クライエントとカウンセラーの作業同盟に問題があると疑われたときのカウンセラーの対処として、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。
まずは作業同盟という概念について、しっかりと理解しておくことが大切です。
治療構造、治療契約、治療同盟などが類似概念になりますね。
当然ながら、面接の場所、頻度、時間についての取り決めも含まれています。
時折、こうした枠組みを窮屈に感じているカウンセラーに出会いますが、それは明らかにカウンセラー側の問題と言えるでしょう。
支援を支援たらしめるには、作業同盟という名の「重し」が必要なのです。
これは支援全般に言えることです。
例えば、カウンセラーの専門的知見から「こうしたらよいだろう」と思えることがあったとしても、それを実行できる環境は実際には少ないものです。
そうした環境の「重し」に対してどういう工夫が採り得るかを考えていくのが専門家であり、その「重し」を安易に取り除こうとするのはどんなに知識が豊富であっても専門家ではありません。
解答のポイント
作業同盟という概念についてきちんと把握していること。
クライエントの不満をやり取りすることの重要性を認識できていること。
作業同盟について
「作業同盟」という概念は、おそらくは「治療同盟」という表現とほぼイコールであり、その他にも「治療契約」などとも関わるものです。
フロイトは晩年の論文の中で「治療者と患者は正常な自我を介して、治療のための同盟を結ぶ。この同盟こそ全ての治療過程の基礎である」と述べています。
この考えは、メニンガーや土居健郎など現代の精神分析理論家にも受け継がれています。
そもそも心理的支援において、両者の間に関係が成立するのは、一方が何かしらの問題をもっていてその解決のために援助を求め、他方がその期待に応え得る専門家とみなされているからです。
それはどんな濃密な人間関係が両者に生じたとしても変わりません。
決して、関係自体が目的になるわけではないということを常に心に留めておきましょう。
関係を治療的たらしめるには、クライエントとカウンセラーが互いにその役割をはっきりさせ、それを守ることによってです。
両者の役割を守ることは、あたたかい人間的交流を妨げることにはなりません。
一定の安定感のある状況・形式の中で、はじめて人は心を十全に開くことが可能になるのです。
カウンセラーの善意や人間愛は、こうした状況・形式に沿って生じるのが筋であり、カウンセラーとしての役割を超えた善意や人間愛はあってはならないことです。
同時に、クライエントがこうした役割を超えた交流を求めてくる場合もあります。
クライエントと性的関係を結ぶというのはその極端な例ですが、一般的には、治療構造を揺さぶるような言動が見られるという形で現れやすいです。
互いに役割が定められているということは、カウンセラーにとってクライエントは個人的利害関係(単に金銭だけではありません)が生じない対象ということです。
だからこそクライエントは通常は表に出せない自分の姿を示すことができますし、役割があるからこそ、クライエントが秘密を語ったとしてもカウンセラーが変わらないだろうという安心感があるのです。
こうした役割が定められれば、いわゆる治療構造についての取り決めの説明等が行われます。
小此木先生グループが中心になって論じられてきた「治療構造論」ですね。
時間、料金、場所などが外的な枠組みとして定められることが多いです。
一方、内的な枠組みとしては「カウンセラーとしての限界」などもありますね。
これらの点を踏まえると作業同盟とは、カウンセリングにおけるカウンセラーとクライエントの協働関係に関する用語であり、
- カウンセリングの目標(どうなりたいのか、何をテーマにやり取りするのか)に関する合意
- 両者の間に形成される情緒的絆
- 構造論的な約束
などで成り立っていると言えますね。
なお、Bordin(1979)によると、作業同盟とは、カウンセリングにおけるカウンセラー‐クライエント間の協働関係を指す用語であり、①カウンセラー‐クライエント両者の間におけるカウンセリングの目標に関する合意、②カウンセリングにおける課題(カウンセリングにおいて行われる事柄)についての合意、③両者の間に形成される情緒的絆の3要素から成るとされています。
更にこの3要素は、CBTの効果研究における同盟を評価する尺度の作成過程でもこれら3要素が抽出されていますから、学派を超えて共通して認められている要素と言えますね。
上記で挙げた3つのうち、1つ目にここの①と②が含まれており、構造論的な約束については含まれていないようですね。
しかし、重要であることには変わりありませんから、しっかりと把握しておきましょう。
本問を解くにあたって押さえておかねばならないのが、上記のような作業同盟に関わる事項が複数ありますが、いずれの問題であっても対応できるような選択肢を選ぶことが求められているということです。
選択肢の解説
①クライエントが表現しにくい不満を言葉にすることを手伝う
作業同盟の構成事項については先述しましたが、これらに問題が生じている場合、クライエントの心理的問題を反映していることもありますが、同時に具体的・現実的な問題によって生じていることも考えねばなりません。
心理的問題によって生じている場合、例えば、クライエントが自身の心理的課題に取り組むのが苦しい、セラピストに対して不信の感情が出てくる(これがクライエントの心理的問題として生じている場合)ために情緒的絆が形成しづらい、などが考えられます。
具体的・現実的な問題としては、例えば、不登校児の支援において親は登校を望んでいるのに、カウンセラーが「家で安心して過ごせることを第一にしましょう」などと伝えることで「登校させてほしいって言っているのに!」などと意見の齟齬が出る場合もあるでしょう(これは心理的問題とみなすことも可能ですが)。
極端な例で言えば、引っ越し等で面接の継続が難しいという場合もあり得るかもしれません。
土居先生の有名な言葉に「雨が降ってもアクティングアウト」というのがあります。
これは「自然現象による面接のキャンセルであっても、キャンセルという行動の中にさまざまな思いが吸収されている。こうした「行動」に「思い」が吸収されて、面接の場に出てこなくなることを「アクティングアウト」と呼ぶ」という考えが背景にあります。
よって、引っ越し等の具体的・現実的な理由であったとしても、その中にどのような思いがあるかをやり取りすることが重要ということになります。
作業同盟の問題が、心理的要因に起因していようと、具体的・現実的問題に起因していようと、大切なのは「こういうところに問題を感じている」ということをクライエントが表現できることです。
カウンセラーからの提案に対して不満を覚えているけど表現できないでいることで、作業同盟上の問題に発展していきます。
そんな時にクライエントが「拒否」することができれば、どういう点に不満を覚えているかなどを話し合い、両者が合意できる形で折り合いをつけることも可能になるでしょう。
神田橋先生がよく述べておられる「拒否能力」を重視する姿勢ですね。
心理的支援を行う者は、クライエントが感じている不満を表現できるよう促す力が大切です。
時折、クライエントとの不満のやり取りを苦手とするカウンセラーもおりますが、圧し込められた不満は「利子」をつけて「わかりにくい形」で表出されます。
その場その場の不満に、きちんとキャッチして関われるか否かがカウンセラーとしての力量の一つと言えましょう。
不満を出しやすくする方法として、わかりやすく、しかも効果的なのが、初回面接時にきちんと伝えておくことです。
「治療に関する不満をいうことが、治療におけるあなたの仕事です」のような感じでしょうか。
また、きちんと表情を読みつつ語尾を変えるなどもよくある工夫ですね。
「○○が良いかなと思ってるけど(表情を見て)…でもそれ以外にもこういう考え方もあるからね」などのような感じです。
日本語は語尾で文意全体を変えられるので便利ですね。
以上より、選択肢①が適切と判断できます。
②できるだけ早く抵抗の解釈を行い、問題が恒久化しないようにする
本選択肢の対応は「作業同盟の問題は、クライエントの心理的問題に起因している」という前提に立ったものと思われます。
しかし、作業同盟の問題はさまざまな可能性が考えられます。
もちろんクライエントの心理的問題によって抵抗が生じている場合も少なくないでしょう。
クライエントが自分の心理的課題について話し合うことを無意識裡に拒否している場合など、遅刻が多くなったり関係ないことについて多弁になるなどの反応が生じやすくなります。
そういう場合であっても、「できるだけ早く抵抗の解釈を行い」というのは適切ではありません。
なぜなら、そもそもそういった心理的課題について直面することの苦しさが無意識レベルにあるからこそ作業同盟上の問題が生じているわけですから、それを直面させようというアプローチはやや強引さを覚えます。
また、「問題が恒久化しないようにする」というのも適切な考え方とは思えません。
作業同盟に対する問題、特に抵抗と表現されるような現象は、そのクライエントの心理的課題と結びついていることが多いので、面接経過の中でさまざまな形で現れてくるのが自然です。
作業同盟に関わる問題は、それ自体が心理療法全体のテーマとなりやすいので「問題を取り除く」というスタンスでいくと面接過程のどこかで齟齬が生じてくると思われます。
上記のような心理的要因による作業同盟の問題の他にも、もっと具体的・現実的な面で問題が生じることも少なくありません。
例えば、子どもの不登校で相談に来ている保護者に対して、その保護者自身の生育歴を聞くことなどが行われ、不満に感じるということもあり得るでしょう。
保護者からすれば「子どもの相談に来ているのに、私のことばかり聞かれる」と不満を覚えても仕方がない状況と言えます。
もちろん、子どもの問題に保護者の生育歴が絡んでくることは多いのですが、そうした説明がないままだと、保護者が不満を覚えるのも現実的に考え得ることです。
このような状況では、なぜその質問が重要なのかを説明するといった現実的な対応を取ることが必要になります。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③カウンセラーが対人的なスタンスを変えて、クライエントに合わせる
もちろんカウンセラーの対人的なスタンスに問題がある場合は、本選択肢のような対応もあり得るでしょう。
しかし、こうした対応はどのような場合でも適用できるわけではありません。
カウンセラーのスタンスを「変えさせようとする」クライエントの存在も知っておくことが大切です。
特定の生育歴や特徴がある人の中には「信頼したい相手に出会った瞬間に、不信の感情が生じてくる」ということがあります。
生育歴としては「親等の養育者、すなわち、信頼せざるを得ない人が信頼できるような安定性を備えていなかった」と説明されることが多く、彼らの人格は「不安定で安定している」と言われることもあります。
彼らはカウンセラーという信頼したいと思える人物を前にすると、「本当に安定している人か?」という無自覚な不安が生じ、それを解消したいがために種々の試し行動に出るとされています。
本問のクライエントがこうした特徴を備えていたとするなら、作業同盟上の問題はクライエントの心理的課題と深く絡んでいるといえます。
当然ですが、本選択肢にあるようにカウンセラーのスタンスを変えることは、この種のクライエントの安定感を逆に損ねることになってしまいます。
カウンセリングにおいてカウンセラーが安定しているからこそ、その場で一定の安心感をクライエントに供給することができ、それもって面接が可能になるわけです。
よく言う「試し行動」ですが、それはカウンセラーが「違う人間になってしまわないか」を試しているのです。
上記はいわゆる境界例をイメージしながら記載しましたが、本選択肢の対応はこうしたクライエントの存在を念頭においておりません。
もちろん、問題文の中にこのクライエントが境界例であるという記載は見られませんが、選択肢の「スタンスを変える」という対応が反治療的に働くクライエントが存在するということを理解しておくことが求められます。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④問題がクライエントの対人関係のパターンにあることをまず指摘する
先述したように、作業同盟上の問題が何を起因としているかは様々であり、端的にクライエント側にのみ問題があると見做すのは適切ではありません。
よって、本選択肢にあるように「問題がクライエントの対人関係のパターンにある」と断ずる点に誤りがあると言えます。
実際に「問題がクライエントの対人関係のパターンにある」場合であっても、やはりそれを「まず指摘する」という対応は適切とは言えません。
特に面接開始初期に作業同盟上の問題が生じているのであれば、クライエントとのラポール形成も念頭においておかねばなりません。
「まず指摘する」ことで作業同盟の問題が改善することもあるでしょうが、同時にこじれる可能性もあります。
本問では「作業同盟の問題が生じたとき全般で行うことができる対応」を選択することが重要です。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。