事例状況を踏まえた最も適切な検査の選定ですね。
ASDの特徴が目立つので、そこに目が奪われないようにしたい問題です。
問61 7歳の男児A、小学1年生。登校しぶりがあり、母親Bに伴われ市の教育センターに来室した。Bによると、Aは、「クラスの子がみんな話を聞いてくれない」、「授業で何をやったら良いのか分からない」と言っている。Bは、Aが教室内での居場所がないようで心配だと話した。公認心理師である相談員CがAに話しかけると、Aは自分の好きなアニメの解説を一方的に始めた。
Aに対する支援をするに当たり、Aの適応状況に関する情報収集や行動観察に加え、CがA自身を対象に実施するテストバッテリーに含める心理検査として、最も適切なものを 1 つ選べ。
① AQ-J
② CAARS
③ CAT
④ NEO-PI-R
⑤ WISC-Ⅳ
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解答のポイント
事例から見立てられる問題の可能性を並べ、最も適した検査を選択できる。
選択肢の解説
⑤ WISC-Ⅳ
まずは本事例の見立てを行っていくことにしましょう。
主訴は「登校しぶり」ですが、その内実について語っているという時点で、①長い期間、自身の思いを抑え込んだことによって不登校に至るタイプ、②自己愛や万能感に由来する「自分の思い通りにならない環境」への拒否感、という登校のしづらさではないことが前提となります(これらのタイプはいずれも「自分が何を苦しいのか、明確には語れない」という特徴をもつ。②で幼ければ語れる可能性もあるが、語る内容は自分本位という印象を支援者は抱く)。
本人や母親が語る内実、面接での様子としては…
- 「クラスの子がみんな話を聞いてくれない」
- 「授業で何をやったら良いのか分からない」
- 教室内での居場所がないようで心配
- 公認心理師である相談員Cに対し、Aは自分の好きなアニメの解説を一方的に始めた
…ということが示されています。
まず求められるのは、こうした情報からどういう問題を見立てるかであり、その見立てに沿って必要な検査をチョイスしていくことになります。
まず「クラスの子がみんな話を聞いてくれない」という表現についてですが、これを「Aは自分の好きなアニメの解説を一方的に始めた」という情報と重ねて考えてみると、ASDの特徴が出ていて、周囲がそれに対して応じない(子ども同士は、そこまで合わせてあげるということをしませんからね。でも優しい子はしちゃうんですけど)ことを指して言っている可能性があります。
正直なところ、この年齢の子どもは「相手がちゃんと聞いているかどうか」にそれほど頓着はしないと思うので、だからこそ「クラスの子がみんな話を聞いてくれない」という訴えについては別の可能性も考えていくことが求められます。
例えば、被害的に受け取りやすい傾向の存在、母親に対する注目欲求の高さによって生じた訴え、などの心理的要因に関してもあり得ないわけではないですね。
このように「クラスの子がみんな話を聞いてくれない」という訴えはASDの特徴の可能性が第一選択ですが、それ以外の可能性もあるという点で保留の情報という印象でしょうか。
これに対して「公認心理師である相談員Cに対し、Aは自分の好きなアニメの解説を一方的に始めた」に関しては、ASDの可能性を検証していくことが求められる情報だろうと思います。
ASDの診断基準と重ねることができる内容でもあるので、その辺の見立てが重要になってきますね。
さて、続いて重要になるのは「授業で何をやったら良いのか分からない」という訴えです。
これは環境因としては授業の仕方なども勘案する必要はありますが、ここでは本人の見立てを行う場ですから、本人の特徴や特性によって「授業で何をやったら良いのか分からない」という事態が生じていないかを考えていくことが肝要です。
ですから、知的能力障害の可能性、ASDに由来する状況を読み取る苦手さ、ADHDに由来する課題や活動を順序だてる苦手さなどを想定していくことが重要になります。
最後に「教室内での居場所がないようで心配」という母親からの陳述ですが、こちらが発達的な特徴によって生じているのか、心理的な要因によって生じているのかは判断のつかないところですね。
これらを踏まえると、ASDや知的障害、ADHDなどの神経発達関連の問題を見立てていくことがまずは求められる事例であり、それに即した検査を行っていくことになります。
ですから、本選択肢のWISC-Ⅳにて知能指数をはじめとした知能を構成する各機能のバランスを見ていくことが重要になるだろうと思います(WISCに関してはこちら等をご参照ください)。
もちろん、WISC-Ⅳでは他のある特徴を測る検査ほど、ASDやADHDなどの傾向を掴むことは困難かもしれませんが、それは「Aの適応状況に関する情報収集や行動観察」を行っていくことが明示されていますから、そちらの方で可能性を探っていくことが重要になるでしょう。
そもそも、何かしらの発達的課題が考えられる場合、最初に検査を行うことは稀であり、まずは「適応状況に関する情報収集や行動観察」から入って、より蓋然性が高いと判断されれば特定の検査の実施を検討していくというのが定石ですね。
以上より、選択肢⑤が適切と判断できます。
① AQ-J
AQとは、Autism(自閉症)-Spectrum Quotient(指数)の略で、ASDのスクリーニングテストとして使われています。
成人用と児童用があり、成人用は16歳以上、児童用は6歳~15歳が適用となります。
ASDでは、社会的なコミュニケーションの取り方の困難さ、こだわりの強さを大きな特徴とされており、このような特徴や傾向をスクリーニングするため、Simon Baron-Cohen&Sally Wheelwrightたちによって考案されたのがAQです(語尾のJはJapanを意味します)。
AQ-Jでは、「社会的スキル」「注意の切り替え」「細部への注意」「コミュニケーション」「想像力」の5つの項目があり、50問4択で解答していきます。
これらはすべてASD傾向を知るために重要な項目となります。
得点による判断は以下の通りです。
- 33点以上:発達障害の診断がつく可能性が高いといえます。日常生活に差し障りがあると思われます。
- 27~32点:発達障害の傾向がある程度あるといえます。日常生活に差し障りはないと思われますが、一部の人は何らかの差し障りがあるかもしれません。
- 26点以下:発達障害の傾向はあまりありません。日常生活にも差し障りなく過ごせていると思われます。
本事例ではASDを疑わせるような所見は「自分の好きなアニメの解説を一方的に始めた」など見られますが、選択肢⑤の解説でも述べた通り、それだけでなく知的な問題の可能性やADHDの可能性など、包括的に探っていくことが求められていますね。
ASDの診断基準にも「知的能力障害と自閉スペクトラム症はしばしば同時に起こり、自閉スペクトラム症と知的能力障害の併存の診断を下すためには、社会的コミュニケーションが全般的な発達の水準から期待されるものより下回っていなければならない」とありますから、この辺についての見立てを行っていくことが重要なわけですね。
ですから、この時点でASDという特定の発達課題に狙いを絞るのは時期尚早と言わざるを得ず、他の問題に由来していた場合に支援を遅れさせる可能性があります。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② CAARS
Conners’ Adult ADHD Rating ScalesでCAARSになります。
アメリカの著名なADHDの研究者であるキーズ・コナーズ博士が開発した、成人ADHDの症状の重症度を把握するための評価尺度となっております。
日本語版は18歳以上の成人を対象にしていますね。
なお、DSM-IVによるADHD診断基準と整合性のある尺度になっています。
「自己記入式」66項目と「観察者評価式」66項目から成っており、複数の回答者からの情報をもとに包括的に評価を行います。
以下の通り、構成されています。
- 注意不足/記憶の問題
- 多動性/落ち着きのなさ
- 衝動性/情緒不安定
- 自己概念の問題
- DSM-IV不注意型症状
- DSM-IV多動性-衝動性型症状
- DSM-IV総合ADHD症状
- ADHD指標
回答に一貫性があるか判別する指標(矛盾指標)も設けられております。
本事例では「授業で何をやったら良いのか分からない」とあり、こちらは不注意の課題の可能性がありますね。
しかし、他にも見立てる必要があるポイントがありますから(ASDや知的障害の可能性など)、ADHDに絞って査定していくのは時期尚早という印象を受けます。
また、もっと単純にCAARSの適用年齢は18歳以上ですから本選択肢は外すことになりますね。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③ CAT
CATと聞いて思い浮かべるのがTATの児童版ですが、ここでのCATはおそらく「CAT・CAS 標準注意検査法・標準意欲評価法」のではないかと思うので、こちらについて解説していきましょう。
「CAT・CAS 標準注意検査法・標準意欲評価法」は、これまで共通の尺度ではかることが難しかった、脳損傷例にみられる注意障害や意欲・自発性の低下を、標準化された方式で臨床的かつ定量的に検出・評価することができます。
脳卒中や脳外傷などの脳損傷を被った患者に対し、福祉制度上の評価判定をする上でも、今後スタンダードな検査となっていく可能性があるとされています。
検査項目は以下の通りです(3と6に関しては、本検査法の下位検査としての採用を取りやめることになったらしいので、空白にしてあります)。
- SpanDigit:Span(数唱)とTapping Span(視覚性スパン)とで成り立ちます。Tapping Spanは視覚性スパン用図版を使用します。
- Cancellation and Detection Test(抹消・検出課題):Visual Cancellation Task(視覚性抹消課題)とAuditory Detection Task(聴覚性検出課題)とで成り立ちます。ストップウォッチ必須。またAuditory Detection Taskでは検査用CD(Disk I)を使います。
- Memory Updating Test(記憶更新検査):検者が口頭提示する数列の内、末尾3桁または4桁(場合によっては2桁試験もあり)のみを被検者に復唱させるテストです。
- Paced Auditory Serial Addition Test(PASAT):検査用CD(Disk I)を使います。CDで連続的に聴覚呈示される1桁の数字について、前後の数字を順次暗算で足していくテストです。
- Continuous Performance Test(CPT):事前に検査用CD-ROM(Disk II)内のプログラムをインストールしたパソコンを使います。検査は3つの課題から成ります。
これらの情報を見る限り、本事例は脳損傷などの問題が生じていないため「CAT・CAS 標準注意検査法・標準意欲評価法」は適用外ということになるでしょう(そもそもこの検査は成人用ですし)。
一応、TATの児童版のCATについても述べていきましょう。
CATはBellakにより工夫されたTATの子ども版で、対象は10歳以下であり10枚の図版から構成されています。
主人公を動物にして、子どもに特徴的な問題に接近できる場面設定がなされています。
TATでもCATでも、絵画刺激に対する被検査者の自由な空想の物語を求め、これの分析と解釈を通して、人格特性または隠された欲求、コンプレックスなどを査定しようとする検査です。
本事例では、他選択肢でも述べていますが、心理的な要因が認められないわけではありませんが、発達的要因が絡んでいる可能性が高いと思われるので、そちらのチェックが優先されます。
また、本事例に心理的要因があるにしても、第一選択としてCATを用いるという合理的な説明も困難だろうと思います(もちろん、専門にしている人は「できる!」というでしょうが)。
先述の通り、CATにしてもTATにしても、「心理力動」を見ていくのには長けているので、そうしたものを見ていくことが求められる事例には有効と言えるのですが、本事例では該当しませんね。
以上より、本選択肢のCATがいずれの検査を指していたとしても、本事例において適用されることはないと言えます。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
④ NEO-PI-R
NEO-PI-Rに関しては「NEO-PI-R」などで詳しい説明をしているので、ここでは本問の解説に必要なところだけを述べることにしましょう(情報が多すぎても混乱しやすいので)。
NEO Personality lnventory (NEO-PI)はCosta&McCrae(1985)の一連の研究に基づいて開発されたものであり、人格の生涯発達的研究を視点に入れた新しい検査です。
1978年から10年間にわたり研究、開発されてきたものであり、人格の5因子モデル(いわゆるBigFiveですね)に基づいています。
BigFiveは特性論の代表的研究ですから、NEO-PI-Rは、健康な成人の人格特性の5つの主要な次元を測るための尺度と言えます。
以下の通り、測定される5つの次元は、さらに6つの下位次元から構成されており、包括的な人格の測定を可能にしています(1つの下位次元には8つの評定尺度があります)。
- 神経症傾向:不安、敵意、抑うつ、自意識、衝動性、傷つきやすさ
- 外向性:温かさ、群居性、断行性、活動性、刺激希求性、よい感情
- 開放性:空想、審美性、感情、行為、アイデア、価値
- 調和性:信頼、実直さ、利他性、応諾、慎み深さ、優しさ
- 誠実性:コンピテンス、秩序、良心性、達成追求、自己鍛錬、慎重さ
すでに示した通り、この5次元はコスタ&マクレーが提唱し、詳細な下位次元を定めました。
なお、NEO-PI-Rの適用範囲は「大学生」「成人」となっていますね。
さて、本事例では「登校しぶり」という心理的要因でも生じ得る事態にはなっていますが、その中身を見る限り、発達的な特徴を掴んでいくことが優先される事例であると考えられます。
「クラスの子がみんな話を聞いてくれない」は心理的な要因を疑わせる陳述ですが、それ以外の「授業で何をやったら良いのか分からない」「Aは自分の好きなアニメの解説を一方的に始めた」というのは心理的要因よりも発達的要因を優先的にチェックしていくことが求められます。
そして、心理的要因(心因)と発達的要因(神経発達のテーマなので外因)が同時に生じている場合、発達的要因からチェックしていくのが定石です。
発達的要因がチェックされた後もなお、心理的要因の可能性が残るのであれば人格特性などを把握する検査を行う可能性もあるでしょう。
ただ、本事例は7歳という年齢なので、NEO-PI-Rの実施は適用範囲外ですから行われませんね。
すなわち、①そもそもNEO-PI-Rは年齢的に適用範囲外、②状況から見て「優先すべき検査ではない」という判断、という根拠を以ってNEO-PI-Rは外していくということになります。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。