公認心理師 2020-68

本問は「見立てを限定できない」というタイプの問題です。

この手の問題形式は過去にもありましたね。

いずれの可能性も消さないようにすることが大切です。

問68 32歳の女性A、会社員。Aは、感情の不安定さを主訴に社内の心理相談室に来室し、公認心理師Bが面接した。職場で良好な適応状態にあったが、2か月前から動悸をしばしば伴うようになった。その後、異動してきた上司への苛立ちを強く自覚するようになり、ふとしたことで涙が出たり、これまで良好な関係であった同僚とも衝突することがあった。最近では、緊張して発汗することがあり、不安を自覚するようになった。

 Bが優先的に行うべきAへの対応として、最も適切なものを1つ選べ。

① 休職を勧める。

② 瞑想を教える。

③ 認知行動療法を勧める。

④ 医療機関の受診を勧める。

⑤ カウンセリングを導入する。

解答のポイント

事例の経緯から考えられる問題を同定し、そのいずれも否定しないような対応を採ることができる。

事例の見立て・選択肢の解説

本問で求められるのは、Aに起こっているさまざまな反応が何によって生じている可能性があるか、広く把握できることです。

いくつかポイントを絞って考えていきましょう。

まず「動悸」「発汗」などから、自律神経系の問題、心疾患の可能性、甲状腺関連の疾患などを想定することができます。

自律神経が緊張すると、倦怠感、便秘や下痢、頭痛、ほてり、動悸、しびれ、多汗などの症状が出現しやすくなります。

動悸が生命を脅かす心疾患の徴候であることは稀ですが、不整脈という可能性もあります(不整脈でも無害なものから生命を脅かすものまでさまざまです)。

甲状腺機能亢進症では動悸が激しくなるなどの症状が認められますし、代表的な甲状腺機能亢進症であるバセドウ病は20~50歳代に発症することが多く、中でも30~40歳代の患者が多いのが特徴です。

また、気になるのが「職場で良好な適応状態にあったが、2か月前から動悸をしばしば伴う」や「これまで良好な関係であった同僚とも衝突することがあった」などのような、急激な変化が見られることです。

こうした易刺激性や易怒性は、脳血管障害などの器質的な問題によって生じている可能性も否定できません。

「異動してきた上司への苛立ちを強く自覚」のように、同僚のようなそれまで関わりのあった人物以外にも生じており、器質的な問題のように関係性を第一義としない疾患の可能性も考慮しておくことが必要だと思われます。

更に、「動悸」「発汗」「不安」などからパニック障害の可能性も考える必要がありますね。

ただし、これまで職場に適応できていたことから、なぜ急にこうした症状が出現したのかは不明です。

もちろん、これまでさまざまな不穏感情を抱えていたが抑え込んできたという経緯があり、その精神生活に無理が出てきたという見方も可能ですから、急激な変化だからと言ってパニック障害を否定できるわけではありません。

なお、症状から更年期障害が浮かんだ人もいると思いますが、「更年期」とは閉経をはさんだ前後5年、約10年間の時期を指します。

50歳すぎに閉経する人が大部分なので、一般的には45歳〜55歳くらいの時期が更年期にあたるといっていいでしょう。 

ですから、本事例では更年期障害は第一選択としなくても良いだろうと考えています。

以上のような、さまざまな疾患の可能性が本事例にはあります。

このときには、上記のいずれの問題も除外しないような対応をすることが求められています。

このことを踏まえ、選択肢を見ていきましょう。

① 休職を勧める。

本選択肢の対応は「Aに起こっている問題を特定できている」ということが前提となっています。

しかし、現時点でAの問題を特定することは難しいはずです。

考えられる疾患の中には、医療的な検査等が必要なものも少なからず含まれております。

まず、本選択肢は「問題を特定している」という点で適切とは言えません。

例えば、心理的問題が本事例の中核であれば、休職しない状態でのアプローチも無数に考えられるはずであり、クライエントの不利益になるような提案になる可能性もありますね。

また、本選択肢が除外されるもう一つの理由としては、「休職の判断を公認心理師がしてしまっていること」が挙げられます。

休職は、本人に加えて職場の担当者、産業医、主治医等々のさまざまな意見の集合によって検討される事項ですから、公認心理師が本事例の話を聞いた時点で決められることではないはずです。

つまり、公認心理師の枠組みを超えた行為であるという点で、本選択肢は適切とは言えませんね。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② 瞑想を教える。
③ 認知行動療法を勧める。
⑤ カウンセリングを導入する。

選択肢②の瞑想が、マインドフルネスの中で行われているそれを指しているのか不明ですが、とりあえずはその線で考えてみましょう。

マインドフルネスでは、その瞬間の体験に意図的に注意を向け続け、今の瞬間の体験に対して心を開いて好奇心をもってアクセプト(そのままにしておく)することで、結果的に思考や感情に対して脱中心化視点を獲得し、主観的で一過性という心の性質を見極めます。

瞑想によって、今ここでの体験に注意を向けること、そこでの感情体験に振り回されず、そのままにしておくこと等が実践されます。

こうしたアプローチは、パニック障害や慢性疼痛、うつ病などの支援に役立つとされています。

また、選択肢③の認知行動療法は、うつ病やパニック障害、社交不安障害、心的外傷後ストレス障害、強迫性障害、不眠症、適応障害、摂食障害、統合失調症などの多くの精神疾患に効果があることが実証されており、広く使われています。

本事例の場合、パニック障害や適応障害であれば認知行動療法の適応と言えるでしょう(本事例の場合、良好な適応状態から急に問題が出てきており、適応障害と考えるには少し無理がありそう)。

「緊張して発汗することがあり、不安を自覚するようになった」という記述のみを見れば、本事例は認知行動療法の適応事例であると見なすのは自然です。

更に、選択肢⑤のカウンセリングでは、どういう見立てをしていると言えるでしょうか。

選択肢②の瞑想、選択肢③の認知行動療法が具体的なアプローチであることと対比させるならば、選択肢⑤のカウンセリングを選択する場合、本事例の問題を焦点化して関わるべきものと捉えていないということかもしれません(実際にカウンセリングする際はそんなことないのですが)。

恐らくは、クライエントの価値観や周囲との関わり方に要因があると見なしている場合、カウンセリングという選択がなされるのではないかなと推測できます。

より広くクライエントの価値観等に関わるため、非指示的な姿勢で関わっていくという方向性であると、ここでは捉えておきます。

いずれにせよ、本事例の問題を心理的な要因に帰しているということになるでしょう。

ここで挙げた3つの対応については、そのすべてがクライエントの問題を限定しているという点で不適切と言えます。

本事例ではAの問題が、パニック障害や適応障害、その他心理的要因であるという限定はまだできていませんね。

見立ては「外因→内因→心因」の順番で考えていくことが定石です。

外因とは、外傷性の問題、身体的な要因によって起こる疾患・問題を指しており、本事例ではそういった可能性がまだ除外されておりません。

ですから、外因を同定するための手続きを飛ばして、特定の問題に焦点を当てたアプローチを行うことは良い対応とは言えないですね。

以上より、選択肢②、選択肢③および選択肢⑤は不適切と判断できます。

④ 医療機関の受診を勧める。

解説の冒頭で述べたように、Aに起こっていることは自律神経系の問題、心疾患、甲状腺機能の問題、パニック障害等の不安に関連した問題、高次脳機能の問題など、さまざまな可能性が考えられます。

事例の時点では「Aに起こっていることが定めることができない」のが正しい現状認識ですから、それを踏まえて上記の問題を検査できるような機関、すなわち医療機関の受診を勧めることが大切になってきます。

「医療機関の受診を勧める」と簡単に書いてありますが、実践上大切なのはどのような説明を行ったうえで医療機関を勧めるか、です。

クライエントの様子を観察しつつ、考えられる可能性を話し合い、納得の上で医療機関を受診することが大切ですね。

ここで「見立てを保留することの重要性」を述べておきましょう。

見立ての第一機能は方針決定の指針にすることですから、それが誤っている場合、支援方針があらぬ方向を向いてしまうことになります。

本事例のようにさまざまな可能性が目の前にあるとき、そのいずれか、特にカウンセラーとして馴染み深くて対応しやすいものに定めたくなる欲求が生じると思います。

しかし、知性的であるとは「正解がわかる」ことではなく「多くの疑問を蓄えておくことができる」ことを指します。

慌てて見立てることで、つかの間の心の安らぎを得る行動の中に逃避し、疑問が解決したかのように思い込むのは貧しさへの道です。

あらゆる可能性を保留にし、それを維持しておくことで新たな可能性が見出されることもあります。

もちろん、本事例では身体的な問題も絡んできていますから医療機関への受診を勧めることが重要になるのは間違いありませんが、心理的な問題であっても複数の見立てが同時に存在するという状況はあり得ますし、そちらの状況の方が多いくらいです。

いずれにせよ、「複数の見立て可能性があるときに、安易に一つの結論を出すことに固執しない」というのは共通して言えそうですね。

とにかく、身体的な要因にせよ、精神的な要因にせよ、それらが同定できていない状況では、まずはそこを明らかにするようなアプローチが優先されるということですね。

以上より、選択肢④が適切と判断できます。

余談ですが、「支援の一環として医療機関受診を勧める」という状況がありますので、そちらも紹介しておきます。

「おそらくは心理的要因で間違いないだろう」と思えるような場合であっても、クライエントやその周囲がそう思っていないという状況があります。

例えば、不登校児の問題で、さまざまな状況から「心理的問題である可能性が高い」と見なせる場合であっても、クライエントやその親が「身体的な問題で行けないだけ」と考えていることも少なくありません。

こういう場合に、医療機関に行ってもらい「身体的な問題は見られない」という所見を得た上で、「もしかしたら精神的な要因で起こっていることも可能性の一つと考えてやっていきませんか?」と誘うことがあります。

なぜかというと、心理的な要因で起こっている問題は「クライエントが現状を正しく認識することで改善が促進される」という特徴があるからです。

心理療法の技術の一つに「解釈」がありますが、あれはクライエントを納得させることにはあまり意味は無く、むしろ「そういう事情によって自分の問題が生じている可能性」をクライエントの内側に入れ込むことが重要なのです。

そういう認識をクライエントが持つことで、そこに改善に向けた心的エネルギーが注がれることになります。

私は上述のように「心理的問題は正しく認識することによって改善が生じやすくなる」と確信的に思っていますので、「目の前のクライエントの問題を正しく見立てる」という技術を心理療法で最も重要なものと考えています。

併せて、「その見立てを、どのようにクライエントに伝えるのか」も重要な技術となります。

こうした「見立てる」「伝える」ということ、そして「見立てる」に先んじて「感じ取る」という力も実践上重要になるのは自明ですね。

何を重要と考えるかは臨床家によって様々でしょうが、ここでは私が大切にしている考え方を述べておきました。

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