高校卒業後から事務職のパート勤務をしている19歳女性の事例です。
WAIS-Ⅲの検査結果に関する解釈の問題ですね。
普段から使っている方に有利な内容になっていると思われます。
と言っても、どの領域にいたとしてもWAISやWISCと関わる機会はあると思われますので、公認心理師として知っておいてほしい事項だということなのでしょう。
以前の記事ではWISCについて詳しく述べてありますので、ご参照ください。
事例の内容は以下の通りです。
(今回は事例の内容を検証する必要がない問題ですが、念のため)
- もともと言語表現は苦手で他者とのコミュニケーションに困難を抱えていた。
- 就職当初から、仕事も遅くミスも多かったことから頻繁に上司に叱責され、常に緊張を強いられるようになった。
- 疲れがたまり不眠が出現し、会社を休みがちになった。
- 家事はこなせており、将来は一人暮らしをしたいと思っている。
- 全検査IQ:77
言語性IQ:73
動作性IQ:86 - 群指数:
言語理解:82
知覚統合:70
作動記憶:62
処理速度:72
下記に非常に簡単にまとめました(補助検査は抜いてあります)。
ここに記載がある以外にも重要な事項はありますが、全体をサッと把握するという意味で。
解答のポイント
少ない情報から要心理支援者への支援方針が立てられるか、が重要であると考えるようにすること。
選択肢の解説
『①視覚的な短期記憶が苦手である』
ただし、この差は13と微妙なところです。
微妙というのはディスクレパンシーに該当しないという意味であり、実際には結構な不都合が生じるとも考えられます。
視覚に関するところで言えば、処理速度や知覚統合の積木等が該当します。
しかし、本事例ではこれらの値が高いとは言えませんが、より苦手な領域(作動記憶に関連するところ)が見受けられますので、相対的に言えば選択肢の記述は適切とは言えません。
よって、選択肢①は誤りと判断できます。
『②聴覚的な短期記憶が苦手である』
作動記憶は62と低くなっており、一番高い数値を示している言語理解82と比べても非常に大きな差となっております。
WAISにおけるディスクレパンシーは15の差を基準としていますので、聴覚的な短期記憶能力を示しやすい短期記憶が苦手であるという記述に矛盾しません。
事例の内容からは、選択肢の内容は正しい記述となっていると言え、こちらを選ぶことが求められます。
こちらのサイトにありますが、一番高い能力(ここでは言語理解)が「本人が思う自分の能力」と理解しがちで、一番低い能力(作動記憶)が「他人が思うその人の能力」と理解されがちとのことです。
このことは私の経験上も理解できますし、発達障害者が感じる社会との関わりの苦しみもそこに一因があるのだろうと思います。
『③全検査IQは「平均の下」である』
- 130以上:非常に高い:2.2%
- 120~129:高い:6.7%
- 110~119:平均の上:16.1%
- 90~109:平均:50%
- 80~89:平均の下:16.1%
- 70~79:境界線:6.7%
- 69以下:精神遅滞:2.2%
『④下位検査項目の値がないため判断できない』
臨床実践を振り返って考えると本事例の情報量は決して少ないとは言えず、このぐらいの情報量から本人の特徴を予測しつつ支援をしていくことはよくあることだと思われます。
この問題では、公認心理師の立場に触れられておりません。
企業の心理師なのか、医療機関の心理師なのか、それ以外の機関の心理師である可能性もあります。
検査を実施した機関であれば「もっと情報があるはず」と考えるのは自然ですが、そういった限定の記載が無い以上「今ある情報量の中で、要心理支援者への支援方針をとりあえずは立てることができる」ことがこの問題の肝であると思われます。
もしかしたら、出題者の意図もこの辺にあるのかもしれません(「情報量が足りないから方針が立てられない」では公認心理師として困りますよ、ということ)。
下位検査項目があれば、より詳細・綿密な支援方針が立てることが可能です。
しかし、ここに示されている情報量だけでも見えることは有るはずです。
全検査IQの数字からは、例えば数学の文章題など様々な分野の能力が求められる場面の苦手さが予測できます。
言語理解からは、本人の「言語の理解力」が弱いのか、「習得知識」が弱いのかを見極めつつできることとできないことを考えていくことが重要です(Aの事例内容なら前者が有力です)。
視覚認知の苦手さが考えられる場合、片付けの困難さなどもあり得ます。
その場合、仕事内容も図形認知が必要であれば見直すことを考えてもよいでしょう。
事例のように聴覚的機能に苦手さが予測されるなら、聞き間違い・聞き漏らし等の課題が考えられます。
視覚的な支援を考えていくなら、ハンドサインを交えた伝え方などもあり得ます。
よくメモを取るという対応を提案される方がおられますが、聴覚的機能の問題があるとメモによる対応がうまくいかないことも多いです(基本はメモを提案しますが)。
要らない記憶を捨てるのが苦手なので、一度間違って覚えてしまったことの修正が難しい場合もあるでしょう。
他にもたくさんありますが、事例の情報だけでも結構なことを考えることは可能ですし、そこから本人と話し合いつつ対応を模索していくものです。
よって、選択肢④は誤りと判断できます。
(2019.1.14追記)
解説を読んだ方からご指摘いただいたので、以下に追記させていただきます。
上記の私の解説の前提にあるのは、「専門家として大切なのは、今ある情報から支援に活用できる芽を探して、それを伝えること」だという考えです。
これ自体は悪いわけではないのですが、WAISの問題の解説としては、やや方向性が曖昧な気もします。
そこで、以下のような捉え方でまとめたいと思います。
- WAISの解釈は、FIQ、PIQ、VIQ、群指数に基づいて行うのが基本である
- 下位検査項目の値は、より細やかな解釈に欠かせない情報ではあるが、群指数等の指標を基にした解釈でも十分に臨床的価値を持つ
- よって、事例の情報からでも解釈を示すことは可能といえ、下位検査項目が無いため判断できない、という論理は成り立たない。
- 以上より、選択肢④の内容は不適切である。