大学における合理的配慮に関する問題です。
こちらの問題の解説は「合理的配慮ハンドブック~障害のある学生を支援する教職員のために~」を参考にしていきます。
問148 20 歳の男性A、大学工学部の2年生。Aからの申出はないが、Aの家族Bより、実験のあった日のAの疲労が激しいため、サポーターをつけてほしいと、学生相談室のカウンセラーCに相談があり、CはA及びBと3者面談を行った。Aは、小学校高学年時に児童精神科を受診し、発達障害の診断を受けた。以後、高校までは、授業中の課題や宿題について代替措置を講じてもらうなどの配慮を受けてきた。大学では、実験の際、指示の理解に時間がかかり、また手先が不器用で器具の扱いがスムーズにできないことで、教員にしばしば注意されている。授業時間が終わっても、居残りで実験をすることが多い。
合理的配慮について、CのBへの対応として、最も適切なものを1つ選べ。
① 支援方法はAとCの合意によって決められると説明する。
② Aの精神障害者保健福祉手帳の取得が必須であると説明する。
③ 合理的配慮を受けるには心理検査の結果が必要であることを説明する。
④ Aが、授業を担当する教員に配慮内容について直接交渉する必要があると説明する。
⑤ Cは、Aの意思を尊重しながら大学の学生支援の担当者に伝え、支援を依頼できると説明する。
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解答のポイント
大学における合理的配慮の基本的理解が備わっている。
選択肢の解説
① 支援方法はAとCの合意によって決められると説明する。
④ Aが、授業を担当する教員に配慮内容について直接交渉する必要があると説明する。
⑤ Cは、Aの意思を尊重しながら大学の学生支援の担当者に伝え、支援を依頼できると説明する。
合理的配慮の検討は、原則として学生本人からの申し出によって始まります。
障害者差別解消法 第7条第2項には「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」とありますが、教育機関もこちらの条項に倣っていると見て間違いないです。
一方で、障害のある学生で、配慮が必要であるにもかかわらず、申し出がうまくできない状況にある場合には、本人の意向を確認しつつ、申し出ができるよう支援していくことも重要です。
本事例の場合、保護者からの訴えはありますが、やはり本人がどう訴えていくかを考えていくことも求められますね。
これは本事例の選択肢の正誤判断に関わる部分ではありませんが、その辺から合理的配慮の支援が始まると考えることが大切です。
さて、Aからの申し出があったと考え、実際の支援について考えていくことになります。
合理的配慮の内容を検討する際、大学等が一方的に決めるのではなく、障害のある学生本人の意思決定を重視します。
障害のある学生の困り感やニーズを丁寧に聴き取るとともに、大学等としてできること、できないことを伝えるなど、建設的対話を重ねて双方が納得できる決定ができるようにします。
合理的配慮の決定手続きについては、学内規定を定め、それに沿って行います。
すなわち、合理的配慮の内容は、授業担当者や特定の教職員の個人判断ではなく、委員会等で組織として最終決定がなされるようにしていくということですね。
このように合理的配慮は「大学組織として」決定していくことが重視されておりますが、その背景には合理的配慮の内容が妥当かどうかの判断基準として、教育の目的・内容・評価の本質を変えないという原則があるからです。
合理的配慮としてできること、できないことの基準が明確となるよう、これらの本質は明確にして公開される必要があります。
具体的には、教育に関する三つのポリシーや授業のシラバスがそれに該当し、判断の基準になるよう抽象的で形式的記述ではなく具体的であることが期待されます。
- ディプロマ・ポリシー(学位授与の方針):どのような力を身に付けた者に卒業を認定し、学位を授与するのかを定めたもの。
- カリキュラム・ポリシー(教育課程編成・実施の方針):どのような教育課程を編成し、どのような教育内容・方法を実施し、学修成果をどのように評価するのかを定めたもの。
- アドミッション・ポリシー(入学者受入れの方針):どのように入学者を受け入れるかを定めたもの。受け入れる学生に求める学修成果を示す。具体的評価方法は募集要項等で公開。
- シラバス(授業計画): 授業で修得すべきもの、授業方法、授業計画、評価基準を明記。
これらを歪めることがないように、合理的配慮はなされることになるわけですね。
上記の通り、合理的配慮の内容は、個人間の合意(本事例で言えば、AとC、Aと授業担当教員)で決定されるものではなく、大学組織として決定されることが重要になってきます。
ですから、カウンセラーが関わるのであれば、CがAの意思を尊重しながら大学の学生支援課(などの名称のはず)の担当者に伝え、大学として考えてもらうことが求められるわけですね。
以上より、選択肢①および選択肢④は不適切と判断でき、選択肢⑤が適切と判断できます。
② Aの精神障害者保健福祉手帳の取得が必須であると説明する。
③ 合理的配慮を受けるには心理検査の結果が必要であることを説明する。
その学生にとってどのような配慮が有効か、その配慮が妥当かを判断する材料として根拠資料を求めます。
根拠資料の例として以下があります。
- 障害者手帳の種別・等級・区分認定
- 適切な医学的診断基準に基づいた診断書
- 標準化された心理検査等の結果
- 学内外の専門家の所見
- 高等学校・特別支援学校等の大学等入学前の支援状況に関する資料
これらの全てが必要ということではなく、何らかの資料で機能障害の状況と必要な配慮との関連が確認できるということがポイントです。
ただし、合理的配慮の提供において、根拠資料は必須の条件というわけではなく、提供する人にとって負担とならない場合、特別な資料がなくても障害の状況が明らかな場合等は、根拠資料がなくても問題ありません。
上記の通り、合理的配慮を受けるのに障害者手帳や心理検査等の結果は「必須」ではありません。
ただし、発達障害のある受験生が大学入学共通テストの受験上の配慮を受けるための根拠資料を見てみると、診断名に加え、申請日3年以内の心理・認知検査や行動評定の結果とともに、配慮が必要な理由を記述するようになっています(共通テストでは、何かしらの配慮を受けるにあたり、かなりの手続きが求められます。本当に配慮が必要な人からすれば煩雑でしょうが、そうせざるを得ない事情があり、その事情は想像に難くないと思います)。
このように、状況によっては求められることもありますが、本事例のような大学での支援においては根拠資料の提出が必須とされることはありません。
とは言え、具体的にどういう支援が必要かという根拠があった方が望ましいのは言うまでもありませんから、合理的配慮が必要な事情等をその内容を考慮するために示してもらうのは前提と考えてもらった方がいいでしょう。
合理的配慮が、本人からの申し出があったからといって、その全てを受け容れるというわけではなく、その内容が教育の本質を歪めるものであれば受け入れられないことも多いと考えておくことが大切です。
以上より、合理的配慮に障害者手帳や心理検査等の結果は必須とされていません。
よって、選択肢②および選択肢③は不適切と判断できます。