初回面接中の来談者の発言のうち、すぐに精神科へ紹介すべきものとして、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。
類似問題は公認心理師2018-134になります。
こちらはうつ病限定の精神科へ紹介すべき事態を選ぶ問題でしたね。
本問では、各選択肢のコメントからどういった病理を推定するのかが求められており、その上で精神科へ紹介すべき場合を選ぶことが大切です。
このような状況下で精神科へ紹介すべきと判断されるのは、自殺の可能性が高いこと、統合失調症の急性期などの精神病圏の問題などが考えられると思います。
ちなみに心理的問題全般は、その支援が「できるだけ早い方が良い」ことには変わりがありません。
そういった意味では、すべての問題で「すぐに精神科へ紹介すべき」と言えなくもありませんが、あくまでも相対的に見てどれが一番「すぐに精神科へ紹介すべき」かを判断することが重要です。
このことを踏まえ、各選択肢の内容を検証していきましょう。
解答のポイント
各選択肢の内容から、ある特定の精神病理・精神症状を推定することができる。
そのうち、精神科へ紹介すべき状態を理解していること。
選択肢の解説
『①最近、動悸と不安が続きます』
動悸や不安から推定されるのは、パニック障害や広場恐怖症です。
パニック障害では「繰り返される予期しないパニック発作。パニック発作とは、突然、激しい恐怖または強烈な不快感の高まりが数分以内でピークに達し、その時間内に、以下の症状のうち4つ(またはそれ以上)が起こる」とされ、動悸等の症状が記載されています。
広場恐怖症では公共交通機関等の利用といった状況の指定があり、「パニック様の症状や、その他耐えられない、または当惑するような症状(例:高齢者の転倒の恐れ、失禁の恐れ)が起きた時に、脱出は困難で、援助が得られないかもしれないと考え、これらの状況を恐怖し、回避する」および「広場恐怖症の状況は、ほとんどいつも恐怖や不安を誘発する」とされています。
これらは精神医学的な問題であるとは言えますが、「すぐに精神科へ紹介すべき」とされるほど緊急度が高いものではありません。
命の危険が直接的には無いことや、直ちに治療を開始しないと大きく予後に影響を与えるというものではありません(統合失調症の早期治療の重要性に比べればの話です)。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
『②時々、記憶がなくなることがあります』
健忘症状については、いくつかの問題が推定されます。
まずは認知症などの問題です。
こちらの場合は精神科でも認知症病棟がある病院などを紹介することが多いかなと思いますが、「すぐに精神科へ紹介すべき」というほどのものではありません。
日常生活上の困り感を聞き、また、多くの場合同伴している家人からも状況を聞き取るかなと思います。
その上で、認知症支援に長けている病院に紹介することになります。
また、てんかんの可能性も考慮する必要があります。
発作の箇所によっては意識障害を伴うことがあり、このような意識障害を伴う発作を「複雑部分発作」と呼びます。
意識障害以外にも、自律神経発作、運動発作、精神発作などの症候が見られるので、その辺も含めて聞き取りをしていくことが重要になります。
てんかんの診断には脳波を取ることが重要なので、疑いがある場合は然るべき医療機関に紹介を行います。
しかし、やはり「すぐに精神科へ紹介すべき」というほどではなく、医療機関を紹介し、投薬治療をきちんと受けるよう促していくことになります。
更に、解離性障害の可能性もあります。
解離自体は「人間が動物に食べられる時代」からある対処法であり、自分に生じた出来事を「他人事」として認識することによって苦しみをやり過ごしたり、パニックになって生き延びる機会を失うのを防ぐための機能です。
解離性障害では健忘を伴うことが多いので、「記憶がない」という訴えのときには考えておく必要があります。
解離性障害は心因性の問題であるとされており、状態によっては医療機関でなくても支援を行うことはあり得ます。
余談ですが、外因→内因→心因の順番でチェックしていくことが重要です。
心理的問題で言えば「解離性障害」が真っ先に浮かぶのでしょうが、やはり認知症やてんかんといった外因性の問題に最初に目を向けておくのが見立ての鉄則です。
解説の順もそれに準じて行いました。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
『③ショックなことがあって体が動きません』
こちらは昔よく言われた「ヒステリー」になると推測されます。
西丸四方先生の「精神医学入門」には以下のように記されております。
- ヒステリーと呼ぶ場合には、身体化反応と言うこともあり、派手な形のものを言うこともあり、人に見せつけようという下心が推定されるものを言うこともあります。
- 何かの目的のために芝居をして大袈裟に見せつけて、人の関心や同情を得ようとする下心がある、顕示欲に似たものをヒステリーと言います。
「ショックで体が動かない」といった訴えは、やや主張性が強く、見せつける感じがあるということでかつては「ヒステリー」と呼ばれていました。
DSM-5の枠組みで言えば「転換性障害」となるでしょうか。
ちなみに「転換ヒステリー」などという呼ばれ方もかつてはありましたね。
転換性障害では「1つまたはそれ以上の随意運動、または感覚機能の変化の症状」と記されており、症状の型として「脱力または麻痺を伴う」という記載があり、本選択肢の内容と合致します。
こうした症状は精神分析の中で詳細に記載されており、カウンセリングが第一選択になると言って良いでしょう。
よって、精神科にすぐに紹介するという枠組みには入らないと考えられます。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
『④あなたたちは私の秘密を知っているでしょう』
こちらは統合失調症の急性期の訴えとしてよく見られます。
クルト・シュナイダーが一級症状と定めたものの中に「思考奪取および思考の被影響体験」がありますが、本選択肢のような訴えを指します。
「つつぬけ体験」などとも呼び、これがあるために「どうしたのですか?」などと尋ねるとしらばっくれているような感じを与えてしまうこともあります。
統合失調症の中核症状については、過去にさまざまな見解が述べられております。
自明性の喪失と考えたブランケンブルク、生ける現実との接触の喪失と考えたミンコフスキー、首尾一貫性の喪失と考えたビンスワンガーなど。
現代でも採用されやすい特徴としては「自他の境界線があいまいになる」ということが挙げられます。
この特徴のため、自分の内にある秘密が他者に伝わるように感じてしまう等の反応が見られるようになります。
統合失調症における秘密論については、土居健郎先生、神田橋條治先生の論考が重要ですね。
統合失調症の急性期には、どれだけ早く治療を開始できるかが重要であり、そのわずかな時間の遅れがその後の数年の予後を変えてしまうこともあるほどとされています。
中井久夫先生は、急性期になった直後に治療を開始した経験を述べておられますが、例外なく予後が良かったことを述懐しております。
このことからも本選択肢の状態は「すぐに精神科へ紹介すべき」と捉えることが必要です。
非医療機関で統合失調症の、特に急性期の支援が可能か否かは諸家の考え方があるとは思いますが、やはり医療機関に速やかにリファーするのが定石です。
「私は治療が可能だ」というカウンセラーもいるかもしれませんが、上記の中井先生の指摘を踏まえると、その後数年の足踏みをさせる危険を、設備や薬剤を有していない心理師が犯すべきではないと考えています。
以上より、選択肢④が適切と判断できます。
『⑤会社を解雇されました。皆、同じ苦しみを味わえばいい』
こちらが迷う選択肢だったのではないかと思います。
「皆、同じ苦しみを味わえばいい」というのは、やや気がかりな表現です。
ですが、こちらが「会社を解雇されました」という状況に起因して生じていることがポイントだと思います。
一つの例ですが、妄想の古典的分類として「一次妄想」と「二次妄想」があります。
根拠を持たない一次妄想に対して、二次妄想は何かしらの経験と関わりがある妄想とされています。
一次妄想は病理の度合いが大きいと思いますが、二次妄想については多少の根拠がある分、不安等の問題によって膨らみやすいと考えることができます。
本選択肢の内容も、解雇されたという悲しみを覆うように怒りが出現するのは理解可能な状態であり、妄想的な発言と捉えるには無理があります。
また、「皆、同じ苦しみを味わえばいい」と言ってはいますが、具体性のある計画についての記述が見られるわけではなく、他害的な行動を示唆すると見るには早計です。
むしろ大切なのは、クライエントの解雇による傷つきに想いを馳せ、共有し、クライエントがしっかりと悲しめるよう支援していくことだと思います。
以上より、選択肢⑤は不適切だと判断できます。