事例の状況に適した心理検査を選択する問題です。
すでにいくつかの可能性が排除されていますから、考えやすい問題であったと言えますね。
問153 67歳の女性A、無職。半年前に夫を亡くし、現在、娘と二人暮らしである。数か月前から、同じことを何度も尋ねたり、日付を間違えたりすることが増えた。また、日課にしていた散歩に出かけなくなった。心配した娘に連れられて医療機関を受診し、担当医Bの診察を受けた。診察では、「最近物忘れが多く、何をするにもおっくうだ」と話した。Bによると、失語、失認及び失行を疑わせる症状はなく、神経学的症状もなかった。MMSEは25点、HDS-Rは26点であった。Aの詳しい病態把握が必要と判断したBは、公認心理師Cに心理検査バッテリーについて相談した。
このときCが提案すべき心理検査として、適切なものを 2 つ選べ。
① GDS
② MMPI
③ SLTA
④ STAI
⑤ WMS-R
解答のポイント
事例の状況に適した検査を選択できる(各検査の特徴の把握は前提になっている)。
選択肢の解説
① GDS
③ SLTA
⑤ WMS-R
本事例ではすでにいくつかの所見が得られています。
まず主治医より「失語、失認及び失行を疑わせる症状はなく、神経学的症状もなかった」ということ、「MMSEは25点、HDS-Rは26点」という検査結果から(MMSEは23点以下、HDS-Rは20点以下から認知症の疑い)、現時点では認知症の可能性は低いと考えていくことになります。
この時点で選択肢③のSLTAは除外することになります。
標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia:SLTA)は、リハビリテーション計画作成のための症状把握を目的に日本で開発された失語症検査です。
聴く(聴覚的言語理解)、話す(口語言語表出)、読む(音読、読字理解)、書く(自発書字、書取)、計算(四則筆算)の5つの大項目からなり、その下に合計26の下位項目があり、所要時間は60~90分とされています。
そもそも主治医から「失語、失認及び失行を疑わせる症状はなく」と言われているのに、SLTAを含めるなんてケンカ売ってんのかという感じですからね。
さて、そうなってくると「半年前に夫を亡くし、現在、娘と二人暮らしである。数か月前から、同じことを何度も尋ねたり、日付を間違えたりすることが増えた。また、日課にしていた散歩に出かけなくなった。心配した娘に連れられて医療機関を受診し、担当医Bの診察を受けた。診察では、「最近物忘れが多く、何をするにもおっくうだ」と話した」という事例情報から、想定されることをチェックしていくということになります。
第一に想定されるのは、半年前に夫を亡くしていることや「最近物忘れが多く、何をするにもおっくうだ」という話から、老年性うつの可能性が浮かびます。
ですから、こちらをチェックすることができそうな選択肢①のGDSを実施することを検討する必要があります。
GDSは「Geriatric depression scale」の略であり、老年期うつ検査になります。
うつのスクリーニング検査として世界でもっともよく使用されている検査であり、認知症や軽度認知障害に対応しており認知症患者のうつを検出できること、認知症だけでなく身体疾患があっても使用可能であることが特徴です。
回答について「はい」は0点、「いいえ」には1点で加算していき、5点以上が軽度のうつ状態(うつ傾向、うつを示唆するといった表現に分かれる)、10点以上が重度のうつ状態(単にうつ状態と表記するものもある)と解釈されます。
ただ、こうしたうつの可能性だけではなく、MMSEやHDS-Rでは拾えないような認知機能の低下も考慮する必要があります。
そこで選択肢⑤のWMS-Rの実施を検討することになります。
ウェクスラーにより開発され翻訳されたウェクスラー記憶検査(WMS-R)は、記憶の総合検査として代表的なものです。
WMS-Rでは、記憶の要素を「言語性記憶」「視覚性記憶」「一般的記憶(言語性と視覚性を統合したもの)」「注意/集中力」「遅延再生」の5つの指標で表現できる点が特徴です。
長谷川式などでは把握しきれない、記憶の細かな性質ごとの状態像を把握するのにWMS-Rは適切な検査であると言えるでしょう。
具体的には、より正確に近時記憶障害を検出するためには、ストーリーを覚えてもらうWMS-Rの論理的記憶(すごく長いストーリーです)などを用いると良いとされています。
WMS-Rでは直後に記憶をテストする課題と、30分後にテストする課題があり、後者の遅延再生課題では、年齢に比してより顕著な低下が示されます。
近時記憶に課題がありそうな本事例に実施の検討を行うのは適切であると考えられます。
以上より、選択肢③は不適切と判断でき、選択肢①および選択肢⑤が適切と判断できます。
② MMPI
④ STAI
これらの検査の実施を検討するのは不適切なわけですが、それぞれ理由を述べていきましょう。
まず、MMPIについての特徴をまとめると以下の通りです。
- ミネソタ大学のハザウェイとマッキンレイが作成(1943年)。
- 投影法(ナラティブ)から、客観性(エビデンス)へ。MMPIが出る前までは投影法が盛んで、それ故にもっと客観性のある検査はないのか、という意見が出されていた。
- 特定のパーソナリティ理論に基づいてはいない(人格特性論的でない)。
- 症状名を調べるのではなく、人格特徴を把握する検査。
- 550問の項目を備えている。そのため1時間以上は時間を見込む必要があり、ロールシャッハ、MMPI、WAISなどのテストバッテリーを組む場合には、疲労要因も勘案する必要がある。
- 新しい尺度が作られ活用されている(不安尺度、自我強度尺度などが有名)。
- 「現状」を見るもので、「性格特性」という普遍性を持っていない(例えば、うつ病は判断しづらくても、うつ状態の判断はできる)。パーソナリティ全体を見るとか、そういう力を持つ検査ではない。
- MMPIの項目を利用してMASなどが作られている。1953年にテイラーが、キャメロンの慢性不安反応に関する理論を基にMMPIから選出された不安尺度50項目に、妥当性尺度15項目を加えた65項目で構成・作成した。
- 「T得点」で示されるが、これは素点を置き換えた後の得点を指し、平均は50前後に設定されている。高得点とはT得点で70以上を、低得点とはT得点で45以下を指すのが一般的。
まず本事例では、ある程度の現症歴についての記述があり、主治医からの所見も上がっているなどそれなりに状態像が把握できている状況です。
このようなある程度可能性が狭まっている状況で人格特徴を広く把握するMMPIを実施するのは、その検査目的を鑑みても適切ではないことがわかると思います。
検証しなくてよいところまで含んだ検査になるので、そのぶん、クライエントに負担を強いることになってしまいます。
また、クライエントの67歳という年齢を踏まえても、また、抑うつの可能性も考えられるAに対して疲労が大きいMMPIの実施は不適切であると言えるでしょう。
続いて、State-Trait Anxiety Inventory;STAI(状態ー特性不安検査)は、スピルバーガー(Spielberger)が作成した検査で、状態不安と特性不安に分けているのが特徴です。
STAIを用いる場合、事例で示されている種々の問題が不安によって生じているという見立てが必要であること、特性不安と状態不安を見ることがクライエントの問題を把握しやすくするという見通しが必要になります。
カットオフポイント(高不安群のライン)は、特性不安・状態不安、そして男女によって異なります(特性不安:男性44点、女性45点以上・状態不安:男性41点、女性42点以上)。
本事例では「夫が半年前に亡くなった」という情報はありますが、不安を中核とした問題であると考えられる現症歴は認められず、現時点で不安を細かく見ていく必要性は感じられません。
以上より、選択肢②および選択肢④は不適切と判断できます。