公認心理師 2019-21

問21はマルトリートメントに関する設問です。
マルトリートメント=不適切な養育ということを知っていることが前提ですね。
メディアに友田明美先生が出演されていることも多いので、知っている方も多いかなと思います。

問21 マルトリートメントについて、正しいものを1つ選べ。
①マルトリートメントは認知発達に影響しない。
②貧困はマルトリートメントのリスク要因にならない。
③マルトリートメントを受けた子どもは共感性が高い。
④マルトリートメントを受けた子どもは警戒心が乏しい。
⑤マルトリートメントを受けることは、将来身体積健康を損なうリスクとなる。

マルトリートメントという言葉を使っていますが、要は虐待やそれに類するような関わりによる子どもへの影響を把握しているかを問うています。
ただし、マルトリートメントは虐待よりも広範な概念であり、もっと日常的な不適切な関わりまで含んでいます。
この辺については2018追加-19でも述べていますので、ご参照ください。

さてマルトリートメントやその影響を把握する上で友田先生の著作は欠かせないでしょう。

脳の画像診断法をもとに研究を進めてきた結果、虐待は発展途上にある脳の機能や神経構造に永続的なダメージを与えるということがわかってきました。
その研究内容について細やかに記述されています。

マルトリートメントという言葉は使っていませんが、日常的な子どもとの関わりで大切なことをふんだんに述べているのが以下の書籍です。

過去に何回も紹介していますが、親や支援者など、子どもに関わる人たちに読んでほしい書籍です。

解答のポイント

「マルトリートメント」という単体で把握するのではなく、児童虐待・心的外傷といった現象との関連で理解すると解きやすい。

選択肢の解説

①マルトリートメントは認知発達に影響しない。

そもそもマルトリートメントという概念が広まったのは、虐待によって脳へのダメージが生じるという明確な知見が示されたことが大きかったと言えます
先述した友田先生の書籍には以下のような脳のダメージとその影響が指摘されています(目次に書いてある内容だけで十分かなと思うので、そちらを転記します)。

  • 体罰によって委縮する前頭前野
  • 性的マルトリートメントによって委縮する視覚野
  • 暴言によって肥大する聴覚野
  • 面前DVによって委縮する視覚野
このように明確なダメージが脳の画像診断研究によって示されています。
これらは認知発達への多大な影響を明示しており、その意味で心理的・社会的なケアが中心だった虐待事例に対し、生物学的な知見の必要性が明らかにされたと言えるでしょう(もともと必要だと思われていたけど、明確に示されたという意味で)
なお、虐待による脳への影響は杉山登志郎先生がかつてから指摘していましたね。

こちらではADHD様の症状を虐待によって示すようになることが指摘されていますね。

以上より、選択肢①は誤りと判断できます。

②貧困はマルトリートメントのリスク要因にならない。

こちらは2018追加-19の選択肢①にそのままの内容が出題されています。
貧困は、それにより精神的ゆとりが狭まり、子どもに対して適切な関わりができなくなるなどの間接要因になるだけに留まらず、健康保険の未加入・医療費の未払い等によって適切な治療を受けさせることができないなどネグレクトの直接要因になり得ます

それ以外にも、貧困と虐待との関連は既に多く示されています。
貧困は親の自尊心を棄損する状況を生みやすいということもあり、それによって家族全体が孤立し、親の不穏感情が一番弱い家族成員に向けられるという仕組みを生じさせやすいです。

以上より、選択肢②は誤りと判断できます。

③マルトリートメントを受けた子どもは共感性が高い。

厳格な体罰を経験したグループでは、そうでないグループに比べ、前頭前野の中で感情や思考をコントロールし、行動抑制力にかかわる「右前頭前野内側部」の容積が平均19.1%、「左前頭前野背外側部」の容積が14.5%小さくなっていたことが、ハーバード大学での研究で明らかにされています。
更に、集中力や意思決定、共感などに関係する「右前帯状回」が16.9%減少しており、これらによって気分障害や素行障害につながることが明らかになっています。

また被虐待児は痛みに対して鈍感であるという結果も出ています。
自身の痛みに鈍感であることは、当然ながら他者の痛みに鈍感であるということとも無関係ではないです

以上より、マルトリートメントを受けた子どもは共感性が阻害される可能性が指摘されています。
よって、選択肢③は誤りと判断できます。

④マルトリートメントを受けた子どもは警戒心が乏しい。

親から暴言を浴びせられるなどのマルトリートメントの経験をもつ子どもは、過度の不安感やおびえ、泣き叫ぶなどの情緒障害、うつ、ひきこもり、学校に適応できないといった症状や問題を引き起こす場合があります。

言葉によるマルトリートメントを受けたグループは、そうでないグループと比べ、大脳皮質の側頭葉にある「聴覚野」の左半球一部である「上側頭回灰白質」の容積が14.1%も増加していることがわかっています。
ちなみに、「両親からの暴言>一人の親からの暴言」であり「母親からの暴言>父親からの暴言」という形で影響の大きさが指摘されています。

暴言を浴びることで、乳幼児期に起こる余分なシナプスの剪定が生じず、通常の会話でも過剰に負荷が脳にかかり、情緒不安や人と関わること自体を恐れるようになってしまいます

また、聴覚はその本質として危険察知のための器官です
お化け屋敷において小さな物音で驚いてしまうのは、聴覚が過敏になることによって危険な状況に対処できるように生体にプログラミングされている機能なのです。
子どもの脳(というより、その存在)は、その環境にあるもので何とか生きていこうとします。
大人と違い、その場を離れるということは死を意味するわけです(それが客観的にどうであるか、ではなく、子どもにそう感じられているということ)。

その環境が安全感に欠けたもの、例えば、不意に暴言が飛んでくるような状況の場合、それにすぐ反応できるように聴覚が過敏なままで過ごす方が適応的なわけです
ですが、家庭では適応的な機能でもそこを離れれば話は別です。
聴覚過敏なままで学校等で過ごすと、多くの子どもにとっては何でもない音刺激が、被虐待児にとっては「危険信号」なわけです。
当然、ちょっとした物音に過敏に反応するなどの「警戒心が高い」という姿に周囲には映ることでしょう。

またこの点については、2018-110の選択肢④でも類似の内容が出題されています。
マルトリートメントと愛着障害の関連は非常に深いものです。
愛着を受け入れてもらえないことや、自分が環境から侵害される体験が多い子どもは、自分を守る構えが自然とできあがります
怒られるのを避けるために、日常のちょっとしたことで嘘をつくことが多くなったり、何かを指摘されるのを過度に恐れたりが見られます

以上より、マルトリートメントを受けた子どもは警戒心が過剰になる可能性が高いことが示されています。
よって、選択肢④は誤りと判断できます。

⑤マルトリートメントを受けることは、将来身体積健康を損なうリスクとなる。

花園大学の和田先生が、子ども虐待を社会的コストの観点から調査しています。
2014年にChildren and Youth Services Reviewに掲載された論文では、子ども虐待による死亡・疾病関連、学力に伴う生産性損失、離婚、犯罪、生活保護の項目から算出した社会福祉関連、および医療費等の公的経費は、年間1兆6000億円に上るとされています

日本においては長期予後の研究が乏しいので明確ではありませんが、直接的な影響だけでもそれだけのコストがかかるということです。
子どものトラウマ研究ですでに指摘されていることですが、トラウマ体験が累積すると、将来の身体疾患や精神疾患のリスクが高まることがわかっています
虐待のような心的外傷体験は、その瞬間の身体的健康のみならず、その後の身体疾患のリスクまでも高めてしまうということです。

このことは考えてみれば当たり前かもしれません。
被虐待状況というのは過度のストレスフルです。
そしてそれが継続している、慢性化している状況で育つということは、過緊張状態で過ごすのがベースになるということになります
子どもがストレスの際に身体疾患を起こしやすく、その予後が、ストレスが除去できるかどうかによって左右されるのを思い合せてよいでしょう
マウスを水に投げ入れると急性の胃潰瘍を起こすのは実験でよく使われていました。
こうしたストレス状況が「ベース」になるということは、そのとき限りではなく、長期的に身体疾患の罹患率を高めるということになります

以上より、選択肢⑤が正しいと判断できます。

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