状況の場合、実際はPTSDになっているのに、それを検査を実施する際に否定しようとして、検査結果が実際よりも軽く出てしまっている可能性もあるわけですね。
ここまでは考えすぎですが、要は様々な理由によって検査結果が正しいと言えない状況はあり得るということです。
いずれにせよ、本事例の検査結果からは「心理検査の得点からはPTSDの可能性は低い」とは言えますが、Bと陳述やAの様子から「その他の情報と齟齬がある」ということも読み取れます。
ですから「再アセスメントが必要である」という判断になるのが妥当ですね。
よって、選択肢④が心理検査報告書に記載する内容として適切と判断できます。