遺伝カウンセリングの問題です。
個人的な印象では、2020年(第3回)公認心理師試験においてトップクラスの難問であったと思います。
まだまだ遺伝カウンセリングに携わるカウンセラーの数は、他の領域で働くカウンセラーと比して決して多いとは言えませんから、ほとんどのカウンセラーにとって新奇な内容であり、その用語も難解なものと言えるでしょう。
問94 遺伝カウンセリングにおいて、経験的再発危険率が最も重要な疾患として、正しいものを1つ選べ。
① 統合失調症
② ダウン症候群
③ Huntington病
④ 家族性Alzheimer病
⑤ 筋緊張性ジストロフィー症
解答のポイント
「経験的再発率」と「理論的再発率」の違いと、各疾患がいずれに該当するか把握している。
選択肢の解説
メンデル遺伝病や染色体異常はもちろんのこと、多因子疾患においても罹患者の家系においては同一疾患の罹患者が現れる確率は高くなります。
こうした再発率の推定は遺伝カウンセリングにおいて極めて重要な要素です。
それをもってクライエントに話し、その後の方向性についてやり取りしていくことになりますからね。
ここではまず、再発率の推定法の違いについて解説していきます。
【理論的再発率】
単一遺伝子の疾患の場合は、疾患の遺伝形式に基づいて分離の法則に従って理論的に分離比の算定が可能であり、これをもとに再発率を推定します。
理論的再発率を推定する場合には、以下のような枠組みがあります。
a.常染色体優性遺伝
これは常染色体上に遺伝子座を持つ遺伝子の異常による疾患のうち、対立遺伝子の片方が異常な個体(Aa)または両方が異常な個体(AA)が発症し、aa個体のみが正常な場合の遺伝形式のことを指します。
単一遺伝子疾患で見られ、メンデルの遺伝の法則にしたがいます。
浸透率に依存しますが、親が罹患者の場合、子どもは50%の確率で異常遺伝子を受け継いでおり、複数の世代にわたり罹患者が見られます。
常染色体優性遺伝を示す疾患における再発率は以下の式によって求めることができます。
「両親の一方がヘテロ接合体である確率×1/2(変異遺伝子を受け継ぐ確率)×浸透率(p)」
※ヘテロ接合体:遺伝学において、二倍体生物のある遺伝子座が Aa、Bbなどのように同一でない対立遺伝子をもつ個体のこと。疾患の原因となる変異を有する遺伝子において、保因者である父親と母親の双方から異なる変異を伝達された個体を、特に複合ヘテロ接合体と称する。
※浸透率:同一の遺伝子型を有する集団において、遺伝子型に対応した表現型を呈する個体の割合のこと。全員が表現型を呈すれば、浸透率は1.0(100%)となる。当該の表現型を呈さない個体が存在し、浸透率が1.0に満たない場合は不完全浸透という。
b.常染色体劣性遺伝
常染色体上に遺伝子座を持つ遺伝子の異常による疾患のうち、対立遺伝子の両方が異常な個体(aa)で発病し、AaまたはAA個体では症状を認めない遺伝形式のことを指します。
酵素活性でみた場合、Aa個体は異常遺伝子の保因者であり、すべての細胞で当該酵素の活性が正常の50%であるが、通常は正常の機能が保たれています。
単一遺伝疾患で見られ、メンデルの遺伝の法則に従います。
両親がAa個体の場合、25%の確率でaa個体の子どもが生まれ発症します。
残り50%は健常な保因者として、残り25%は健常な非保因者として生まれることになります。
c.X連鎖劣性遺伝
X染色体上に位置する遺伝子により、支配される疾患です。
X染色体は男性で1本、女性で2本あり、X染色体上に位置する遺伝子は、男性では正常又は異常、女性では正常、保因者、異常のいずれかになります。
父がX連鎖劣性疾患の場合、その遺伝子が男児に伝達されることはなく、女児は必ず保因者となります。
保因者の母親から男児に伝達されることになります。
d.X連鎖優性遺伝
一部のX連鎖遺伝を示す疾患は優性遺伝を示しますが、臨床像は男性罹患者に比べて軽症であることが多いです。
男性罹患者の息子は発症せず、娘には100%変異遺伝子が伝わりますが臨床像はX染色体不活化の影響で予測が難しいです。
女性罹患者の息子は1/2で発症し、娘は1/2の確率で変異遺伝子を受け継ぐが、これもX染色体不活化の影響を受けるため、親子でも臨床像は個人差が大きく予測は困難です。
e.ミトコンドリア遺伝
ミトコンドリアDNAの変異によるミトコンドリア遺伝病は母系遺伝します。
罹患の原因となっているDNAは父から子へは伝わらないため、父が罹患者の場合、この再発率はゼロになります。
一方、母が罹患者の場合、変異ミトコンドリアは男女にかかわらずすべての子に伝わるが、伝えられる正常ミトコンドリアDNAと変異DNAの比率は一定ではないため、再発率や重症度は予測できません。
【経験的再発率】
大部分の染色体異常や多因子疾患では、単一遺伝疾患とは異なり、理論的に再発率を算出することができません。
こうした疾患ではこれまでの家系解析によって蓄積されたデータをもとに再発率が推定されます。
確率はあくまでも多数の経験から導き出されるものですが、クライエントは概して1か0かを求めたがるものですし、実際にその後のクライエントに起こるのは1か0かの現象です。
遺伝カウンセリングにおいてはこれらの数値があくまでも過去の経験に基づく確率であることをクライエントが理解できるよう努めなければなりません。
経験的再発率の枠組みには以下のようなものがあります。
a.染色体異常症
私たちの体の細胞には、染色体というひも状の情報が23対46本あり、この染色体の中には、遺伝子という文字の並びがあり、体の設計図の役割をしています。
染色体の数や形の変化で起こる病気を染色体異常症と呼びます。
体や脳の成長や発達が遅れたり、顔つきに特徴が出たり、体のいろいろな組織の形が通常と異なるなど、さまざまな症状が出ます。
染色体異常では理論的に再発率を算出することは困難であり、経験的再発率が重要になります。
b.多因子疾患
環境要因と遺伝的要因とが合わさって発症する疾患のことを指し、高血圧や糖尿病、一般のがんなど、いわゆる生活習慣病と呼ばれる病気が代表的な例です
多因子疾患では、一般頻度をpとすると、罹患者の第1度近親者の再発率はおおよそ√pで近似できます。
ただし、生活習慣病などのように環境要因の影響が大きく、かつその影響が時代とともに大きく変化している疾患では、これまでの知見に基づく再発率の推定にも限界があることを理解しておく必要があります。
先天奇形については、個々の疾患における経験的再発率が知られており、遺伝カウンセリングの際の重要な情報になります。
c.近親結婚
少なくとも一人以上の共通の祖先をもつ個体同士の結婚と定義されます。
近親婚では、常染色体劣性遺伝患者の再発率が高くなることが示されています。
ここまでが本問を解く上で必要となる「前提の知識」になります。
重要なのは、各選択肢の疾患が、上記のいずれに該当するかがわかることです。
かなり難解な問題であることがわかりますね。
③ Huntington病
ハンチントン病は常染色体優性遺伝疾患であり、理論的再発率は50%になります。
CAGリピートの過剰な伸長によって生じます。
CAGリピートとは、遺伝子の構成物質であるシトシン(C)、アデニン(A)、グアニン(G)の三つを一単位とする繰り返し配列のことで、健常者では6~39回程度の繰り返しだが、ハンチントン病を発症した人では最長121回程度にまで伸びています。
浸透率は年齢依存性ですが、最終的にはほぼ100%に達します。
ただし、36~41回のCAGリピートを有する個体では浸透率が低下します。
発症年齢は4、5歳から80歳以上まで広く分布しますが、約90%が20歳~60歳に発症します。
新生突然変異は極めて稀とされています。
発症年齢はCAGリピート数と負の相関が認められますが、最も多くみられる40~50回台のCAGリピート数ではその相関が緩やかであり、CAGリピート数から発症年齢を予測することは困難です。
年齢 | ~10 | 20 | 30 | 35 | 40 | 45 | 50 | 55 | 60 | 65 | 70 | 80~ |
確率 | ~0 | 0.02 | 0.1 | 0.2 | 0.3 | 0.4 | 0.57 | 0.75 | 0.84 | 0.9 | 0.95 | ~1.0 |
以上のように、ハンチントン病は単一遺伝疾患であり、理論的再発率が算出可能です。
本問は「経験的再発危険率が最も重要な疾患」を選択することが求められていますから、ハンチントン病は除外することができますね。
よって、選択肢③は誤りと判断できます。
④ 家族性Alzheimer病
アルツハイマー病自体は孤発例が多いですが、一部の症例(10%以下)で常染色体優性遺伝疾患を示す家族性アルツハイマー病が存在します。
常染色体優性遺伝疾患を示す家族性アルツハイマー病の理論的再発率は50%とされています。
家族性アルツハイマー病に関しては現在までに3つの原因遺伝子が同定されており、そのうち最も頻度が高いのはPSEN1遺伝子で約20%を占めます。
他にはAPP遺伝子、PSEN2遺伝子がありますが、頻度的にはいずれも稀です。
また第19染色体上のAPOE遺伝子の4型アレルが家族性、孤発性を問わずアルツハイマー病の危険因子になっていることが明らかになっています。
疾患名 | 原因遺伝子 | 発症年齢 | 浸透率 | Alzheimer病における頻度 |
AD1 | APP | 早発型 | 100% | まれ(早発型の10~15%) |
AD2 | APOE | 晩発型 | 比較的低い | 家族性の15~25% |
AD3 | PSEN1 | 早発型 | 100% | 約1%(早発型では最も多い) |
AD4 | PSEN2 | 早発型 | ほぼ100% | 非常にまれ(早発型の5%以下) |
以上のように、家族性アルツハイマー病は単一遺伝疾患であり、理論的再発率が算出可能です。
本問は「経験的再発危険率が最も重要な疾患」を選択することが求められていますから、家族性アルツハイマー病は除外することができますね。
よって、選択肢④は誤りと判断できます。
⑤ 筋緊張性ジストロフィー症
筋緊張性ジストロフィー症は常染色体優性遺伝疾患であり、理論的再発率は50%になります。
白人、日本人共に創始者効果(集団の最初の一人が有する変異遺伝子が子孫集団中に広がること)が見られ、共に共通する1~2種の変異に由来すると考えられます。
浸透率はほぼ100%であり、新生突然変異は極めて少ないとされています。
筋強直、筋委縮、筋力低下を主徴として主に成人期に発症します。
発症年齢は20~30歳代に多く、筋症状以外に糖尿病、白内障、前頭部脱毛、心伝導障害、知能低下、性腺機能障害などをきたします。
重症度に多様性があり、生下時より筋症状が出現し重症となる先天型から高齢でも白内障のみの軽症例までさまざまです。
患者が女性だと、世代を経るに従って発症年齢が早まり重症化する表現促進現象が見られます。
患者が男性の場合、その子どもは患者と同程度、重症化もありますが、患者より軽症化する場合もあります。
患者の両親が臨床症状をまったく示さないこともありますが、両親のいずれかが白内障などの軽微な症状のため気づかれないこともあります。
以上のように、筋緊張性ジストロフィー症は単一遺伝疾患であり、理論的再発率が算出可能です。
本問は「経験的再発危険率が最も重要な疾患」を選択することが求められていますから、筋緊張性ジストロフィー症は除外することができますね。
よって、選択肢⑤は誤りと判断できます。
② ダウン症候群
ダウン症候群は、染色体異常の種類から、①トリソミー型(95%)、②転座型(3~4%)、③モザイク型(1~2%)の三種類に分類されます。
トリソミー型の全症例のうち90%は母由来の21番染色体が過剰になっており、そのほとんどは第1減数分裂時の不分離によるものです。
残りの10%は父由来であり、第1と第2減数分裂時の不分離のほぼ同じです。
母親の年齢が高くなるとトリソミー型患者の出生頻度が高くなることが知られています。
ダウン症候群は染色体異常によるものであり、理論的に再発率を算出することは困難なので、経験的再発率が重要になります。
再発率は型によって異なっており、以下の通りです。
- トリソミー型:35歳以下の女性の場合は約0.5%、35歳以上の女性の場合は年齢に応じた一般頻度と同じ。
- 転座型:母が均衡型転座保因者のとき約10%、父が均衡型転座保因者のとき約2.5%、両親の染色体が正常なときは1%以下、極めてまれだが親がt転座保因者のときは100%。
- モザイク型:トリソミー型の再発率とほぼ同じ。
なお、第2度近親者より遠い場合は、リスクは増えません。
以上のように、ダウン症候群は染色体異常症ですから経験的再発率が重要になってきます。
本問では、同じく経験的再発率が重要になる選択肢①の統合失調症との比較が求められます。
統合失調症の詳しい経験的再発率は当該選択肢解説に譲りますが、統合失調症の方がより再発率が高くなっていることから、本問で問われている「経験的再発危険率が最も重要な疾患」は統合失調症ということになります。
よって、選択肢②は誤りと判断できます。
① 統合失調症
統合失調症は多因子疾患であり、発症メカニズムは不明で、複数の遺伝要因および環境要因が発症に関与しています。
統合失調症患者の8~15%に家族歴が見られ、一卵性双生児の一致率が高いことから、遺伝要因の関与が大きいと考えられていますが、これまでに発症に大きく寄与する遺伝子は同定されていません。
連鎖解析やゲノムワイド関連研究により、多くの疾患関連遺伝子が報告されていますが、個々の遺伝子が統合失調症発症に及ぼす効果は非常に小さいとされています。
罹患者 | 片親 | 両親 | 同胞 | 一卵性 双生児 | 二卵性 双生児 | 子 | おじ おば | おい めい | 祖父 祖母 |
再発率(%) | 7~16 | 45~50 | 8~14 | 40~48 | 10~17 | 5~13 | 2~5 | 2~5 | 3~5 |
統合失調症に関しては、その遺伝子に有利な点があるので太古から今日まで存在し続けているのではないかと集団遺伝学者のジュリアン・ハクスレイは考え、それを困苦欠乏に耐える能力であるとしました。
また、微かな徴候を捉える鋭敏な予知能力であるとする見解もあり、これは狩猟漁業採集社会においては有利な能力ですね。
例えば、獲物の足跡から多くの情報を吸収できる方が、獲物にありつける確率を上げ、生存競争に生き残る可能性を高めてくれるはずです。
農業社会になると、勤勉、貯蓄(つまり、お預けに耐える力)、計算(配分、税、消費)などの別の能力が必要になりますが、それでも気候の予測には必要なものです。
中井久夫先生は、統合失調症は、①太古から存在するが、②文化、社会、時代によって重症度に大きな差があり、③統合失調症は元来生きるのに有利な能力が失調を起こしたものである、と考えています。
このように考えるのは、全人類にわたってほぼ生涯罹患率1%前後(3~0.1%)という一律性を示すからであり、これはたいていの遺伝病と異なっています。
従来から遺伝と環境との関係が統合失調症と似ていると言われてきたのは糖尿病ですが、上記の3点も糖尿病に似ています。
今も人類の7割は飢えていると言われますが、そういうところでは2型糖尿病因子は低いカロリーで生きていくのに貢献することになるはずです。
いずれにせよ、「その遺伝子がなくならずに存在し続けるのは、人類全体の生存において何かしら必要な理由があるからである」という風に考えてみるのは大切な気がします。
以上のように、統合失調症は多因子疾患ですから経験的再発率が重要になってきます。
その経験的再発率を選択肢②のダウン症候群と比較すればわかる通り、明らかに統合失調症の方がその再発率が高いことがわかりますね。
すなわち、本問で問われている「経験的再発危険率が最も重要な疾患」に関しては、示されている選択肢の中で言えば統合失調症になります。
よって、選択肢①が正しいと判断できます。
このように、本問はなかなかの難問になっています。
この問題に明確に答えるには、以下のような各段階において正確な理解をしておくことが求められています。
- 遺伝学における再発率の推定方法として「理論的再発率」と「経験的再発率」がある。
- 「理論的再発率」を活用する疾患と、「経験的再発率」を活用する疾患の弁別ができる。
- 「経験的再発率」を活用する疾患のうち、より再発率が高い方を弁別することができる。
こうした各段階をすべてクリアすることで、ようやく自信をもって答えることができる問題と言えます。
が、ここまでの知識を求めるのはちょっと酷ではないかなと個人的には思います。