公認心理師 2024-149

事例に対する認知行動療法に関する問題です。

事例を読むまでもなく、ほぼ「これが正解だろう」という選択肢があります。

問149 29歳の女性A、会社員。「電車に乗ろうとすると怖くなって、気分が悪くなる」と訴えて、精神科クリニックを受診した。Aによると、今年の夏休みに花火大会に出かけた帰りの電車の中で、突然、息苦しさ、激しい動悸、めまいに襲われ、途中の駅で降りた。その日は駅のベンチでしばらく休んだ後、タクシーで帰宅できたが、その後、通勤のため電車に乗っているときに何度も同じような症状に襲われたことから、電車に乗ることが怖くなった。今では、「また同じようなことが起きたら死んでしまうかもしれない」と強い不安を感じ、電車通勤を避けている。
 Aに対する認知行動療法に該当しないものを1つ選べ。
① 安全確保行動の継続
② Aの症状に関する心理教育
③ 電車に乗ることの段階的経験
④ 不安につながる認知の再検討
⑤ 息苦しさや動悸など不安な身体感覚の意図的体験

選択肢の解説

① 安全確保行動の継続
② Aの症状に関する心理教育
③ 電車に乗ることの段階的経験
④ 不安につながる認知の再検討
⑤ 息苦しさや動悸など不安な身体感覚の意図的体験

まずは本事例で想定される疾患について理解しておきましょう。

本事例では「電車に乗ろうとすると怖くなって、気分が悪くなる」という主訴であり、今年の夏休みに花火大会に出かけた帰りの電車の中で、「突然、息苦しさ、激しい動悸、めまいに襲われ、途中の駅で降りた」とされています。

その後も、通勤のため電車に乗っているときに何度も同じような症状に襲われたことから、電車に乗ることが怖くなり、今では「また同じようなことが起きたら死んでしまうかもしれない」と強い不安を感じ、電車通勤を避けているとされています。

こうした情報から、本事例はパニック障害である可能性を念頭に置いておくことが重要です。

DSM-5のパニック障害の診断基準をみてみましょう。


A.繰り返される予期しないパニック発作。パニック発作とは、突然、激しい恐怖または強烈な不快感の高まりが数分以内でピークに達し、その時間内に、以下の症状のうち4つ(またはそれ以上)が起こる。
注:突然の高まりは、平穏状態、または不安状態から起こりうる。

  1. 動機、心悸亢進、または心拍数の増加
  2. 発汗
  3. 身震いまたは振え
  4. 息切れ感または息苦しさ
  5. 窒息感
  6. 胸痛または胸部の不快感
  7. 嘔気または腹部の不快感
  8. めまい感、ふらつく感じ、頭が軽くなる感じ、または気が遠くなる感じ
  9. 寒気または熱感
  10. 異常感覚(感覚麻痺またはうずき感)
  11. 現実感消失(現実ではない感じ)または離人感(自分自身から離脱している)
  12. 抑制力を失うまたは“どうかなってしまう”ことに対する恐怖
  13. 死ぬことに対する恐怖
    注:文化特有の症状(例:耳鳴り、首の痛み、頭痛、抑制を失っての叫びまたは号泣)がみられることもある。この症状は、必要な4つ異常の1つと数えるべきではない。

B.発作のうちの少なくとも1つは、以下に述べる1つまたは両者が1ヵ月(またはそれ以上)続いている。

  1. さらなるパニック発作またはその結果について持続的な懸念または心配(例:抑制力を失う、心臓発作が起こる、“どうかなってしまう”)。
  2. 発作に関連した行動の意味のある不適応的変化(例:運動や不慣れな状況を回避するといった、パニック発作を避けるような行動)。

C.その障害は、物質の生理学的作用(例:乱用薬物、医薬品)、または他の医学的疾患(例:甲状腺機能亢進症、心肺疾患)によるものではない。

D.その障害は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:パニック発作が生じる状況は、社交不安症の場合のように、恐怖する社交的状況に反応して生じたものではない:限局性恐怖症のように、限定された恐怖対象または状況に反応して生じたものではない:強迫症のように、強迫観念に反応して生じたものではない:心的外傷後ストレス障害のように、外傷的出来事を想起するものに反応して生じたものではない:または、分離不安症のように、愛着対象からの分離に反応して生じたものではない)。


このように本事例の症状がパニック症のものであることがわかると思います。

パニック症であるという前提に立ち、こうした事例への認知行動療法としてどういったアプローチがあり得るのかを各選択肢の解説とともに考えていきましょう。

まず選択肢②の「Aの症状に関する心理教育」ですが、こちらはパニック症に対する認知行動療法としてあり得るものだと言えます。

「心理教育」は、精神的な健康状態を脅かすような問題を抱えた本人やその家族に対して行われる、心理面への配慮を伴った知識・情報伝達を行う支援アプローチの総称になります。

心理教育の目的は、対象者が抱える諸問題や困難に対する対処法の習得を通して、主体的に療養生活を営める能力を獲得すること(家族への心理教育であれば、それがしやすくなるような環境を構築すること)であり、本人や家族が直面している問題について正確な情報提供や支援リソースについての紹介などが行われます。

パニック症への心理教育としては、パニック症の疫学的特徴(一般人口のおよそ 1~3%と高い有病率を持つ、女性が男性のおよそ2倍多い、典型的には青年期に突然あらわれてくる等)、パニック障害の典型的な症状(突然、動悸がしてきて強い不安に襲われ(①発作)、救急病院で診察、検査を受けても異常はない。しかし、繰り返しこの発作にみまわれ、また起こるのではないかといつも不安(②予期不安)になり、電車やバスに乗るのが怖くなって、外出することが難しくなり(③回避行動)、職場を休職している(④機能障害)など)、認知行動療法に関する説明などが行われます。

選択肢③の「電車に乗ることの段階的経験」については、エクスポージャー法について述べていると考えられます。

不安の原因になる刺激に段階的に触れることで不安を消していく方法であり、主に不安症やPTSD、強迫症に用いられるのがエクスポージャーです。

何かの刺激によって不安が生じた場合、その刺激を回避することによってかえって不安が慢性化したり、悪化したりすることがあり、すなわち、不安の発生要因は「刺激」ですが、慢性化や悪化の要因は「回避」なのです。

このような場合には回避を中止すること、すなわち刺激に自然に触れることが有効で、この逆説的な治療がエクスポージャー法と呼ばれており、多くの不安症において極めて高い効果が報告されています。

負担を軽減するために、治療者が同伴して、安全・安心を保証しながら、段階的に現実の事物や過去の記憶といった刺激に触れ、更に、触れても大丈夫だったということを話し合って確認します。

こうして、刺激に触れても過剰な反応を生じることがなくなり、日常生活での予期不安や過剰な回避による行動の制約が減少していくことを狙っていくわけですね。

電車という不安な状況に対して段階的に経験を積むというのは、認知行動療法(エクスポージャーはこの中の一つ)で用いられる技法の一つであり、本事例においては適用される可能性のあるアプローチと言えるでしょう。

また、選択肢⑤の「息苦しさや動悸など不安な身体感覚の意図的体験」とは、身体感覚曝露療法(身体的エクスポージャー)であり、意図的に身体感覚を作り出し、不安が自然に落ち着くことを体験し、身体感覚が生じても自分は大丈夫であるということを体験的に学んでいきます。

馴化モデル(恐怖は繰り返し直面することによってだんだんと小さくなる)で捉えるにせよ、行動実験モデル(不合理な恐怖に直面し、恐れていた結果にはならないことを発見してもらう)で考えていくにせよ、恐怖は直面することによってのみ克服できるわけですから、実際の身体感覚曝露療法という治療では身体感覚を意図的に引き起こして、それでも大丈夫ということを学んでもらうわけです。

本事例では「息苦しさ、激しい動悸、めまいに襲われ」という身体感覚がありますから、これを利用していくわけですね。

そして選択肢④の「不安につながる認知の再検討」ですが、こちらも認知行動療法に基づいたアプローチの一つですね。

認知行動療法の中でも特に、認知再構成法の「過度にネガティブな感情や不適切な行動と関連する非機能的な認知に気づきを向け、それを様々な角度から検討し、より適応的で機能的な認知を再構成、組み直すための技法」というアプローチであると思われます。

本事例においては、「また同じようなことが起きたら死んでしまうかもしれない」という「内的情報に基づく破局的なイメージ」があるわけですが、これと「客観的に見た現実的なイメージ」の違いに気づく必要があるわけです。

クライエントは内的な情報に基づいて、身体感覚を死につながることと、破局的に解釈しているわけですから、それを「現実との違いを共有して修正する」というわけですね。

最後に選択肢①の「安全確保行動の継続」ですが、こちらの選択肢は「安全確保行動」の意味がわかっていないものになっています。

安全確保行動と聞くと「良いものではないのかな」と思う人もいるかもしれませんが、専門的に言えば安全確保行動とは、不安を予防するための安全策をはること、不安をコントロールしようとすること、一時しのぎの解決策を行うことを指します。

こうした行動は、短期的には不安を解消することができるが、長期的には不安が増大して逆効果となるとされているので、「安全確保行動」とは、本人は安全と思っているが悪循環になってしまっている行動であり、恐れている結果を過剰に防ごうとして、安全確保行動を続けるため、不安が持続し、自動思考が強化され、また安全確保行動を他者に奇妙な行動と捉えられてしまう場合もあるわけです。

安全確保行動自体は、最悪(破局的)な事態を防ぐために用いられるが、実際は、反証の機会を失い(思ったほどひどい結果にならない等の経験)、不安が持続する、安全確保行動のモニタリングにより自己注目が高まる、また安全確保行動を行うことで、他者はより一層、その人の不安症状に気づきやすくなってしまう(≒不安症状も生起しやすくなる)という問題に繋がっています。

いま、多くの人が「不安なことから遠ざかる」ということを当たり前のように「良い対処法である」と認識している節がありますが、かなりの割合でそれが「安全確保行動」になってしまっており、結局は問題を深めているという現実があります。

もちろん、事例によっては安全確保行動を即時止めるということが難しい場合もあることは重々承知しておりますが、それでも「安全確保行動の継続」を認知行動療法として実施するということは本事例に限らず多くの場合あり得ないのではないでしょうか。

認知行動療法では、自身の症状のループに組み込まれてしまっている安全確保行動を同定し、例えば、安全確保行動をとらなかったときの結果との比較を行い(つまり現実と比較する)、それをしなくても思っているような不安を招く結果は生じないことを学ぶことが大切とされていますね。

以上より、選択肢②、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は事例に対する認知行動療法として適切なものと判断でき、選択肢①はそれに該当しないと判断できます。

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