公認心理師 2020-63

災害時のメンタルヘルスに関する問題です。 

精神医学的な理解と職場でのメンタルヘルス対応について理解しておくことが求められています。

こういう2つ以上のトピックスを扱う問題は、試験勉強をする上では役立ちますね(試験問題で出されると大変かもしれませんが…)。

問63 45歳の男性A、市役所職員。Aは上司の勧めで健康管理室を訪れ、公認心理師Bが対応した。Aの住む地域は1か月前に地震により被災し、Aの自宅も半壊した。Aは自宅に居住しながら業務を続け、仮設住宅への入居手続の事務などを担当している。仮設住宅の設置が進まない中、勤務はしばしば深夜に及び、被災住民から怒りを向けられることも多い。Aは「自分の態度が悪いから住民を怒らせてしまう。自分が我慢すればよい。こんなことで落ち込んでいられない」と語る。その後、Aの上司からBに、Aは笑わなくなり、ぼんやりしていることが多いなど以前と様子が違うという連絡があった。この時点のBのAへの対応として最も適切なものを1つ選べ

① Aの上司にAの担当業務を変更するように助言する。

② Aの所属部門職員を対象としてロールプレイを用いた研修を企画する。

③ 災害時健康危機管理支援チーム〈DHEAT〉に情報を提供し、対応を依頼する。

④ Aに1週間程度の年次有給休暇を取得することを勧め、Aの同意を得て上司に情報を提供する。

⑤ Aに健康管理医〈産業医〉との面接を勧め、Aの同意を得て健康管理医〈産業医〉に情報を提供する。

解答のポイント

事例を見立てた上で、組織としての必要な対応を選択することができる。

選択肢の解説

⑤ Aに健康管理医〈産業医〉との面接を勧め、Aの同意を得て健康管理医〈産業医〉に情報を提供する。

ここでは他選択肢の解説の行いやすさを考慮し、選択肢⑤の解説を導入としていきます。

どの事例でも共通かもしれませんが、まずは事例Aの状態を見立てることが大切です。

本事例ではA自身が被災し、自宅が半壊するといった状況にも関わらず、そこに居住しながら被災者の事務に関する支援を行っている状況と言えますね。

被災者のニーズや行動とあるべき対策には時系列的変化があります。

  • 災害直後:生命の安全と確保がニーズとなり、避難行動が大切になる。
  • 数時間後:心理的安心の確保がニーズとなり、安全確認・帰宅・家族との連絡という行動を取る。
  • 数日後:生活の復旧がニーズとなり、被害の圧片付け、貴重品の確保という行動を取る。
  • 数週間後:生活の再建がニーズとなり、災害保険請求や減免措置請求が行動として多い。
  • 1か月後:人生の再建や心理的安定の確保がニーズとなり、住居の再建やこころの傷の治療が行動となって現れる。
  • 年単位:喪の作業や災害文化の育成がニーズとなり、体験の教訓化や体験の風化と忘却が行動となって現れる。

本事例では、上記の1か月後に該当しますので、丁度多くの被災者の行動である「住居の再建」に向けて支援が必要になってきます。

ここで仮設住宅の提供を担う業務は、非常に多忙になるだろうことが予想されます。

しかし、忘れてはならないのはA自身が被災者であるという事実です。

彼にも上記のようなニーズがあるはずですが(半壊の自宅に住んでいるなら尚更ですね)、それを表面に出さずに業務にあたっていると考えられます。

ただし、仮設住宅の手続きにくる被災住民に比べればAの被害状況は「まだマシ」なのかもしれません。

そうした状況がAに一種のサイバーズギルト(生存者の罪悪感)のような心理をもたらしていることも考えられます。

サイバーズギルトは、自分以外の人間が悲惨な道筋を辿ったのに自分はまぬがれているという事実が、当人にとって大きな心理的な負担になることを指します。

もちろん、A自身が被災者ですし、その人の苦しみはその人のものであり、他と比べるようなものではないのですが、状況としてAは自分の苦しみを抑え込む必要があっただろうと思います。

そんな中で、外に出せない怒りや不満が自身に向き「自分の態度が悪いから住民を怒らせてしまう。自分が我慢すればよい。こんなことで落ち込んでいられない」となったと考えることができますね。

また、「Aの上司からBに、Aは笑わなくなり、ぼんやりしていることが多いなど以前と様子が違うという連絡があった」という反応からは、PTSDによく見られる解離症状が生じている可能性も考えねばなりません。

1か月間は災害後の生活に適応したかに見え、被害の回復に向かって積極的に立ち向かったり、愛他的行動が生じることも多いです(被災者の心理状態の変化の一つ、ハネムーン期に該当)。

この間はまだ「無理がきく」のですが、やはり心身に負担がかかって耐えられなくなってくるとさまざまな不調が生じやすくなります。

つまり、Aには何らかの精神医学的問題が生じていると見なすことができるわけです。

こうした状況での対応として、まず必要なのが産業医との面接であると考えられます。

産業医は「労働者の健康管理を担う専門的立場から対策の実施状況の把握、助言・指導などを行う」立場であり、職場のメンタルヘルス推進担当者は産業医等の助言、指導等を得ながら事業場のメンタルヘルスケアの推進の実務を担当することになります。

相談を受けた公認心理師の対応としては、以下が重要になります(「労働者の心の健康の保持増進のための指針」より。不調な部下の対応からの引用)。

  • 話を聴く(積極的傾聴)
  • 適切な情報を提供する
  • 必要に応じて事業場内産業保健スタッフ等や事業場外資源への相談や受診を促すなど

本事例ではAに精神医学的問題が生じている可能性も考えられるので、事業場内産業保健スタッフ等への相談や受診を促すこと(本選択肢の産業医との面接を勧めることがこれに該当する)が重要になりますね。

また、メンタルヘルスケアを進めるに当たっては、健康情報を含む労働者の個人情報の保護に配慮することが極めて重要です。

本選択肢にある「Aの同意を得て」ということも忘れてはなりません。

こうした事業場内産業保健スタッフ等(ここに産業医も含みます。念のため)との相談とその内容を踏まえた上で、職場内での必要な対応を考えていくことになります。

以上より、選択肢⑤が適切と判断できます。

① Aの上司にAの担当業務を変更するように助言する。
④ Aに1週間程度の年次有給休暇を取得することを勧め、Aの同意を得て上司に情報を提供する。

すでに述べたとおり、まずAに対して必要なのは、事業場内産業保健スタッフ等との面接を勧めることになります。

その上で、組織としてAの支援や対応を考えていくことが、「組織の中の一部署である健康管理室で働く公認心理師」に必要なことです。

こうした手順を踏まずに対応することは、Aに公的な支援を受けさせないことにつながりますので、結果としてAの支援にならないと理解しておきましょう。

ここで示した選択肢はいずれも事業場内産業保健スタッフ等との面接を経た上で、その必要性を検討する事項になります。

産業医等は「専門的な立場から、セルフケア及びラインによるケアを支援し、教育研修の企画及び実施、情報の収集及び提供、助言及び指導等を行う。就業上の配慮が必要な場合には、事業者に必要な意見を述べる」となっていますので、担当業務を変更するにせよ(選択肢①)、休暇の取得にせよ(選択肢④)、こうした専門的な立場からの意見を踏まえた上で行われることになるはずですね。

つまり、ここで挙げた選択肢は「手順違い」ということになります。

まずは選択肢⑤を行い、その上でこれらの選択肢の可能性を考えていくのが妥当ということですね。

以上より、選択肢①および選択肢④は不適切と判断できます。

② Aの所属部門職員を対象としてロールプレイを用いた研修を企画する。

本選択肢の対応がどのような状況で行われるかを考えることが大切です。

「ロールプレイを用いた研修を企画する」ということは、「被災住民から怒りを向けられることも多い」という点に重きを置いた対応であることが考えられますね。

つまり、この時点で本選択肢の対応を採るということは、Aの不調は被災住民を怒らせ、それを向けられることにあると見立てたということになるわけです。

しかし、先述の通り、Aの問題はそういった表面的なものでない可能性、例えば、PTSDの症状が顕在化してきている可能性も考えねばなりません。

これは単に「被災住民から怒りを向けられる」ということで生じていると考えるのは適切ではなく、むしろ1か月前に起こった災害によるものと見なすのが自然です(PTSDの出来事要件からすれば、怒りを向けられてPTSDは無理がある)。

ですから、本選択肢の対応はAの問題に対応したものになっていない懸念がありますね。

もちろん、本選択肢の対応はAの支援という枠組みでなければ、組織に必要なものかもしれません。

被災住民がどのような心理状態にあり、どのような窓口対応をすることが望ましいのか理解しておくことで、不当な怒りを向けられることが減り、結果として各職員の心理的安定を図ることができます。

ですが、本問はあくまでも「この時点のBのAへの対応」を問うているものですから、精神医学的問題が生じている可能性があるAに対してのアプローチとしては不適切と言えるでしょう。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 災害時健康危機管理支援チーム〈DHEAT〉に情報を提供し、対応を依頼する。

まずは災害時健康危機管理支援チームについて知っておくことが大切です(略称は「DHEAT:Disaster Health Emergency Assistance Team」ですが、何となくパッと見て「Death」っぽくて嫌だなと感じています)。

災害が発生した場合、被災地方公共団体の指揮調整機能が混乱し、限られた支援資源の有効活用や被災状況に応じた支援資源の適正配分ができないため、健康危機管理対応が困難となることが懸念されます。

こうした災害に対応するために、大規模災害時の保健医療活動に係る体制の整備の推進を目的として、各都道府県の災害対策本部の下に、保健医療調整本部を設置するとともに、保健所において、保健医療活動チームの指揮又は連絡等を行うほか、保健医療ニーズ等の収集及び整理・分析を行うこととして、厚生労働省の5部局長等による通知が発出されました。

本通知において、保健医療調整本部は、保健医療活動の総合調整を円滑に行うために必要があると認めるときは、都道府県、保健所設置市及び特別区に対し、災害対策基本法等に基づき、保健医療調整本部における業務を補助するための人的支援等を求めることが望ましいとしています。

災害時健康危機管理支援チームは、上記の人的支援に当たるものであり、被災都道府県の保健医療調整本部及び被災都道府県等の保健所の指揮調整機能等への応援のために、災害発生時の健康危機管理に係る指揮調整等に関する専門的な研修・訓練を受けた都道府県等の職員を中心として編成し、被災都道府県からの応援要請に基づいて応援派遣されるものです。

もうちょっと砕けた言い方をすると、災害時健康危機管理支援チームとは、都道府県・指定都市の専門的な研修を受けた医師や薬剤師、保健師など(主に保健所職員)1班5名程度で編成することを基本とし、災害発生時に1週間から数か月程度、被災都道府県の保健医療調整本部と保健所が行う保健医療行政の指揮調整機能等を応援する専門チームです。

その主な業務は、防ぎえた災害死と二次的な健康被害を最小化するために、①被災情報の収集と分析評価、対策の企画立案(救護所・避難所などから、医療ニーズ等の情報を集め、健康被害を最小化するための対策を企画立案する)、②後方への支援要請と資源調達(集めた情報などを本庁の健康危機管理組織に報告し、後方への支援要請と、不足資源の調達を行う)、③組織・職種横断的な調整(活動中の支援チームが情報共有できるために、協議できる場を設ける)などになります。

こうした災害時健康危機管理支援チームの役割を知っておくと、本事例のAという個人への対応を依頼するのは適切ではないのがわかりますね。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

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