学生相談室の事例ですが、あまり「学生相談」という枠組みには関係がない内容になっています。
必要なのは事例から考えられる見立てに基づいた対応を選択することですね。
専門家ですから、選択肢それぞれの対応の根拠を明確にしながら正誤判断をしていきましょう。
問145 20歳の女性A、大学2年生。Aは「1か月前くらいから教室に入るのが怖くなった。このままでは単位を落としてしまう」と訴え、学生相談室に来室した。これまでの来室歴はなく、単位の取得状況にも問題はみられない。友人は少数だが関係は良好で、家族との関係にも不満はないという。睡眠や食欲の乱れもみられないが、同じ頃から電車に乗ることが怖くなり、外出が難しいと訴える。
公認心理師である相談員が、インテーク面接で行う対応として、不適切なものを1つ選べ。
① Aに知能検査を行い知的水準を把握する。
② Aが何を問題だと考えているのかを把握する。
③ Aがどのような解決を望んでいるのかを把握する。
④ 恐怖が引き起こされる刺激について具体的に尋ねる。
⑤ 恐怖のために生じている困り事について具体的に尋ねる。
解答のポイント
事例の状況を読み、考えられる見立てとそれに対応する関わりが理解できる。
選択肢の解説
① Aに知能検査を行い知的水準を把握する。
本事例をどう見立てるかを考えていきましょう。
Aの困り事として示されているのは「1か月前くらいから教室に入るのが怖くなった」「同じ頃から電車に乗ることが怖くなり、外出が難しい」という箇所になります。
なお、「このままでは単位を落としてしまう」というのは悩みではありますが、上記の問題に従属して起こっている事柄と見なすことができますし、Aの状況を踏まえれば「現実的不安」と見なすことができますので、現状では何かの症状と見なす必要はないと考えます。
上記で挙げたAの困り事ですが、想定されるのは「社交不安障害」や「パニック障害」といった不安と関連した疾患になります。
社交不安障害では「他者の注視を浴びる可能性のある1つ以上の社交場面に対する、著しい恐怖または不安」を基本としていますし、Aに起こっている問題と近い性質のように感じます。
また、本事例では動悸等の身体的な反応については表現されていませんが、「電車に乗ることが怖い」という事態は、パニック障害に多く見られるものですね。
ただし、本選択肢の解説として「このクライエントは社交不安障害やパニック障害だから、いきなり知能検査は不適切である」というのは誤りです。
本問の肝となる考え方は「現時点では、これらの疾患に特定できるほどの情報は集まっていない」ということです。
つまり、本事例の状況において「公認心理師である相談員が、インテーク面接で行う対応」は、こうした疾患を念頭に置きつつ、見立てを精査するような関わりになります(もちろん、インテークで行うクライエントのニーズの把握等も同時に行っていきます)。
このような見立てを絞り込むような情報がない状況で、本選択肢の「知能検査を行い知的水準を把握する」というアプローチは、もしかしたら不必要なことをクライエントに実施してしまっている可能性もあります。
これはクライエントの時間と金銭の浪費になりますから、倫理的にも行うべきではありませんね。
この状況で知能検査を行うのであれば「なぜAに知能検査をすることが、Aの支援に資することになるのか」をAに説明する必要がありますが、現在の情報量では「とりあえずやってみた」以外の説明ができません(もちろん、その説明ではダメですね)。
加えて、Aの「これまでの来室歴はなく、単位の取得状況にも問題はみられない」という情報から、知的な問題を真っ先に検証するのは不適切と言えます。
「このままでは単位を落としてしまう」という訴えも、上述の通り、原疾患によって生活に狭まりが生じた結果起こったものと見なすのが自然ですから、知的な問題と見立てるのは無理筋です。
つまり、本事例に知能検査を実施するという対応に関しては「見立てが定まっていない状況で闇雲にやっている(ように見える)」「生活歴からみて知的な問題を疑うことができない」という点から無理があると言えそうです。
以上より、選択肢①が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。
② Aが何を問題だと考えているのかを把握する。
③ Aがどのような解決を望んでいるのかを把握する。
選択肢②は「問題の把握」であり、選択肢③は「ニーズの把握」と言い換えることができるかと思います。
まず「問題の把握」ですが、クライエントの問題に対する理解とは「現時点の問題に関するストーリー」ですから、カウンセリングという共同作業をうまく運んでいくためにこの把握は欠かせませんし、客観的な視点をクライエントが持っているかの判断にも使うことができます。
また「ニーズの把握」は、クライエントがどうなりたいのか、それが現実的なものか否か、問題を正しく認識しているか、といった諸点を把握するのに役立ちますし、ニーズを無視した関わりはクライエントの動機づけを有意に減退させるので避けねばなりません。
こうしたアプローチは「初回面接の一般的な手順の一つ」と言えるものですし、「わざわざ本事例に行うのはなぜか?」という点で疑問を感じる方もいるかもしれません。
しかし、本事例に対しては、これらの把握が特に重要になります。
その理由として、クライエントの健康度の高さが挙げられます。
クライエントは「これまでの来室歴はなく、単位の取得状況にも問題はみられない」「友人は少数だが関係は良好で、家族との関係にも不満はない」「睡眠や食欲の乱れもみられない」などのように、非常に問題が限局した状態で出てきています。
もちろん、問題が限局しているから健康度が高いとは端的には言えないのですが、対人関係上の問題が少ないことや、問題が生じてから1か月という比較的早い段階で来室しているという援助希求行動が取れていることなどから、健康度の高さが想定できる事例であると見なせます。
このようなクライエントであるほど、問題前後に何があったのか、どういう行動を自身が取ったのか、どのような対処行動を自覚的に行ったのか、などのように問題を客観的に捉えつつ既に考えており、本選択肢の問いかけによって表出される情報の質と量が高い傾向があります。
これらの把握は、クライエントの内定な力の多寡を測る指標にもなりますね。
そして、健康度が高ければ、問題に対する把握も的確であることが多いので、支援に役立つ情報を入手できる可能性も高くなります。
このように私は本事例においては、特に本選択肢の対応が重要と考えます。
もちろん、そうでなくても本選択肢の対応は、インテーク面接での一般的な問いかけでもありますから、その点でも適切と言えますね。
以上より、選択肢②および選択肢③は適切と判断でき、除外することになります。
④ 恐怖が引き起こされる刺激について具体的に尋ねる。
⑤ 恐怖のために生じている困り事について具体的に尋ねる。
選択肢①の解説でも述べたように、クライエントに起こっている問題は「社交不安障害」や「パニック障害」などが想定できますが、この時点ではその可能性を検証していくことが必要であると言えます。
ここで挙げた選択肢は、この作業のためのアプローチと言えます。
まず「恐怖が引き起こされる刺激について具体的に尋ねる」ことによって、クライエントが不安に感じていることが同定しやすくなります。
クライエントが恐怖を感じている刺激や状況が明らかになることで、特定の疾患に絞ることもしやすくなります。
明確な不安対象がわかれば、その時の身体反応如何によっては系統的脱感作といった具体的なアプローチを提案することも可能になります。
このように見立てと対応の両方の観点から、「恐怖が引き起こされる刺激について具体的に尋ねる」という対応は重要と言えますね。
続いて「恐怖のために生じている困り事について具体的に尋ねる」という対応についてです。
これはクライエントの生活がどの程度狭まっているのかを把握するために有効な質問であり、生活の狭まりが強いほどクライエントの苦慮感は大きいと言えます。
苦慮感の大きさは病状の大きさと単純にイコールではありませんが、客観的に見た苦慮感をクライエントが「きちんと困っているか否か」は大切です。
明らかに生活に狭まりが見られるのに「特に困っていません」「症状以外は大丈夫です」と述べるようなら、現実的な把握ができていない可能性や社会的な機能の程度を考える必要があります。
つまり、「症状によってどの程度生活が狭まっているか」「その狭まりに対するクライエントの認識」の両方を尋ねることが、「恐怖のために生じている困り事について具体的に尋ねる」ことによって可能になります。
また、その困り事の内容によっては、クライエントと改善の方法を考えるという関わりも可能かもしれません。
いずれにせよ、いくつかの視点において有効なアプローチと言えますね。
以上より、ここで挙げられた選択肢の対応は、クライエントの支援において有用なものであると言えます。
よって、選択肢④および選択肢⑤は適切と判断でき、除外することになります。