公認心理師 2023-148

事例に対して行われる認知行動療法に基づく支援に関する問題です。

各技法・アプローチの概略を知っていれば解きやすい内容でしたね。

問148 20歳の男性A、大学2年生。Aは、最近授業を欠席することが多くなり、Aの担任教員の紹介で、学生相談室の公認心理師のもとを訪れた。Aはもともと人付き合いが苦手で、これまでクラスの友人ともあまり馴染めず過ごしてきた。大学1年生のときはオンライン授業がメインであったが、大学2年生になってから対面授業になると、ゼミの発表で失敗してしまい、それから授業に出るのが苦痛になった。授業のことを考えるだけで、息苦しくなり、不安になる。
 Aに対して行う認知行動療法に基づいた支援として、不適切なものを1つ選べ。
① 行動実験
② 心理教育
③ 安全行動の維持・促進
④ ビデオ・フィードバック
⑤ 注意シフト・トレーニング

解答のポイント

認知行動療法の技法について理解している。

選択肢の解説

① 行動実験

行動実験とは、クラークらのモデルに基づいた認知行動療法を指します。

例えばクライエントが「周囲が自分を見ている」「人は自分と接したくないと思っている」といった独特な予測を持っているとします。

クライエントが社会的場面で行動を起こすことによって、本当に恐れていることが生じるのかどうかを検証していきます。

こうした取り組みを通じて、恐れていることが実は起こりにくいことに気づき、バランスのとれた捉え方ができるように援助することを行動実験と呼びます。

行動実験を行うことで「思ったほど良くない出来事は起こらない」ということを学ぶことができるだけでなく、実践するうちに「うまくいかないときがあっても、この状況ではうまくいかないというデータが得られたから成功だ」というマインドを暗に伝えることができます。

そして、うまくいかなかったときに「どうすればうまくいくか」ということを考えることになるわけですが、こうした問題への関わりは自然と「状況を俯瞰している」「客観視している」ということがわかると思います。

また、行動実験という名目でその状況に飛び込んでもらうことで、自然と不安状況に曝されることになり、エクスポージャー(この場合はフラッディングか)のような形で不安の軽減を狙うことも可能ですね。

単に行っていることだけではなく、それを通して、クライエントに不適応が生じにくいこころの構えを学んでもらうことも隠れた目的の一つと言えるでしょうね。

本事例では「Aはもともと人付き合いが苦手で、これまでクラスの友人ともあまり馴染めず過ごしてきた。大学1年生のときはオンライン授業がメインであったが、大学2年生になってから対面授業になると、ゼミの発表で失敗してしまい、それから授業に出るのが苦痛になった。授業のことを考えるだけで、息苦しくなり、不安になる」という状態像に対する援助を考えていく必要があります。

ゼミの失敗という出来事をきっかけにしてはいますが、その出来事自体は「大学生であれば起こり得ること」であり、その状況を回避し続けることでクライエントに不利益が生じるのは目に見えていますね。

過剰に授業に出ることを恐れている状態ですので、行動実験を行って「思っているほど嫌なことは起こらなかった」という体験を積んでもらうのは悪いことではないでしょう。

個人的には、実際に状況に飛び込んでもらい、行動実験の話をするという体で「状況に飛び込んだクライエントの不安を受けとめる」を狙い、不安に曝されたクライエントを支えて不安の軽減を図ることが大事だろうと思っています。

この手の不安は、きっかけは現実の出来事ではありますが、かなりの割合で「本人が自分の内側で生成したもの」になりますから、不安から遠ざかれば改善するという楽観的な見立てを貫くわけにはいかないことも多いです。

ですから、行動実験などで、不安な状況と関わってもらうということは非常に大切なことであると言えます。

よって、選択肢①は適切と判断でき、除外することになります。

② 心理教育

「心理教育」は、精神的な健康状態を脅かすような問題を抱えた本人やその家族に対して行われる、心理面への配慮を伴った知識・情報伝達を行う支援アプローチの総称になります。

心理教育の目的は、対象者が抱える諸問題や困難に対する対処法の習得を通して、主体的に療養生活を営める能力を獲得すること(家族への心理教育であれば、それがしやすくなるような環境を構築すること)であり、本人や家族が直面している問題について正確な情報提供や支援リソースについての紹介などが行われます。

本事例に沿って考えると、心理教育で行われるのは「ゼミの発表で失敗してしまい、それから授業に出るのが苦痛になった。授業のことを考えるだけで、息苦しくなり、不安になる」という事態がどういったメカニズムで生じているのかという解説になるでしょう。

おそらくは自動思考という「状況に対して即座に生じるイメージ」の存在を伝え、それが「ゼミの失敗」という出来事によって賦活化され、過剰に授業に対する不安を高めているという仕組みの伝達になるでしょうか。

そして、こうした事態に対して、どのようなアプローチがあり、また、自分自身で実践できるケアの方法を教えていくということになるかもしれません。

そういう意味では、他選択肢で示されているようないくつかのアプローチに先んじて行われるのが心理教育であると言えるでしょうね。

以上より、選択肢②は適切と判断でき、除外することになります。

③ 安全行動の維持・促進

安全行動とは、不安を予防するための安全策をはること、不安をコントロールしようとすること、一時しのぎの解決策を行うことを指します。

こうした行動は、短期的には不安を解消することができるが、長期的には不安が増大して逆効果となるとされています。

ですから「安全行動」とは、本人は安全と思っているが悪循環になってしまっている行動であり、恐れている結果を過剰に防ごうとして、安全行動を続けるため、不安が持続し、自動思考が強化され、また安全行動を他者に奇妙な行動と捉えられてしまう場合もあるわけです。

安全行動自体は、最悪(破局的)な事態を防ぐために用いられるが、実際は、反証の機会を失い(思ったほどひどい結果にならない等の経験)、不安が持続する、安全行動のモニタリングにより自己注目が高まる、また安全行動を行うことで、他者はより一層、その人の不安症状に気づきやすくなってしまう(≒不安症状も生起しやすくなる)という問題に繋がっています。

いま、多くの人が「不安なことから遠ざかる」ということを当たり前のように「良い対処法である」と認識している節がありますが、かなりの割合でそれが「安全行動」になってしまっており、結局は問題を深めているという現実があります。

人には「遠ざかる方が良い不安:人格を棄損される、暴力を受ける、パワハラやいじめなど」と「きちんと向き合った方が良い不安:目の前の現実を受け容れる、失敗を指摘されるなど」があることを理解し、その人が経験している不安がどのようなものかを見立てていくことが大切なのは言うまでもありませんね。

これらからもわかる通り、そもそも「安全行動」という概念自体が、目の前の不安の軽減を狙う余り、長期的に見れば不安を増大させてしまうような行動を指しており、ほとんどの状況でこうした行動を勧めるということはあり得ません。

よって、選択肢③が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。

④ ビデオ・フィードバック

不安が中核の問題を示す人は、「自分の奇妙な状態を周囲から見られている」「挙動不審を知られている」「汗や震えなどが生じている」などによって否定的に評価されることを恐れている場合が多いものです。

ビデオ・フィードバックは、対人場面で振る舞っているところを録画したビデオを見せ、自分が思っているほど奇妙な言動・生理的反応などが生じていないこと、それが他者に見えていないことに気づかせることを目的とした認知行動療法の治療技法になります。

一般的にはエクスポージャーに付随して行われることが多く、ビデオ・フィードバックを通して客観的な視点を獲得し、パフォーマンスの自己評価の歪みが修正されることを目指します。

本事例においても、失敗をしてしまったという事実から苦痛になったという流れですから、自身が周囲からどう見られているかという視点が絡んでいる可能性がありますし、「息苦しくなり、不安になる」とあるように生理的な反応として不安が顕在化していますね。

ですから、ビデオ・フィードバックを用いて、自身を客観的に眺めてみるという経験はマイナスになることはないでしょう。

以上より、選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。

⑤ 注意シフト・トレーニング

注意シフト・トレーニングとは、その名の通り「注意をシフトする」ことを利用した技法になります。

不安が強い人は、自分の安全行動の遂行具合、不安感情、身体感覚、自動思考などの自分自身の内部情報をモニタリングすることによって、注意が自分自身に向いてしまう場合が多いとされており(注意の内的シフト)、そのため、他者の反応(ポジティブにしろ、ネガティブにしろ、現実の他者評価)に気づくことができない状態になりやすいとされています。

注意シフト・トレーニングを通して、自分自身(内部)への注意の偏り(バイアス)を減らし、外部への注意のシフトに加えて、内部と外部への相互の注意のシフトを柔軟にできることを目指すわけです。

たいていは以下のような手順で行われます。

  1. 心理教育:注意を柔軟にすることは、練習を必要とするスキルであることを伝える。
  2. 非不安状況において、注意の焦点を外部に向ける練習をする。
  3. 非不安状況において、外部のものに没頭できるようになったら、自分自身の内部情報(頭に浮かぶ否定的な自己イメージや身体感覚など)と外部の情報に、交互に注意を集中させる。
  4. 不安状況において、自分自身(安全行動、身体感覚、自動思考など)へ注意を向けず、相手(カウンセラーなど)の情報に注意を向ける。スピーチのときに自分の状態ではなく、聴衆の方に注意を向けるような感じ。
  5. ホームワークなどをしてならしていく。

本事例においても、明らかに自分自身に注意が向いている割合が高いことがわかるはずです。

ですから、注意シフト・トレーニングを実施することで、自分だけでなく外部情報にも注意を向けるなどのトレーニングを実施することは有効であることが多いでしょう。

以上より、選択肢⑤は適切と判断でき、除外することになります。

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