施設入所児童の言動への見立てと対応に関する問題です。
期待を持たせるだけ持たせて迎えに来ない親って、本当にいるんですよね。
問153 11歳の男児A、小学5年生。Aは、親の経済的困難のため、2歳のときに地域小規模児童養護施設に入所した。両親は、Aの入所後しばらくは面会に来ていたが、最近連絡が途絶えている。ある日、施設の公認心理師Bは、Aの担当ケアワーカーCから相談を受けた。Cによると、Aは元来穏やかな性格であるが、最近、親との記念写真を捨ててしまったり、居間でAが得意とする工作をしているときに、年少児に作品を壊されたと激怒したりと、情緒不安定な様子がみられる。あるとき、CがAに自室で作るように言うと、「ここは僕の家だ。どこでも好きな所で作る権利が僕にはある」と泣いて主張した。
BとCの対応として、適切なものを2つ選べ。
① 集団生活のルールをAと一緒に考える。
② トラウマに焦点づけた認知行動療法を導入する。
③ 児童相談所に対して、一時保護の措置を依頼する。
④ Conners3を実施して、その結果を基に支援計画を作成する。
⑤ Aの両親の現状と今後の見込みについて、児童相談所に確認し、Aへの伝え方を検討する。
選択肢の解説
① 集団生活のルールをAと一緒に考える。
② トラウマに焦点づけた認知行動療法を導入する。
③ 児童相談所に対して、一時保護の措置を依頼する。
まずは、本事例が「トラウマの事例であるか否か」という見立てが重要になります。
ここで言う「トラウマ」とは広く世間一般に広がっているような「苦しい体験全般」を指すのではなく、「虐待体験によるトラウマ」であると見なすのが適切です(トラウマに「焦点づけた」とあるくらいだから、明確なトラウマ体験をターゲットにした治療法であるという意味合いと捉えるのが妥当)。
そこで本事例の問題を見てみると、「情緒の不安定さ(最近、親との記念写真を捨ててしまった・得意とする工作をしているときに、年少児に作品を壊されたと激怒)」や「気がかりな発言(ここは僕の家だ。どこでも好きな所で作る権利が僕にはある)」などになります。
こうしたAの反応は、①Aの入所後しばらく(2歳)は面会に来ていたが、②最近連絡が途絶えている状況であり、③思春期の入り口(11歳)になり精神的不安定さが強くなってきた、と見なすのが妥当でしょう。
もう少し詳しく述べると、10歳前後になると、子どもは「親から与えられた価値観で生きてきた」という流れから、「親から与えられた価値観に基づいて生きる中で得た経験を踏まえ、自分なりの人格を形成していく」という段階に移行していきます。
ただ、これは「親とは違う人格を持つ人間になる」ということであり、精神的な意味での「親との別れ」を体験することになります。
しかし、こうした「親との別れ」がある程度スムーズにいくためには、それまでの人生の中で「大切な他者(たいていは親)が心の中に馴染んでいる」という状態があることが重要になります。
これがあるからこそ、子どもが体験する「親との別れ」が孤立ではなく自立の一歩となるのです(こころの中に他者が居るからこそ、別れであっても孤立にはならない)。
Aに起こった「情緒の不安定さ(最近、親との記念写真を捨ててしまった・得意とする工作をしているときに、年少児に作品を壊されたと激怒)」や「気がかりな発言(ここは僕の家だ。どこでも好きな所で作る権利が僕にはある)」などは、こうした「親との精神的な別れ」に際して生じた反応と見なすのが、状況(両親がぜんぜん会いに来ていない)を踏まえると自然でしょう。
こうした見立てに加え、「親の経済的困難のため、2歳のときに地域小規模児童養護施設に入所した」という入所経緯からも、明確な虐待の存在は示されていませんから、本事例に対して「トラウマに焦点づけた認知行動療法」を実施するのは見立てと対応がちぐはぐと言わざるを得ません。
また、「児童相談所に対して、一時保護の措置を依頼する」というのもいただけません。
Aは「親の存在が心に馴染まないまま、精神的に親との別れが生じている」という状況であり、こうした状況において「ここは僕の家だ。どこでも好きな所で作る権利が僕にはある」と主張してしまうのは、施設で生きていくしかないと悟ったAが「施設と自分との関係」について向き合わざるを得なくなった結果ではないかと読み取ることができます。
こうしたAとの関係で求められるのは、施設という場とAとの関係を、互いの線引きをぶつけ合いながら築き上げていくことになります。
そのための作業として「集団生活のルールをAと一緒に考える」ということがあり得るわけです。
この「集団生活のルールをAと一緒に考える」というのは、決してAが「施設のルールを理解していない」から行われるのではありません。
2歳から施設で過ごしているAにとって、施設のルールは痛いほどわかっていることでしょう。
「ここは僕の家だ。どこでも好きな所で作る権利が僕にはある」というのは、生きていく場としての施設とAとの関係を、これからきちんと作っていこうとするAの一種の試し行動であると言えます。
「ここは自分を受けとめてくれるのか」「捨てずに向き合ってくれるのか」そういうことを試しているのです。
だからこそ、「集団生活のルールをAと一緒に考える」というやり取りを介して、施設という場とAとがぶつかり合い、その中でAが本当の意味で安心して過ごせる場に成っていくことが重要なわけです。
こうした流れを捉え、それを促進していくことが施設のカウンセラーに求められることになり、このような状況において「児童相談所に対して、一時保護の措置を依頼する」というのは絶対にやってはならないことになります。
上記のようなぶつかり合いが生じず、Aの中に「ここでも自分は捨てられてしまう」という思いを抱かせ、こうした親に続く二重の傷つき体験は、Aの今後の人生に大きなマイナスを刻むことになってしまいかねません。
以上を踏まえると、選択肢②および選択肢③は不適切と判断でき、選択肢①が適切と判断できます。
④ Conners3を実施して、その結果を基に支援計画を作成する。
Conners3はADHDの症状の特定、行為障害、反抗挑戦性障害、不安、抑うつなどの鑑別診断または共存診断、影響のある機能領域の説明、介入の方針の提案といったADHD評価で主要な局面にてその有用性を発揮するとされています。
6つの主要因スケール(不注意、多動性/衝動性、学習の問題、実行機能、攻撃性、友人/家族関係)によって構成されています。
上記のスケールにある通り、ADHDを中心としつつ、それと関連が深い問題(行為障害など)についての評価を行うことも可能で、適用年齢は6歳~18歳とされております。
Conners3を実施するということは、AがADHDであるという見立てが必要になりますが、先述の通り、Aに起こっているのは心理的な諸要因によって生じている問題であると考えるのが妥当ですね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ Aの両親の現状と今後の見込みについて、児童相談所に確認し、Aへの伝え方を検討する。
現在、Aは親に捨てられたと感じていると見なすのが自然であり、その傷つきと心許なさが、施設との関係をややこしくしているという面もあるでしょう(もちろん、生きていく場としての施設との関係を築こうという動きという捉えも可能)。
ただ、Aの両親がどのような状況にあるのか、その辺は事例では明白になっていません。
経済的困難が加速しAと会う時間が取れないほどになっているのか(そうであれば、両親が来れないのはAを捨てたからではない可能性もある)、もうAを引き取ろうという気持ちが無いのか、その辺を状況を児童相談所に確認することは大切になります(親のそうした内情を把握するのは児童相談所の役割)。
そして、こうした両親の「現状と今後の見込み」を踏まえた上で、どのようにAに伝えていくかが重要になります。
今後、Aが「親に捨てられた」という思いが、さまざまな形で表出してくることが予想されます。
そうした状況において、Aに変に期待を持たせるでもなく、Aがきちんと両親に対して「諦め」られるようにしていくことが重要な場合が多いものです。
そして、こうした「諦め」に伴う傷つきを支えていくことこそ、Aにとって重要な支援になります。
だからこそ、「Aの両親の現状と今後の見込みについて、児童相談所に確認し、Aへの伝え方を検討する」というのは、Aに対する支援として適切なものであると言えるわけです。
よって、選択肢⑤は適切と判断できます。