問29は事故モデルに関する問題です。
ヒヤリ・ハット活動などと関連が深い概念ですね。
問29 ある人物の起こした1件の大きな事故の背後には、同一人物による軽度、重度の同様の事故が29件発生しており、更にその背後には、事故にならなかったが危ない状況が300件あることを示した事故発生モデルは何か、正しいものを1つ選べ。
①インシデント
②危険予知モデル
③スイスチーズモデル
④スノーボールモデル
⑤ハインリッヒの法則
私は以前、運行管理者に対する一般講習・特別講習を行っており、その際、この概念については何度か説明しています。
事故学では有名な概念ですが、心理学の世界ではそれほど触れる機会は多くないかもしれないですね。
解答のポイント
代表的な事故モデルについて把握していること。
選択肢の解説
①インシデント
- アクシデント:医療に関わる場所で医療の全過程において発生する人身事故一切を包含し、医療従事者が被害者である場合や廊下で転倒した場合なども含む。通常、医療事故に相当する用語として用いる。
- インシデント:日常診療の場で、誤った医療行為などが患者に実施される前に発見されたもの、あるいは、誤った医療行為などが実施されたが、結果として患者に影響を及ぼすに至らなかったものをいう。いわゆる「ヒヤリ・ハット」に該当する。
※医療過誤は、医療事故の発生の原因に、医療機関・医療従事者に過失があるものをいう。
②危険予知モデル
探しても「危険予知モデル」というものが見当たらないのですが、もしかしたら危険予知訓練(KYT)のことを指しているのかなと思いますので、その方向で解説を述べていきます。
危険予知訓練は、工事や製造などの作業に従事する作業者が、事故や災害を未然に防ぐことを目的に、その作業に潜む危険を予想し、指摘しあう訓練です。
職場や作業の状況のなかにひそむ危険要因とそれが引き起こす現象を、職場や作業の状況を描いたイラストシートを使ったり現場で実際に作業をさせたり、作業してみせたりしながら、小集団で話し合い・考え合い・分かり合って、危険のポイントや重点実施項目を指差唱和・指差呼称で確認して、行動する前に解決することを目指します。
種々の活動手法が用いられるが、4ラウンド法が最も用いられています。
- 現状把握:
どんな危険が潜んでいるか。その問題点を指摘させる。
問題点の指摘は自由に行わせ、他のメンバーの指摘内容を批判するようなことは避ける。 - 本質追究:
指摘内容が一通り出揃ったところで、その問題点の原因などについてメンバー間で検討させ、問題点を整理する。 - 対策樹立:
整理した問題点について、改善策、解決策などをメンバーにあげさせる。 - 目標設定:
あがった解決策などをメンバー間で討議、合意の上、まとめさせる。
合意結果は、工場内に掲示したり、朝礼などで発表したりして、メンバー間の共通認識として情報を共有し、事前の危険回避を図ることが多いです。
このような活動を定期的に行ううちに、日常の作業をただ流すだけでなく、常に何か危険は潜んでいないかと各自に考える習慣を持たせることも期待できるとされています。
以上より、選択肢②は誤りと判断できます。
③スイスチーズモデル
スイスチーズモデルとは、イギリスの心理学者J.Reasonが提唱した事故モデルです。
ハインリッヒの法則と同じく安全管理において頻繁に引用されているモデルとなります。
事故防止のために設けられている多くの防護層のいずれにも潜在的・即発的な穴があり、それがある状況下で重なると事故になるという考え方を指します。
すなわちスイスチーズモデルでは、事故は単独で発生するのではなく複数の事象が連鎖して発生すると考えます。
スイスチーズの内部に多数の穴が空いているが、穴の空き方が異なる薄切りにしたスイスチーズを何枚も重ねると、貫通する可能性は低くなります。
同様に、リスク管理においても、視点の異なる防護策を何重にも組み合わせることで、事故や不祥事が発生する危険性を低減させることができるはずです。
よってスイスチーズモデルでは、完璧な防護壁は存在しないと認識した上で、個々の防護壁が正しく機能するよう監視することが重要とされます。
以上より、選択肢③は誤りと判断できます。
④スノーボールモデル
こちらのモデルは医療事故などの説明として採用されることが多いものです。
医療現場では、1つのエラーが別のエラーを誘発し、そのエラーがさらに別のエラーにつながって患者のところまで到達し事故を生むことがあります。
ちょうど雪玉がごろごろと大きくなりながら坂を転がり落ちていくように、エラーがエラーを生んで危険が増幅していくというイメージから「スノーボールモデル」と名付けられています。
こちらのサイトの絵がわかりやすかったので載せさせてもらいます。
この図の中で「防護エラー」というのは、「前に仕事をしたスタッフの失敗を見つけ修正することができなかったエラー」という意味です。
「防護エラー」も含めて、さまざまなタイプのエラーが連鎖し、それが患者のところまで到達してしまうと事故になるのです。
以上より、選択肢④は誤りと判断できます。
⑤ハインリッヒの法則
アメリカの保健会社員のHeinrichは、330件の災害のうち、300件は傷害のない災害で、29件が軽い傷害を伴い、1件は重い傷害となるという「ハインリッヒの法則」を発表しました。
彼がアメリカの損害保険会社にて技術・調査部の副部長をしていた1929年に出版された論文が本法則の初出です。
ちなみに…
- 重い傷害:保険業者や(米国の)州の補償委員に報告されたもの。
- 軽い傷害:応急手当だけですむ擦り傷や打撲等。
- 傷害を伴わない災害:人間や物資、光線などの移動(スリップ、転倒、飛来、吸入等)を伴う計画外の事象で、傷害や物の損害の可能性があるもの。このことを「インシデント」と呼ぶ。
「ハインリッヒの法則」の前提には「事故の発生は確率的なもの」という考え方があります(事故に遭うと運の悪さを感じますよね)。
だからこそ、事故を誘発するような不安全行動や不安全状況を制御することが有効である、すなわち、「大事故を防止するには、小さなトラブルをなくすことが必要である」という考え方になっています。
これは、現在でも医療や介護、交通分野などさまざまな分野の危機管理対策や災害防止に活用されています。
ハインリッヒの法則にあてはまる危難が発生する恐れがある事案(インシデント)を、ヒヤリハットと命名し、迅速な報告を要する事案として、運用されています。
例えば、いじめや学級崩壊などの問題の背景には、人によっては見過ごしてしまうような無数の小さな乱れ(ハインリッヒの言うインシデント)が学校に存在しているものです。
休み時間に過剰に大きな声でやり取りしている生徒たち、中庭の池に浮かぶゴミ、廊下を走ることへの抵抗感の低下、忘れ物が増えてきたクラス、こういった事柄は、一つひとつを取り上げれば大したことないものなのですが、実はいじめや学級崩壊の予兆として生じやすいことです。
生徒指導の先生が小さなことに目くじらを立てて児童・生徒を叱るのも、管理職が池のゴミを取り除いて鯉に餌をあげているのも、理論ではなく実感としてそのことを知っているからです。
これは経験値によるある種の未来視であり、視えていない者には理解しがたい行動でありますが、実は問題が大きくなる前に問題の芽を摘んでいるのです。
イチローはスタートが早いので、他の選手が飛び込まなきゃ捕れない球でも、楽にキャッチすることができます。
それと同じで、本当に優れた支援というものは「未来視を使って問題以前の「インシデント」のときに解決し、大きな問題(軽い傷害や重い傷害)が出ないようにしている」ということを指すのです。
よって、選択肢⑤が正しいと判断できます。