説明に合致するアプローチを選択する問題です。
中途半端な理解だと迷ってしまいますので、各アプローチの中核的な考え方についてきちんと理解しておくようにしましょう。
問45 クライエントに、何らかの意味を含んだ身体感覚に注意を向けさせて、自己への気づきを促すアプローチとして、最も適切なものを1つ選べ。
① 系統的脱感作法
② フォーカシング
③ ゲシュタルト療法
④ ストレス免疫訓練
選択肢の解説
① 系統的脱感作法
系統的脱感作法は、いわゆる逆制止を用いた技法であり、不安や恐怖の刺激が現れるときにリラックスする状態をつくり、不安・恐怖刺激に遭遇しても不穏感情が生じにくくすることを目的としています。
単純に言えば、恐怖状態では筋緊張が生じやすく、恐怖と筋緊張とがつながっている状態であると言えますが、その筋緊張に拮抗する刺激であるリラックス状態を作る(これを逆制止と言います)ことで、恐怖を緩めていく方法となります。
類似した技法として、フラッディング、エクスポージャー、曝露反応妨害法などがありますが、フラッディングやエクスポージャーは「和らげていく」という作業を入れることはなく「馴れさせる」ことが目的です(フラッディングは最大強度から、エクスポージャーは段階的です)。
曝露反応妨害法も、不安を喚起させて、その対処行動(手洗い等)を「妨害」する技法です。
系統的脱感作法では「不安階層表」を作成し、軽いものから段階的に不安・恐怖を喚起し、緩めていくという作業を繰り返し行っていきます。
ちなみに、脱感作はもともと「過敏性の原因となるアレルゲンをごく少量注射し、しだいにその量を増して過敏性を減弱させる方法がとられる」ことを指します。
上記を踏まえれば、系統的脱感作法が「クライエントに、何らかの意味を含んだ身体感覚に注意を向けさせて、自己への気づきを促すアプローチ」ではないことがわかると思います。
系統的脱感作法では「何らかの意味を含んだ身体感覚に注意を向けさせて」というアプローチではなく、明確に不安や恐怖の対象について自覚しており、その上で、具体的な不安階層表を作成していますね。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② フォーカシング
フォーカシングは、ユージン・ジェンドリンにより明らかにされた心理療法の過程を指します。
ロジャーズのウィスコンシンプロジェクト(CCTによる統合失調症者への治療研究)での体験が礎となっています(ジェンドリンはロジャーズの弟子)。
ジェンドリンはカウンセリングの成功要因を探る研究を行い、当初は精神分析的な視点による仮説として「過去の重要な体験を話す人ほど予後が良いだろう」と考えていました。
ですが、実際には「話す内容」による予後の好悪に有意差はなく、むしろ重要だったのは「話し方」であることが示されました。
すなわち、クライエントが自分の心の実感に触れながら話しているかどうかが重要であることを見いだしたのです。
このように、ロジャーズはセラピストの条件を、ジェンドリンはクライエントの条件を明らかにしたということになりますね。
ここでの発想がジェンドリンのオリジナルだと思うのですが、そこでジェンドリンが考えたのは「クライエントに心の実感に触れるための方法を教えれば、カウンセリングで良くなる可能性が高まるに違いない」ということでした。
そこでジェンドリンは、心の実感に触れるための方法をクライエントに教えるための理論として体験過程理論を構築し、具体的な技法としてフォーカシングを提唱しました。
つまり「フォーカシングは技術であり、誰でも身につけることが可能である」という考え方があるのです。
心の実感に触れる技術としてフォーカシングがあるわけですが、これには以下の6つのステップがあるとされています。
- クリアリング・ア・スペース:空間を作る
- フェルトセンス:何かよくわからないけど、意味がありそうな感じ
- ハンドル:名前をさずける
- 共鳴:フェルトセンスと共鳴させ、ぴったりかどうか確かめる
- 問いかける:からだにきいてみる
- 受けとる:何が浮かんできても受け容れる
ジェンドリンは、人間には体験があり、その中にも「まだ概念化はできないもののはっきりと感じられる体験過程」が存在すると考えます。
これをジェンドリンは「感じられた意味」とか「照合体」と呼んでいますが、こちらが後に「フェルトセンス」と呼ばれることになります。
この著書では、身体的な感覚を重視し、フェルトセンスを「まだ概念化はできないがはっきりと感じられる「身体の感じ」」としています。
この著書で初めて「フェルトセンス」という表現が使われるようになったのですが、身体感覚的な意味としてsenseという表現を使っているわけですね。
「問題や状況についての、まだはっきりしない意味を含む、「からだ」で体験される感じ」に注目し、それを象徴化することが心理療法における変化の中核的プロセスであると考えたわけです。
ジェンドリンは、師であるロジャーズのCCTの効果を高めるためにフォーカシングの技法を開発したわけですが、ロジャーズ自身はもともと特定の技法を用いることから遠ざかっていたので、ジェンドリンはロジャーズから独立した道を歩み、独自の体験過程療法を提案しました。
上記を踏まえれば、本問で示している「クライエントに、何らかの意味を含んだ身体感覚に注意を向けさせて、自己への気づきを促すアプローチ」はフォーカシングのことを指していることがわかると思います。
「何らかの意味を含んだ身体感覚」をフォーカシングでは「フェルトセンス」と呼び、これに名前を付け、ぴったりであるかどうかを照合し、フェルトセンスが自身にとってどういう意味をもつのかという気づきを促していくわけですね。
多分、多くの人が「今の自分が食べたい物ってなんだろう?」と考えるときに、ちょっとはやっていることだと思います。
以上より、選択肢②が適切と判断できます。
③ ゲシュタルト療法
ゲシュタルト療法は、医師のF.Perlsを中心に提唱された心理療法です。
ゲシュタルトとは形、全体、統合を意味する言葉であり、ゲシュタルト療法も統合を指向する人格への変容を目的としています。
人間を統合された一元論的(ホメオスタティック)な自己調節機能を持つ全体的存在として捉え、具体的技法が開発されています。
ゲシュタルト療法はゲシュタルト心理学の影響を受けており、ゲシュタルト心理学は知覚現象を説明する理論でしたが、後に学習や社会行動の研究にも影響を与えました。
ゲシュタルト療法の創始者であるPersは、人格の全体性について、ゲシュタルト心理学の「図」と「地」という用語で説明しました。
すなわち、感じられる「図」としての感情と、それまで無視されていた「地」としての人格が統合されることで、その人のゲシュタルト(全体性)が完成されるとしているのです。
パールズが理想としていた健康なパーソナリティは「今ここに生きる人間」ということですが、これは以下の通りの条件を備えています。
- 現在の瞬間ということを重視する。
- 自分自身も十分に意識している。
- 衝動や願望を重視できる。
- 自分自身の人生に責任を負う。
- 自分や世界と生きた接触を保つ。
- 怒りを表現できる。
- 自分に頼り、外的な基準に頼らない。
- その瞬間瞬間の状況に柔軟に対応する。
- 自分のすべての面を受容している。
- 幸福の追求それ自体を目的としない。
なお、ゲシュタルト療法を創始したのは上記の通りパールズですが、それに影響を与えたゲシュタルト心理学の創始者はWertheimerになります。
以下では、ゲシュタルト療法の基本概念について述べていきましょう。
まずは「ホメオスタシス」です。
ホメオスタシスとは、生命維持のために有機体が外界の変化に対応して、内界のバランスを保持しようとする生理的機能のことであり、例えば、体内の水分が不足すれば喉が渇く、というものを指します。
このホメオスタシスが精神的現象の中にも存在することを見出したのがパールズであり、不快な経験をすれば不快や怒りを覚えるなどが例となります。
ですから、不快や怒りであろうとも、それらを抑えたり、無視するのではなく、むしろ、取り上げたり、それと関わるようにする方が良いとされており、これを「コンタクト」と呼び、経験していることを言語的もしくは身体的に表出することを指します(「形」にする、という表現を使うこともある)。
続いての基本概念は「図と地」です。
図とは、意識の前面にあるもの、もしくは関心事であり、その背景にあるものを「地」と呼びます。
精神的に健康であれば、知覚されるものは1つで、2つが同時に知覚されないとゲシュタルト療法では考えます。
例えば、本も読みたいが買い物もしたいという場合、この2つの欲求を同時に満たすことは不可能なので、どちらの欲求が高次にあるのかを「図」として認知して、それを選ぶことが要請されるわけです。
買い物を「図」として、それを実行した場合、その欲求は解消されることになりますが、「図」にある欲求が解消されると、今度は次善の欲求が「地」から意識の前面に出てくることになります。
そして、今度は読書をするという「地」から「図」になったものを取り上げて、円滑に生活を進めることができ、これが人間の欲求という観点から見た「図地反転」になります。
この「図地反転」が起こらない場合もあり、例えば、失恋したときに「死にたい」となれば、失恋の経験が固着して「図」から消えないということになり、これでは失恋の一面しか捉えられていないということになります。
失恋の痛みや悔しさ、残念さなどが、自分にとってどのような意味があるのかという面について考えることができていないということですね。
この「自分にとってどのような意味があるのか」に気づくことができれば、すなわち、経験のもう一つの面を見ることができれば、人間はしたたかに生きることができるというわけであり、ゲシュタルト療法的にはこのことを「視野が広がる」と表現します。
そして、上記の「気づき」も基本概念の一つに挙げられます。
この「気づき」とは、意識性とも呼ばれますが、「今ここ」で「地」から「図」にのぼってくる意識の過程を指しています。
つまり、身体の内外で起こっていることを感じたり、意識することを指します。
ゲシュタルト療法では、先述の「ホメオスタシス」「図と地」の観点から、ゲシュタルト療法では無意識に封じ込めた自分のありのままの感情への「気づき」を重要視します。
自分でも気づいていない自分の感情に気づくことで、無意識に沈んでいた心からのサインに応え、固まっていた「図と地」の反転をスムーズに行えるようにしていくのです。
しかし、この気づきというのは、過去に遡ったり、未来に飛んでいったりして得ることはできず、過去も未来も「今ここ」で起こっているものとして体験することが重要であるとゲシュタルト療法では考えます。
そのため、ゲシュタルト療法では「今ここ」で関わる技法が創案されており、それは電話相談や危機介入に取り入れられています。
おそらく、本問で挙げられている選択肢の中で正答と迷いやすいのが、本選択肢のゲシュタルト療法であると思います。
求められているのは「クライエントに、何らかの意味を含んだ身体感覚に注意を向けさせて、自己への気づきを促すアプローチ」ですが、ゲシュタルト療法では身体的に表現することもあり、また、「気づき」が基本概念に含まれていることなどからも、何となく選びたくなる気持ちも理解できます。
ですが、重要なのは「何らかの意味を含んだ身体感覚」から「自己への気づきを促す」であり、それはゲシュタルト療法で行われることが無いとは言わないまでも、ゲシュタルト療法の基盤となる考え方とは言えません。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
④ ストレス免疫訓練
認知療法を創始したのはBeckですが、彼は1960年代以降精神分析を離れて認知療法を体系化しました。
ベックの認知療法は広く知られていますが、これと同時期に登場したエリスの論理療法やMeichenbaum(マイケンバウム)の自己教示訓練なども認知療法の代表的な治療体系として位置づけられています。
自己教示訓練は、患者が自分自身に言葉による教示を与えることであり、目的志向的な適応行動の獲得と遂行を目的とする、行動調整機能を用いた治療法です。
具体的には、①治療者が大きな声で教示を行いながら課題を遂行する(認知モデリング)、②患者が声に出して自己教示を行いながら課題を行う(行動リハーサル)、③患者が心の中で自己教示を行いながら課題を行う、という手順で行われます。
具体的な行動内容・認知傾向の方法(やり方)をイメージし、自分で自分にしっかりと言い聞かせることが重要で、その上で、実際にこのトレーニングで「肯定的・改善的な自己変容」が見られた場合、何らかの報酬や賞賛で行動を強化することによって自己変容の速度が速まっていきます。
また、PTSDの治療に中程度の支持が得られている心理療法として「ストレス免疫訓練法」があり、こちらもマイケンバウムが提唱しました。
「ストレス免疫訓練」自体は、広義にはストレス対処のための機能的な行動や思考の獲得を狙った指導プログラムを指し、狭義にはマイケンバウムが体系化した治療パッケージを指します(本問では後者を指している)。
マイケンバウムの「ストレス免疫訓練」は、対処できる範囲の小さなストレス体験に曝され、それらを乗り越える経験を積むことで、ストレスに対する免疫力が高まるという発想に基づいています。
訓練は以下の3段階から構成されています。
- ストレスの概念把握:
クライエントとトレーナーがストレス問題について共通理解を得ることを目的とされる。ストレス反応が発生する過程が簡単な言葉で説明される。クライエント自身に起こっているストレスの性質を共に探るプログラムを通して、クライエントとトレーナーの協力的な治療関係を確立する。 - 技能獲得とリハーサル:
ストレス対処スキルの獲得を目標になる。リラクセーション訓練、認知再構成法、問題解決療法、自己教示訓練などを通して、クライエントのストレス対処技術を高める。認知的対処スキルとして「ストレッサーに備えているとき」「対決のとき」「打ちのめされたとき」「自己強化のとき」に用いる自己陳述を用意しリハーサルを行う。 - 適応とフォロースルー:
学習した対処技術を実際のストレス場面で使う段階。クライエントにとって効果のあるストレス対処方法をトレーナーが明らかにしていく。獲得した対処技術を実生活で活用できるよう、面接室内でのリハーサルや現実場面での段階的な練習を行う。
このように、ストレス免疫訓練法は、ストレス・モデルの教授=学習に始まり(教育の段階)、リラクセーション法や社会的スキルの獲得といった行動的対処、および否定的な自己陳述の修正といった認知的対処の方策を治療セッションのなかで獲得し(リハーサルの段階)、それらを実生活のなかで実践することができるための援助を行う(適用訓練の段階)という多段階のプログラムが構成されている技法です。
上記を見る限り、ストレス免疫訓練法は「クライエントに、何らかの意味を含んだ身体感覚に注意を向けさせて、自己への気づきを促すアプローチ」ではないことがわかると思います。
「ストレス問題について共通理解を得る」「ストレス反応が発生する過程が簡単な言葉で説明される」などの内容から、ストレス免疫訓練法ではストレス内容についてある程度の認識があり、言語化できているという前提があるので、本問で問われている「何らかの意味を含んだ身体感覚に注意を向けさせて、自己への気づきを促すアプローチ」にはならないですよね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。