Prochaskaらの多理論統合モデルに関する問題です。
こちらは頻出問題ですから、きっちり取れるようにしておきましょう。
問63 30歳の男性A、会社員。喫煙をやめたいが、なかなかやめられないため、会社の健康管理室を訪れ、公認心理師に相談した。Aは、以前禁煙外来に通院したこともあるが、仕事の繁忙期に、ストレス発散のためにまた喫煙し始めてしまったという。健康を心配したパートナーにも強く禁煙を勧められ、今月中に禁煙外来を再度受診しようと思っているものの、今回もまた失敗するのではないかと恐れている。
J. O. Prochaskaらの多理論統合モデル〈Transtheoretical Model〉では、Aはどのステージにあるか。最も適切なものを1つ選べ。
① 維持期
② 実行期
③ 準備期
④ 関心期(熟考期)
⑤ 前関心期(前熟考期)
選択肢の解説
① 維持期
② 実行期
③ 準備期
④ 関心期(熟考期)
⑤ 前関心期(前熟考期)
健康づくりや健康増進のためには、健康なうちにより健康になるための行動習慣を身に付けることが必要になってきます。
こうした人を健康に導く行動への変容に、心理学の理論に基づいた技術を用いた専門的サポートプログラムが作られています。
これをヘルスプロモーションのための行動変容モデルと呼び、多理論統合モデルはその代表的なものです。
ProchaskaとClemente(1983)によって考案された多理論統合モデルは、禁煙や効果的なストレスマネジメント行動変容、運動習慣の獲得などの成功率が最も優れているアプローチの一つとして認められています。
この理論は、行動変容に対する動機づけの程度や準備状態を反映する「行動変容ステージ」、行動変容を実践するときの恩恵と負担に対する主観的見積もりである「意思決定のバランス」、ポジティブな結果期待と行動変容する自信を指す「自己効力感」、健康行動を促進する認知・感情的体験と行動的活動を指す「変容のプロセス」の4つの仮説で構成されています。
本問では上記の「行動変容ステージ」に関して問われているので、こちらについて詳しく述べていきましょう。
「行動変容ステージ」はProchaskaらが示したモデルであり、健康行動への動機づけの違いによって5つの行動変容ステージに分類しています。
行動変容ステージモデルとは、1980年代前半に禁煙の研究から導かれたモデルですが、その後食事や運動をはじめ、いろいろな健康に関する行動について幅広く研究と実践が進められています。
行動変容ステージモデルでは、人が行動(生活習慣)を変える場合は、以下の図のように「無関心期」→「関心期」→「準備期」→「実行期」→「維持期」の5つのステージを通ると考えます。
行動変容ステージモデルは、患者がいまどのような行動変化の準備状態にいるかによって、医療者がどのような援助をすれば、行動変化を促進できるかを科学的に研究したものです。
こちらは、本人の心の状態に応じて、次のようにステージ分けが可能です。
併せて、これらの各ステージでの働きかけを把握しておきましょう。
【無関心期:前関心期:前熟考期】
6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がない時期;行動変容に関心がない時期。
特徴としては、①ストレスマネジメント行動の必要性をあまり感じていない、②効果的なストレスマネジメント行動がどういうものかよく分からない、③ストレスマネジメント行動を行ったときの恩恵と、行わないときの負担を知らない、④ストレス対処のために何かしようと考えていない、⑤ストレスマネジメント行動に対して負担感の方が大きいと考えている、などが挙げられます。
行動変容の必要性を正しく理解してもらい、関心を持ってもらう援助が必要であり、考えや感情を聴きながら、情報提供としてのティーチングを根気強く繰り返す時期です。
ただし、脳梗塞、心疾患、癌などになる確率(ネガティブ情報)を伝えて脅すだけでは、防衛的態度や反感を強める結果になりかねませんので、生活習慣を変えることで健やかな生活を実現している人の成功例(ポジティブ情報)も、同時に伝えていく必要があります。
【関心期】
行動変容ステージの第2段階で、6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期であり、行動変容に関心はあるが実行する意思がない時期と言えます。
特徴としては、①ストレスマネジメント行動の恩恵には興味を持っているが、すぐに実行する気にはなっていない、②何から始めればいいかよく分からない、また自分にできるかどうか不安に思っている、③ストレスマネジメント行動を実行するよりも、今のままがいいと思っている、などです。
具体的には、取り組むべきターゲット行動を決める、負担感を軽減して恩恵を高める(意思決定のバランス)、さらに気づきを高める(意識化の高揚、感情的な体験)、自己イメージを変える(自己の再評価、自己効力感)などが重要になります。
この時期からは、傾聴しながら受容的・共感的に接して、信頼関係を築いていくことが特に大切となり、そのためにカウンセリングの技術が必要となります。
行動変容に伴う負担がある時期と言えるので、行動変容の具体的な方法や過程についても正しく理解してもらい「それなら私にもできる」という自己効力感を高めてもらうことが大切であり、そのために情報提供としてのティーチングを行います。
【準備期】
準備期は、健康行動を決心して計画を立てる準備段階であることを指します。
1ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期であり、行動変容の準備ができている状態ではあるが、同時に行動変容に対して失敗を恐れている段階といえます。
この段階では、①ストレスマネジメント行動に前向きに取り組もうと考えている、②ストレスマネジメント行動を実行するだけの自信が持てず始めることを躊躇している、③ターゲット行動は決まっており、あとは実行するだけの状態にある、④恩恵と負担感のバランスが恩恵の方に少しずつ傾き始めている、などの特徴があります。
このステージにある人には、目標を設定して、行動のための具体的計画を立てることが有効で、適切な目標と行動計画を立ててもらうことによって、自己効力感を高めてもらいながら、実行に移してもらう援助が必要となります。
具体的には、決意表明をする(自己の解放)、新しい自分をイメージする(自己の再評価、環境の再評価)、代替行動について考え具体策を計画する(拮抗条件づけ)、周りの人の支援を受ける(援助的関係の利用)、などが有効とされています。
特に具体的な行動を計画することは、このステージにおいて一番重要なプロセスであり、ストレスマネジメント行動によって健康的なライフスタイルへと生活を変える方略となります。
やる気が高まっているときはたくさんの計画を立ててしまいがちですが、ここでのポイントは、あれもこれもとたくさん計画を立てないことで、実行可能な具体策を計画することが求められます(実行できなければ後にそれが失敗体験となり自己効力感を下げることにつながってしまいます)。
【実行期】
多理論統合モデルの行動変容ステージの第4段階であり、健康行動を開始し、その期間が6か月以内の状態を指します。
明確な行動変容が観察されてはいますが、その継続に自信がない時期であると言えます。
行動変容に対して時間や労力を最も要し、前のステージに最も後戻りしやすいのが、実行期の特徴です。
特に、①実行し始めた最初の6か月は、行動変容を維持することが最も難しく、つまずきやすく、後戻りしてしまう可能性が高い、②自己効力感が高く、ストレスマネジメント行動のメリットを実感している、などが見られます。
この時期には、報酬を考える(強化マネジメント)、後戻りを予防する(拮抗条件づけ)、継続的にストレスマネジメント行動を行えるよう環境を整備する(刺激コントロール・環境の再評価)、周囲の支援をもう一度認識する(援助的関係の利用)、現在の実行状況を確認する、などのアプローチが効果的とされています。
実行ステージは、継続が難しくなる時期ですが、自己効力感は上昇し続けているとされています。
報酬を用意するなど、後戻りにいかに対処するかがポイントとなる段階です。
そのためにも、後戻りの原因となりそうな要因を予測し、回避できるような対処法を予めしっかり考えておくことが重要となります。
【維持期】
多理論統合モデルの行動変容ステージの最後、第5段階の時期を指しています。
これは健康行動を開始して6か月が過ぎた段階であり、明確な行動変容が観察されて、その持続に自信がある時期です。
このような人の特徴としては、①自己効力感はすべてのステージの中で最も高い水準にある、②後戻りしにくい状態になっている、③ストレスマネジメント行動を楽しんでいる様子が伺え、負担感よりも恩恵が大きい、などになります。
このステージにいる人への働きかけは、後戻りの防止とストレスのコントロールを中心として、ストレスを予測する(自己の再評価)、後戻りを予防する(拮抗条件づけ)、周囲の支援を再認識する(援助的関係の利用)、現在の実行状況を確認する(刺激コントロール)などが重要になります。
維持ステージは、自己効力感も上昇し、ストレスマネジメント行動を順調に続けている時期であるが、後戻りの原因となる要因を予測し、回避できるような対処法をしっかり考えておくことも必要です。
予測できない状況下で誰に頼るべきかなど、周囲の支援を見つめ直しておくことが大切になります。
これらを踏まえ、事例を見ていきましょう。
「Aは、以前禁煙外来に通院したこともあるが、仕事の繁忙期に、ストレス発散のためにまた喫煙し始めてしまったという。健康を心配したパートナーにも強く禁煙を勧められ、今月中に禁煙外来を再度受診しようと思っているものの、今回もまた失敗するのではないかと恐れている」という状態像が、行動変容ステージモデルのいずれの段階に該当するかを考えていくわけです。
まずAは実際に行動変容に関心があり、何かしら実行しようとしているので、行動変容に関心がなかったり(無関心期:前熟考期)、関心はあるが実行する意思がない(関心期:熟考期)ではないことがわかります。
ただ、実際には行動変容を実行していないので、健康行動を開始し、その期間が6か月以内の状態(実行期)や、健康行動を開始して6か月が過ぎた段階(維持期)でもないわけです。
Aの状態は「1ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期であり、行動変容の準備ができている状態ではあるが、同時に行動変容に対して失敗を恐れている段階」という準備期の説明が最も合致すると言えるでしょう。
よって、選択肢①、選択肢②、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢③が適切と判断できます。