3歳男児に対する虐待が疑われる事例です。
事例問題とはいえ、何かしらの根拠を持って臨むことが重要です。
本事例のキーワードは「リスクアセスメント」ですね。
解答のポイント
虐待のリスクアセスメントの問題であるという認識を持って解くこと。
リスクの高低によって対応が変わってくるので、事例の記述内容から危機レベルを見極めることが重要になります。
事例の検証
事例内容からは以下の点が明らかとなっています。
- 頭部に裂傷と血腫、胸部に紫斑が認められている。
- 胸部エックス線写真で肋骨に受傷時期の異なる複数の骨折が認められる。
- 1か月前に転居してきた。
- 1カ月の間に、小児科で脱水、皮膚科で熱湯による熱傷、外科では外傷による爪剥離および転倒による肋骨骨折の治療歴あり。
上記の内容を中心にリスクアセスメントしていくことが求められます。
厚生労働省から出ている「児童虐待に係る児童相談所と市町村の共通リスクアセスメントツールについて」の中に、リスクアセスメントを判定する項目が示されているので、関係するところを拾っていきます。
身体的虐待に関する項目
- 頭部、腹部、胸部の殴打・蹴る等で生命の危機に係る受傷
- 受傷状況不明の骨折
- 新旧混在した傷がある
- 首しめ・布団蒸し・鼻と口を塞ぐなど窒息につながる行為
- 逆さつり、溺れさせる、熱湯をかける、激しく投げつける、異物を飲ませる
- たばこ・ライターなど火の押しつけ
- 乳幼児揺さぶられ症候群等の虐待による乳幼児頭部外傷疑い
- 代理によるミュンヒハウゼン症候群疑い
- 熱中症、低体温症を招くような環境下(車中の放置等)での放置
- 暑い日、寒い日に戸外放置
- 玄関やベランダに締め出し、子どもが求めても中に入れない
- 長期間部屋に閉じ込める
- 医療を必要とする外傷・打撲・火傷、傷やあざが残る暴力、物を使って叩く
- 不適切な薬物投与
- 単発の暴力による小さくわずかな外傷
- 子どもからの訴えがある、目撃情報がある
- 外傷の残らない暴力
- 暴力を容認する偏ったしつけや教育姿勢
- 保護者から「たたいてしまいそう」等の訴えがある
- 放置すれば子どもの生命身体に(重篤かつ具体的な)被害が及ぶおそれがある
下線部が本事例と関連のある箇所です。
身体的虐待に該当する箇所が複数見受けられます。
ネグレクトに関する項目
- 適切な医療者のいない環境下での出産
- 乳幼児の遺棄・置き去り・放置
- 脱水症・栄養失調のため衰弱している
- 慢性的な栄養不良や体重増加不良
- 必要な医療を受けさせない【生命の危険がある・入院加療が必要】
- 【生存・成長に】必要な食事や衣服・衛生環境等を与えない
- ライフラインが止まっている・止まるおそれがあるが、必要な対応をしない
- 就学させていない、登校・登園させない
- 夜間子どもだけを置いて外出する
- 監護が不十分なことによるケガが多い
- 子どもに子どもの世話をさせる
- 不衛生・異臭がする、慢性的に劣悪な住環境
- 時折、大人の監督なく家に放置されている為、安全管理が不十分
- 乳幼児健診を合理的な理由なく受けさせない
- 予防接種を合理的な理由なく受けさせない
- 子どもの障害が顕著であるのに適切な療育、支援を受けさせない
- 受診勧奨が繰り返されても、受診させない・再三の受診勧奨がなければ受診させない
- 健康問題はないが食事・住居・衣服等が養育上不適切
- 食事量が不足していることが多く、栄養バランスが適切ではない
- 季節に会わない服を着ている
- 「世話をしたくない」等の訴えがある
- 身辺自立の獲得を子ども任せにしている
上記では、脱水の1項目が該当しますね。
世帯の状況(居住環境)に関する項目
- 放浪、車上生活
- 不適切な居住環境【健康被害が生じるほど著しく不衛生・著しく狭隘・不衛生】
- サービス利用後も不衛生状態が継続
- 理由不明の頻繁な転居
- サービス利用後に不衛生状態解消、狭隘な居住環境
こちらについては、「1か月前に転居してきた」という情報と関連するものとして載せました。
ただし、現状では「理由不明の頻繁な転居」と断定する情報はありませんから、これにチェックを入れることは難しいように思えます。
しかし、転居してきたばかりということは孤立している状況であることが考えられ、虐待の遠因となる可能性は否定できないと言えます。
危険度の判断として
事例内容より、虐待が繰り返されている可能性が高いこと(受傷時期の異なる複数の骨折)、ある特定の部位の受傷にとどまっていないこと(一時の感情によるものとは言えない、嗜虐性の存在等)、転居してきたばかりであることなどから、非常にリスクが高いと判断できます。
一時保護のアセスメントシートと照らしても「重大な結果」が生じていると判断できます。
「重大な結果」とは、性的虐待(性交、性的行為の強要、妊娠、性感染症罹患)、外傷(外傷の種類と箇所 ) 、ネグレクト(栄養失調、衰弱、脱水症状、医療放棄、治療拒否)等を指します。
よって本事例は、緊急一時保護を検討する必要がある事例と判断することができます。
選択肢の検証
まずは正答となる選択肢の検証を行い、それ以外の選択肢がなぜ除外できるのかを考えていきます。
『①児童相談所へ通報する』
上記の通り、児童相談所に緊急一時保護を検討してもらう必要がある事例と言えます。
よって、選択肢①が最も適切と判断できます。
『②母親に夫との関係について聴く』
すでに述べたとおり、まずは子どもの安全の確保が最優先です。
夫婦の関係は虐待に深くかかわる重要な情報ではありますが、事例の状況は虐待の要因を探る段階ではありません。
「聴く」と傾聴の表現となっており、母親の心理的サポートを含んだ選択肢内容となっていますが、夫婦関係に問題ありとする「決めつけ」のニュアンスも感じられ、適切な対応とは言えないと考えられます。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
『③母親に子育て支援団体を紹介する』
すでにかなり危険な状態と判断できる事例において、「紹介する」という当人たちに行動を委ねるような関わりは不適切と判断できます。
おそらくは「1か月前に転居してきた」という孤立感の解消も含む支援と言えますが、それは子どもの安全を確保し、母親からの聴取から孤立感が虐待の主たる要因となっていると見立てられる場合に、多くの選択肢の一つとして紹介されるべきです。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
『④引き続き小児科外来で診療を勧める』
この対応を取るということは、男児の受傷が「一般的な生活を送っているなかで生じ得る範囲の程度である」という判断がなされた時だと考えることができます。
しかし、事例男児の受傷は一般生活の範囲を大きく逸脱していることは明らかであり、この対応は更なる重大な結果を招く恐れがあります。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
『⑤母親に今回と過去の受傷機転の詳細について問い質す』
この対応はいつかは行われるものだと思いますが、どの立場の人間が行うことが適切かを考える必要があります。
医療機関の心理師ではなく、児童相談所職員が一時保護の検討もしくは一時保護の後に行うべきものと考えられます。
また医療機関の心理師がこの対応を取ったとしても母親が「虐待によるものではない」と否定することもあり得ます。
そうなった場合、それ以上追及する権限は医療機関の心理師は有しておらず、最悪の場合、母親が怒って帰ってしまうということも考えねばなりません。
その後に児童相談所に通告したとしても、他者の介入が行われない母子の時間ができてしまうリスクを勘案しておくことが求められます。
細かいことですが、「問い質す」という表現も現時点で適切とは言えません。
母親による虐待だったとしても、「加害者のほとんどが元々は被害者である」ということにも思いを馳せつつ関わっていくことが大切です。
最初から懲罰のパラダイムによる対応は望ましいと思えません。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。
お世話になっております。
こうした事例の場合、公認心理師が児相へ通告するのではなく、公認心理師は主治医に連絡し主治医から通報と考えました。しかし、主治医に連絡という項目がないため公認心理師が児相へ通報ということになるのですね。
与えられた選択肢の中で判断、ということですね。