公認心理師 2021-63

研究倫理に関する問題ですね。

文部科学省の定義を引用しつつ述べました。

私の経験も若干添えて。

問63 公認心理師Aが主演者である学会発表において、実験結果の報告のためのスライドの準備をしている。実験の背景、目的、結果、考察などをまとめた。Aは他者の先行研究で示された実験結果の一部を参考論文から抜き出し、出所を明らかにすることなく自分のデータとして図を含めてスライドに記述した。
 このまま発表する場合、該当する不正行為を1つ選べ。
① 盗用
② 改ざん
③ ねつ造
④ 多重投稿
⑤ 利益相反

解答のポイント

研究不正行為の種類と内容を理解している。

選択肢の解説

① 盗用
② 改ざん
③ ねつ造

まずは文部科学省が示している、不正行為の定義を示していきましょう。

文部科学省が示している「研究活動の不正行為等の定義」では、対象とする不正行為として発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改ざん、及び盗用としています。

なお、故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらないとされています。

各不正行為の定義については以下の通りです。

  • 捏造:存在しないデータ、研究結果等を作成すること。
  • 改ざん:研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
  • 盗用:他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること。

なお、文部科学省は、2014年、捏造、改ざん、盗用を特定不正行為と命名し、2015年4月以降に報告を受けた特定不正行為を公開することとしています。

この定義を踏まえて、本事例の不正行為を検証していきましょう。

事例の「Aは他者の先行研究で示された実験結果の一部を参考論文から抜き出し、出所を明らかにすることなく自分のデータとして図を含めてスライドに記述した」という箇所が研究不正に該当するわけですが、これが上記の研究不正のいずれに当たるか見ていきましょう。

まず「捏造」は存在しないデータ、研究結果等を作成することですから、「他者の研究結果を抜き出した」という本事例は該当しません。

捏造は、言わば「無」の状態から研究結果を作成することですからね(例えば、本当は100人の被験者だったのを、200人にするのも捏造に該当しますね。無かった100を作成したわけですから)。

続いて「改ざん」はデータ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工することですから、自身のデータを使っていない本事例は該当しません。

研究をしたことがある人ならわかると思いますが、ほんのちょっと数字をいじるだけで「有意差なし」が「有意差あり」に変わるものです。

最後に「盗用」ですが、「先行研究という他の研究者の実験結果を一部とはいえ抜き出し、了承を得ることなく(出所を示すことなく)流用した」という本事例は、まさに盗用に該当することがわかりますね。

博士論文を書いたとき、かなりの量の引用文献を用いましたが、引用した端から「引用文献」のデータに記載することを厳守していました(当たり前ですけど)。

うっかり引用文献を示し忘れれば、その箇所は「盗用」になってしまいます。

故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらないわけですが、引用文献を「示し忘れた」のか「故意に示さなかったのか」については、根拠を示すことが困難だというのが実際だと思います。

特に、その引用した内容が研究の中核的な部分に触れているほど、引用元を示さないのは問題と言えるでしょうし、本事例のように「自分のデータとして」示している場合は明らかに盗用の意図があったと見なされるでしょうね。

こうした「盗用」に関しては、残念ながら学部レベルのレポートではよくあることだと感じます。

多くの教員が「この部分はどこか(あそこ)から引っ張ってきたな」ということがわかっています。

そもそも、教員は学生と比べ物にならないほど書籍に目を通していますし、何よりも文体の違いが顕著です(私の感覚では、学生の文章の匂いに、いきなり違う匂いが混ざりこむ感じ)。

気づかれないように寝ていても、隠れてスマホを触っていても、教員は気づいています。研究不正と同様に。

わざわざ本問の正解を「盗用」にしたのも、こういうことへの警鐘があったのではないかと勘繰るくらいです。

いずれにせよ、本事例の不正行為は「盗用」であると言えますね。

よって、選択肢①が本事例の不正行為に該当すると判断でき、選択肢②および選択肢③は本事例の不正行為に該当しないと判断できます。

④ 多重投稿

先述の通り、文部科学省は、2014年、捏造、改ざん、盗用を特定不正行為と命名し、2015年4月以降に報告を受けた特定不正行為を公開することとしました。

それを受け、2015年4月以降、特定不正行為とそれ以外の不正行為(二重投稿や不適切なオーサーシップなど)の事案をウェブサイトに公開し始めました。

ここでは、本選択肢の「多重投稿」や「不適切なオーサーシップ」について解説していきましょう。

まずは「多重投稿」についてです。

これは他の学術雑誌等に既発表、又は投稿中の論文と本質的に同一の内容の原稿をオリジ
ナル論文として投稿することを指します。

各学会で多重投稿に関しては厳しい対応を取っており、具体的には除名などの処分になることがあります。

多重投稿には様々なパターンがあり、①日本語で投稿したものを、英語に変えて他の場所に投稿する場合(ただし、日本国内雑誌の投稿規定や編集方針によっては、優れた研究成果を共有するという公共的、学術的観点から許容される場合もある)、②別に公表している論文と、結果や考察が酷似している、③先行論文と比較して、内容と結論に新規性がない、④既存の(実験)データを利用し、既存の知見をなぞるだけで、新たな事実の確認に乏しい、⑤適切な引用処理がなされておらず、他者の業績にただ乗りするところが大きい、などが挙げられています(「研究活動に関わる二重投稿・不正投稿について」山本順一)。

この他にも、投稿準備中も「公表」したものと見なされるなどといった細かい規定が設けられている公募先も少なくありません。

学会によるでしょうが、論文の査読には多大なエネルギーが使われていますし、それを学会誌として刊行するコストを考えると、「同じようなものを何度も載せる」のは非常に無駄な行為であると言えます。

多重投稿は「数打ちゃ当たる」という感覚で複数の学会誌に投稿するパターンが多いかなと感じます(実際はわかりませんけど)。

博士号には「課程博士」と「論文博士」があり(論文博士は日本独自の制度)、前者は規定の年数当該課程に在籍して博士論文を提出することで博士号の学位を取得することができ、後者は大学院への在籍に関わらず、博士論文を提出し審査に合格することで授与される学位で、博士課程に在籍していなくても取得できる点が課程博士と異なります(ちなみに私は論文博士ですね)。

なお、課程博士であっても「〇本、査読付きの学会誌に採択された論文があること」という内規を設けている場合もありますね。

こうした要件のため、学会誌に採択されることを焦って複数の学会誌に投稿…という欲求が出てきやすいのかもしれません(あってはならないことですが)。

続いて「不適切なオーサーシップ」についてです(authorshipとは原作者や原著者などを意味します)。

これは、論文の「著者」となることができる要件を満たさない者を著者として記載すること(ギフト・オーサーシップ)、著者としての要件を満たす者を著者として記載しないこと(ゴースト・オーサーシップ)、又は当人の承諾なしに著者に加えることを指します。

上記の要件は様々ですが、その研究の遂行やデータ収集に寄与していること、意見の表明や執筆などを通して完成に貢献していること、論文内容を説明できることなどが一般的に含まれることが多いですね(「研究活動上の不正行為及び好ましくない研究行為」より)。

ある大学では、ゼミ教員が大学院に進学したゼミ生(Xさんとしましょう)のために、学部で卒業したゼミ生(A~Cさんとします)の卒業論文をXさんの研究として学会発表させていました。

研究業績を稼がせるためのやり口でしょうし、A~Cさんからすれば卒業後に卒業論文の行方など気にしないでしょうし、「あなたたちの研究が多くの人たちに見てもらえる」などと伝えられてA~Cさんが了承しているということもありましたね。

Xさんがどの程度、これらの研究のデータ収集や執筆に関わったかが不明である以上、ゼミ外の私にはこれが不正か否かの判断がつきませんが、何やらモヤモヤした気持ちになったものです。

さて、事例の「Aは他者の先行研究で示された実験結果の一部を参考論文から抜き出し、出所を明らかにすることなく自分のデータとして図を含めてスライドに記述した」に関しては、本選択肢の多重投稿には該当しないことがわかります。

よって、選択肢④は本事例の不正行為に該当しないと判断できます。

⑤ 利益相反

利益相反とは、科学的客観性の確保や被験者の利益を保護するという研究者や研究機関の責任に、不当な影響を与え、重大なリスクを生じうるような利害の対立状況を指します。

具体的には、企業等の営利団体からの資金提供によって実施された研究結果の判断が、資金提供元にとって有利あるいは不利になる可能性がある場合に、公正であるべき研究結果の判断に影響をもたらしかねないと第三者から見て懸念される状況を意味します(日本臨床検査医学会「学術集会におけるCOI開示」を参考に)。

ただし、利益相反自体は直ちに研究不正と見なされるわけではありません。

なぜなら、利益相反の状況自体は、教職員や大学の産学官連携活動に伴い日常的に生じうる事態と見なすことができ、大切なのは、組織として情報開示やモニタリング等の利益相反マネジメントが行われることです。

具体的には、研究が利益相反状態である場合には、発表時にその事実を報告する、などですね。

論文に記載する場合には、「第1著者は、「企業名」より報酬を受理している」「本研究は、著者が所属する「企業名」の研究費で実施された」といった記載が重要になるということです。

つまり、本選択肢はそもそも「研究不正」に該当するとは言えないと見なせます。

そして、事例の「Aは他者の先行研究で示された実験結果の一部を参考論文から抜き出し、出所を明らかにすることなく自分のデータとして図を含めてスライドに記述した」は、本選択肢の利益相反には該当しないことがわかります。

以上より、選択肢⑤は本事例の不正行為に該当しないと判断できます。

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