公認心理師 2021-74

いじめが原因と思われる自殺事案で緊急支援に入った場合の対応に関する問題です。

自分が所属する学校で緊急事態が起きるのも、緊急事態が起きた学校に行くのも疲れるものです。

問74 35歳の女性A、公立中学校のスクールカウンセラー。近隣の中学校で、いじめが原因と疑われる生徒の自殺が起きた。Aは、教育委員会から緊急支援のために当該中学校に派遣された。Aは、緊急支援の内容を事前に校長と相談した上で、介入を行うこととなった。中学校の現在の様子は、生徒の保健室の利用が増えてきており、生徒や保護者の間では、自殺についての様々な憶測や噂も流れ始めている。
 Aが行う緊急支援として、不適切なものを1つ選べ。
① 動揺している生徒に対して、個別に面接を行う。
② 動揺している保護者に対して、個別に面接を行う。
③ 教師に対して、自身の心身のケアについての心理教育を行う。
④ 自殺をした生徒に対するいじめの有無について、周囲の生徒から聞き取りを行う。
⑤ 教師に対して、予想される生徒のストレス反応とその対処についての心理教育を行う。

解答のポイント

危機介入の基本的な考え方を把握している。

選択肢の解説

① 動揺している生徒に対して、個別に面接を行う。
② 動揺している保護者に対して、個別に面接を行う。
③ 教師に対して、自身の心身のケアについての心理教育を行う。
⑤ 教師に対して、予想される生徒のストレス反応とその対処についての心理教育を行う。

本問を解くために必要なのは「危機」に関する伝統的な理解となります。

危機理論や危機介入の方法を大きく発展させたのはCaplanですが、Caplan(1961)は危機を「人がそれまでの習慣的問題解決の方法を用いて克服できず、混乱や落ち着かない時期が続き、解決のための多くの方法が試みられるが成功せずに終わる」時に生ずるものと定義しています。

こちらは主に公衆衛生の中で危機状態に陥った個人への援助に力点が置かれた定義と言えます。

これに対して山本和郎は、コミュニティ心理学における「危機介入」について、成長促進的アプローチ、支援組織づくり、新しい組織の開発、黒子としての専門性の活かし方という4点が重要であるとしています。

こちらはコミュニティを支援するという視点が明確になっていますね。

これを学校コミュニティの枠組みで考えていくと、学校コミュニティが危機状態に陥ったとき、第一義的には学校コミュニティ自体が危機状態に陥った個人に対して「応急処置」を行います。

ですが、本問のような状況においては、多くの構成員が危機状態に陥ってしまうため、通常のやり方では事態が好転しないことも考えられます。

そのため、緊急事態的出来事による一次的な反応がケアされにくくなり、長期化・重篤化を招くことで、二次的な被害が出現してしまう恐れもあります(問題文の「生徒や保護者の間では、自殺についての様々な憶測や噂も流れ始めている」というのがまさにそれです)。

こうした状況においては、学校コミュニティが事態に対処できるくらいの機能レベルまで回復させるような援助が必要であり、これが本問の「緊急支援」に該当します。

こうした「コミュニティが事態に対処できるくらいの機能レベルまで回復する」ということができないと、次の事故が起こりやすくなります。

ここでは事故学の知見から、どういうときに立て続けに事故が起こるかを述べておきましょう。

一つの事故が起こると(本問で言えば、生徒の自殺ですね)、その組織全体が異常な緊張状態に置かれることになり、構成員は絶対にミスをしまいと覚醒度を上げていくことになります。

覚醒度が通常以上に上がると、よく注意している状態を通り過ぎてしまって、あることには非常に注意を向けるけれども、隣には大きな穴が開くという状態になりがちです。

注意には、集中型注意と全方向型注意の2つの種類がありますが、注意を高めるよう圧力がかかると、あるいは本人がそうしようと思うと、集中型の注意でもって360度全てを走査しようとしますが、それは不可能ですし、集中型注意は焦点が当たっているところ以外は手抜きのあるものですから、注意のムラが生じることになります。

最初の事故が起こると、不安を背景として構成員の覚醒度が上がり、不安によってものの考え方が硬直的になり、構成員は自分の守備範囲だけを守ろうとして、普段なら生じていた柔軟でお互いが重なり合うような注意をしなくなってしまいます。

つまり、通常状態では生じていた構成員間での自然なダブルチェックが生じなくなり、各構成員が事実上孤立していくわけです。

こうした注意の穴が出来上がること、構成員間でのダブルチェックが失われて孤立することなどにより、全体として次の事故が起こりにくくするような働きがなくなる結果、次の事故に対して無防備になってしまうわけですね。

ですから、本問でもそういった「次の事故」を防ぐためにも、コミュニティの機能を回復させるという支援が重要になるわけです。

上記からもわかる通り、学校コミュニティへの「緊急支援(危機介入)」では、学校コミュニティが児童・生徒の反応を受けとめ、健全な成長・発達を支援するという本来の機能を回復するために事件・事故の直後に行う援助活動を指します。

ポイントなのは、Caplanの定義にもあるように「コミュニティが元通りの機能を回復するまでの支援」であることです。

コミュニティが元通りの機能を回復したら、構成員の支援はコミュニティに委ねるのが自然であり、大切なことです。

ですから、本問の状況(Aが緊急支援で派遣されたカウンセラーであること)を踏まえると、Aの役割は「学校コミュニティの通常の機能を取り戻す」ということが挙げられるでしょう。

まず、ここまでが緊急支援で入るカウンセラーの役割について述べました。

ここからは本問の状況(生徒の自殺)を踏まえた具体的な対処について考えていきます。

学校コミュニティで生徒の自殺があった場合、最も懸念される事態は「群発自殺」であり、Aが緊急支援で行っていくことの中にはこの防止も含まれています。

こちらについてどこまでするかは選択肢④の解説でも述べますが、生徒の自殺において激しい衝撃を受けるだろうと想定される構成員には早期にカウンセリングを行うなどの対応が求められます。

ただ、Aの役割としては「自殺の原因追及」は含まれておらず、あくまでも学校コミュニティの機能回復を第一とし、併せて群発自殺の対応も行っていくことになります。

実態としては分けにくいこともあるとは思いますが、「群発自殺の対応」と「自殺の原因追及」は別個のものと見なしておくことが大切ですね。

さて、これらを踏まえたときに、こちらで挙げた選択肢が適切であるという理由が見えてくるだろうと思います。

まず選択肢①の「動揺している生徒に対して、個別に面接を行う」や、選択肢②の「動揺している保護者に対して、個別に面接を行う」というのは、事件によって動揺している状態を平常状態に戻すという意味で緊急支援の枠組みの対応と言えるでしょう。

そして、これらの対応は群発自殺などの、最初の自殺が誘因となって生じる様々な問題を防止することにもなります。

動揺している生徒の支援はもちろんですが、保護者の支援も生徒の家庭環境を安定したものにするという意味で非常に重要なアプローチと言えますね。

選択肢⑤の「教師に対して、予想される生徒のストレス反応とその対処についての心理教育を行う」という対応は、学校コミュニティの構成員(教師)が安定した生徒への支援を行うために必要なものであり、こちらも平常状態への回帰を目指した対応の一つですし、二次的な問題を予防する上で必要な関わりと言えます。

具体的には、突発的で衝撃的な事件・事故に遭遇した人々が示す反応とその対処方法、緊急支援プログラムの概要についての基本的な知識を持っておくことは、事後的な心理的ケアを適切に行うために不可欠ですし、Aが緊急支援から手を引く状況になって学校コミュニティでの支援が中心になるためにも重要ですね。

例えば、学校コミュニティの危機においては、①個人レベルの反応:情緒的反応、身体的反応、認知的反応、行動的反応、②集団・組織レベルの反応:人間関係の対立、情報の混乱、問題解決システムの機能不全、③学校コミュニティの機能不全、などが生じうるなどの情報を伝達するわけです。

他にも、「こころの傷」の回復過程や、そうした過程が個々人によって出現のタイミングや強度、固着する段階が異なるなどの理解も伝えることになります。

更に選択肢③の「教師に対して、自身の心身のケアについての心理教育を行う」も、学校コミュニティを平常状態に戻すために必要なことですね。

学校コミュニティの構成員である教員の状態が悪いままでは、そのコミュニティの改善は遅れがちになってしまいます。

起こった事態によっては、教師の側にも分断を招く事態も考えられますから(例えば、教員の不祥事など)、教師が安定した状態で仕事を続けられるように、セルフケアの方法について示しておくことはとても大切になります。

そうした安定した教員が、今度は生徒や保護者を支えるという形にもなり、この辺の機能が安定することでコミュニティ安定も期待できますね。

以上より、選択肢①、選択肢②、選択肢③および選択肢⑤は適切と判断でき、除外することになります。

④ 自殺をした生徒に対するいじめの有無について、周囲の生徒から聞き取りを行う。

1994年に学校で起こったいじめを原因とする自殺では、マスコミによってその具体的な方法や遺書の内容が詳細に報道され、全国各地で同じような方法での自殺が相次ぎました。

学校コミュニティで生徒の自殺があった場合、最も懸念される事態はこうした「群発自殺」であり、Aが緊急支援で行っていくことの中にはこの防止も含まれています。

ただ、既に述べた通り、Aの役割としては「自殺の原因追及」は含まれておらず、あくまでも学校コミュニティの機能回復を第一とし、併せて群発自殺の対応も行っていくことになります。

その理由は、自殺の原因追及にまつわる活動は「学校コミュニティの機能回復」という緊急支援の第一義的目的から外れた行為ですし、言わばワンポイントリリーフのAにとっては、時間的な制約のある中での活動ですから現実的ではありません。

ただし、これは「自殺に関して一切触れない」ということを意味するわけではありません。

現在、事例の学校では「生徒の保健室の利用が増えてきており、生徒や保護者の間では、自殺についての様々な憶測や噂も流れ始めている」ということになっています。

こういう時に考えがちなのが「事実をはっきりさせることで、憶測や噂を封じることができる」というものですが、これは誤りです。

先述の通り、時間の制約のある中で「事実をはっきりさせる」ということは困難であるだけでなく、本選択肢のような調査を行えば、生徒に自殺のことについて聞く場を設けるということになり、それ自体が自責感等の陰性感情を高めてしまう可能性も考えねばなりません。

世界保健機関(WHO)が作成した自殺対策に関するガイドラインの中のひとつに「メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き」があります。

厚生労働省のホームページに「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識(2017年版)」が示されておりますのでご参照ください。

この手引きでは、メディア関係者が自殺関連報道をする際の「やるべきこと」、「やってはいけないこと」などがまとめられています。

やるべきことは…

  • どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること
  • 自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと
  • 日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること
  • 有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること
  • 自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること
  • メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること

一方で、やってはいけないことは…

  • 自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと
  • 自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと、自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと
  • 自殺に用いた手段について明確に表現しないこと
  • 自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと
  • センセーショナルな見出しを使わないこと
  • 写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと

…などが挙げられています。

これらは報道機関に向けたものではありますが、やはり支援者としても自殺に関して不用意に繰り返し生徒との間で話題にするというのは避けねばなりません。

「その話題に触れるだけで心理的反応を示す」というリスクも頭に浮かべておく必要がありますし、最悪の場合、群発自殺を招く恐れもあります。

この時点でAにできることは、亡くなった保護者の意向等を踏まえ、どこまでの情報を提示するかを学校コミュニティとともに考えていくことになるでしょう。

そして、学校からの公式に発表し、それ以上のことは現時点でわかっていないと明言することで、憶測や噂を抑えることが期待できます。

生徒に対しては、憶測や噂で動くことのないように伝えることもやり方の一つですし、その際は「臭い物に蓋をする」雰囲気として伝わらないようにすることが重要です。

この辺のバランス感覚は緊急事態を経験すると格段にアップするのですが、だいたい県に数人はこうした緊急事態に対応できるスクールカウンセラーがいるものかなと思います(たぶん)。

以上より、選択肢④は不適切と判断でき、こちらを選択することになります。

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