23歳の女性A、新入社員の事例です。
内容は以下の通りです。
- Aにとって仕事は面白く熱心に取り組んでいた。
- ある日、残業後に職場の先輩の男性社員から夕食に誘われ、一緒に夕食を取った。
- 先輩の話は会社のことや仕事のことなど知らないことばかりでとても役立ったため、「また誘ってください」と伝えた。
- しかし、その後先輩から頻繁に食事に誘われるようになり、Aが都合が悪いと言うと不満げな顔をされたり、いつなら都合が良いかと聞かれたりするため、しつこいと感じるようになった。
- 最近、誘われるのが嫌で会社を休むようになった。
- Aはそのことで社内の相談室に来室した。
こういった問題で気をつけねばならないのが「相手の問題や病理を推定することはできない」と自覚しながら解いていくことです。
事例の先輩の言動からは、いくつかの心理的課題が見えなくはありませんが確定できる情報は何一つありません。
DSM-5の診断基準と照らしても、確定診断できる情報もありません。
よって、大切なのはAが置かれた状況からAにどのようなことが起こり得て、それに対するアプローチとしてどのような関わりがあり得るかを考えていくことです。
ハラスメントの枠組みで捉えることも重要ですが、ハラスメントは受けた側の不快感に幅を持たせている面も少なからずあるので、被害者の特定の反応の存在は明確にしづらい概念です。
すなわち「ハラスメントを受けているから、こういう反応が考えられる」という論理を使うことはできませんから、Aの状態をより臨床的に考えていくことが重要になりますね。
解答のポイント
事例の状況において、何を行うことが求められるかを認識できること。
選択肢の解説
『①体調で気になることはありませんか』
まず今回の出来事は「先輩から頻繁に食事に誘われるようになり、Aが都合が悪いと言うと不満げな顔をされたり、いつなら都合が良いかと聞かれたりするため、しつこいと感じるようになった」ということですが、この内容はハラスメントと判断できます。
「また誘ってください」と言ったものの、明らかに先輩の誘う頻度や誘い方は一般的範囲を超えていると見ることが可能ですし、Aが不快に感じているので尚更です。
その後、Aが仕事を休みはじめていることから、先輩の誘いの強度と断ったときの悪意がどれほど強いものかがわかります(人の悪意というものは物質的な力を持ちます)。
支援において重要なことの一つに、Aに何が生じているのかをきちんと把握することが挙げられます。
上記のような状況の中で、Aにはさまざまな反応が生じ得ると考えられます。
後述するような心理的な反応だけでなく、そこからの連動として身体的な不調を生じさせることも十分に考えられます。
もしも身体症状が出ているのであれば、それがどのようなものであるか、これまでのAの経験から照らしてどのような意味がありそうか、などの情報が重要になります。
例えば、会社に行く時間になっても身体が動かない、通勤で通る道を見ると動悸がするなど、さまざまな事柄があり得ます。
こうしたAに生じていることをきちんと把握し、それに合わせた支援を模索していくことが重要です。
よって、選択肢①は適切と言え、除外することが求められます。
『②あなたが相談にいらしたことはとても意味のあることだと思います』
こういう対応はすることがあると思いますが、「どうして意味あることだと思うのですか?」と問われたときにきちんと自分がなぜそのように感じたのかを伝えられる必要があります。
支援では、自分の言動に意味を持たせておくことが重要です。
本選択肢の言葉も、誰にでも言うように言っている場合と、Aの状況から考えて相談に来ることが重要であるという論理をAに説明できる形で持っている場合とでは、その言葉の重みに明確な違いがあります。
よって「Aが相談に来たことが意味あることだ」と明確に伝えられる論理を考えておきましょう。
いわゆるPTSDでは、その診断基準に外傷になり得るような体験の存在があるか否かを定めています。
もちろん事例の内容では、その外傷になり得るような体験であったと判断されることはないでしょうし、Aの反応がPTSD由来のものであるというわけでもありません。
しかし、外傷体験という概念をより広範に見ていった時に、日常の小さな傷つきからPTSDになるような体験まで共通しているのが、その外傷体験が「受動的な体験である」ということです。
受身的で自分がその状況をまったくコントロールできなかったという体験が外傷になりやすく、無力感が生活に広がっていくことになります。
この点はハーマンの「心的外傷と回復」にも若干の記載がありますし、神田橋先生も「PTSDの治療」の中でも指摘されております。
Aにとって今回の出来事は予測の範疇を超えること(まさかそんな風になってしまうとは思わなかったこと)であり、そういう意味で受身的な体験であったと言えます。
このことはAにさまざまな反応を生じさせます。
その代表として「自分が誘ったからいけなかったのだろうか」「どうして先輩がこういう人だと見抜けなかったのだろうか」「先輩をこうさせてしまったのは自分なのだろうか」などのように罪責的な思考です。
明らかに先輩から逸脱した言動を取られているにも関わらず、それを上司等に訴えることなく会社を休んでいるのも、そうした罪責感が背景にある可能性も考えられます。
そうした状況の中で「社内の相談室」に来室したことは大きな意味を持つと言って良いでしょう。
すなわち、上記のような罪責感と拮抗するように、現実的に今回の出来事を捉えているAもいるように思えます。
上司等には言わず、社内の相談室という「社内だけど、社内の枠組みとは距離を取れる場所」に訪れた点からも、そうした葛藤の存在を窺わせます。
そんな中、Aが相談室に訪れたことは、具体的・現実的に出来事を捉えていくきっかけになると思われ、そういうことができる場にAが自らの足で訪れたことには大きな意味があると言って良いでしょう。
以上より、選択肢②は適切と言え、除外することが求められます。
『③はっきり断らないから、相手を勘違いさせてしまったのではないですか』
まず、こうしたハラスメントである可能性がある事例において、「あなたの行動にも問題があったのではないか」という類の態度は厳禁です。
ハラスメントに限らずですが、心理支援においてこちらの価値観を押し付けるような言動は大抵の場合は控えた方が良いでしょう。
(価値感を持つことは重要です。ですが、その存在と狭さを自覚しつつ、支援に臨むことが求められます)
また、選択肢②でも述べたように「自分が誘ったからいけなかったのだろうか」「どうして先輩がこういう人だと見抜けなかったのだろうか」「先輩をこうさせてしまったのは自分なのだろうか」などのように自責的になっていることも考えられます。
上司等に相談しなかったのも、自分の発言がきっかけになっていることを自覚しており「あなたが悪いんじゃないの?」「断ればいいじゃない」という言われ方をすることを恐れているからかもしれません。
こうした状況で公認心理師は、きちんとAに責任がないことを保証し、具体的・現実的な捉え方ができるよう支援していくことが求められます。
本選択肢の対応は、そうしたAに必要な支援とはかけ離れたものであり、Aの状態を悪化させるような対応であると考えられます。
よって、選択肢③が不適切と言え、こちらを選択することが求められます。
『④また誘ってくださいと言ったのは、職場の先輩に対する言葉として理解できます』
前述したとおり、今回の職場の先輩の反応は明らかに一般的な範囲を超えていると判断することが可能ですし、そのことがAに大きな心理的負荷をかけていることは明白です。
一方で、今回の出来事が「また誘ってください」というAの言葉がきっかけになっている可能性は否定できません。
そのため、他選択肢でも説明した通り、自責的な感情が強くなっていても不思議ではありません。
支援においては、まずはこうした心理的負担を軽減することが重要であり、本選択肢の対応は、それを目指してのものと見做すことができます。
Aの「職場の先輩に対する言葉として理解できる」言動によって、職場の先輩が平均から逸脱するような言動になっていることが問題であると、公認心理師とAとの間で共通理解をし、それを基盤として心理的・現実的な支援を行っていくことになります。
よって、選択肢④は適切と言え、除外することが求められます。
『⑤せっかく仕事も面白いと感じているのに、このようなことが起きてショックですよね』
これはAの心情を汲み取った言葉となります。
不安もあったであろう新入社員という状況で、面白い仕事に携わることができたわけですから良い環境だったわけです。
それがこのような出来事によって、そこから離れるほど不調を示すようになったわけですから、残念な気持ちがあって当然です。
こうしたAの気持ちを汲み取る対応は、支援の第一歩になります。
それは、Aに対して必要な支援の一つとして「安全な場を確保する」ということが挙げられるからです。
なぜなら、Aは「安心できると思っていた会社の先輩」が安心できなかったという体験をしているわけです(安心できると思っていなかったら「また誘ってください」とは言いませんよね)。
このことは知的生命体である人間にとって非常に大きなダメージを与えます。
予測が立たないという体験、予見不能性は自己信頼を失わせる効果があります。
(中井久夫先生の「いじめの政治学」を参照してください)
こうしたAに対しては、まず公認心理師が「安全な対象でいること」が重要であり、予測が立つ人物でいること(対象恒常性が保たれている)が求められます。
こうした安心感のある状況の中で、Aに生じている不調を一つひとつ心理面・現実面の両面からケアしていくことが重要になってきます。
他選択肢でも示されたような罪悪感を持っていても不思議ではないので、その辺のケアを行うことが重要ですが、その基盤となる支援の場を構築する対応が本選択肢の内容と言えます。
Aの心情を汲み取ることによって、公認心理師が安全な対象として認識されることを目指しての対応と言えましょう。
よって、選択肢⑤は適切な対応といえ、除外することが求められます。