いじめ状況における校内委員会の対応に関する問題です。
最近、簡単にいじめを認めない例が多く、学校の対応も厳密にしていく必要が高くなってきました。
問71 14歳の男子A、中学2年生。Aは、1か月前から登校していない。Aの担任教師によると、Aから、「今まで言わなかったけれども、実は、所属する部活動の仲間からずっと暴力を受けてきた」と訴えがあったという。また、Aの保護者によれば、Aはショックで精神的に不安定になり、卒業まで学校に行きたくないと言っているという。Aが校内でいじめられた疑いがあることについて、スクールカウンセラーを含む校内委員会が組織された。
校内委員会が進めることについて、不適切なものを1つ選べ。
① AとAの保護者に調査の経過報告を適宜行う。
② Aの学習の機会を保障するように支援を行う。
③ 必要に応じてAを医療機関につなげる支援を行う。
④ 加害が疑われる生徒への聞き取りを優先的に実施する。
⑤ 学校・教職員の対応に関する情報を可能な限り網羅的に収集する。
選択肢の解説
① AとAの保護者に調査の経過報告を適宜行う。
② Aの学習の機会を保障するように支援を行う。
③ 必要に応じてAを医療機関につなげる支援を行う。
④ 加害が疑われる生徒への聞き取りを優先的に実施する。
⑤ 学校・教職員の対応に関する情報を可能な限り網羅的に収集する。
本事例の状況としては、いじめの訴えがあり、それが要因(原因と書かないのは以下の理由のため)で1か月間不登校の状態が続いていると思われるいうものです。
いじめ重大事態の要件として、いじめ防止対策推進法第28条第1項第1号の規定は「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」であり、同項第2号の規定は「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」とされています。
本事例は上記の第2号に該当する可能性があると考えるのが妥当ですから、その方向性で対応していくことになります。
なお、上記の「いじめにより」とは、「各号に規定する児童生徒の状況に至る要因が当該児童生徒に対して行われるいじめにあること」(基本方針)すなわちいじめの実行行為と重大被害との間に因果関係が存在することを求めるものです。
この事例では、このいじめと欠席状況との因果関係を調査していくという段階になっていきます。
即ち、現時点で即座に「重大事態である」と断定して進めていくのではなく、重大事態であるか否かの判断のための調査の段階であると見なして、支援を考えていくわけです。
この状況において、やるべきことは2つの方向に分類されると言ってよいでしょう。
一つは「いじめに関する調査」、もう一つは「被害生徒のケア」という方向性です。
まずは「いじめに関する調査」の方向性のアプローチについて述べていきましょう。
現時点では、被害生徒からいじめの訴えがあったとされる段階であり、それだけでいじめの事実を認定することはできません。
当然、加害生徒・被害生徒からの聞き取りが重要になってきますが、それだけでなく、それ以外の生徒からの聞き取りも行われることになるでしょう。
ただ、こうした聞き取りはちゃんとプランニングしてから実施することが重要です。
事例は「今まで言わなかったけれども、実は、所属する部活動の仲間からずっと暴力を受けてきた」という状況です。
まずは被害生徒から、詳しい暴力を受けた状況について聞き取り、加害生徒が誰なのか、周囲で見ていた生徒はいるのか、暴力を受けた詳しい日時の把握などが重要になってきます。
こうした聞き取りを行った上で、関係する生徒に対して「可能な限り複数の教員が同時に」調査を行っていくことが重要になります。
よく私は「生徒指導は一発勝負のときがある」と伝えています。
今の子どもたちは小学校高学年以上になればスマホを所持しており、親の知らないところで子ども同士でやり取りすることも可能になっています。
ですから、関連すると思われる生徒を同時に聞き取りをしないと、例えば、選択肢④のように「加害が疑われる生徒への聞き取りを優先的に実施する」ことで周囲で見ていた可能性のある生徒に連絡を取られて、口裏を合わされる可能性があります。
おそらく出題者の意図としては「被害生徒から聞き取りをするのが先である」という論理で選択肢④は不適切という考えなのでしょうが、実践の中ではむしろこうした要件を考えて「加害生徒からの聞き取りを優先的に行う」のは不適切なわけです。
また、「生徒指導は一発勝負」なのは、この1回の聞き取りであらゆる情報を網羅するためであり、後から「あれもあった、これもあった」となられては困るわけです。
ですから、まずは被害生徒から具体的な聞き取りを行い、それによってどういう事柄を調査の中で聞いていくかをプランニングするというのがいじめ対応の重要なプロセスの一つになります。
もちろん、この際に、被害生徒の心理的負担を考慮しつつ進めるのは言うまでもありませんが、あまり時間が経ちすぎても「そんな前のことは覚えていない」と言われてしまうリスクもあるので、そういう事情を伝えて、被害生徒やその保護者に理解を得た上で情報を集めていくことが重要になります。
そして、こうした対応の情報についてきちんと対応する教員間で網羅し、記録をつけておくことが重要なのは言うまでもありません。
これは被害生徒を守るためでもあり、学校の危機管理のためでもあります。
要するに、学校がきちんといじめに対して対応していたという事実を記録しておくことが重要になり、それが後々第三者委員会が立ち上がる等の状況になったとしても学校を守ってくれるものになるでしょう(きちんと対応していればね)。
こういう危機管理的な視点を「学校を守るのか」と批判する不思議な人がいますが、実際に対応する先生たちも「きちんと自分たちが適切な対応をすれば、少なくともいじめの対応という面において自分たちに責が及ぶことはない(いじめの発生等に関しては別)」という安心感がなければ、いじめ対応にリソースを割きにくいというのが人間として正直なところだと思うのです。
もちろん、こうしたきちんとした情報の網羅や記録が、いじめ被害者の利益になることも間違いありませんから、選択肢⑤の「学校・教職員の対応に関する情報を可能な限り網羅的に収集する」というのはいじめ対応において大切なことになります。
こうした情報の中には被害生徒にとって都合の悪いものもあり得ます(例えば、裏で被害生徒が加害生徒の悪口を言っていたという情報が出てくるなど)。
何があろうといじめはしてはいけないという姿勢で臨むことが重要なのは言うまでもありません(むしろ、被害生徒の問題が出てきても「だからと言っていじめをして良い理由にはならない」という姿勢を強く示すことが周囲からの信頼を得るために必要です)が、こうした情報が微妙にいじめ対応に影響することもあり得るので、そことの連動性をきちんと考察・内省しておくことが重要になります。
こうして網羅した情報の中で、具体的に調査を行っていく段階に入った際、被害生徒やその保護者にどういう形で聞き取り調査を行っていくのかについて、学校のプランを伝えていくことが重要になります。
意外と揉めることが多いのが、こういう学校のプランを伝えるという段階を経ずに聞き取り調査を行ってしまい、後から被害生徒やその保護者から聞き取りの不備や問題についての指摘を受けるという形です。
聞き取る内容について了承を得た上で実施するということの中には、Aからの訴えがあったという事実も加害生徒に伝達するということになりますし、加害生徒の保護者に対しても同じように伝えていくことになるでしょう。
そして、聞き取りをした結果、得られた情報についても被害生徒やその保護者に伝えていくことが重要です。
こうした対応に関する情報共有を被害生徒やその保護者と逐一行っていくこと、すなわち、選択肢①の「AとAの保護者に調査の経過報告を適宜行う」ことはいじめ対応について重要になります。
こうした情報の中には、加害生徒が事実を認めないということもあり得ますが、それも包み隠さず伝えれば良いですし、きちんと調査前からやり取りを行っていれば「聞き方が悪かったんじゃないか」「学校は隠そうとしているんじゃないか」という疑念を持たれにくいわけです。
ただ、加害生徒が認めていないにしても、周辺情報から明らかに加害を行っているという事実が認められるのであれば、学校として「加害を事実と認定する」ということはあり得ます。
そのためにも、きちんとした調査体制を「調査を行う前にプランニングする」ことが重要になってくるわけです。
たいていのうまくいっていないいじめ事案を見ると、こうした「調査前のプランニング」が甘く、行き当たりばったりで進めている場合が多いのです。
いじめ対応に限った話ではありませんが、重要なのは「終わり良ければ総て良し」ではなく「はじめが肝心」という精神です。
さて、こうした「いじめに関する調査」という方向性だけでなく、「被害生徒のケア」についても同時的に考えていくことが重要です。
何よりも「被害生徒のケア」になるのは、いじめ対応に関する学校側の真摯な姿勢であり、上記のような「いじめに関する調査」のプロセスを厳格に、そして、情報共有を怠ることなくしっかりと行っていることが、実は何よりの「被害生徒のケア」になることを実務に係る人は理解しておく必要があります。
そういう意味では、本解説で「いじめに関する調査」と「被害生徒のケア」を分けて論じているのは、解説のための方便と思っておくべきであり、本来、この二つは漫然一体となっているものです。
さて、いじめ対応の中で行っていく「被害生徒のケア」ですが、まずは何よりもいじめにまつわる精神的なケアが中心になっていきます。
本来、スクールカウンセラーの仕事の一つでもありますが、学校を休んでいる状況ですから、必要な頻度でカウンセリングを実施できるかどうかも分からないのが正直なところでしょうし、スクールカウンセラーの家庭訪問には何かと限定が設けられている(例えば、教員が同行でないと家庭訪問できないなど)ことが多いのであまり現実的ではないかもしれません。
子どもの状態を鑑みて専門機関でのケアが必要であると考えられるのであれば、選択肢③の「必要に応じてAを医療機関につなげる支援を行う」ことが重要になってくるでしょう。
本事例の状況で医療機関を勧めるのは、①暴力を受けていたのでその傷のケアと証拠取り、②ショックで精神的に不安定になっていることへのケア、という両面があります。
①については、実際に目に見える形のものが残っていないことも多いので、可能性として考えておくくらいで良いでしょうが、傷が存在するのであれば、それができた状況・日時とともに写真等で記録を残しておくと良いでしょう。
こうした心理的ケアだけでなく、Aが学校を休んでいることによって生じるであろう様々な不利益を軽減していくことが重要になります。
その最たるものが、選択肢②の「Aの学習の機会を保障するように支援を行う」というものであり、どうにかして学習機会の確保を考えていくことが重要です。
ただ、やはり毎日学校に来て5~6時間勉強している子どもたちに比べれば、自宅学習には限界があるのは間違いがありません。
その事実を踏まえつつ、課題を自宅まで持っていく、オンラインでの授業の参加(被害生徒は見えないように画像はオフ)を検討するなどの対応をしていくことが重要ですし、こうした事柄について学校側からきちんと切り出すことが求められます。
こうした対応の中で重要なのは「本人たちが思いもよらなかった支援の提案をしてもらえる」という体験であり、これがあることで「学校側はきちんと対応してくれている」という実感を被害生徒やその保護者が持ちやすくなり、それが調査のスムーズさにもつながっていきます。
なお、こうした状況で子どもを塾に通わせるという話もありますが、その際、「塾にかかるお金は補償してもらえるのか」というお話があります。
この辺については学校が判断できる枠組みを超えている話ですから、その事実を伝えつつ、ただ領収書などを保存しておくことを勧めることが多いですね(後々の加害生徒・その保護者との話し合いの中でいじめによってこういう経費が必要になった、として請求することはできなくはない。その時点では法的な効力は無いけど)。
以上のように、いじめの対応では様々な視点からの対応を同時的に行っていくことが求められますから、スクールカウンセラーはこうした対応の方向性について助言できる力があると良いでしょうね。
よって、選択肢①、選択肢②、選択肢③および選択肢⑤は適切と判断でき、除外されることになります。
また、選択肢④が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。