公認心理師 2020-144

産業領域の事例対応に関する問題ですね。

オーソドックスな「見立て」→「適切な対応」という流れになっています。

大切なのが「適切な対応」には、「支援という視点」と「組織という視点」が合わさっていることが重要になるということですね。

問144 35歳の男性A、会社員。Aは、製造業で1,000名以上の従業員が在籍する大規模事業所に勤務している。約3か月前に現在の部署に異動した。1か月ほど前から、疲労感が強く、体調不良を理由に欠勤することが増えた。考えもまとまらない気がするため、健康管理室に来室し、公認心理師Bと面談した。AはBに対して、現在の仕事を続けていく自信がないことや、部下や後輩の指導に難しさを感じていること、疲労感が持続していることなどを話した。前月の時間外労働は約90時間であった。
 このときのBの対応として、最も適切なものを1つ選べ。
① 面談内容に基づき、Aに休職を勧告する。
② Aの上司に連絡して、業務分掌の変更を要請する。
③ 医師による面接指導の申出を行うよう、Aに勧める。
④ 積極的に傾聴し、あまり仕事のことを気にしないよう、Aに助言する。
⑤ 急性のストレス反応であるため、秘密保持義務を遵守してAの定期的な観察を続ける。

解答のポイント

事例の見立てと、それに基づいた適切な対応の判断ができる。

選択肢の解説

③ 医師による面接指導の申出を行うよう、Aに勧める。

本問では「Aの状態をどのように見立てるか」「健康管理室に勤務する公認心理師として行うべき対応は何か」という2つの視点について理解していることが求められています。

言うまでもないかもしれませんが、これら2つは別個のものではなく地続きのもの(見立てに応じて、健康管理室の公認心理師としての対応が変わってくるから)ではありますが、説明の便宜上分けて論じようと思います。

まずは「Aの状態をどのように見立てるか」について考えていきましょう。

精神医学的な視点から言えば「約3か月前に現在の部署に異動した」「1か月ほど前から、疲労感が強く、体調不良を理由に欠勤することが増えた」「考えもまとまらない気がする」といった点から、抑うつ的な状態にあると見立てることができます。

環境が変わってから比較的早期に不調が出始めていることから環境との合わなさも考えられますが、不調が出始めてすぐに相談に来ているという点は良い情報と言えますね。

心理的な問題に関しては、一般的に、不調が出てから相談までの間が短いほど、予後も良いことが多いです(もちろん、不調が出る前の「病前生活」に負担がかかっている期間が長ければ、そう単純にはいきませんが)。

更に、職場環境としては「前月の時間外労働は約90時間であった」というのも見過ごせませんね。

法律上では、「発症前1ヵ月間に100時間」あるいは「発症前2~6ヵ月間平均で80時間」を超える時間外労働の場合は、業務と発症との関係性を認定できるとされています(いわゆる「過労死ライン」であり、病気や死亡、自殺に至るリスクが高まる労働時間のこと)。

事例では「前月の時間外労働は約90時間であった」とあるだけなので、過労死ラインを超えているかは微妙なところですが(その前の期間の時間外労働時間がわからないから)、かなりの長時間の時間外労働であることには変わりありませんね。

これらをまとめると、Aに生じている抑うつ的な反応は、環境の変化に伴って生じている可能性に加えて、長時間の時間外労働によって生じている可能性を考えていく必要があります。

さて、ではこうした見立てを踏まえて「健康管理室に勤務する公認心理師として行うべき対応は何か」を考えていきましょう。

こちらについては「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」を参考にしつつ解説していきましょう(この資料は産業・組織領域の問題では必須と言えるほど引用されるものですから、要チェックですね)。

こちらの資料の「指針6 メンタルヘルスケアの具体的進め方」を見ていきましょう。

この中の「指針:6 -(3) メンタルヘルス不調への気付きと対応」には、メンタルヘルス不調に陥る労働者が発生した場合に、その早期発見と適切な対応を図ることが必要で、そのために次の3項目に関する体制を整備するようにという記載があります。


1.労働者による自発的な相談とセルフチェック

 事業場の実態に応じて、労働者の相談に応ずる体制を整備するとともに、事業場外の相談機関の活用を図るなど、労働者が自ら相談を受けられるよう必要な環境整備を行いましょう。この相談体制については、ストレスチェックの結果の通知を受けた労働者に対して、相談の窓口を広げ、相談のしやすい環境を作るために重要であり、また、ストレスの気付きのために、随時、セルフチェックを行うことができる機会を提供することも効果的です。

2.管理監督者、事業場内産業保健スタッフ等による相談対応

 管理監督者は、日常的に、労働者からの自発的な相談に対応するよう努めましょう。特に、長時間労働等により疲労の蓄積が認められる労働者などからは、話をよく聴き、適切な情報を提供し、必要に応じ事業場内産業保健スタッフ等や事業場外資源への相談や受診を促しましょう。

 事業場内産業保健スタッフ等は、管理監督者と協力して、労働者の気付きを促すよう、保健指導、健康相談等を行うとともに、必要に応じて事業場外の医療機関への相談や受診を促しましょう。

3.労働者の家族による気付きや支援 等
 労働者の家族に対して、ストレスやメンタルヘルスケアの基礎知識、事業場のメンタルヘルス相談窓口などの情報を提供しましょう。


上記の2にあるように、管理監督者は「いつもと違う」と感じた部下の話を聴き、事業場内産業保健スタッフ等のところへ行かせるか、あるいは管理監督者自身が事業場内産業保健スタッフ等のところに相談に行く仕組みを事業場の中に作っておくことが望まれます。

事業場によっては、保健師、看護師、心理相談担当者、公認心理師、産業カウンセラーまたは臨床心理士が産業医との仲介役を果たす形をとることもありえますし、本事例はまさにそうした「仲介役」としてどのように機能するかが問われていると言えます。

先述の通り、本事例は環境の変化だけでなく、長時間労働による精神的不調を呈している可能性が考えられますから、それを前提とした対応が必要になります。

具体的には、産業医との面接を勧めるということになります。

本事例の事業所は「1,000名以上の従業員が在籍する大規模事業所」ですから、確実に産業医がいることになります。

労働安全衛生法により、50人以上の従業員がいる事業場は、産業医を選任する義務がありますが、従業員数が50人~999人の事業場の場合は月1回程度訪問する「嘱託産業医」の選任で問題ありません。

ただし、本事例のような事業場の従業員が1,000人を超えている場合には、常勤する「専属産業医」の選任が義務になります(労働安全衛生規則第13条が根拠)。

産業医の役割としては「労働者の健康管理を担う専門的立場から対策の実施状況の把握、助言・指導などを行う。また、ストレスチェック制度及び長時間労働者に対する面接指導の実施やメンタルヘルスに関する個人の健康情報の保護についても、中心的役割を果たす」とされています。

このように、確実に産業医が専属で居る状況ですから、この時点で相談を受けた公認心理師としては、まずは産業医との面接を勧めることが求められます。

こうした産業医による面接指導を経て、職場で具体的に取りうる対応を考えていくことになります。

職場環境等の改善には、専門家の指導、職場上司や労働者による自主的活動など、さまざまな進め方があり、職場環境等の改善においては、産業医や衛生管理者などの産業保健スタッフだけでなく、人事・労務担当者、管理監督者、労働者に参加してもらうことで効果的に対策が実施できます。

このように、Aの不調に対して具体的な対応を取ろうとするならば、まずは産業医等に面接指導を受けることを勧め、その結果をもって進めていくことになります。

以上より、選択肢③が適切と判断できます。

① 面談内容に基づき、Aに休職を勧告する。
② Aの上司に連絡して、業務分掌の変更を要請する。

ここで挙げた選択肢は、上記で述べた「Aの状態をどのように見立てるか」「健康管理室に勤務する公認心理師として行うべき対応は何か」という2つの視点のうち、主に後者に問題があるものになります。

これらの対応では「Aの状態をどのように見立てるか」に関しては、何かしらの支援が必要という判断になっていますから、その点は問題ありません。

よろしくないのは、その後の「健康管理室に勤務する公認心理師として行うべき対応は何か」に関してですね。

長時間の時間外労働をしており、明確な不調を示しているAに対しては、事業所という組織としてのメンタルヘルス対策が必要になります。

選択肢③で述べた通り、本事例は「必要に応じて事業場内産業保健スタッフ等や事業場外資源への相談や受診を促すなど」の対応が必要な状況であると判断でき、専任しているはずの産業医の役割である「長時間労働者に対する面接指導の実施」をしてもらい、そこでの判断を踏まえて組織としての対応を決めていくことになります。

この点については労働安全衛生法第13条第5項に以下のような規定があります。


産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。この場合において、事業者は、当該勧告を尊重しなければならない。


よって、ここで挙げた選択肢の対応を取ることができるのは、産業医の役割であると言え、公認心理師の立場で行える範囲を超えていることがわかりますね。

もちろん、労働安全衛生規則には「第14条の3 産業医による勧告等」がありますので、こちらも併せてチェックしておきましょう。


  1. 産業医は、法第十三条第五項の勧告をしようとするときは、あらかじめ、当該勧告の内容について、事業者の意見を求めるものとする。
  2. 事業者は、法第十三条第五項の勧告を受けたときは、次に掲げる事項を記録し、これを三年間保存しなければならない。
    一 当該勧告の内容
    二 当該勧告を踏まえて講じた措置の内容(措置を講じない場合にあつては、その旨及びその理由)
  3. 法第十三条第六項の規定による報告は、同条第五項の勧告を受けた後遅滞なく行うものとする。
  4. 法第十三条第六項の厚生労働省令で定める事項は、次に掲げる事項とする。
    一 当該勧告の内容
    二 当該勧告を踏まえて講じた措置又は講じようとする措置の内容(措置を講じない場合にあつては、その旨及びその理由)

さて、こうした産業医等の手順を踏んだうえで行われるのが、職場環境等の改善を通じたストレス対策になり、具体的には以下のような項目が挙げられています。

  1. 過大あるいは過小な仕事量を避け、仕事量に合わせた作業ペースの調整ができること
  2. 労働者の社会生活に合わせて勤務形態の配慮がなされていること
  3. 仕事の役割や責任が明確であること
  4. 仕事の将来や昇進・昇級の機会が明確であること
  5. 職場でよい人間関係が保たれていること
  6. 仕事の意義が明確にされ、やる気を刺激し、労働者の技術を活用するようにデザインされていること
  7. 職場での意志決定への参加の機会があること

選択肢②にあるような内容もこちらに含まれていることがわかりますね(大切なことではあっても、きちんと手順を踏んでいないとダメということですね。当然ですが)。

また、「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」には「職場環境等の改善の5つのステップ」が以下の通り示されているので、こちらも参考にしておきましょう。


ステップ1.職場環境等の評価

 職場環境等の改善に当たっては、まず職場ごとのストレス要因の現状を知る必要があります。管理監督者による日常的な観察や、産業保健スタッフによる職場巡視、労働者からのヒアリング結果なども手がかりになります。また、ストレスチェック結果の集団ごとの分析結果から得られる「仕事のストレス判定図」では、ストレス調査により職場単位でのストレスを数値化することができます。

ステップ2.職場環境等のための組織づくり

 職場環境等の改善を実施するためには、産業医や衛生管理者などの産業保健スタッフだけではなく、改善を実施しようとする職場の責任者(上司)の理解と協力が必要です。このためにまず職場環境等の評価結果を上司に説明し、職場環境等の改善への協力を依頼します。できれば主体的に関わってもらえるよう動機づけできるとよいでしょう。上司向けに職場環境等の評価と改善に関する教育研修などを実施することが必要になることもあります。こうした関係者で職場環境等の改善の企画・推進を行うワーキンググループを組織します。産業保健スタッフと上司だけでなく人事・労務担当者が参加することも効果的な場合があります。さらに職場環境等の効果的な推進のために、その職場の労働者からも代表者を選んで参加してもらうとよいでしょう。

ステップ3.改善計画の立案

 ストレスチェック結果の集団ごとの分析結果や職場巡視の結果をもとにして、職場の管理監督者や労働者の意見を聴き、ストレス要因となっている可能性のある問題をできるだけ具体的にリストアップします。例えばこれを職場の物理環境、作業内容、職場組織などに分類することも有用です。リストアップされた問題に対して、関係者が議論したり、労働者参加型のグループ討議などを行い、改善計画をたてます。また改善計画の立案を支援するために「職場環境改善のためのヒント集」(メンタルヘルスアクションチェックリスト)やメンタルヘルス改善意識調査票(MIRROR)、快適職場調査などのツールも開発されています。

ステップ4.対策の実施

 計画に従い対策を実施します。計画どおりに実行されているか、実施上の問題は起きていないかなど進捗状況を定期的に確認します。対策を実施することが労働者に負担になったり、あるいは対策が途中で立ち消えになっていたりすることもあるので、対策が円滑に推進されているかを継続的に観察する必要があります。対策の実施状況や効果について、発表会などをあらかじめ計画しておくと、進捗管理が容易になります。

ステップ5.改善の効果評価

 改善が完了したら、その効果を評価します。効果評価には、2種類あります。プロセスの評価では、対策が計画どおり実施されたかどうか、計画どおり実施されていなければ何が障害になったかについて、数値で、あるいは事例などの質的な情報から評価します。アウトカムの評価では、目的となる指標が改善したかどうかに注目します。例えば対策の前後でストレス調査の結果や健康診断などの健康情報を比較するなどの方法があります。職場環境改善が医療費や疾病休業の軽減に効果を示すには数年以上かかるため、効果評価は急ぎすぎず、対策の継続が重要です。


以上より、ここで挙げた選択肢に関しては、Aの状態に対して何らかの対応が必要であるという点では適切なのですが、その対応が事業所に所属する公認心理師としては「手順違い」「権限の誤認」があることがわかりますね。

よって、選択肢①および選択肢②は不適切と判断できます。

④ 積極的に傾聴し、あまり仕事のことを気にしないよう、Aに助言する。
⑤ 急性のストレス反応であるため、秘密保持義務を遵守してAの定期的な観察を続ける。

これらの選択肢に関しては「Aの状態をどのように見立てるか」という点に疑問があります。

まず選択肢④の対応に関しては、Aの状態が「積極的に傾聴し、あまり仕事のことを気にしないよう」という助言で改善するという見立てのもと行われるべきものですよね。

しかし、明らかに抑うつ的な状態であることに加え、時間外労働が約90時間と、不調と勤務との因果関係が認められる可能性がある状況になっています。

この状況において「積極的に傾聴し、あまり仕事のことを気にしないよう」という助言だけで済ませるのは、「心理支援」という視点でも、「事業所に所属する公認心理師」という視点でも不適切と言えるでしょう。

もちろん、Aの状態に対する支援という視点が第一ですが、それに加えて組織としての対応ができるということも大切なことであり、この状態でAに具体的な対応を行わないというのは「万が一のことがあったときのリスクヘッジ」ができていないと見なされます。

クライエントに良くない出来事が起こったときに、組織としての対応が問題になるような状況にならないようにするという視点も大切です(組織に寄った考え方のように見えるかもしれませんが、こういうことに気を付けるということは「労働者の支援を第一にする」ということに結局はなっていく)。

また、選択肢⑤の「急性のストレス反応」という表記ですが、これがICD-10の「急性ストレス反応」のことであれば、まずはその点が疑問です。

ICD-10における急性ストレス反応は以下の通りです。


例外的に強いストレス因の衝撃と発症との間に、即座で明らかな時間的関連がなければならない。発症は通常、直後ではないにしても、数分以内である。それに加え、症状は、

  1. 混合した、しじゅう変動する病像を呈する。初期「困惑」状態に加えて、抑うつ、不安、激怒、絶望、過活動、および引きこもりのすべてがみられることはあるが、1つのタイプの症状が長い間優勢であることはない。
  2. ストレスの多い環境からの撤退が可能な場合、急速に(せいぜい数時間以内で)消失する。ストレスが持続するか、その性質上取り消すことができない場合、症状は通常24~48時間後に軽減し始め、通常約3日後に最小限となる。

この診断は、F60.「特定のパーソナリティ障害」をのぞくほかの精神科的障害の診断基準を満たす症状をすでに示している個人においては、症状の突然の増悪に当てはめるために用いてはならない。しかしながら、精神科的障害の既往があっても、この診断の使用は許される。


まずは、「例外的に強いストレス因」と言えるような状況ではありませんし、時間的にも「急性」と呼べるほど急でもなく、その症状も急性ストレス反応でよくみられるものが含まれていません(激怒、過活動、引きこもり等)。

このように、選択肢⑤の内容がICD-10の「急性ストレス反応」であれば、この時点で本選択肢は不適切と判断できます。

しかし、選択肢⑤の「急性のストレス反応」という表現が、もっと一般的な考えとしての「職場環境を起因としたストレス反応である」という捉え方はできなくもありませんし、そういう意味を指している可能性も(大甘で見れば)できなくもありません。

ですから、後半の「秘密保持義務を遵守してAの定期的な観察を続ける」についても考えていくことにしましょう。

この点は明らかに不適切になります。

なぜなら、もしもAの状態が「急性のストレス反応」であると見なすのであれば、できる限り早い段階で産業医等による医療的な判断が必要になると言えるからです。

産業保健スタッフは、法令及び社内規程に基づく守秘義務に従って相談者の秘密を守って対応することが求められはしますが、だからと言って黙っていてよい状況ではなく、Aに対して医師の診察を代表とする、何かしら医療とのつながりを勧めるという手順が求められます。

つまり、選択肢⑤の内容は、その前半と後半で齟齬があるという視点で不適切と言えますね。

以上より、これらの選択肢に関してはAの状態の見立てや、それを踏まえた対応に問題があると言えます。

よって、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。

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