事例の内容から初期の対応として適切なものを選択する問題です。
ひきこもりに準ずる状態という印象のクライエントに対して、どのようなアプローチを行っていくかですね。
問62 20歳の男性A、大学2年生。単位取得ができず留年が決まり、母親Bに連れられて、学生相談室の公認心理師Cが面接した。Bの話では、1年次からクラスになじめず孤立しており、授業もあまり受講していない。サークル活動やアルバイトもしておらず、ほとんど外出していない。昼夜逆転気味で自室でゲームをして過ごすことが多い。Aは、「何も困っていることはない。なぜ相談しなければいけないのか分からない」と、相談室に連れてこられたことへの不満を述べるものの、相談を継続することは渋々承諾している。
CのAへの初期の対応として、最も適切なものを1つ選べ。
① 情緒的側面に触れながら、問題への気づきを徐々に促す。
② 自室のゲーム機を片付けるといった刺激のコントロールを試みるよう促す。
③ 問題状況を改善するための目標設定とその優先順位を検討するよう働きかける。
④ 自分の価値観を点検し、自分の言動が周囲にどのような影響を与えるのかについて考えるよう促す。
⑤ 授業に出ることについてポジティブなフィードバックを与えて、望ましい行動が強化されるよう働きかける。
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解答のポイント
事例の状況を踏まえ、適切な対応の根拠をもって選択する。
選択肢の解説
② 自室のゲーム機を片付けるといった刺激のコントロールを試みるよう促す。
③ 問題状況を改善するための目標設定とその優先順位を検討するよう働きかける。
④ 自分の価値観を点検し、自分の言動が周囲にどのような影響を与えるのかについて考えるよう促す。
⑤ 授業に出ることについてポジティブなフィードバックを与えて、望ましい行動が強化されるよう働きかける。
これらの選択肢はいっぺんに解説していこうと思います。
本事例のクライエントは「単位取得ができず留年が決まった」「1年次からクラスになじめず孤立しており、授業もあまり受講していない」「サークル活動やアルバイトもしておらず、ほとんど外出していない」「昼夜逆転気味で自室でゲームをして過ごすことが多い」と客観的にはほぼひきこもりの状態であることがわかります(大学で臨床をしていると、こうした事例はよく出会いますね)。
本事例はまだ大学に所属しているという点で社会的サポートもあり(そもそも「所属がある」という時点で、精神的にはプラス面が大きい)、枠組みがあることによってそちらに沿った対応がしやすい状況ではあります(進級せねばならない、卒業せねばならないなどの枠組みがあることによって、それ自体が問題に向き合う動機となり得る。もちろん、それによって潰されるリスクもあるが、そういう枠組みがないと始まらないという場合は多い)。
とは言え、このままひきこもり状態が続くことで、自力での社会復帰が困難な状況になることも考えられ、現時点から何かしらの支援ができるなら非常に幸運と言えます。
ただし、ひきこもりやそれに準ずる事例にありがちな「何も困っていることはない。なぜ相談しなければいけないのか分からない」と、相談室に連れてこられたことへの不満を述べていますね。
私は彼らの直面化の回避方法は大きく2つあると思っていて、それは、①自身の問題を過小にして、カウンセリングの必要性を下げる、②カウンセリングを価値下げして、問題の改善に役立たないと見なす、というものであり、本事例では①の手法を採っていますね(②の方が支援につなげにくいので良いことです)。
こうした方法を用いている場合、彼らは自身の問題に直面することで大きく自我が揺さぶられ、それに耐えられない可能性を考慮しておく必要があります。
一方で、「相談を継続することは渋々承諾している」わけですから、内的には何とかせねばならないという動因はあるのだと捉えてよいでしょう。
すなわち「自身の状況や問題に直面するのは厳しいけど、何とかせねばならないという感覚は無意識かもしれないけど有している」という状態なわけで、こうした状態のクライエントに対してどういう支援を行うかを考えていくことが求められるわけです。
実際にどういうアプローチがあり得るかは正答の解説に譲るとして、ここでは挙げた選択肢がどうしてダメなのかを考えてみましょう。
ここで挙げた選択肢はすべて「やり方はまちまちだが、いずれもクライエントの問題に向けての「真っ当なアプローチ」である」という点で棄却されてしまうわけです。
正確には「クライエントの問題を改善させるためのアプローチであると、クライエント自身が認識できてしまう」という時点で、すでに直面化の効果が生じてしまい、クライエントにとってはそれは自我を守るために避けたいというベクトルの力動が生じてしまいます。
ですから、「自室のゲーム機を片付ける」「問題を改善するための目標設定と優先順位の検討」「価値観の点検」「授業に出ることへのポジティブフィードバック(暗に授業に出ることが良いことだと言っていて、出てないクライエントには耳が痛い)」というのは、客観的には正しいけど、実践では(現時点では)使えない手法なわけです。
これらのアプローチを実践したとしても来談しなくなるのが目に見えていて「アプローチは正しいけど、クライエントへの支援は永久に断たれた(「手術は成功したけど、患者は死んだ」と同じですね)」という感じの結末になりますね。
本事例の時点で考えるべきなのは、どうやったら「これらの適切なアプローチが通るような状況に持っていくか」を考えることになります。
だからわざわざ問題文に「初期の対応として」という但し書きが付されているわけですね。
ありがちな解説として「クライエントはカウンセリングを受けることへの同意がなされておらず、これらの対応はすべて同意がなされてから行われるべきである」ということがあるでしょうが、そしてそれはそれなりに正しいのでしょうが、あまりカウンセリングを契約的に考えすぎるのも臨床のセンスが上がらなくなってしまうので(もちろん、契約的に考える力も重要ですけどね)、ここでは別視点での解説にしておきました。
もちろんカウンセリングへの同意がイマイチなので「現在の状況を変えようとするアプローチ」は控えるべきであるという簡単な捉え方をしておくのも良いんですけどね。
いずれにせよ、ここで挙げた選択肢はクライエントの来談が途切れる未来が予見され、本事例における初期対応で採用されるべき方針ではないでしょう。
よって、選択肢②、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。
① 情緒的側面に触れながら、問題への気づきを徐々に促す。
さて、上記で「本事例の時点で考えるべきなのは、どうやったら「これらの適切なアプローチが通るような状況に持っていくか」」であると述べました。
本選択肢の対応は、一応はその方針に該当するだろうと考えています。
本事例では、客観的に見れば様々な問題があるにも関わらず、そうした問題に対して「何も困っていることはない。なぜ相談しなければいけないのか分からない」と述べていますから、見立てとして「問題の認識ができていない」と見なすことができなくもありません。
ですから、情緒的側面に触れることで、そしてそうしたやり取りの中でカウンセラーとの関係性が構築され、問題に触れられるだけの情緒的支えを得ることで、自身の抱えている問題への気づきを促すという方向性の関わりがあり得るわけですね。
本選択肢の対応は、そうした狙いをもって設定される対応であると言えます。
なお、私の場合は上記で述べている通り、こうした事例において「何も困っていることはない。なぜ相談しなければいけないのか分からない」と言いつつも、内的には「問題にうっすら気づいているけど、口が裂けても言わない・認めない」という状態だと見立てることの方が多いです。
そして彼らが「口が裂けても言わない・認めない」のは、情緒的側面の問題に拠るとは考えていないので(発達的要素があるとまた別ですが)、本選択肢のような対応を採用することは少ないのですが、まぁ一般的にはあり得る選択肢ということになると思います。
つまり、こういう事例において本問の作成者と私では見立てが異なるということでしょうね(当然、見立てが異なればクライエントに行うアプローチも違ってきます。私の場合、本事例に対しては「全然関係のない話」をしていく・促すことの方が多いです)。
とは言え、問題で示されている他の選択肢は明らかに不適切ですし、本選択肢の対応も上記のような見立てに基づけば間違っていないので、試験を受ける上ではこちらを選択することになるでしょう。
以上より、選択肢①が初期対応として適切と判断できます。